騎士道 07
今回僕等が行っている行動は、前回攻め込まれた時とまったく逆の状況であると言ってよかった。
明りの類を手にしていないという点では前回と同じだが、今回は攻守が逆。
全身を濃紺のローブで纏い、一路草原の草へと溶け込むようにし進むは、連合の部族に占拠された廃村だ。
「こういうのは、性に合わん」
「だろうね、僕は苦手じゃないけど。マーカスとかはこういうの得意そうだ」
潜みながら草原を進む最中すぐ隣では、腰ほどの高さをした草を分け入るレオが小声で不平を漏らす。
彼は基本的に、正面切って斬り込んでいくような戦い方を好む。
こういった隠密行動に対しての適性は決して高いと言えず、苦手とする行動を取れば何がしかの細かいミスをするのも珍しくはない。
それでもレオを連れてきたのは、ひとえに彼が持つ戦闘能力の高さ故。
その細かなミスを帳消しにして余りある程に敵を打ち倒し、毎度非常に高い戦果を上げるのだ。
今回はそんな彼の能力が、特に必要となるだろう。何せ今から僕等が行おうとしているのは制圧ではない。蹂躙なのだから。
周囲には僕等の他に、三十人ほどの傭兵たちが。
背の高い草に潜んでいるうえ、暗さのため肉眼ではよく見えないのだが、皆が一様に同じような濃紺のローブを纏う。
気分はまるで傭兵ではなく暗殺者のようだ。
「なぁアル……、彼女は本当に大丈夫なのだろうな?」
身を低くして進む僕の背後から、どこか不安そうなヴィオレッタの声が聞こえる。
彼女は小柄であるため、レオの腰程度の高さをした草の中であれば、少し姿勢を低くするだけで容易に隠れて進むことが出来るようだ。僅かに腰を屈め、後ろを着いて歩く。
ヴィオレッタには、それが少々不服ではあるようだが。
「彼女って……、エリノアさんか?」
「当然だろう。あの調子で本当に戦えるのかと聞いている」
後ろを振り返ってヴィオレッタを見ると、彼女は少し離れたところへ向けて親指をさす。
そちらへと視線を移せば、俯き加減のエリノアがただただ無言のまま先を進んでいた。
彼女が着ているのは、普段纏っているような純白の軽装鎧ではない。
僕等と同じ濃紺のローブを着、フードを頭にかぶって夜闇へと溶け込んでいる。
あの綺麗な格好に騎士としての矜持云々があるのかと思いはしたのだが、存外こういった格好も問題なく着てはくれるようだった。
「大丈夫さ。彼女自身が戦うと言ったんだ、こっちはそれを信じるだけだよ」
「……だといいのだが」
ヴィオレッタが心配するのも無理はあるまい。
エリノアはエイブラートを出発して数時間、ずっとあの調子で誰とも口を利いてはいない。
一人で黙々と歩を進め、時折ハッとしたように沈み込むというのを繰り返している。
事情を説明し、団長から同行の許可が下りていることを告げた時、エリノアは沈んだ様子ながら一も二もなく飛びついた。
廃村を取り戻すための戦いに参加することによって、彼女自身騎士としての誇りを保とうと考え他のかもしれない。
しかしこのまま廃村へと突入し戦闘になった場合、今の彼女が冷静な判断を下して戦えるかは微妙なところだった。
「もしも戦闘に集中できず危なくなるようなら、その時は頼んだよ」
「仕方あるまい、任された。だが後で何か奢ってもらうぞ」
ケイリーに対してと同じく、同性であるエリノアが気にかかるのだろう。心配するヴィオレッタに、万が一の時には頼むと告げる。
彼女は僕の言葉にニカリと笑むと、何やら不穏な気配さえ漂う要求を提示してきた。
これは露店で買えるような、安い甘味などの類で済むとは思えない。
「……あんまり高いのは勘弁してくれよ」
「ケチなことを言うな。隊長になってから、受け取る報酬額が増えたことくらい知っているのだぞ」
何処まで本気で言っているのか、彼女は僕に集って美味しい想いをするつもりのようだ。
確かに隊長という位に就いたことによって、多少なりと受け取る報酬の額は増えた。
だがそれも精々が一割増えたかどうかといった程度に過ぎず、僕とて彼女らと財布の事情はそう変わらないのだが。
「わかったよ、もしもそうなったらな。……っと、そろそろ近いぞ」
雑談めいた内容へと変わってしまったヴィオレッタとの会話を打ち切り、正面へと視線を戻す。
とは言えやはりその先は暗く、明りが無いのでよくは見えない。だが連合の部族が占拠している廃村が近づいているのは間違いなかった。
あちらは本気であの廃村を足掛かりとして侵攻しようというのだ。こちらが取り返しに来る可能性も考えているのだろう。
僕等がしたのと同じく、明りを焚いて攻撃され易くなるのを警戒しているに違いない。
<推定一〇六人、内三割が武器を持って警戒に当たっているようです。それ以外は屋内に居る模様で、おそらく休息を摂っているかと>
『攻めてきた時よりも増えてるな……』
得られた情報をつぶさに報告してくるエイダ。それによると、連中がここを攻め落とした時よりも、いくらか人数が増えているようではある。
これだけの大所帯だ、案外部族内で戦える人間の全員が来ているのかもしれない。
個人の基本的な練度等ではこちらが上回っているはずだが、流石に数が数だ。不意を打つとはいえ、普通に戦っては少々厳しいだろうか。
何せ相手はこちらの三倍程の人数、少しくらいの搦め手を講じるのが無難と言える。
<ですが利用できそうな物もないのでは?>
『そうなんだよな……。まさかここで火を放つ訳にもいかないし』
周囲には多少背の高い草が生えているとはいえ、起伏もなく見通しは悪くない。
廃村の周辺には放棄された畑が広がっており、踏み込みえばその草すらなくなってしまうため、隠れる場所が無い。
火を放つというのは一見して有用そうにも見えるが、今度はこの一帯が丸ごと燃えて大事になるのは想像に難くなかった。
暗さに慣れた眼で斜め前を見れば、最前列を進むベテランの傭兵が、手で全体へと指示を送っている。
その内容を読み取るに、どうやらこのままタイミングを計って攻撃を仕掛けるようだ。
不意を突く以外にやれることも無さそうなので、仕方がないのだろう。
草の生えた中を進んで可能な限り近づき、一斉に攻撃を仕掛けられるよう待機。
勿論あちらさんの流儀に合わせ、こちらは攻め込む前に威勢の良い咆哮を上げる必要など皆無。
連中にとってはあれが必要なのだろうが、わざわざ攻撃のタイミングを教えてやることもないだろう。
それに僕等はあんな馬鹿でかい声を出せるわけもない。
武器を抜き放ち息を潜めていると、全体を指揮する傭兵が手で攻撃の合図を取る。
それを確認するなり、迷いなく草の中から飛び出し、畑の畝に足をとられぬよう駆けた。
今夜は空も曇り、月明かりがないためこちらの接近には気付きにくいはず。そういった面では多少なりと、人数差の不利を生める結果に繋がってくれるかもしれなかった。
石の少ない土の地面が足音をある程度消してくれ、それなりの勢いで走っているのに相手は気付く素振りを見せない。
見張りであるはずなのに談笑する二人の戦士へと、一足飛びに接近。
片方の背へと飛びつき、一刀のもとにその首を刎ね飛ばした。
「……っ!?」
もう一人の男もすぐさま異常を知り、手にした武器を振り回そうとする。
しかし振った腕は空を切り、周囲に熱を持った飛沫を撒き散らすだけであった。
見れば肘から下には何もなく、ただボタボタと血液が滴るのみ。僕と同時に突っ込んだヴィオレッタが、自身の短鎗で男の腕を斬り飛ばしたのだ。
悲鳴を上げようとする見張りの男。
肉薄して手でその口を塞ぎ、胸元へ中剣を一刺し。倒れゆく男の口を塞いだまま、しばし息の根が止まるのを待った。
「状況はどうなってる?」
男の口を塞いだまま、隣に立つヴィオレッタへと小声で問う。
おそらく他の傭兵たちも、今の僕と同様に見張りに立つ者を何人か、密かに始末している最中だろう。
問うと彼女は軽く周囲を見回し、問題ないと返した。
「エリノアさんは?」
「今はレオと一緒だが、思ったよりも落ち着いている」
ヴィオレッタが小さく指さす方向を見ると、夜闇の中にうっすら見えるレオとエリノアの姿。
二人は斬り捨てたであろう戦士の側で姿勢を低くし、何事かやり取りをしているようだった。
確かにその姿からは動揺を感じられず、初めて人を斬ったにしては平静さを保てているようにも見える。
「急ごう、連中もすぐに気付くはずだ」
エリノアの様子を確認するなり、すぐさま前を向き直す。
何せ未だ廃村の中には多くの敵が存在するのだ。今はまだ眠って気付いていないとはいえ、異常を察知するのにそう時間はかかるまい。
他の傭兵たちも、既に攻撃するため移動を始めている。僕らも急がなくては。
なるべく気取られないよう慎重に奥へと進み、廃屋の壁に背をつけ中の様子を窺う。
中からは幾人ものいびきが聞こえ、今が敵の数を減らす好機であると思われた。
ここでの金の匂いが強い状況を好むかは置いておくとして、本気で侵攻しようという敵の行動は放っておけない。
エリノアが戦う理由とは異なるものではあるが、僕はここで戦う理由を確かに見定めた。




