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騎士道 05


 僕等がエイブラートへと帰り着いたのは、夜もすっかり明け、陽射しによって気温も上がった頃だった。

 一人も欠けることなく帰還した一団は、鳥車から荷物を下ろすなり、宿兼酒場である建物へと入っていく。

 そこから先は一階の酒場へ残る者や、そのまま部屋に戻って休む者など行動は様々。


 僕はと言えば、建物に入るなり部屋へは戻らず、酒場の席へと腰かけた。

 土地柄というか、宿を兼ねているせいだろうか。ここではラトリッジに在る駄馬の安息小屋と異なり、午前中から食事を出してくれる。

 メニューが書かれた板で頭を叩くという、乱暴な出迎えで歓迎してくれたケイリーに幾ばくかの注文をし、椅子の上でやれやれとばかりに伸びをした。


 座る席の隣には平然とした表情のレオが座り、対面には眠そうに欠伸をするヴィオレッタ。

 そしてテーブルの向かい、ヴィオレッタの隣には、沈んだ様子で俯くエリノアが腰かけた。



「朝だし酒は別にいいだろう? とりあえず食事をしてから眠ろう」


「異議なしだ。今頃になって眠くなってきた……」


「それでいい」



 大欠伸を隠しもしないヴィオレッタは、レオと共に同意。

 廃村で仮眠を摂ろうとしていた彼女は、眠って早々に叩き起こされたそのせいか、妙に眼が冴えてしまったようだ。

 帰還途中に鳥車の荷台へ座っていた時も、さして眠そうにはしていなかった。

 ただ帰り着いた途端に、緊張の緩みからか眠気を抑えきれなくなったらしい。



「エリノアさんもそれでいいですか? 食事をしてから戻られるってことで」



 俯いたまま座るエリノアに問うと、彼女はしばしの間を置いて頷く。

 気乗りはしないようだが、一応異論はないようだ。


 エリノアは騎士であり、本来イェルド傭兵団専用の酒場であるここに入る権利はない。

 ただ騎士とはいえそれなりに戦っていた姿を見ていたせいか、他の傭兵たちも彼女に関しては何も言おうとはしなかった。

 一度でも共に戦うと、そういった妙な仲間意識というモノが生まれるらしい。




 頼んだ食事が来るのを待つ間に漂う、どこか重苦しい空気。その原因は言うまでもなく、目の前で座り俯くエリノアだ。

 廃村から撤退しエイブラートに帰り着くまで、彼女はずっと口を閉ざし続けている。


 理由は言うまでもない。撤退を了承しないエリノアに向けて、今回の戦闘の意味を簡潔に告げたからだ。

 その瞬間は意味が解らないといった様子であったが、とりあえず説明するからと後退させた後、撤退の最中に詳しい説明をした。

 だが話す内、徐々に険しく唖然としていく表情は、非常に痛ましいものではあった。



「はい、お待ちどうさま」



 暗い空気が漂う中、頼んだ料理をケイリーが運んでくる。

 大皿の料理がテーブルにドンと置かれ、作り立てなのだろう、皿からはモウモウと湯気が立ち上っていた。

 芋を中心とした根菜と干し肉を煮込み、塩で味付けしたであろう品だ。


 これでも十分な品だとは思うのだが、ただどうしても北に位置するせいか食材に乏しい。

 春になったとはいえ、まだ新鮮な野菜類が手に入る訳でもないのか、保存性の高い物に手を加えた料理がほとんどだ。

 それでも更に北の地と比べれば、雲泥の差なのだろうけれども。



「……どうしたの? なんか落ち込んでるっぽいけど」



 料理を置いたケイリーは、厨房に戻ろうとする前にエリノアへと視線を向け、耳元へ寄り僕に問うた。

 一目見るからして意気消沈した様子をしているだけに、心配せずにはいられなかったのだろう。



「ちょっとな……。詳しいことは後で話すよ」


「あいよ。とりあえず無事帰ったんだし、騎士さんもしっかり食べていってよね」



 軽い調子でエリノアの肩をポンと叩き、厨房へと戻っていく。

 エリノアにその対応がどう響くかはわからないが、僕等のような傭兵にとっては、その爛漫な言葉は気が休まるものであった。

 彼女がチームに居る時は、それに随分と助けられたものだ。それが今後はチームではなく、この街に滞在する傭兵たち全員の物となっていくのだろう。

 やはりケイリーの適性は、こういった所に在るのかもしれない。



「とりあえず食べてしまおうか。温かい内に」



 そう言って大皿から料理を取り分け、エリノアの前へと置く。

 彼女は少しの間それを呆然と眺めてはいたのだが、しばらくして二股に分かれたフォークを手に取り、口へと運び始めた。

 どうやら多少なりと食欲はあるようなので、この点は一安心。

 元気を取り戻したとは言い難いが、とりあえずは食べ始めたエリノアにつられ、僕等も食事を始めた。



 しばらく無言のまま食事を続け、エリノアは食べ終えるなり立ち上がってその場で礼を述べる。

 簡潔なそれは、自身の我儘で戦場に残ろうとした件について。

 ただそれだけを言うとあとは無言のまま、食事の勘定を多めにテーブルへと置き、一度たりと振り返らずに酒場から出ていってしまった。



「……アル、彼女は大丈夫なのか?」


「さあな……」


「さあなってお前」



 心配そうに去っていく背を見ていたヴィオレッタの言葉に、僕は気のない返事で返す。

 それが彼女には無責任に感じられたようだ。テーブルに身を乗り出し、糾弾するような視線を向けてきた。



「他に言いようもないだろう。エリノアさんが騎士を続けていくのであれば、いずれは知ることになる事実だ」


「それはそうなのだが……」



 この都市に何人の騎士が居て、どれだけが事情を知っているかは定かでない。

 ただ彼女は家の格そのものも相応であるようだし、騎士を続けていくのであれば、いずれはそういった話しに触れるのは間違いないだろう。

 騎士という存在に人並み以上の憧れを抱いていたであろうエリノア。

 だが騎士とは本当はそんな高尚な存在ではないのだと。いつか気付く時が来るのは、避けられない事実だった。







「なんか面倒臭いことになってんだねぇ」



 街へと戻った後で食事を摂り、部屋に戻ってしばしの仮眠。次に目を覚ました時点で、既に陽は落ちきっていた。

 そのまま一階の酒場に降りて夕食を摂り終え、今は人の少なくなった酒場で香茶へと口をつけている。

 レオとヴィオレッタは既に就寝し、この場にはごく一部の酔い潰れた傭兵を除けば、僕とケイリーの二人だけ。

 一日の仕事をほとんど終えたケイリーは、席に座る僕の正面で、エールを傾け翌日への英気を養っていた。



「まさかこんなややこしい状況になるなんてな。普通に戦って倒すだけってのを簡単と思う日が来るなんて、想像もしてなかったよ」


「あたしにはそういうの無理だなぁ。小難しいこと考えながら戦うなんて性に合わない」



 ケイリーは僕のした説明に対しお手上げとばかりに肩を竦める。

 元々彼女はこういった話を積極的にするタイプではないので、相談されても困るという意思表示だろうか。


 気持ちとしてはわからなくもない。

 あくまでも僕が代表してそういった話に関わっていかねばならないだけであって、僕自身も特別そういったのが得意な方ではないのだから。

 団内での人員移動によって、マーカスがチームから居なくなった現在では特にそうだ。



「んで。エリノアさんだっけ、彼女はどうするの?」



 自身が飲んでいた木製のジョッキから、香茶を呑み終えた僕のカップに酒の半分を移しながら問う。

 あまり酒精に強い方ではない彼女は、久しぶりに飲んだであろう酒を持て余したようだ。



「どうもしない。エリノアさんが団の仲間なら手の打ちようはあるけど、彼女は僕等と違って騎士だ。どうこう出来る立場でもないよ」



 エリノアが相当にショックを受けているであろうことは想像に難くない。

 なので同僚であれば慰めることもできるだろうし、そうするのもやぶさかではない。

 ただ今言ったようにエリノアは騎士だ。騎士隊にも彼らなりの事情があるだろうし、余所者に口出しされるのを決して望まないはず。

 知り合って少し話しただけの人間が、過度に関わろうとするのもどうかと思えた。



「現実の話をすればそうなんだろうけどさ……。でもそれってなんか冷たい対応に見えちゃうよ。隊長になったからって、そこまで肩っ苦しく考えるのもどうなんだろうねぇ」


「……多少自覚はしてる」



 ケイリーの問いに対して、必要と思われる行動を口にしただけなのだが、少々事務的というかドライな反応が過ぎただろうか。

 隊長に就任した件が影響しているかは、自分ではよくわからない。ただ若干冷たいと受け取られかねない発言ではあっただろう。


 これまでも密かに、ケイリーはそういった面で僕やレオに、それとなく注意をすることはあった。

 今にして思えば、そういった内容を教えてくれる彼女には、大いに助けられていたのだろう。

 むしろ今では僕よりもヴィオレッタの方が、よほど人の気持ちを考えた反応を示すのではないかと思えてきた。

 やはり今からでも、ケイリーに戻ってきてもらいたい心境に駆られる。




 この内容が切欠となったのか、ケイリーは思い出したように過去の話を蒸し返す。

 僕やレオが……、というよりもヴィオレッタとマーカスも含め、僕等チームの全員がしてきた無神経な発言の数々を。

 今更と思いはしなくもないが、彼女なりに今後関わりの減るであろう僕等へと、手向けの意味も込めてか説教に近い形で話題として振ってくる。


 半ば反論の余地もなく、密かな感謝の気持ちも抱きながら黙って聞き続ける。

 しかしそうこうしていると、不意に小言を言い続けるケイリーの声以外の音が酒場内へと響く。

 驚いて音のした方を振り向けば、酒場入口の扉が激しく開かれており、そこには一人の人物が立っていた。



「……エリノアさん?」



 酒場の入り口に立つのは、昼間に食事をして出ていったエリノア。

 彼女は顔だけ下げた状態で立ちつくし、肩で息をしている。おそらくここへは走ってきたのだろう。


 立ちあがって声をかけた僕の声に反応し、エリノアが顔を上げた瞬間。僕はギョッとする。

 それは薄い照明の中、彼女の瞳に大粒の涙が光って見えたからであった。







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