連続 03
然程広くはない、基本的に一人用を想定され作られたであろう、駄馬の安息小屋奥に在る一室。
そこへと僕等三人は詰め込まれ、とりあえず明日扉を修繕するまで一夜の宿としていた。
部屋に一つだけ置かれた小さなベッドには、当然のことながらヴィオレッタが自身の居場所として座っている。
彼女自身は特別扱いだと不満を口にしていたが、常識的に考えればこれが無難だろう。
残る僕とレオはといえば、床へと毛布を敷いて雑魚寝をする予定。
それでも風が吹き抜け、いつ何時誰から襲われるとも知れぬ家で眠るよりは、遥かにマシというものだった。
『本当に、隊長になるってのも楽じゃないな』
三人で眠る前の雑談を交わす最中、僕は蝋燭の明りが弱々しく届く天井を見上げ、口には出さぬまでも頭の中だけでハッキリとした言葉を形作る。
今回のようなトラブルが起きたのは、おそらく僕が早い段階で隊長位に就く破目となったからだ。
それがなければ今回のような、何者かによる嫌がらせを受けることも無かったに違いない。
ハッキリとした言葉を成した思考ではあったが、脳裏で呟いたそれに対し返す者はない。
当然だ。普段であれば何がしかの言葉をかけてくれるエイダは、まだメンテナンスの最中なのだから。
過去、これほどまでにエイダの存在をありがたく思ったことがあっただろうか。
昼間の車輪が割られた件や、留守をしている間に家の扉が破壊された時など。
これらは彼女の駆使する衛星の力があれば、容易に誰が行ったかが判明するものだった。
衛星は基本的には僕の周囲を追っているのだが、ラトリッジの市街地程度の広さであれば十分にカバーできる範疇。
遡って映像を解析するのも十分可能であり、早期の解決に一役買ってくれたはずだ。
流石に花瓶が盗まれた件については、わかりようがないが。
ただどちらにせよ、そんなものを証拠として出すことなど出来やしない。
仮に証拠となるモノを突きつけたとしても、信じてくれるのは同じ文明出身である団長くらいのものだろう。
『便利すぎたせいか、エイダには頼りっきりだな。絶対にあいつが起きてる時には言えないけど』
今は休眠状態となっている実体のないエイダの影を想像し、話しかけるように考える。
通常の人であれば知り得ない、多くの情報をもたらしてくれるエイダというAI。そしてそれに付随する様々なツール。
これらが使えない今の僕に、いったい何が出来るのであろうかと。
まるで見知らぬ土地へ一人で放り出され、寂しさから急に震え始めた子供のような心境になってしまう。
それはかつて僕がこの惑星へと落ちた時と似たもので、奥底へと押しやっていた記憶を呼び起こすかのようだ。
過去にエイダは自身を母親代わりと形容したが、それもあながち外れたものではないと。今更ながらに自覚せざるをえない。
沸き起こってしまうそんな心境に、我ながら呆れ始めた頃。
僕等はいい加減眠ってしまおうということになり、互いに就寝の挨拶を告げた途端、外からガタリと大きな物音が聞こえた。
横になろうとしていた動きを止め、瞬時に立ちあがって武器を握る。
異常を感じ取ったレオとヴィオレッタもまた、起き上がり自身の真横に置いていた武器へと触れていた。
この辺りは流石、それなりに経験を積んだ傭兵だ。
このような事態の最中であれば、常に俊敏な行動を起こせる状態にある。
「外だろうか?」
「いや……、たぶん酒場だと思う」
狭いベッドの上で片膝着いて問い、警戒の色を露わにするヴィオレッタ。
僕はそのまま部屋の扉へと寄ると、耳を当て外の物音を聞きながら答えた。
さっきの一度以降大きな音は聞こえないが、今もなお廊下の向こうからは小さな物音や声が聞こえている。
まず間違いなく、この建物内の酒場付近からしてくるものだ。
「一応様子を見てくる。何でもなければそれでいいけど」
二人に一言断り、まず僕だけが部屋の外へ。
時間的にはとっくに酒場も閉めている頃合いで、残った傭兵たちが酔って暴れているというのは考えにくい。
大概はそうなる前に、ヘイゼルさんによって叩き出されるのだから。
単純に残った誰かが片づけの最中に、荷物を落としただけという可能性はある。
そうであれば何も問題はない。再び部屋へと戻り、安堵して眠りにつくだけだ。
忍びつつも軋む廊下を足早に進み、思い切り酒場内へと踏み込む。
僅かな明りによってのみ照らされたそこは、既に静まり返っており、当然ながら客らしき姿は見当たらない。
ただその代わりと言ってよいものか、壁の隅に蹲る一人の人物らしき影が目に映った。
丁度明りからの死角となっているせいで、黒い塊にしか見えぬその人物へと近寄ってよく見れば、蹲っていたのはジェナであった。
遅くまで残って酒場の片づけをしていたであろう彼女の目は、驚きに見開かれポカンとした表情を浮かべている。
「ジェナさん! 大丈夫ですか?」
腰を抜かしているであろうジェナに近寄り問う。
すると彼女は僕と酒場の入り口を交互に見やり、しばらくして無言のままで安堵の息を漏らした。
この様子からすると、荷物を落としてどうこうという訳ではあるまい。
とりあえず一旦彼女をその場に置いたまま、酒場から暗い路地裏へと飛び出す。
周囲を見渡してみるも、そこに在るのは普段通りの風景。
あまり治安の良いとは言い難い、どこか荒んだ空気がいつもと同じく漂うばかり。
もし誰かが逃げ出していたとしても、入り組んだ形状をした地域だ。とっくに追えぬ場所まで行ってしまっている。
仕方なしに酒場内へと戻ってみると、そこには介抱するためか、ジェナの側に立つレオとヴィオレッタの姿。
僕がなかなか戻ってこないため、様子を見に来たようだ。
「いったい何があったのだ。落ち着いたなら話してくれ」
「その、実は……」
未だに座り込んだままなジェナの手を引き、立ちあがらせるヴィオレッタ。
身重である彼女を、カウンターにある椅子へと座らせながら、何が起きたのかを問うた。
状況が状況だ。この席を占有する者も、ジェナを座らせるのに文句を言ったりはすまい。
ようやく平静さを取り戻したであろう彼女に事情を聴いてみる。
するとどうやらジェナは、ここで一人最後の片づけをしている途中、不意に何者かによって襲われたのだと言う。
頭には何かを被っていたそうで、残念ながら顔は判別できていない。
相手は刃物を手にこそしていたものの、それを振りかざし恫喝するばかりで、実際には危害を加えてはこなかったのだと。
ただ驚いた拍子に転んでしまい、手首を捻ってしまったそうではあった。
「まずは身体の無事を確認しましょう。レオ、急いで彼女を医者の所へ連れて行ってくれないか」
「わかった」
とりあえず今は何よりも、ジェナの状態を確認するのが先決であるため、レオに頼み医者の下へと連れて行くよう頼む。
こんな時もエイダが居れば、すぐに簡易的な診断をすることも可能だろう。
ただ今はそれすら出来ないため、多少なりと医療知識を持つ、傭兵団専属の医者に見せるのが無難な対処に思えた。
頼むなりレオはジェナを抱き抱え、小走りで外へと飛び出していく。
「ヴィオレッタ……。憤るのはわかるが落ち着いて、ヘイゼルさんの所へ知らせに行ってくれ」
横目でヴィオレッタを見ると、彼女は拳を握りしめ怒りを露わとしている所だった。
その気持ちは重々理解できる。
身重であるジェナを狙うなどという行為に対し、卑劣であると憤りを覚えているに違いない。
「こんな時間に男が家へ押し掛けたら、ヘイゼルさんの子供が怖がるはずだ。ヴィオレッタなら面識もあるだろうからお願いしたい」
「……ああ、そうだな」
穏やかな口調を作り諭すと、ヴィオレッタは不承不承ながらも首を縦に振る。
ここで彼女に別の役割を担って貰わないと、感情的になって犯人を捜すため飛び出し、武器を手に街中を走り回りかねない。
深夜とはいえ街には誰かが出歩いているだろうし、そんな姿を衆目に晒す訳にはいかなかった。
一つ大きな息を吐き、ヘイゼルさんの住む家へと向け走りだすヴィオレッタ。
その後ろ姿を見送ると、僕は静まりかえった酒場内をグルリと見回す。
武器を持っていたとのことだが、周りのテーブルや壁にはこれといった傷はない。
つまりここを荒らすというのが目的ではなく、ジェナを脅すことのみが目的であったのだろう。
まず間違いなく、ここまで色々とやらかしてくれた何者かの仕業に違いない。
いくらなんでもこのタイミングでは、他の第三者が偶然行ったと考えるのは無理があった。
車輪に始まり、盗まれた美術品が家の裏手に置かれ、家の扉が破壊された。
ここまでは僕等三人を対象とした嫌がらせと考えることも出来たのだが、ジェナに関しては僕等というよりも、僕個人の関係者であると言っていい。
ならば対象はレオやヴィオレッタではなく、僕一人だ。
だがこれで一つ、確信を持って言えることができた。
つまりこれをやったのは、僕がジェナと関わり有るというのを知っている人間。
既にわかっていた事ではあるが、ようするに傭兵団内部の人物であるということだった。
「まったく……、馬鹿な真似をしている暇があったら、自分の腕でも磨けばいいだろうに」
それなりに関わりもあり、身元に多少の責任も感じているジェナが怪我をしたのだ。
ヴィオレッタではないが、僕も腹立たしい気持ちがあるのは否定できなかった。
憤りが口を衝き、言葉として表に現れる。
しかし直後に思い返してみれば、腕を磨けという発言は少々理不尽なものではないかと思わなくもない。
「……って、ズルをして戦ってる僕が言えた義理じゃないか」
無論僕とて普段から訓練を怠っているつもりはない。
非番の時にはレオとヴィオレッタを相手に模擬戦闘もしているし、その際には装備の能力を使わずに行っている。
ただ僕が戦場において使っている装備は、異星の技術にって作られた代物だ。
それに敵の察知だってエイダの助力を得ているという点で、嫌がらせを行っている人間とは大きく条件が違う。
隊長位に就いたのだって、同郷の出である団長からの贔屓あってのものであるのは否定できない。
これらを連中が知る由など無いのだが、卑怯と罵られても仕方のない状況だとは思えてきた。
ヤツが行った行為は許されざるものであるのは確か。
だが僕自身、若干ながらバツの悪い心境を覚えざるをえないのは事実であった。