騎士道 03
耳をつんざく、甲高いアラーム。
どこかで聞いたその音と同時に、赤い室内灯とWARNINGの文字が浮かぶ。
それは幼い頃に僕が乗っていた航宙船が、この惑星に墜落した時の光景だ。
いったい何事だと身体を起こし瞼を開けてみれば、そこは一面の暗闇。
赤く点滅するライトも、眼前に浮かぶ危険を示す立体映像による文字もない。
ただひたすらに、耳障りなアラームだけが聞こえていた。
いや、これは耳から聞こえているのではない。この音は僕自身の頭の中で鳴り響いているものだ。
<アルフレート、起きて下さい>
眠気からクラクラする頭に響く、エイダの声。
どうやら先ほどのアラームは、僕を叩き起こすために彼女が鳴らしたものであったようだ。
今ではこちらが目を覚ましたからだろうか、その音も収まっている。
『もうちょっと穏やかな起こし方はできないのか……』
<それは失礼。眠りが深かったもので、少々乱暴になってしまいました>
不満を頭の中で口にすると、申し訳程度に謝罪をするエイダ。
その口調は本気で誤っているようには思えない。どこか適当にあしらうような調子に、僕は寝起きながらも愉快ではない感情を自覚した。
未だに頭が呆とするのは否めないが。
<そんなことより早く起きて下さい。敵襲です>
告げられた内容に、自身の脳が一気に活性化するのを感じる。
それならばあまり好ましくない記憶にある音を鳴らしてでも、叩き起こそうとした理由もわかるというものだ。
おそらくエイダが察知したタイミングである以上、まだ外に居る見張りは気付いていないだろう。
『距離と数は?』
<現在地である廃村から、北北東二二〇〇m。現在確認されている限りでは、八三人程度。主に軽装鎧と大剣や斧で武装していると見られます>
急激に覚醒した思考とはうって変わってゆっくりと立ち上がり、エイダによる報告を聞きながら、慌てず廃屋を出て外へ。
周囲に対して接近を知らせたりはしない。
こんな襲撃を知りようもない距離で騒いでも、奇異の目で見られるばかりで、逆に警戒心を緩めさせる破目になりかねないからだ。
そのまま休む前にエリノアと交代した場所へと行くと、今はレオが外で毛布を被り監視を行っていた。
「レオ、異常はないか?」
「問題はない。静かなものだ」
探知した襲撃のことには触れず、レオに状況を問う。
彼は簡潔な報告をしながら、足元に置いてあった水筒を拾い、一口だけ水を含んだ。
寒さが身体に染みるとはいえ、空気が乾燥していることにより喉が渇くようだ。
「……来るのか?」
横に立って草原の向こうを凝視していると、唐突にレオは僕に対し短く問いかけた。
何がと言う必要もないだろう。僕はこれまで皆の前で、不自然なほどに襲撃を察知して来たのだ。
交代するような時間でもないのに起きてきた時点で、レオがそれを悟るのは自然な流れであると言えた。
「どうにも胸騒ぎがする」
「アルがそう言うなら間違いないだろうな」
僕がする予測への信頼を強く持ってくれているのか、レオは断定的な口調で呟く。
ここまでの信頼を寄せてくれている以上、今更襲撃の察知をしているのが自分ではないなどと言えたものではない。
ただ流石に確実性のある情報でないせいか、レオは自身の武器を手元に寄せるだけで、襲撃を知らせに周ったりはしなかった。
「レオ、一応確認しておくけど、今回は可能な限り……」
「わかっている。生かして倒せばいいんだな」
少々難しいのはわかっているが、ここであまり多くを斬ってしまう訳にはいかない。
殺してしまえば感情を逆撫でして、戦場が泥沼へと変わってしまう。そうなっては折角構築した市場とも言えるこの場の均衡が、崩れてしまいかねないからだ。
そのような事態を、同盟と連合双方の上は望んではいなかった。
だがこちらはともかくとして、向こうの戦士たちはこちらに対し、そういった手加減などはしてくれない。
何せ小部族連合の戦士たちにとっては、戦場での武勲こそが部族の誉れ。
個人としても落とした首の数で、その後の部族内での立ち位置が決まってくるそうだ。
そもそもこんな複雑な事情を説明されていないだろうし、小難しいことを考えて戦ってなどいないはず。
一方的に本気を出す相手に対し、こちらは適当にやり過ごしながら、犠牲者を出さぬ内に逃げ出さなければならない。
最初にこのような面倒臭い仕組みを生み出した人物を、僕は今になって呪いたい心境に駆られていた。
<距離一〇五〇m。尚も接近中>
そろそろ頃合いだろうか。
月明かりは薄らとしか照らしてくれないため、正直よくは見えない。
だがこれ以上近づかれては、こちらが迎え撃つ体勢を整える前に到達してしまう可能性がある。
勿論寝てる最中もある程度の緊張感を保っている傭兵たちだ。起きてすぐの戦闘もお手の物だろう。
しかし準備に取れる時間は、一秒でも長いに越したことはなかった。
「……見えた。敵襲っ!!」
タイミングを見計らい、適当に見えたと嘘をつき叫ぶ。
するといくつもの廃屋からバタバタと人の動く音が聞こえ、幾人もの傭兵たちが武器を構え飛び出してくる。
そのままで眠っていたのだろう。皆一様に鎧を着こんでおり、すぐにでも戦闘へ移れる準備ができていた。
一人のベテラン傭兵が僕へと近づき、敵の位置を尋ねる。
「よく見えたものだな」
「偶然に月明かりが差しまして。数はこちら以上かと」
本当はこちらの倍近い人数であるのだが、正確な数を言ってあらぬ疑いを持たれても困る。
それに相手を全滅させる必要のないこちらとしては、程ほどのところで切り上げ、エイブラートへと戻れば良いのだ。
戦闘の最中で急に不利であると判明すれば、戦いの途中で撤退する名目が立つというもの。
問うてきたベテランの傭兵も、事情はよく理解しているようだ。
独り言のように呟く言葉からは、撤退のタイミングを考えているであろう内容が漏れている。
この様子であれば、然程被害も出さずに撤退できることだろう。
ただ、僕には少々気がかりなことが一つあった。
後ろを振り返り一軒の廃屋へと視線を向けると、そこには白い軽装鎧に刺突剣を差す女性の姿。
言うまでもなく、騎士隊から案内役として派遣されたエリノアだ。
彼女は僕の掛け声か周囲の慌ただしい声か、どちらによってかは知らないが、しっかりと起きてきたようだった。
あるいは眠れずにずっと起きていた可能性もある。
眠そうな素振りも見せず、迫る戦闘への興奮からか、落ち着かない様子で慌ただしく動く傭兵たちを見つめていた。
「アルフレート殿!」
見渡す最中に僕の姿を見つけたようで、彼女はこちらへと駆け寄ってきた。
不安感を抱えているかどうかは知らないが、多少なりと見知った顔が近くに居るだけで、ある程度の平静を保てるのかもしれない。
近寄ってきたエリノアの息は若干弾んでおり、それが駆けたことによるものではなく、興奮から来るのだというのがありありとわかる。
「エリノアさん、貴女は僕の近くで戦ってください、援護します。……ところでヴィオレッタは?」
「ついさっき眠ったばかりなので、少し時間がかかっているみたいですよ」
そう言って彼女が指さした先では、他の傭兵たちよりも少し遅れて建物から飛び出したヴィオレッタが、背に二本の短鎗を背負っている姿が見られた。
さっき眠ったというのを知っているということは、やはりエリノアはずっと起きていたということなのだろう。
「絶対に無理をしないように。倒すよりもまず生き残るのを優先してください」
「了解しました。ですが可能な限り討ち取ってみせましょう」
僕の忠告を理解しているのかいないのか。
彼女はドンと胸を叩き、誇らしげに家紋らしきものが刻まれた刺突剣の柄を握り締めた。
あまり討ち取ってもらっては困るのだが、事情を知らぬであろう彼女には、そのような発想があろうはずもない。
彼女の叩いた胸の金属板が、夜闇に白く映える。軽装鎧であるとはいえ、白いそれはいかにも騎士といった風情を漂わせていた。
しかしその綺麗な鎧は、こと暗闇において危険な代物でもある。
相手から矢を射られるのを警戒し、こちらは現在松明の類を焚いてはいない。それは相手も同じであり、戦場全体がひたすら暗く、光源は月明かりだけという状況だ。
そんな中で彼女の纏う鎧は目立ちすぎるし、下手をすれば弓手の餌食となりかねない。
エリノアには側を離れないよう告げたので、僕は弓手の射線を意識して動く必要があるのだろう。
一度に複数のことを同時に考えねばならぬ状況に、それを補佐してくれるであろうエイダへ感謝の念を抱かなくもない。
隊へと昇格し隊長位を与えられた僕ではあるが、今はほんの少しだけ、指揮する者の気苦労の片鱗に触れたような気がした。