連続 01
エリノアさん撤収。でもまた出てくる。
くっころもさせずに女騎士を永久退場させてたまるか!
強い陽射しも届かぬ薄暗く涼しい路地裏で、僕はただただ首を傾げる。
眼前にはその路地裏で、道の隅へ寄せるように置かれた荷車。
既に引っ張る騎乗鳥は返却され、載せていた荷の類も全て運び込まれた後の、空っぽとなった荷車だ。
「これはいったい、どういう事なのかね」
僕の隣に立つ壮年の男性は、ジロリとした視線を僕へと向けてくる。
彼は傭兵団の備品担当者で、荷車や騎乗鳥、毛布などといった任務内容によって団員に貸し出される、団の資産を管理する人間だ。
元々は前線に出ていた傭兵であったようだが、負傷が原因で一線から退いたとのことだったか。
駄馬の安息小屋を任されているヘイゼルさんや、訓練キャンプのエイブラム教官のような、一線を退いて裏方に回った人たちと同じだ。
「いえ……、僕にもさっぱり……」
その備品担当者が向けた言葉に、僕はなんとも曖昧な答えを返す。
僕自身どうこの状況を説明して良いものかわからず、突然の事態に困惑しているのは同じなのだから。
目の前に置かれた荷車は、その車体が本来在るべき状態とは異なり、斜めの状態となっている。
四輪一組で構成されている車輪の一つが、ものの見事に割れ脱落しているからだ。
この荷車から団に返却する荷物を降ろし、建物の中へ運び入れた時点では何も異常はなかったというのに。
「まぁ、君がやったんじゃないのはわかってるがね」
壮年の男性は困った様子で頭を掻き、深いため息をひとつ。
これまで他の傭兵たちが嫌がっているであろう、貸し出しに必要な申請書の類をマメに出してきたせいか、この人物からの覚えはわるくない。
おそらくそういった点から、僕が乱雑に備品を扱いはしないと判断してくれたようだ。
彼は四苦八苦しつつも荷車を引っ張り、残る三輪で建物横に併設された置き場へと運び始めた。
どうしてこうなったのかは知らないが、裏路地とはいえ人の往来もある場所だ。このまま放置しておく訳にもいかないのだろう。
季節は既に春の盛りを過ぎ、微妙に夏の気配が漂い始めてきた頃。
僕等はエイブラートから引き揚げ、しばらくの間留守にしていたラトリッジへと帰還した。
春の間はほぼずっとエイブラートへと滞在し続け、予定調和の戦争ごっこに明け暮れていた。
それも参戦要員の入れ替えという名目により、新たに来た人員と交代。
エイブラートの騎士であるため、そこから離れられぬエリノアと別れた僕等がラトリッジに帰還し、早数日が経とうとしている。
その数日間にしたことと言えば、三日間の短い休暇。
そしてたった二日だけではあるが、ラトリッジを離れて近隣の村へと赴き、危険な肉食獣を討伐したくらいだろうか。
荷車を使ったのも、毛皮が重宝されるというそれを運ぶためだ。
中で行っていたのは荷物の搬入と、必要な手続きの類がほとんどだった。
だがそこで彼と少々話し込んでいる間に、何者かによって壊されたに違いない。
何せここまで運んでくる道中、破損するような気配は皆無だったのだから。
後に残されたほぼ真っ二つとなっている車輪を見るに、何ともない状態からこうなったとは考えにくかった。
「どうしたのだ? 渋い顔をして」
ジッと地面に残されている割れた車輪を見ていると、背後から声がかけられる。
振り返ってみてみると、そこに居たのは建物の中から出てきたヴィオレッタだ。
その後ろからはレオも続いており、二人が中へと運んだ荷物を整理し終えたのだと知れた。
「見てくれよ。酷いもんだろ」
「いったい何があったん――、なんだこれは?」
「戻ってきたらこの有様だよ。車輪の一つが真っ二つ」
僕が指さす車輪へと近寄り、しゃがみ込んで観察するヴィオレッタ。
最初こそ顔を顰めていたが、徐々に表情は訝しげなものと代わる様子が見て取れる。
彼女もまた道中これといった異常を察知してはいなかったので、こうなっている状況を不思議に思っているのだろう。
車輪には基本的に頑丈な木材を使ってあり、手入れも丁寧に行いながら使い続けている。
いずれはこういったことになるとは思うものの、そう易々と壊れて使い物にならなくなるような品ではないのだ。
だとすれば誰か、人為的にされたと考えるのが普通だろうか。
「子供たち……、はたぶん違うかな」
「まず違うだろう。斧を用いても、子供の腕力でどうにかなる強度ではないはずだ。それにいくら子供といえど、傭兵団相手に悪戯を仕掛けはしない」
それとなく呟いた内容であったのだが、返されたヴィオレッタの言葉になるほどと考えを打ち消す。
傭兵団の保有施設が複数存在するこの近辺は、路地裏ということもあり、ラトリッジの中でもあまり治安のよい地域とは言えない。
だが比較的一般市民の暮らす住宅地も近いため、周辺にはそれなりの数子供たちが居る。
しかしその子供たちは、決して傭兵団の所有物へと触れることはない。
悪戯であったとしても相手を選ぶだけの知恵は持っているし、親からもそう言い聞かせられて育っているのだ。
だとすればやはり、誰かからの嫌がらせであろう。
車輪は随分派手に壊されているようなので、破壊する際に発した音は大きかったはず。
だが僕等は全員建物の奥に入っていたため、そういった音に気が付かなかったようだ。
などと考えていると、レオが割られた車輪へと近づいて屈み、割れ目へ指で触れ僕同様に首を傾げていた。
「どうかしたか?」
「……いや、なんでもない」
何か気付いたのだろうかと問うも、レオは立ち上がりしれっとした様子で告げる。
それが何となく取った本当に意味のない行動であったのか、それともあえて口にする程度ではないと判断するものだったのか。
どちらであるかはわからないが、さして重要な内容でもなさそうではあった。
「とりあえず僕は謝って来るよ。こっちも責任があるかは微妙だけど、一応はやっておかないと」
「わかった。では私たちは先に家に戻っているとしよう」
一足先に住処に戻っていると言うヴィオレッタに頷き、足元の割れた車輪を持ち上げ二人を見送る。
その背が路地の角を曲がって見えなくなったところで、僕は嘆息しながら空を見上げた。
「こういう時に限って居ないか……。タイミングの悪い」
空の向こう。本来であればこちらを常時見下ろしているであろう、衛星に向けて恨めしさを口にする。
普段ならこういった言葉を吐くと反応するであろう、エイダの言葉も今はない。
何故なら彼女は、定期的に行う必要があるメンテナンスのため、機能の大部分を停止させているからだった。
現在進行形で最低限必要な、言語の翻訳機能などの極一部を除き、システム全体をチェックするためにほとんどが休眠状態。
当然衛星から得られる情報も遮断され、僕は情報という面において、一般の人たちと全く同じ戦場に立たされることとなっていた。
今も森の奥底に在る航宙船を離れて以降、ここ二年以上ずっと定期的な点検をおざなりにしていた。
なので今回は全ての作業を終えるのに時間がかかるようで、その終了予定は今から二日後。
普段戦場外ではそこまで利用しないというのに、このタイミングで彼女の力が必要になるとは思ってもみなかった。
これも全てはエイダの忠告を受け流し、メンテナンスを後回しにし続けていたツケであろう。
「仕方ないか……。とりあえず、謝ってこよう」
誰も返してはくれぬ言葉を呟き、備品管理を行っている建物の入り口をくぐる。
すっかりエイダが居る状況に慣れてしまっていた僕は、独り言のように言葉を吐く癖がついているのを初めて自覚したのだった。
▽
「アルフレート、ちょっといいか」
夕食を摂りに訪れた、傭兵団専用の酒場である駄馬の安息小屋。
そこへと足を踏み入れた僕等を待ちうけていたのは、いつも通りカウンターの奥へと立つヘイゼルさんだった。
ただいつもは淡々とした様子で、あるいはニカリと笑って迎えてくれる彼女の表情は固い。
どこかこちらを睨みつけるようでもあり、何かを責めようという意志さえ感じさせる視線であった。
「……どうかされたんですか?」
「いいからちょっとこっちに来い」
ヘイゼルさんはチョイチョイと、三本の指で手招きする。やはりその様子は怒っているようにしか見えない。
名前の呼び方一つとっても、愛称の"アル"ではなくフルで呼んでいる点が、どこか不気味さすら漂う。
何かとんでもない失態をしでかしてしまったのではという不安感から、僕の背には急激に汗が流れ始めていた。
呼ばれたのは僕だけであったため、レオとヴィオレッタには席で待ってもらい近寄ってみると、やはりその表情は険しい。
以前にも似たような状況はあったのだが、結局が冗談であったその時以上の、張り詰めた空気が感じられた。
「一つ聞きたいのだが、お前はこいつに見覚えはあるか?」
そう言ってヘイゼルさんは、カウンターの上に重い音をさせ一つの木箱を置く。
いったい何であろうと思い中を覗き込んで見ると、入れられていたのは一見して陶器で作られた花瓶。あるいは水差しか。
表面には細やかな絵付けがされ、一目見て高価な代物であるというのがわかる。
ただ僕はこのような品とは縁遠く、まったくもって見覚えがなかった。
「いえ、ありませんね。正直こういった美術品には疎いので、以前に同じ物を見ていても覚えていないかもしれませんが」
ウソ偽りなく、ありのままを話す。
ヘイゼルさんは僕よりも遥かに色々な経験を積んできた人物であり、正直に言わねばアッサリと嘘は見破られてしまうだろう。
そもそもそんな嘘をつく理由などないけれども。
しばしヘイゼルさんは黙ったままで、こちらを凝視し続ける。
重苦しいプレッシャーへと晒され、酷く居心地の悪い空気が漂う。
然程の時間ではないと思うのだが、どれだけの時間が経過しただろうかと思い始めた頃。深く息を吐いたヘイゼルさんによって沈黙は破られた。
「……嘘ではなさそうだな。まぁわかってはいたが」
やれやれとばかりに肩を竦めるヘイゼルさん。
だが僕にはいったい彼女が何を言わんとし、どういった意図でこのようなことをしているのかが理解出来ずにいた。
当然それに対しての説明を求めると、若干申し訳なさそうな様子となりつつも、抑えた声で事情を話してくれる。
「実はこれなんだが、昨日表通りに建つ商家から盗まれた品でな。今日になって発見されたのさ」
「……それがどうして僕に?」
「見つかったのがお前らが住んでいる家の真裏にある、物置小屋の横だったからだ」
ヘイゼルさんの告げた言葉に、僕は驚きよりも先に不可解さを強く感じてしまう。
昼間にあった荷車の車輪を壊された件に続き、一日にこうも不運が重なるものだろうかと。
勿論そのような品が、僕等の住む家の裏手に在ったことなど知る由もない。
僕はそんな物に関心もないし、それはレオとヴィオレッタも同様なはず。
しかも最近では家の修繕を終えたことによって、金銭的にも若干余裕が生まれてきたため、わざわざ盗みを働く理由すらないのだから。
そもそも僕等は盗まれたとされる昨日は、団からの指示でラトリッジを離れていた。
この事実そのものは、ヘイゼルさんが一番よく知っているだろうに。
「だからすぐにお前の言い分を信用してやっただろ? こっちだって確認くらいする義務があるんだ、勘弁してくれ」
僕の考えている不満など、彼女にはお見通しであったようだ。
平然とした様子で向けられた言葉に、僕は文句を言う口を塞がれてしまう。
どちらにせよ、これであらぬ疑いをかけられずに済んだ。
少々問題が立て続いてはいるが、こういうこともあるのかもしれない。
疑って悪かったと告げながら、僕等全員分の酒を奢ってやると言うヘイゼルさんの言葉に、僕はとりあえずその場では、気をよくしておけば良いと考えた。




