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連続 05


 団長への報告を行った日の深夜。

 春の終わり、夏の足音すら聞こえかねない昼間の気温とうって変わり、夜間ともなれば多少肌寒さを感じるのは否定できない。

 特に建物に囲まれた狭い道を吹き抜ける風は、徐々にこちらの体温を奪っていくようだった。


 時間的には日付を回った辺りだろうか、本来であればベッドで眠っているはずなこの時間。

 僕が居るのは何度も修繕を行い、ようやく普通に暮らせるようにした我が家ではない。

 暗い裏路地を挟んだ対面に建つ、民家の屋根上に陣取っている。

 目的は当然のことながら、いずれ何かをしてくるであろう輩を捕縛するための監視だ。



「何度目だろうな……、こういうの」



 引っ張り出したコートを着込み、吹き付ける風から身を護りつつ呟く。


 職業柄と言ってしまえばそれまでだが、どこかに潜んで監視を行うという機会はどうしたって多くなる。

 最初にやったのは、デナムで侵攻してくる共和国軍の動向を探った時だろうか。

 次いでヴィオレッタと一緒に、廃教会に潜んでいる団体を監視した時。

 どの季節であっても、このようにジッとして一点を観察し続ける作業というのは疲れるものだと、しみじみ思わされる。




「こんな手間をかけさせて……。引っ掴まえたら覚悟しておけよ……」



 寒さと手間から起こる苛立ちのせいか、どうしても思考は攻撃的になり易い。

 おまけに周囲には誰も居ないというのに、妙に独り言が増えてしまっている。

 これは普段であれば独り言にも返してくれる存在が居るからなので、一概に苛立ちから来るものとは言い切れないか。



 若干心許ないコートの前を閉じ、内ポケットに入れていた水筒を掴んで香茶を一口含む。

 しかし寒さから既に冷たくなってしまっているそれに、余計心情が荒んでいくような気がした。


 ここまで受けてきた嫌がらせもあってか、無性に腹立たしくなり、水筒を叩きつけたい心境に駆られる。

 しかしこの下はよそ様の家。バレやしないとは思うが、傷を付けて善かろうはずもない。

 勿論この場所を使うに当たって、住人からは許可を得ている。

 当然のことながら団内の揉め事であるとは伝えていないが、多少の小金を渡すだけで快く使わせてくれた。

 とはいえあまり勝手をして、今後の付き合いを無下にする訳にもいくまい。




「現れるなら早くしてくれよ……」



 伝わるはずもないというのに、まだ嫌がらせを継続するであろう傭兵へと愚痴を溢す。

 張り込んでまだ初日ではあるが、こんなのが何日も続いては、こちらがたまったものではない。


 ヴィオレッタとレオは家の中に居り、交代で休息を摂りながら待ち構えている。

 二手に分かれているのは、単純に家の裏手から来られた場合に備えてだ。

 だが現状僕等のチームは三人しか居ないため、一方に交代要員が居ない。


 追々は人を寄越してくれるとは聞いているものの、これでは出来ることなど限られているだろうに。

 先日出会った騎士のエリノアを、傭兵にスカウトでもすれば良かっただろうかという、妙な考えすら頭に浮かび始める。




 そうこうして待ち続けるうち、今夜は動きがないだろうかと思い始めた矢先。

 眼下に望む我が家の前へと、一人の人物が通りがかるのが見えた。


 ただ通るだけならば別にどうということはない。

 あまり人通りの多くない路地裏とはいえ、そこにもある程度は人の営みというものがある。

 時間的には酒場が完全に閉まったせいで、帰宅を余儀なくされた酔っ払いが千鳥足で歩いていてもおかしくはなかった。



「……灯り?」



 屋根の上から下を見下ろすと、その人物が持っているであろう洋燈(ランプ)の明りが見える。

 暗がりを歩いているのだ、照明の類を持って移動すること自体は、別にどうということもない。

 ただその人物は、暗い色をしたローブの下へとそれを隠しているようで、道を照らしながらも極力明りが漏れるのを防いでいるようにすら見えた。


 獣脂を使って燃える洋燈は、比較的安上がりであるため多くの人々が利用する。

 とはいえ決して無駄に使っていけるような代物でもなく、道を照らすのであれば十分に光源を活用するのが普通であろうに。



 その怪しい行動をする人物は家の前に差し掛かると、歩調を緩めながらもそのまま通り過ぎ、道の角を曲がっていく。

 行動そのものはおかしいが、結局は何でもない通行人であったのかと思うも、少ししてから通り過ぎていった道を戻ってくる。

 うろうろとしながら周囲を見回す行動は、怪しいという言葉以外に言いようのないものだった。



「……あいつだろうな」



 露骨というよりも、あまりに不用心。

 当人は警戒しているつもりなのだろうが、明確にこちらを狙って何がしかの行動をしようとしているのが明らかだった。

 何せ僕等の家の前を何往復とし、不審者の如く人目を憚ろうとしているのだから。


 ただ考えてもみれば、僕等がラトリッジを留守にしているというのに、盗みを働きこちらへ疑いが向くようにしたのだ。

 お粗末に過ぎるそれを思えば、この動作も決して不思議ではないのかもしれない。

 このような輩に面倒事を起こされていたのだと思えば、少々頭が痛くなる気がしなくもなかった。



 しばしその行動を呆れた状態で眺めつつ、どうしてやろうかと考える。

 すると眼下でうろつく人物は動きを止め、懐から何かの塊と洋燈を取り出し始めた。

 いったい何を始めるのだろうと凝視すると、なんと取り出した代物へと洋燈から火を移し、剥き出しとなった木材の柱へと近寄っていく。

 これまで隠していた洋燈の明りとは異なり、煌々と映し出されるローブの人物。



「ふざけるなっ!!」



 眼下の輩が行おうとしている行動を目にした途端、頭へと血が昇り声となって現れる。


 大きな火を持ち、家の材木部分へと近寄る。その行動は明らかに、家を燃やそうという意志に他ならない。

 冗談ではない。傭兵団から貸し与えられた家に過ぎないとはいえ、ここまで頑張って修繕をして来たのだ。


 放火などというのは地球の古今東西どころか、この惑星においてすら大罪。

 しかも近隣に建つ家々の多くは、木材と石材を組み合わせた建物ばかりであり、火の回りは非常に速い。

 こんな場所で火を放てば、周囲にどれだけの被害が広まるかなど、想像するまでもなかった。



 未だに顔も判別がつかぬ輩の行動に対し激情を滾らせ、僕は半ば無意識の内に、屋根から飛び降りてそいつへと飛びついていた。



「ぬおぉぁ!?」



 飛びついた瞬間、衝撃によって相手が漏らしたのは、驚きと苦悶が入り混じった低い声。男だ。

 ただ飛びついたという表現は正確ではないだろう。実際に行ったのは飛び蹴り。

 それも二階以上の高さから背へと向けて行ったのだ。肋骨の一本や二本折れていてもおかしくはない。


 だがそんなものは知ったことか。

 こいつがしようとした行動は容赦するに値するものではなく、その場で斬り捨てられてもおかしくはない行為なのだから。



 男の手からこぼれ地面に落ちた火へと、コートの内側に忍ばせていた水筒の残りをぶちまける。

 若干消し足りないとは思うが、今はとりあえずこれでいいだろう。



「随分とふざけた真似をしてくれるじゃないか」



 苦悶の声を上げ地面へと蹲る男へと、見下ろしつつ静かに呟く。

 近寄りわきに転がっていた短剣を余所に蹴り飛ばし、強引にフードを掴んで引き剥がす。

 衝撃によって手から離れたであろう洋燈を拾い上げて照らすと、そこにあったのはどこかで見たような顔であった。


 見たことはある。ただ名前は思い出せない。

 傭兵団に属する人間であるのは間違いないのだが、あくまでもその程度の関わりに過ぎない相手であり、格段の恨みを受ける程の覚えがある存在ではなかったからだ。


 だがおそらくだが、僕等よりも先輩に当たる傭兵のはず。

 最近になって訓練キャンプから何人も新人たちが入ってきているが、その後輩たちと異なるのは確か。

 もっとも圧倒的に、先輩と呼ばれる人たちの方が多いので当然ではあるが。



 男は受けた衝撃の苦しみから表情を歪めつつも、その眼はこちらを睨みつける。

 ギラリとした視線からは憎悪を滾らせているかのようであり、僕個人への恨みつらみが溜まり続けているであろう様子がありありとわかった。



「扉を壊したところまでなら、まだ穏便に済ませてやった。だがその先はやり過ぎたな」



 睨みつける視線を押し返しつつ、地面に転がる男の顔面を蹴り飛ばす。

 何がそこまでこいつを駆り立てるのかはわからない。

 だがここまでされては許すつもりなどさらさらなく、相応の報いを与えるのに躊躇う必要も失っていた。



「っテメェ、こんな真似してただで済むと――」


「ただで済まないのはそっちだろう? 団の備品を壊し。窃盗をし。関係ない人間を襲って怪我させ。終いには放火だと?」



 己の立場も弁えず反抗的な態度を示す男へと、一言一言罪状を上げる度に足裏を叩き込む。

 腕へ、脚へとねじ込み、最後には折れているであろう脇腹へと。

 遂には悲鳴を上げようとする男の口を塞ぐと、そのまま引きずって家の中へと放り込む。

 あまり治安の良いとは言えぬ地域だが、それでも深夜に大声を上げては流石に問題となる。



 僕自身も家の中へと入ると、そこにはいつの間にかレオとヴィオレッタの二人が立って待ち構えていた。

 二人は途中で監視を交代するために休んでいたのだが、騒々しさから起き出してきたようだ。



「なるほどな、こいつがそうか。私は名前を知らんが」


「俺もだ。覚えていない」



 これには限りなく嫌味が込められているに違いない。

 双方ともに男の顔を見ても、名が記憶にないと言い放つ。

 その言葉を受けた男は苦渋に満ちた憤怒の表情を満面に浮かべ、怒気を孕んだ言葉を前面に出して暴言を捲し立てた。


 ただヴィオレッタも覚えていないというのは本当だろうし、レオに関してはあまり人を覚えるのが得意ではないので、これも本当だろう。

 実際僕も顔だけは見たような気はするが、やはり名前はいまだに口から出ず仕舞いだ。

 エイダに確認が出来れば、そこら辺もわかるのかもしれないが。




 とりあえず小突いたり足の裏を捻じ込んだりとしながら、男から何故このような真似をしたのかを問い詰める。

 ただこれに関してはするまでもなかったかもしれない。

 案の定と言うべきか、その動機は僕が傭兵となって間もないにもかかわらず、隊長という位に就いたのが気に食わない。

 あるいは団長から贔屓され、重要性の高いと思われる任務に多く派遣されているのが癪に障るといったもの。

 「ド素人のクソガキが調子に乗んな」とは男の口から〆に吐き出された言葉だった。



「……とりあえず、お前をどうするかは今から相談して決める。だからちょっと黙ってろ」



 それだけ告げると、少しだけ力を込めて鞘で殴り倒す。

 男がアッサリと気絶するのを確認すると、後ろを振り返り背後で呆れかえっていた二人へと向き直った。



「……で、こいつをどうするのだ?」



 下眼遣いで見下ろしつつ、短鎗の柄部分で男の頭を小突きながら問うヴィオレッタ。

 男がした想定通りな発言に呆れたヴィオレッタは、幾分か平静を保ちつつあるようで、声からは怒気を感じない。

 もちろん怒りが失せているなんてことはないだろうが、すぐさま手を下すほどの激情に駆られてはいないようだ。

 逆に既に怒りを通り越しているせいで、逆に落ち着いている可能性は否定できないが。



「このまま団長に引き渡す……、ってのも芸がないか。何かいい案でもないかな」


「逆さ吊りにして一晩ほど軒先にでも下げておくか? 今の時期とはいえ外は冷えるが……、まぁ死にはせんはずだ」



 僕個人は何度か捕まえた時点で殴打しているのだが、それで済ますほど生易しい手打ちでは手ぬるいだろう。

 家の扉を破壊した辺りまではともかくとして、ジェナを怪我させ家に放火までしようとしてくれた点に関しては、到底許容できるものではない。



「ここまで熱心に手を尽くしてくれたんだ。お礼もせずに返しては、隊長として僕の威厳も保てない」


「アルに威厳があるかはともかくとして、それには私も賛成だ」


「異議はない」



 具体的な報復方法については未定だが、団から下されるのとは別に、相応の罰を受けるのは覚悟してもらう必要がある。

 二人もこれには異論もないようで、ただ頷いてこちらに任せると言わんばかりだった。


 そういえば、捕まえたのはコイツ一人だが、ここまで嫌がらせを行ったのが一人だけとも限らない。

 目を覚ましてからではあるが、尋問の一つも行う必要はあるだろう。



「それじゃあ、僕に任せてもらうとするかな。使ってない奥の部屋があったから、そこを使うとするよ」



 それだけを告げ、二人が同意する間もなく男を引きずる。

 修繕だけはしたものの、この家にはケイリーとマーカスが居た時にも使ってなかった、こべちゃが一つ存在する。

 そこへと向かい、扉を開いて気絶したままの男を放り込む。


 二度とコイツが善からぬ行動を起こさぬように。

 そして他の人間が似たような真似を仕出かさぬよう、この男には存分に罰を受けてもらわなければ。

 若干エイダが居ないことによるストレスの捌け口にも思えるが、それはもう運が悪かったと思って諦めてもらうとしよう。


 僕はまだ廊下に立つ二人へと就寝の挨拶をして扉を閉めると、悲鳴を上げられぬよう落ちていたロープで男の口を塞いだ。



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