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騎士道 09


「ぬおおぉぉぉぉおおぉぉ!!」



 豪快な唸りを上げながら振り下ろされる鉄棍の一撃を、少し余裕を持って回避。

 先ほど見せられたような、地面を抉る破壊力を間近で炸裂されては、足元が怪しくなる可能性を考慮してだ。

 男が行う攻撃は、振り下ろす途中で軌道を変えてきたりということはない。

 おそらくだが一撃一撃の攻撃に渾身の力を込めており、そこまで器用な真似ができないのだろう。


 動きも決して早い部類ではないし、攻撃を見切って回避するにも許容範囲内。

 しかしレオと同等、あるいはそれ以上かもしれない怪力である以上、舐めて接近するのは危険だった。

 本能に忠実な戦い方をする男であるようだが、その実隠し玉を持っていないとは限らないのだから。




「自分で最強を名乗るとはね。よくも恥ずかしげなく言えるもんだ」



 轟音で振り回される棍を避けながら、男を挑発。

 僕が戦いの最中で度々行う手なのだが、戦闘によって昂ぶった感情を刺激してやることによって、行動の単調化を狙ったものだ。

 これが逆の効果を生む相手など、僕はヴィオレッタくらいしか知らない。


 しかしこの男に対しては、これもあまり効果を現しているとは言い難いようだ。

 発した挑発に感情が揺さぶられた様子もなく、淡々と口を開く。



「言える。我らが部族においては、強者こそ知恵者。弱者は強者に従い、強者は弱者を導く。我が部族の長であることこそがその証」



 この男はどうにもこういった類の挑発には乗ってくれないようだ。

 先ほど戦闘前に感情を剥き出しとしたのは、戦士としての力量に対して侮辱されたと感じたためなのだろう。


 ドーエンと名乗った男の話す内容からして、部族の長となるのは、部族内で最強と認められたものであるようだ。

 強さは何よりも正しい価値観であり、強い者は偉く崇高なモノであると。

 そういった概念は決して珍しいものではなく、むしろ連合内の各部族において、一般的であるとは聞いたことがあった。



「なら強いところを見せて貰わないとな」


「言われずとも。我が部族の力、目に焼き付けるがよい!」



 叫びながら大薙ぎにされる棍を姿勢低く回避し、そのままの姿勢で地を蹴り接近。

 太腿の部分へと剣を振るい、直後に振り回される棍へと中剣を当て、僅かに軌道を逸らしながら横へ飛んで距離を空ける。

 振り返って効果のほどを確認するも、足から幾ばくかの血が流れるのが見えるだけで、ドーエンは然程気にした素振りもない。

 固い毛皮の服と鎧によるせいもあるだろうが、分厚い筋肉が深手に至らせなかったようだ。



「浅いな、小僧」


「そのようだな。そのうち切り落としてやるから安心してくれ」



 鼻を鳴らし告げるドーエンに向け、軽口で返す。


 それにしても、まさか偶然出くわした男が、部族の長であるとは思ってもみなかった。

 一応団長から受け取った資料には、男の外見的な特徴などが記してはある。

 剃りあげた頭髪に、全身へ入れられた刺青。そして人一倍大きな体格であると。

 ただ剃った頭はともかくとして、身体は服や鎧で覆われている上に、薄い月明かりのみなので刺青は一部しか見えない。

 それに体格だってここまでとは思ってもみなかったのだ。




 激しい突進と共にされる攻撃を回避し、あるいは受け流し。その度に傷を与えていくこと数度。

 再度距離を取った僕がドーエンを見やると、毛皮の衣類は傷から流れる血によって赤く染まり、薄明りを受けて不気味に浮かび上がっていた。

 血だらけ傷だらけではありつつも、ドーエンには動じた様子はない。

 むしろ戦闘の高揚感のせいか不敵な笑みすらうかべており、その姿からは不気味な気配すら漂い始めている。



「ちょっとは痛がる素振りくらいしてくれよ……」



 愉快そうな表情でゆっくりと近づくドーエンの姿に、ついつい悪態が口を衝く。

 装備を駆使し、それなりには強化を行って攻撃している。しかしどうにも上手く致命傷を与えられずにいた。


 手元の剣を見下ろすと、愛用の中剣から伝わる僅かな違和感。

 回避する時に何度か攻撃を受け流すため使っているせいもあり、かなりの負荷が掛かってしまったようだ。

 まだ新品同様であるというのに、これ以上は防御に使えそうもない。


 あまり強い力で攻撃しては、これがへし折れてしまうという可能性もあり、こちらの攻撃を鈍らせている要因となっていた。

 僕が想定していた以上に、ヤツの攻撃には高い破壊力が秘められているようだ。



「どうしたどうした! 逃げ回っているだけでは、貴様を強者とは認められぬぞ」


「……うるさいな。こっちにも事情があるんだよ」



 あまり攻撃を仕掛けぬ僕に対して焦れたのだろうか。ドーエンは吼えこちらの戦意を煽ろうとする。


 もう一本くらい予備を持って来たかったのは山々なのだが、奇襲を狙っての行動ではそうそう多くの武器を持って歩けはしない。

 それにコレのように強度を追求した特注品ではなく、普通の武器であればとっくに折れていたはず。なのでまだマシな方だと思うべきなのだろう。


 こんな相手には、それこそレオのような戦い方や武器が丁度よさそうに思える。

 彼であれば真っ向から斬り合い、重量級の大剣で一刀のもとに勝負をつけているはずだ。

 とはいえこの場に居ない人間に頼っても仕方あるまい。僕は嘆息し、ガラクタと化しつつある武器で迎え撃つべく、半身となって突き出すように構える。



 武器を失うのを仕方なしに覚悟し、攻撃を仕掛けようかと思い始めたその時。

 背後から不意に、鋭い声が届く。



「加勢しますっ!」



 叫び声と共に、僕の横へと並ぶ影。

 横目で見やると、そこに立っていたのは先ほど倒れていたエリノアであった。

 彼女は自身の武器を構え、眼前のドーエンへ向けて切っ先を向ける。

 どういった状況でああなったのかは知らないが、受けたダメージも幾分か治まったのだろう。



「戦えますか?」


「……はい。わたしも騎士としての誇りがあります、この命を賭してでも……っ!」



 あの時点で怖気づき震えていてもおかしくないというのに、彼女は戦いへ戻る選択をしたようだ。

 命を賭けようという考えには少々待ったをかけたくなるが、その気概に関しては評価したい気分にさせられる。

 この気力ばかりは本当に、騎士にしておくには惜しい。 




「では僕が囮です、エリノアさんは隙を見て攻撃を。ですが粘っても一撃まで、攻撃したらすぐに距離を取って下さい」



 ドーエンがゆっくりと迫る中、隣に立つエリノアと小声で打ち合わせ。

 とはいえ内容は至極単純なものであり、武器の強度が怪しくなってきた僕に代わって、彼女に攻撃を任せてしまおうというものにすぎなかった。



「わかりました。ですが武器が武器なので、あの巨体に致命傷を与えられるかは補償しかねます」


「上等です、行きますよ!」



 若干自信の無さ気であるエリノアの言葉。

 だが直接止めを刺せずとも、時間を稼ぎある程度の手傷を負わせられれば十分だ。

 それを聞くなり僕は再び武器を構え突進。ドーエンに肉薄し攻撃を誘発させた。



 エリノアが得物として愛用している、刺突剣(エストック)

 これは騎士たちにとって極々一般的な装備品であり、軽く取り回しがし易いというのもあって、使う者も多い武器だ。

 だが騎士たちが持つ物の多くは、刃を潰した装飾品であるというのも珍しくはない。

 それに対して彼女が使っているのは正真正銘、実戦に耐えうるだけの代物であるはず。


 もっとも刺突に特化したそれは、確かに手傷そのものは負わせられよう。

 だがあの巨躯に対しては、非常に心許ないものであるのは否定できない。


 しかしとりあえずはそれで十分。

 ここに至るまでで既に、廃村内での戦闘は傭兵団が優勢な状況へと傾きつつあった。

 余程のイレギュラーでもない限り、追々ここへも加勢が現れるはず。そうなれば如何な相手であろうとひとたまりもない。

 場合によっては、それこそ適任であろうレオに任せてしまえばいいのだ。




「ぬうぉおおおおおぉぉ!!」


「ほら、こっちだ! ちゃんと狙って攻撃しなよ!」



 所々で煽る言葉を放りながら、僕はチョイと身を翻して攻撃を回避し続ける。

 大振りで直線的な攻撃であるため、こちらから仕掛けるのを意識しなければ避けることそのものは容易。

 しかし内心は冷や汗ものであるのは否定できなかった。

 何せドーエンのする攻撃は、一撃で人をバラバラにしかねない破壊力を持っている。

 いくら僕が装備によって身体を強化していると言えども、あんなモノを食らってしまえば骨の一本や二本、いとも簡単にへし折られてしまうだろう。



「今だ、背中!」


「はいっ!」



 全身を使って振り下ろされた一撃を回避し、大きな隙が生まれた瞬間にエリノアへと指示を出す。

 直後に彼女は簡潔な返事と共に背後から一足飛びに接近し、ドーエンの背中へと刺突剣の一撃を見舞った。

 服と鎧を裂いてもぐり込む剣をすぐさま引き抜き、迷いなく跳躍。振り回される鉄棍の届かぬ距離へと退避する。


 エリノアはこちらの言葉を忠実に守っているようで、攻撃を続けるチャンスがあったとしても一撃まで。

 それ以降は無理をせず、可能な限り安全圏へと退避するという行動を繰り返していた。


 正直かなり助かる。彼女が言葉通り決死の覚悟で切り結ぼうとしていれば、僕は彼女を抱えて逃走を計る必要すらあったかもしれない。

 一見して無鉄砲に思えても、存外ここぞという時には冷静な判断が出来るのだろうか。

 あるいはそれどころではなく、ただ一つのタスクをこなすのに必死であるのか。




 しかし流石にその状況も長くは続かないようだ。

 どれだけドーエンが猪突猛進であろうとも、このような展開が繰り返されれば対処を講じるというもの。

 細かい傷を積み重ねれば大事に至るなど当然であり、歴戦の猛者であろうこの男には、最低限度それに対処する心得があった。



「ちょこまかと煩わしい小童共だ」



 スッと立ち止まり静かに呟く男。

 ここまでの印象と少々異なる様子を意外に思い注視していると、ドーエンはこれまで振り回していた鉄棍の両端を持ち、どういう訳かそれを捩じり始める。

 いったい何をしているのかと思っていると、一回転ほどさせたところで、棍の中央部が別れ二つへと分離した。



「否、これより先はお前たちを戦士と認めよう。我も全力でやらせてもらう」



 分かれたそれを両の手に一つずつ持ち、前へと突き出す。

 ただ分離したとはいうものの、正確には完全にそうであるとは言い難い。

 間は無骨な鎖状の物で繋がれ、ジャラジャラという音をさせながら垂れ下がる。


 その姿を形容するならば、僕がかつて見た大昔のムービーに出てきたような、ヌンチャクとかいう武器にそっくりだ。

 それも超が付く程に巨大な。



 ドーエンは武器を持って振り回し、あるいは回転させ周囲に暴力の嵐を撒き散らす。

 二つに分かれた棍の端に触れた瞬間、当たった廃屋の建材が吹き飛び、または粉砕され細かな木屑が舞う。

 これまでただ直線的なばかりであった攻撃は変化し、予測の困難な軌道へと変化しているようだった。



「さあ、同盟の戦士よ。続きを始めようではないか」



 猛獣が呻るような、獰猛な笑みを浮かべるドーエン。

 人並み外れた巨躯から打ち下ろされるその不敵な表情に、僕は過去にない程の苦難を感じずにはいられなかった。






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