騎士道 06
酒場の一番隅に在る席へと移動し、とりあえずエリノアを座らせた。
どういう訳かは知らないが、彼女は今とても感情的になっている。話しを聞くためには落ち着かせねばならず、ケイリーに温かい香茶を淹れて貰うよう頼む。
しばらくしてポットごと運ばれてきた熱いそれをカップに移し、ゆっくりと飲むように告げる。
少しずつ飲み進めていくにつれ、二杯目を飲み終えたところでようやく落ち着きを取戻してきたようだ。
エリノアは小さく鼻をすすり、みっともない姿を見せたと頭を下げた。
「いったいどうしたんですか。そんなに取り乱して」
ようやく話が出来る状況となったエリノアに、単刀直入に問う。
聞き出すのが上手い人であれば、もう少し他愛もない話をしながら聞き出していくのだろう。
ただ今は何よりも気になるというのが先に立ったし、彼女自身が思いの丈をぶちまけたがっているように思えた。
「全部吐き出した方が良い。力になれるかはともかく、そうすればたぶん楽です」
「……はい。実は――」
促すなり早々に口を開くエリノア。
やはり彼女は誰かに思いの丈を聞いてもらいたく、そのためにここへ来たのだろう。
それが僕である必要はないのかもしれないが、とりあえず居合わせた縁だ。
詳しく話を聞いてみれば、彼女は騎士隊の拠点へ戻るなり、エイブラートの騎士隊隊長を問い詰めたようだ。
具体的に何をとは言わないが、そんなのは聞くまでもない。ここの戦場で行われている、金の匂いが色濃い戦いについてだ。
問い詰めると想像以上にアッサリ事実を打ち明けられ、騎士隊長その他事情を知る多くの騎士たちから、このように言われたのだという。
「青臭い考えは捨てろ。金が手に入るのだから別にいいだろう」と。
「よもやこれまで尊敬していた、騎士隊長からあのような言葉を聞かされるとは……。わたしが信じてきた騎士とは何だったのか」
「ですが騎士というのは、民衆のために在る存在でしょう。少々悪どいのは否定しませんが、それによって街に益があるのも事実。許容されても良いのでは?」
正義感の強そうな彼女にとっては少々酷であろうが、僕はエリノアに少々厳しい言葉を放つ。
実際この仕組みによって、エイブラートも相応の利益を享受しているのは事実なのだ。
傭兵団が長期的に滞在して金を落とし続けるうえ、このエイブラートまで連合が攻めてこない保証ともなっている。
その事実を受け入れるのも、一つの考えではないかと思ったのだ。
だがそう諭してみた所、エリノアは少々意外な答えを返す。
「わたしもある程度の年齢です。確かに騎士に夢は見ていましたが、完全に清廉な存在であると信じ込んでいたわけではありません」
「でしたら……」
「騎士という存在への失望があるのは否定しませんが、問題はその後です。わたしが本当に呆れているのは、自身の家についてなのです……」
続けてエリノアが離し始めたのは、彼女自身の生家について。
どうやら彼女は騎士隊で話を聞いた後、何がしかの商売をしていると聞く家へ向かったらしい。
「わたしの家は代々この街で、武器を専門に扱う工房の経営と、それを売る商いをしているのですが……」
彼女が口にした家の内情に、僕は妙な納得をしてしまう。
エリノアの抱えているであろう苦悩。その正体は騎士としてのモノもあるが、それ以上に家のしている商売に原因があったのだと。
家業として扱っている商品は武器。つまりは連合に流れているであろう、この一軒の核心部分に関わる存在であった。
事情を知ったエリノアは、自身の家もまたこの企みに加担しており、大きな利益を上げていた事実を聞いたとのことだ。
「ですがご実家も、商売でやっている以上仕方がないのでは……」
「父は常々職人たちに言っていました。『自分たちに代わり戦ってくれる傭兵のために、より良い武器を造ってみせよう』と。わたしは幼い頃から、そんな言葉をずっと聞いてきたのです」
すっかり冷めてしまった香茶のカップを手で包み、再び俯くエリノア。
他にも彼女の父親は、近所の人たちにも耳触りの良い言葉を吐き続けていたようだ。
曰く、「いつか戦いが終わり、穏やかな日々が戻ってくる」と。
そんな日が来るなどと本気で考えていないどころか、来ては困る状況で利益を求めていた父親の本性を、エリノアは知ってしまったのだろう。
詭弁であった父親の言葉。そしてそんな家の財力によって騎士となり、何も知らずのうのうとしていた自身。
これら二つの事実によって、彼女は抱えた苦悩を一人で昇華しきれなくなってしまったのだ。
「私が感じているこの感情は、幼いモノかもしれません。ですが信じて頑張ってくれている職人さんや、事情を知らず怯えている住人たちを騙していたのが許せない」
確か彼女は四女であり、これまで家業にはそれほど関わってこなかったと言っていた。
故に商売の暗い部分であったり、正論や正直さではどうにもならない部分に触れずにいられたのだろう。
それはある意味でとても幸せなことであり、彼女が大切にされた証明でもある。
温室で蝶よ花よと育てられ、自身の望む騎士としての道を与えられ、正義感の強い女性へと育った。
エリノアにとって最も一番許せないのは、そんな中で何も知らずに生きてきた自分自身であるのかもしれない。
僕にはそう思えてならなかった。
▽
都市エイブラート内に在る一軒の宿屋。
団長を始めとして数人の傭兵団上層部が宿泊するこの宿に来るのは、これで二度目だったか。
一度目はここで起きている特殊な事情を説明された時。二度目である今回は、まぁ何というか個人的な相談事だ。
「いまどき、なんとも気骨のある騎士が居たものだな」
ここまでの事情を説明するなり、声を上げて笑う団長。
あまり笑いごとでもないのだが、エリノアが示した真っ直ぐな想いに対し、返す反応に困ったのだろうか。
僕自身も彼女が純粋に過ぎるため、少々気恥ずかしくなってしまったのは否定できないが。
「件のお嬢さんほどではないが、昔はもう少しそういった気概を持つ騎士たちも、それなりには居たものだ。私がこの惑星に来た最初の頃だから、随分前の話ではあるがな」
どこか懐かしそうな様子で、手元にある何がしかの資料を眺めながら語る。
持っているのは羊皮紙で出来たもので、時折見かける紙の代物とは異なった。
内容はわからないが、用途によって使い分けをしているのだろう。
「随分と青いものだが、それでこの先騎士としてやっていけるのか不安にはなる」
「僕もそれに関しては同感です。正直彼女は騎士としては誠実すぎる」
誠実であることが悪いとは言わない。ただこの惑星において、同盟において騎士とはそうではやっていけない業種であろう。
その多くが賄賂や恐喝、その他不正行為に手を染め、真面目にやっていては馬鹿を見るのが、同盟における騎士という存在だ。
少々思考が幼くも思えるが、個人的にはエリノアは好感の持てる人物であると思う。
だがそうであるが故に、エリノアは騎士にはまったくもって向いていない。
「だが君はエリノア嬢の力になってやりたいのだろう?」
「……はい」
「やれやれ、こないだの娘と同じか」
団長は僕に対して呆れてしまったのだろうか。嘆息し目の前のテーブルへと資料を放る。
"こないだの娘"というのが、雪山で助け出したジェナを指しているのは言うまでもない。
確かに団長の言う通り、彼女に関しても本来であれば、それ以上に関わる必要性もない相手であったはず。
だが最終的には放っておけず、団長を説得してラトリッジまで連れ帰るという結果になった。
またもや見知って間もない女性へと、要らぬお節介を焼こうとしている僕に、辟易してしまった可能性はある。
「君は一見して人当たりが良いが、その奥底は人との関わりを損得で測る人間と言ってよい。だがさらに掘り下げてみれば、存外人間臭いというか情に脆いところがある」
「……申し訳ありません」
「何も私は責めているのではないよ。そう言うところ、私自身は嫌いではない。昔の友人を思い出す」
決して怒っていた訳ではないようだ。
ただ団長の嫌いではないという言葉を、額面通りに受け取って良いはずもないだろう。
その証拠と言ってよいのか、団長は放った資料の束から一枚を引き抜き、僕とその資料を交互に見やりながら告げる。
「気をかけてやるのは構わん。だがそれによって、団の任務に極僅かながら影響が出てしまうのは否定できん。君自身がどれだけ気を付けてもだ」
「それは……、自覚しています」
「なのでその穴埋めと言っては何だが、君にはこいつの対処を任せたい」
そう言って団長は、手にしていた一枚の資料を差し出した。
おずおずとその羊皮紙を受け取り、蝋燭だけの薄い明りへと照らし内容を読んでいく。
勿論未だにこの惑星の言語を介さないため、エイダによる翻訳が必要ではあるが。
記されていたのは、一人の人物に関してであると思われる情報。
大まかな外見的特徴に気性、取り巻く環境などがつらつらと列記されている。
「あの、これは……?」
「そこに書かれているのは、北方小部族連合を構成する、とある部族の族長と言える男だ。君にはそいつを討ってもらいたい」
「……斬るのは禁止だったのでは?」
団長の告げた言葉に、僕は疑問を口にする。
この戦場が連合側の部族を活かすことによって成り立っている以上、構成する一部族とはいえその頂点に立つ者を斬るという行為は、作り上げた仕組みを壊すのに他ならないと思えたのだ。
しかし団長は首を振り、今回ばかりは例外と否定する。
「そいつが率いる部族は、連合内でも相当なタカ派でな。今の構造を良く思ってはいない。むしろ潰して本格的に同盟へ攻め入ろうとしている」
「では連合の中でも鼻つまみ者でしょうね。向こうにとっても利益のある状況を、むざむざ台無しにしようというのですから」
「そうなるな。連合の中でもかなり多くの戦士を抱える部族なせいか、連中は限りなく武闘派だ。戦力に絶対の自信を持っているのもあって、食糧を交換条件としての撤退にも応じるつもりはないらしい」
「ではその部族長を斬って、現状を維持しろと?」
団長の意図するところとしてはそうなのだろうが、一応は確認のために問う。
すると団長は肯定の言葉を吐き、愉快そうな表情を浮かべる。
「戦う機会はすぐに来るぞ。なにせ今回廃村を占拠したのが、そいつの率いる部族だ」
「ああ……、あの戦う前に雄叫びを上げてた……」
件の部族が居るであろう場所まで、連合の勢力圏内をどうやって進んで行こうかと考え始めたところで告げられた内容は、朗報と言っても良いのかどうか。
ただ探す手間や危険を冒し連合内に入り込む必要性が無くなったのは、僥倖と言っていいのかもしれない。
いったいそのような情報を、どこから得たのかは知らない。
だが団長の話では、連中は食料を受け取らず、廃村に居座り続けているという。
それはつまり今後更に南下し、占領地を広げようという魂胆だ。
連合内でも自制の声は有るのかもしれないが、団長の口振りでは望み薄だろう。
「彼女にとっても、今の精神状態を払拭する良い機会だろう。連れて行くといい」
「よろしいのですか? 彼女は騎士隊の人間ですが……」
「問題はあるまい。どちらにせよ、戦闘の前には騎士の立ち合いが必要なのだ。上が文句を言って来るかもしれぬが、こちらで適当にあしらっておこう」
団長の言葉は軽く、丁度良いから一緒に倒してストレスを発散して来いとでも言わんばかりだ。
このようなことを傭兵団側で勝手に決めて大丈夫かとも思うのだが、然程の支障はないようだった。
口振りからすると、雇用主と傭兵という立場ながら、その力関係は逆であるのではないかと思えてならない。
「君ならば苦も無く対処できるはずだろう? 期待しているよ」
頼むというよりは、放り投げるように命令を下す団長。
余程の相手でなければ問題なく討てるだろうとは思うが、そんな簡単に任せても良いのだろうかと思わなくもない。
これも信頼と期待の表れであると捉えることもできる。
だが僕にはどこか団長が、とんでもなく厄介な相手を押し付けてしまおうと考えているように思えてならなかった。