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連続 02


「冗談じゃない……」



 帰宅し我が家へと帰り着いた僕等は、家の前で立ちつくし呆然としながら呟く。

 僕等は駄馬の安息小屋で夕食を摂り、謝罪代わりにヘイゼルさんから奢ってもらった酒による酩酊感から、若干気分を良くしていた。

 しかし家の前へと帰り着いた早々に現れた光景は、その良好な精神状態に水を差す事態であった。



「なんなのだコレは! 私たちが出た時には、何ともなっていなかったぞ!」


「なんだと言われてもな……」



 怒りに身体を震わせるヴィオレッタの声が、酔った頭に刺々しく響く。

 彼女とは異なり唖然とした僕が脱力して見る視線の先には、少しずつ修繕しようやく真面に住めるようになった我が家。

 そしてその入り口に据えられた扉……、だったもの。


 特別分厚くはないものの、僕等がこの家を貸し与えられた時には既に備わっていた、一枚板の飾り気のない扉。

 それがものの見事に破壊され、家の入口には割れた板や木屑が散乱していた。

 外からは家の中が丸見え。春も過ぎ夏の足音が感じられ始めたとはいえ、これではさぞ夜は冷えることだろう。

 虫も入り込んでくるだろうし。



「誰の仕業だ……。こんな真似をするなんて」



 何がしかの事故によってこうなったとは、いくらなんでも考え難い。

 硬いモノがぶつかってというよりも、叩き割られたと言っていいだろう壊され方をしているため、明確に悪意を持って行われた行為であるのは明らか。

 その割れ方は昼間の車輪と同様、刃物を使って破壊されたのだと思われる。


 突然の状況によって酔いも吹き飛んでしまった僕は、路地裏に吹く涼しい空気で頭を冷やしながら考え込む。

 すると脇からレオが前に出ていき、昼間の車輪を見た時と同じようにしゃがみ込み、破壊された断面を見て呟いた。



「普通の斧じゃない」


「……わかるのか?」



 普通はこういった代物を破壊する時に使う刃物と言えば、真っ先に思い浮かぶのは斧だ。

 剣や槍のような、生物を対象として使うための武器では、木材に対して使うには不向き。

 当然破壊するのは可能だけれど、少々時間がかかるのは事実だろう。


 対して斧はそもそもが木を切るための用途で作られた代物であり、重量と遠心力を使って対象を切っていく。

 もしも街中で使うのであれば、使われたのはおそらく取り回し易く携行も容易な手斧。

 だがレオはそういった、ごく一般的な斧ではないと言う。



「たぶん……、大型の戦斧か鉾斧(ハルバード)だ」



 一瞬の逡巡の後ではあるが、レオは確信を持って断言した。

 今まさにレオが告げた物は、ごく普通に流通しているような代物ではない。

 いや、一応誰にでも売られてはいるのだが、一般の市民が所有するような類の斧ではなかった。

 持っているとすれば、戦場で使い戦いを生業とする者。つまり同盟一帯においては傭兵だ。



「わかるもんなのか?」


「何度かあれで木を切ったことがある。たぶん間違いない。それに昼間の車輪も同じだった」


「……そういうのは早く言ってくれ」



 レオが告げた言葉に若干の驚きと同時に、呆れが混ざった反応を返すしかない。

 もっと早く知っていれば、夕食を摂りに行った時点で、ヘイゼルさんに何がしかの相談もできたというのに。



 とりあえずそれは置いておくとして、問題はその使われた道具に関してだ。

 普通は斧を主装備とする者であっても、非常時以外には自身の得物で木を切ったりはしないと聞く。

 そもそもが伐採の道具であるため、その用途で使えることに疑いの余地はない。

 使用感や切れ方が若干違うとも聞いたような気はするが、それでも彼らが木材に対して使いたがらないのは、単純に高額である武器が消耗するのを嫌がってだ。


 確かによく見てみればレオの言う通り、普通の木工向きな斧に比べて、若干破砕したような感じが強いだろうか。

 案外刃の中でも比較的丈夫な、分厚い部分を使ったのかもしれない。




「ということは、これをやったのは身内で間違いないか……」


「アル! まさかお前は、団内にこのような行為をする輩が居るとでも言うのか!?」


「それはそうだろう? この街の住人で、他にこんなのを使う人間は居ないよ」



 僕が独白めいて呟いた言葉に対し、食って掛かり詰め寄るヴィオレッタ。

 彼女は自身が誇りを持つ傭兵団の中に、こういった嫌がらせを行う人間が居ると信じたくはないようだ。


 しかし彼女自身も、よくわかっているはずだ。

 昼間の荷車を破壊された件や先ほど窃盗の疑いをかけられた点など、僕等を標的として行われているのだと。

 だからこそヴィオレッタが信じたくはないという気持ちも、若干ながら理解はできる。

 ただ僕自身に関しては、このようなことをされる理由に少しばかり心当たりがあった。



「……目をつけられ過ぎたかな」



 微かな呆れを混ぜ込んだ嘆息を一つ。

 おそらくではあるが、発端は僕が団長から贔屓とも言える扱いを受けているせいだ。


 僕と団長は同じく地球圏の文明出身であること。そしてヴィオレッタを預けられ、その婚約者とされた次期団長候補であること。

 これらが次々と重要な任務を振られていることへと繋がり、挙句春の頭には隊長という位に就任するに至った。

 未だに部下の一人も居ない、形だけの隊長ではあるけれど。


 ともあれそういった経緯があるせいで、僕等よりも少し上の先輩傭兵たちから快く思われていないのは明らか。

 先日のエイブラートでも、刺々しい視線に何度となく晒されてきたものだ。



「それはあるやもしれんな……。後輩が優遇されていつの間にか上へ立っていれば、嫉妬の一つも起ころうというものだ」


「こればかりはね。僕が逆の立場だったら、やっぱり口惜しい想いをしただろうし」


「……団長もその程度、予想出来ないでもなかろうに」



 僕と同様に、深いため息を衝き呆れるヴィオレッタ。

 どうやら彼女からしてみれば、自身の父親が何を考えているのかを測りかねているようだ。

 それは僕にとっても同意見で、団長は少々変わり者というか目的に対する手段がドライな面はあるが、決して人の心情が読めないような人間ではない。

 彼であればトラブルの種となるであろうというのは、十分に予測の範疇であったはずだ。


 ただ今この場で団長の真意を探っても仕方あるまい。

 僕はとりあえず壊れた扉を跨ぎ、家の中に入って背後の二人へと告げる。



「ひとまずは金銭だけ持って、駄馬の安息小屋へ行こうか。今夜ここで眠るわけにはいかないし」


「同感だ。扉の壊れた家で眠るなど、野宿に等しい。今度は何をされるかわかったものではないしな」


「ああ、わかった」



 二人は考える必要もないとばかりに即座に同意。同様に家の中に入り、持っていく必要がある僅かな品を物色し始めた。

 駄馬の安息小屋には、簡易ながらも宿泊可能な部屋が用意されている。今夜はそこで夜を明かすとしよう。


 このまま家に残っていては、今度は何をされるとも知れない。

 まずは決して手が出せないであろう場所へと移動し、僕等は今後の対処について考えることにした。





 眠ることすらできなくなった我が家から、一時の寝床を求めて駄馬の安息小屋へ。

 その道中は何がしかの嫌がらせや襲撃を受けるのではと、警戒しながら歩く窮屈なものだった。

 深夜に近い時間帯、周囲を警戒しつつ歩く僕等の存在は、周囲からはさぞ不審に見えただろう。

 だがそこは仕方があるまい。



「あら、皆さん。もうお帰りになったと思っていましたが……」



 再び足を運んだそこで出迎えてくれたのは、この酒場で給仕に納まっているジェナだった。

 生まれ育った街から連れて帰ったことにより、彼女はラトリッジに居を移している。

 現在は身重であるため体調と相談しながらだが、ここで働きながら落ち着いた生活を送れているようだ。


 先ほどは居なかったので今日は休みかと思ったが、どうやら酒場の奥へと引っ込み、休憩を取っているだけであったようだ。



「すみません、ちょっと所用で。ところでジェナさん、こんな時間に起きていて大丈夫なんですか?」


「ええ、この程度でしたら。それにある程度動いていた方が、気持ちとしては楽なので。さあ、どうぞ入ってください」



 少しだけ心配になったため問うも、ジェナは軽く笑みながら歓待の言葉を口にする。

 視線を下へと移して見れば、彼女の腹部は出会った頃に比べて随分と大きくなっている。

 もうすぐにでも生まれると言われても、十分信じれる程には。


 だが彼女はそれをさして気にした様子もなく、多少重い足取りながら酒場へと残る数人の傭兵たちに酒や料理を運び始めた。

 正直それをハラハラしながら見ているであろう、客となる傭兵たちの方が緊張していそうではある。



「どうしたんだ、お前ら。忘れ物でもしたか?」



 給仕をするジェナを心配に思い眺めていると、横からヘイゼルさんが近づいてくる。

 バックヤードで作業をしていたであろう彼女は、近寄りつつ怪訝そうにしながら問うてくる。


 僕はこれ幸いとヘイゼルさんへ事情を説明した。

 昼間にあった、荷車の車輪が破壊されていた件。そして僕等がここへ来ている間に、家の扉が破壊されていたこと。

 加えてレオの見立てでは、戦闘に使われるような斧で破壊されたであろうという内容を。


 勿論説明する内容は小声であり、他の傭兵たちには聞こえぬようにだ。

 一見してこの場に残っている傭兵たちは、その多くは顔を見知った人たちであり、ここまでの陰湿な嫌がらせを行うようには思えない。

 ただ現状では誰がやったか定かでないため、念の為こういった内容を聞かれぬようにしておかなければ。



「まったく、困ったもんだね……。稀に居るんだよ、他のヤツが伸し上がっていくのに嫉妬して、馬鹿をやるヤツってのがさ」


「そうでしょうね……」


「仕方ない、とりあえず今夜は奥の部屋を使いな。団長にはアタシから話しておく」



 サッサと行けとばかりに酒場の奥へと、僕等を押し込めようとするヘイゼルさん。

 その行動は僕等が邪魔だからというよりも、あまり長居をすることによって、多くの人間にここで厄介になるというのを気取られないために思えた。


 僕等に責任はないのだが、あまり堂々としていてはヘイゼルさんには迷惑を掛ける。

 団長と話してくれるということだし、後日何がしかの礼をしておく必要はあるだろうか。



「ああ、そうだ。とりあえず少しの間は大人しくしてな。くれぐれも犯人捜しなんてするんじゃないよ!」



 奥の部屋へと向かおうとしていた僕等の背後から、ヘイゼルさんの言葉が飛んでくる。

 おそらくは勝手にこれらをした人間を捜すことによって、団内に良からぬ不協和音が起きるのを敬遠してだろう。


 形式としては団から借り受けている物件とはいえ、折角それなりの月日と費用を費やして修繕した我が家だ。

 それを傷物にした輩に対する怒りというのは当然ある。

 だが懸念される理由にもある程度は納得がいくため、こちらが暴走して勝手な真似をする訳にはいかない。


 表には出さぬまでも、内心に黒い憤りを抱えたまま。僕らは一旦落ち着くため奥の部屋へと入り込んだ。







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