騎士道 11
この程度の行動、やはりヤツにとっては予測の範疇か。
ドーエンは瞬時に追撃の動きを止め、こちらへと顔を向ける。
しかしそのまま身体を向き直し手にした鉄棍を振り回そうとするも、流石にこちらが全開で跳躍する速度までは想定の範囲外であったようだ。
横薙ぎにされた武器が僕へと到達するよりも、懐へと飛び込むのが一歩早かった。
ボロボロになった中剣を一閃。少々無理な姿勢ながらも、二つに分かれた鉄棍の間に伸びる鎖を断ち切った。
張られたそれが失われたことにより、手にしていない側の棍はあらぬ方向へと飛んで行く。
「っ! うらああぁぁ!!」
鎖を断ち切ったことによってへし折れた中剣を破棄。身体を捩じって踵からドーエンへと蹴りを見舞う。
真っ直ぐに向かう足裏はドーエンへと迫るも、寸でのところでこちらの攻撃に反応したようだ。
残った半分の棍で受けられ、強引に押し込むような蹴りによって後方へと弾き飛ばす。
数メートルもの距離を飛び、地面を転がっていくドーエン。
廃屋の壁へと激突しようやく止まったところで、僕は追撃のために突進しようと考えるも、寸でのところでエイダによって制止された。
<警告。これ以上は身体への負担が大きすぎると思われるため、停止を推奨します>
『……そうだな。目的は果たしたんだ』
一応肝心の武器は破壊に成功したのだ、更に欲をかいても碌なことにはなるまい。
僕はエイダの忠告を聞き受け、すぐさま距離を取って装置の起動を解除した。
解除すると同時に、身体からは感じていた圧迫感が消えていく。
その代わり新たに圧し掛かってきたものは、強い倦怠感と骨の痛み。そして激しい動悸であった。
「こいつは……、やっぱり気安く使えないな……」
想像以上の負荷に驚き、地面へと膝を着く。
冷たい空気の中にあるというのに、身体中からは汗が止めどなく流れ、早く強い鼓動に振り回される。
しっかりと踏みしめているはずの地面が崩れ、奈落へと落ちていくよな錯覚すら覚えた。
ここまで必要性がなかったため使わずにいた限界性能だが、このザマでは今後も易々と使うのが躊躇われる。
「アルフレート殿! 大丈夫ですか?」
自分自身もまたもやドーエンによって弾き飛ばされたであろうに、僕を心配して駆け寄るエリノア。
地面を転げた時に出来た傷であろう、所々にある擦り傷が痛々しいが、一見して大した怪我は負っていない。
とりあえずは無事であるようだ。
「大丈夫。ちょっと息が切れただけですから」
「……なら良いのですが」
「それよりも、まだ終わっていませんよ」
そう言って視線を先へ向ける。
暗がりからはムクリと立ち上がったドーエンの姿が見え、今だ脅威は健在であることが明らかだった。
渾身の蹴りであったのだが、しっかりと防御されたようなので当然か。
ただ多少なりと効果はあったようで、その足取りは重い。
想定していた通り、全開起動時の攻撃は肉弾戦であっても、かなりの威力を発揮してくれるようだ。
もっとも、それ以上に自分がダメージを負っていては世話ない。
ドーエンは片方だけになった鉄棍を引きずり、ゆったりとした歩調で迫る。
若干ながら息も荒いように見えるが、その表情は愉快そうに歪んでいた。
「想像以上に楽しませてくれる。小僧、貴様のような戦士が敵に存在すること、我はこの地に感謝せねばならぬわ」
全身を血に塗れ、腕の一本は受けた攻撃によって折れ曲がっている。
そのような状態でもなお、ヤツはこちらへと歩み闘争の意志を滾らせ続けていた。
不敵な笑みを浮かべ近寄るドーエンの姿に、不気味さと僅かな恐れからくる寒気を感じる。
「まだ闘い足りぬ。もっと、もっと痛みをよこせ。さらなる血を流させろ!」
「……ったく、付き合い切れないな」
まったくもって冗談ではない。
こんな戦闘狂を相手に戦っていては、体力や命がいくらあったって足りやしない。
興奮のせいかどこかぶっ飛んだ思考をしているドーエンの言葉に嘆息しながら、脱力していた身体に鞭打ち、地面に着いていた膝を立てる。
エリノアに支えられ立ち上がると、僅かな立ちくらみによって視界が霞む。
いくら相手も負傷しているとはいえ、こんな状態では碌に戦うこともできないだろう。
もう少しだけ言葉を交わし、身体が回復する時間を稼ごうかと考え始めた時、ふと背後からある気配を感じた。
それは今まで馴染んできたものであり、僕にとってはある意味で最も信頼のおけるモノ。
「ホント……、良いタイミングだ」
「え?」
まだ何も気づいていないのだろう。訝しげに反応するエリノアに何でもないと告げ、一歩二歩と前に出る。
彼がこちらへ来ようとしているのであれば、もういっそのこと肝心な部分を任せてしまえばいい。
笑うドーエンに負けじと、精一杯小馬鹿にしたような表情を浮かべ、出来うる限りの侮蔑を込めて言葉を放つ。
「そんな身体でよく立ってられるものだと感心するよ。だがその為体に加えて三流の腕前じゃ、子鼠一匹殺せやしないだろうな」
「なんだと……?」
「族長のあんたがそれじゃ、おたくの部族も言う程大したことはない。何が戦士だ、ただの腰抜け共が底なしの阿呆を演じてるだけじゃないのか?」
鼻で笑いながら侮蔑の言葉を投げかける。
するとドーエンはしばし目を見開いていたかと思うと、次第にワナワナと肩を震わせ始めた。
案の定だが、ヤツは戦士としての矜持を侮辱されるのを極度に嫌う。
というよりもそれは、北方の部族に共通しているであろう、誇り高さから来ているのは想像に難くない。
「こ、小僧おおおぉぉぉぉぉお!!!」
ボロボロの身体であるにもかかわらず、激情に駆られ地を蹴り突進するドーエン。
挑発によって我を失うほどに激怒したようで、血走った目が赤く燃え盛るかのようだ。
手にした半分の鉄棍を振りかざし、真っ直ぐに突っ込むその姿を真正面に捉えながら、僕は真横を通り抜けていく風を頬に感じつつほくそ笑む。
「悪いな、頼んだ」
通り過ぎていったその背に、小さく謝罪の言葉を向ける。
真横を行く風は突進するドーエンへと迫ると、驚愕に表情を歪ませる男の身体へと、大剣を袈裟切りに振り下ろした。
切り裂くと言うよりは、潰し切ると形容する音と共に。
一陣の強い銀光に身体を裂かれ、地面へと盛大に撒き散らされるドーエンの鮮血。
錐揉みうって仰向けに倒れた男の表情には、変わらず驚愕の色が張り付いており、自身にいったい何が起きたのかを理解すらしていないようであった。
そして今後、それを理解する時はもう来るまい。
安堵の溜息と共に、尻餅つくように腰を下ろす。
同様にエリノアもまた唖然としながらへたり込み、敵を打ち倒したであろう人物の背中を眺めていた。
「無事か?」
振り返り僕等へと安否を確認する声。
その声の主であるレオニードは、さして感情の起伏が感じられぬ表情のまま近寄り、両の手を差し伸べた。
「一応ね」
「止めをさしたが……、余計だったか?」
「いや、助かったよ。正直こっちはもう指一本動かすのも億劫だ」
と言いつつも、レオに差し伸べられた手を握り返し立ち上がる。
猛烈な勢いでドーエンが迫っていた最中、遠く後方から感じたのはレオの力強い足音と気配だった。
背負う大剣の重量と、パワフルな動きが相まって鳴るその音は、僕にとっては既に耳に馴染んだモノ。
ケイリーが去った今となっては、チーム内で最も付き合いが長い少年。
遠くではあるものの、その音を聞き間違えるはずもなかった。
もっとも、それが真っ直ぐこちらに向かっているかどうかというのは勘に過ぎなかったが。
僕とエリノアを立ちあがらせ、自身が打ち倒した男の亡骸を確認するレオを見やりながら、自身の行動を振り返る。
本当であればもう少し、装置の出力を抑えてもヤツを倒すのに支障はなかったかもしれない。
それに発する言葉も含め、駆け引きを駆使すれば不意を打つのも容易だった可能性もある。
まだまだ改善すべきことは山のように有り、こういった判断能力に関しては、今後の課題といったところか。
そこまで考えたところで、以前に団長から言われた言葉が脳裏を過る。
「確かに、まだまだ半人前だよな」
僕はまだ必要な経験を積めていない、小童に過ぎないのだと自覚させられる。
団長から隊長位への就任を告げられたものの、これから下に何人もの部下を置く立場として、自身が本当に相応しいのか。
闘いにおける自身の未熟さを自覚し、僕は小さな苛立ちから軽く歯噛みした。