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連続 04


 翌朝。僕等はヘイゼルさんに取り次いでもらい、団長と顔を会わせることになった。

 場所は昨夜僕等が泊まることとなった、駄馬の安息小屋の奥に在る一室の隣。

 用件は言わずもがな、昨夜襲われたジェナの一件を含め、昼間から続く嫌がらせの数々に関してだ。


 団長の娘であるヴィオレッタが居るというのに、わざわざヘイゼルさんを間に挟まねばならぬのが面倒ではあるが、そこは仕方がないだろう。

 数々の依怙贔屓を受け続けているとはいえ、ある程度は公私の区別をつける必要性があるのだから。



「普段は仲間だなんだと言ってはいるが、一皮剥けば我々とてただの人だ。当然嫉妬の一つや二つ起こってもおかしくはあるまい」



 まだ寝起きであるためか、団長は温かい香茶を口に含みながら暢気な調子で告げた。

 言わんとしている事は理解できる。

 傭兵といえども結局は感情を持った人間に過ぎず、仲間意識を超越して激情に支配されることもあるのだろう。



「ともあれ、ジェナ嬢が無事で何よりだ。あれで母体に何かあったら、流石に団員総出で狩り出さねばならなくなる」



 安堵によるものか、それとも呆れか。団長は飲み干したカップをテーブルに置くと、深く息をつく。

 確かに団長の言う通りで、いかな身内とはいえ何の罪もない者を傷付けようものなら、相応の報いを求められる。

 そうしなければ、ラトリッジに暮らす一般の人たちから恐れられる存在となり、居場所を失ってしまうことになりかねない。

 しかも相手が身重の女性となれば、尚更だろう。


 レオが夜中に叩き起こした医者に見せた結果であるが、ジェナは手首を捻っただけで、大事には至らなかった。

 その点については一安心。だがこちらに損害を与え、ジェナを傷付けた代償は高くつくと知らしめる必要がある。

 後々団長になる云々はともかくとして、傭兵としてやっていくのであれば、身内にすら侮られるというのは致命的だ。




「私も昔はよくやられたものだよ。傭兵団に所属もしていない若造が、一人戦場を荒らし回ったのだからね。ほかの傭兵たちからは随分と恨みも買ったものさ」



 温かい香茶によって寝起きの冷えた身体も温まったのか、団長は揚々と昔語りを始めた。

 その話に関しては、僕はそれなりに知ってはいる。

 経緯は少々異なるのだろうが、団長を恨んでいた元傭兵によって、面倒な目に遭ったのだから。


 だが団長もそのような経験があるのであれば、もう少し気を使ってくれても良いのではなかろうか。

 このまま色々な任務を振られ続け上に行けば、同様の事態がまた起こりかねない。

 その点に関して僕と同意見だったヴィオレッタは、珍しく団長へと不満を口にした。



「団長。その口振りですと、こうなることを予想していたようではありませんか」



 苛立ちとまではいかないが、不機嫌さを表に出して問う。

 とはいえその口調は父親に対してのものではなく、団員が上に立つ団長へ向けてするものだ。

 かなりの刺々しさを孕んでいるように思えてならないが。

 横には事情を知らないレオも居るので、プライベートと同じ話し方など出来ようはずもないか。


 だがヴィオレッタの不満も、団長にとっては別段堪えるものではなかったようだ。

 気にした様子もなく、ポットから茶のお替りを注ぎながら飄々と言い放つ。



「それは勿論。いずれはこんな状況になるとは思っていたな」



 どうやら今回の一件は、団長にとっては織り込み済みであったようだ。

 僕が上にいくにつれ、団内で不満を持つ人間が生まれ、騒動の種となることを。

 では予測していて、なぜこのような真似を。



「ハッキリと言って、私は君たちを贔屓している。なのでその君たちがこの程度の障害、楽に乗り越えられないようでは、こちらとしても立つ瀬がない」


「では団内で揉め事が起こるのを承知の上で、不満を見過ごしていたと?」


「当然だろう? それにこの程度の不満で暴れ出すような輩だ、いずれは何がしかの問題を起こす。人となりを見極める良い機会とも言える」



 相変わらず考えの読めない人だ。

 団長はこの一件を、ついでとばかりに団員の性質を測るために利用しようとしていた。

 そのような事をしていては、いずれ自身にトラブルが降りかかってきそうなものなのに。


 そんな団長の言葉に対し、何を言おうと考えが変わらないと諦めているのだろうか。

 ヴィオレッタは小さく了承の言葉を口にすると、一歩下がり口を閉ざした。

 案外彼女が実家に居た時には、普段からこのようなやり取りを行っていたのかもしれない。

 それでもある程度、団長への敬意や尊敬の念は薄れていないようではあるが。




「で、どうする? お前の手で捕まえてみせるか」



 仕切り直しと言わんばかりに、ヴィオレッタから視線を移し問う団長。


 自身の手で行う機会を与えてもらえるというのであれば、是非とも受けたい。

 何せ実際に被害を被り、愉快ではない思いをしているのは自分たちなのだから。



「はい。あまり騒動を大きくするのもどうかと思いますし、早いうちに」


「いいだろう。では捕縛した後にどうするかは、君たちが勝手にするといい」


「……よろしいのですか? 正直腹立たしさから、あまり穏便でない手段を取るかもしれませんが」



 問われた言葉に対し、僕は即答する。

 すると団長は意外なことに捕まえた後にその輩をどうするか、僕等に一任すると言った。

 当事者は僕等であるとはいえ、団内での揉め事である以上、そこは上が介入するべきであると考えていたのだが。

 団内の秩序のためにも、ここはしっかりとした処分を行わなくてもいいのだろうか。



「もちろん傭兵団としても罰則は与える。だが個人としても、仲間内に報復を喧伝するのは必要だ。何せ我々は暴力を生業とする傭兵なのだからな」



 なんともアバウトな対応だ。

 ようするに他の傭兵たちに対し、今後舐めた真似をしたらタダじゃおかないと知らしめろということか。

 こちらとしては可能な限り大事にせぬよう考えていたのだが、団長はそのようなものは、些末な問題に過ぎないと考えているようだった。



 なにはともあれ、ヘイゼルさんからは勝手な行動は慎めと言われていたが、行動に際し団長のお墨付きを貰った。

 手段はまだ考え付いてこそいないが、その輩を取り押さえ、多少なりと"説教"をしてやるだけの口実を得たことになる。


 はてさて、いったいどうやって捕まえてやろうかと考え始めた矢先。

 そんな僕の考えを読んだか否か、団長は軽い調子で次なる行動の指針を示してくれた。



「ここまでの経験則ではあるが、この手の輩がする思考など単純なものだ」


「と、言われますと?」


「目的が達せられた上に捕まらぬ内は、過信から増長しがちとなる。そして行動はエスカレートしていく」


「では次はもっと酷い行動をしでかすと……」



 かつて自身も幾度となく受けた経験があるせいなのだろう。

 団長はどこか確信めいた口調で、悪質であったこれまで以上の行為を受けると告げる。



 最初は団の備品を破壊し、僕等に責を負わせようとした。

 順序が逆ではあるが、次いで商家から骨董品を盗み出し、これまた僕等に疑いが向くように仕向けた。

 とはいえこれは、僕等が依頼でラトリッジを離れている期間に起こしたという、かなりお粗末な代物ではあったが。

 そして昨夜。そいつはジェナを襲うという、より恫喝としての意味合いが強い行動を起こしてしまう。


 団長の言う通り、徐々に内容がエスカレートしているのは確か。

 今以上のものをしでかそうとなると、いったい何をしてくることやら。



「ジェナ嬢に関しては脅すだけだったようだが、近いうちにより攻撃的な行動に出るはずだ。人に対してか、物に対してかは定かでないが」


「……わかりました。警戒しておきます」



 可能性の話なのだろうが、ここは団長の経験に基づいた予測を当てにするとしよう。

 引っ掴まえるために数日の休暇をくれると言う団長へと礼を述べ、対策を立てるべく僕等は部屋を跡にした。







 部屋を出た僕等は、そのまま駄馬の安息小屋を出て、未だ入口から風の吹き抜ける我が家へ。

 あのまま誰が聞いているとも知れぬ酒場内で、対策を話し合う訳にもいかなかったからだ。


 扉の修繕はこの後で大工に依頼するとして、家に戻った僕等は、とりあえず他に人が入れぬよう幾つかの家具を入り口に配置。

 リビングに当たる部屋でテーブルを囲み、顔を突き合わせてああでもないこうでもないと、案を出しあう。



「俺が囮になればいいだろう」


「だけど向こうも、レオの実力はある程度知ってるはずだよ。それに武器を持ってるかも知れない相手を襲おうとするとは思えない」



 珍しくレオも積極的に口を開き、説明下手ながらも熱心な様子で提案をしていく。

 だが団内では既に、レオの剛腕は知れ渡る所となっている。彼が一人で行動していたとしても、そう易々と食いついてはくれないだろう。

 そもそも標的は僕個人であることだし。


 ただやはりレオなりに今回は思う所があるらしく、どうにも腹に据えかねたと言わんばかりの空気を感じてしまう。

 それはヴィオレッタもまた同様であり、特に彼女の場合はジェナが怪我をしたことによって、殊更攻撃的な意思を表に出すようになっていた。



「ならば私がジェナに扮してはどうだ! また彼女を襲おうと考えるやもしれん。そこで引っかかったところを叩きのめす」



 立ち上がって拳を握りしめ、変装を買って出るヴィオレッタ。

 変装、というのはある意味で誘き寄せるには無難かもしれない。

 しかし身の丈が近いならばともかく、彼女の小柄な体格では、到底ジェナに間違えられようもない。

 それにどこがと口にはしないが、ジェナと比べて彼女には外見上決定的に足らない部分もあることだし。



「流石に間違いようがないだろう? それに出来ればヴィオレッタには、ジェナさんの側に着いていてもらいたい。本当に彼女が狙われる可能性もあることだし」



 ジェナの側に僕が張り付いているよりは、ヴィオレッタが横に居る方が自然なはず。

 それに敵意を向けられているのは僕個人。

 僕が近くに居るというのは、あまり好ましい事態であるとは思えなかった。


 思考にどういったケリのつけ方をしたのかは知らないが、ヴィオレッタはこれといった不満を口にすることもなく、椅子へと座り直す。

 自らが口にした提案ではあるが、本当に変装が効果を現してくれるとは思えなかったようだ。




 延々と頭を捻りつつ、昼近くなっても案を出しあうも、僕等はこれといった妙案を出せずにいた。

 なので結局は行動を誘発するのではなく、ある程度の予測のもと先回りするしかないだろうという結論に落ち着く。

 行動はエスカレートしているようなので、次に狙われるとすれば僕等三人の内誰か。

 あるいは僕等が持っている、一番大切な物を狙ってくるといったあたりだろう。

 だとすれば答えは単純。僕ら自身と、僕等が最も大切にしている物であるこの家を囮にすればいい。



「それじゃあ、しばらくはここで待ち伏せるってことで。異議は?」



 一応二人へと確認すると、双方とも他に案もないのか軽く首を横に振る。


 消去法とも言える選択ではあるが、下手に行動を起こしたりせず、大人しく張っておくというのが無難だろうか。

 変に動きを見せると相手を警戒させかねないことでもあるし。

 だが明確な根拠や確信のない中で待ち続けるという行為は、酷くストレスの溜まるものであるのは否定できなかった。


 特に僕の場合、これまでこういった見張りや索敵などといった行為を、ほとんどエイダに任せきりだった。

 勿論自分でも出来ることはできるのだが、エイダに頼っていたツケを今更ながらに感じてしまう。


 彼女が戻ってくるまで、おそらくはあと一日程度。

 エイダへ早く戻って来てくれと念じながら、僕等は交代で監視するための割り振りを話し合い始めた。





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