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騎士道 02


 星と月以外には一切の明りが無い空の下、僕は老朽化によって崩れた民家の壁に隠れ、草原の向こうを見渡していた。


 春とはいえ北部の夜は底冷えするようで、全身に被った毛布の隙間から、冷たい空気が容赦なく入り込む。

 本来であればこんな寒さだ、火でも起こして暖を取るというのが常識的な行動。

 だがそんなことをすれば、いつ攻めて来るとも知れぬ敵からは丸見え。

 遠くから矢を射て下さいと言わんばかりだ。


 よって寒さと暗闇を敵として、目を凝らし彼方を見つめ続けるのみ。

 流石に目も慣れてはきたとはいえ、暗い中で延々凝視するという行為は、なかなかに疲れるものだ。

 少し離れた場所では、何人かの傭兵が同様に見張りを行っている。

 周囲に誰も居らず僕一人だけであれば、夜間でも無関係に対象を補足するエイダの衛星に任せ、もう一枚毛布を撒きつけ眠るというのに。




「アルフレート殿、そろそろ交代いたしましょう」



 背後からかけられた声に反応し振り返る。

 そこには僕と同様に頭から毛布を被り、白い息を吐くエリノアの姿があった。

 ボロボロではあるが辛うじて雨風のしのげる民家に入り、同性のヴィオレッタと共に仮眠を摂っていたはずなのだが。



「いいんですよ、休んでもらっていて」


「そうはいきません。わたしの我儘で残ると言ったのですから、このくらいは」



 エリノアは僕の横へと座るなり、真似するように草原の向こうを見つめる。

 この場では客人であるはずの彼女は、どうやら律儀にも見張りを行おうとしているようだ。


 そもそも騎士たちというのは、戦闘の開始前に現れざっと視察らしきものだけをし、すぐに撤収していく。

 戦闘に加わることなどまず無いし、自ら見張りを率先してやろうなどという者は皆無だ。

 それは以前に任務で行ったデナムでも、まざまざと見る破目になった騎士たちの基本的なスタンスだ。

 なので本当に、エリノアの言動は珍しい。というよりも騎士としては有り得ない行動であると言っても過言ではなかった。




 大判の毛布で身体を覆い目元だけが出るという、一見して何だかよくわからない姿で見張りを始めるエリノア。

 その姿からは見栄や権勢ばかりを重んじるという、騎士に対するイメージ通りの印象は感じられない。

 少々真っ直ぐに過ぎる気質から受ける印象は、本来想像しなければならない騎士像そのものと言っても過言ではなかった。



「エリノアさんって……、他の騎士たちと少し雰囲気が違いますよね」



 そんな彼女に、僕は率直な印象をぶつけてみる。

 勿論多少なりと言葉は濁しておく。流石に「他の騎士と違って真面目ですね」などとは口に出来ようはずもない。



「そうでしょうか? ……確かに街の人たちからも、先輩方とは違うとよく言われるのですが。早くわたしも騎士として認めてもらえるようになりたいものです」



 彼女は僕がしたのと同様の内容を言われた経験があるようだ。

 ただその意味を正しく認識していないようで、決意を込めて毛布の中から出した拳を握る。


 おそらく街の人たちがエリノアに言ったのは、僕が思ったようなことと同じもの。

 認められていないどころか、むしろ褒め言葉と捉えるべきものなのだろうに。

 もしやとは思うが彼女は真面目そうな見た目に反し、若干天然気味なところがあるのだろうかという疑いが首をもたげる。




 何やら勘違いをしているであろうエリノアに、僕は話を変えるべく他の話題を振ってみる。



「そういえばエリノアさん。こう言っては失礼かもしれませんが、女性の騎士さんというのは珍しいですよね」


「そのようですね。エイブラートでも過去に居たのは二人だけですし、他の都市にも居るという話をあまり聞きません」



 エリノアは視線を草原から離さぬまま返す。


 基本的にどの都市であっても、騎士というのは志願制だ。

 男女の制限もないし、名目上広く一般に騎士隊の門戸は開かれている。

 それでも女性の成り手が少ないのは、ただ単純になろうと考える女性が少ないというものあるだろう。



「わたしは幼い頃から、童話に出てくる騎士に憧れていましたので。助け出される女性の側ではなく」


「でもよく許してもらえましたね。騎士になれるくらいですから、それなりの出自だと見受けますが?」


「家はエイブラートで商家をしておりまして。わたしは四番目の娘で、これといった政略結婚の相手も居ませんでしたから、嫁いでいった姉たちの分も自由にやらせてもらっています」




 エリノアが柔らかい口調で話していると、唐突に視線の向かう先の草原で、カサリと草が揺れる音が。

 反応して音のした方を見やるが、これといって何も動きはないし、そもそもエイダも敵の接近を知らせてはいない。

 風であろうかと思っていると、繁る草から姿を現したのは一匹の小動物であった。


 兎にも似たそれが跳ね余所へと行ってしまうと、隣のエリノアから安堵の溜息。

 ここまで普通に会話をしていたが、やはり彼女もそれなりに緊張していたようだ。



 不意の事態に動悸が収まらなかったのだろう。

 しばし呼吸を整えていたエリノアは、思い出したように話の続きを再開する。



「正直……、入隊試験も何もなかったのは拍子抜けでした」


「ではそのまま騎士に?」


「ええ。もっと厳しい試練が課せられ、それを乗り越えてから騎士へ任じられるものと期待していたのですが」



 どこか残念そうでありながらも、一方で瞳を輝かせながら力説。

 いったい彼女は騎士隊という存在に、何を期待していたというのだろうか。



 実際のところ、志願した所で本当に騎士として受け入れられるかどうかを左右するのは、個人の持つ実力や適性ではないと聞く。

 騎士に選ばれるかどうかの基準。それは家柄や資産であった。


 名目の上では一般市民に開かれているとされる騎士隊。

 だが本当はどれだけの実力が有ろうと、どれだけの熱意が有ろうと。名家の出であったり、家が金持ちでなければその門戸を叩くことすら許されないのだ。


 しかも入隊するためには高額な寄付金を払わねばならず、騎士とはそういった家にとってステータスとしての意味合いが強いモノだった。

 なので実質的に、騎士という階級は世襲制であるとすら言われる。

 推測した通りエリノアは良い所のお嬢様であったようなので、騎士隊に入っていたとしてもおかしくはない。


 もっとも、よく騎士たちが街中で強引な値切りをしているのを見るに、彼らの台所事情は芳しくないようではあるが。




「それじゃあ、今の騎士隊の仕事には納得していないでしょう」


「……仰る通りです。もっと街の人たちのために戦いたいのですが、何故か上が許してくれない」



 エリノアの表情は、今までにも増して口惜しそうだ。

 折角憧れの騎士になれたというのに、やることと言えば安全な後方で戦闘の報告を待つのみ。

 あるいは今回のように、戦場の下見をしてとんぼ返りするといった程度。

 彼女はその現状に我慢がならず、遂には指示を無視してこの場に残る選択をしてしまったようだ。



「わたしは騎士になって以降も訓練を欠かしていません。人並み以上の実力を身に着けたと自負していますし、いつでも戦場で倒れる覚悟はできている」



 堂々とした言葉。エリノアが見せるその姿はまるで、本当に創作物に出てくる騎士のようだ。


 だが考えてもみれば、騎士隊の人間が彼女を戦場に出そうとしないのも当然か。

 入隊に際し高額な金銭を払った商家のご令嬢であるうえに、騎士にしては珍しい気高さと覚悟を持っているのだから。

 危険な戦域に残して戦死でもしてしまえば、エイブラートに残って怯えていた騎士たちは立つ瀬がない。

 そもそも女性が率先して戦場に出ようとしていると知られれば、流石に市民たちも騎士の不甲斐なさや存在意義を口にし始めるだろう。


 可哀想ではあるが、おそらくエリノアには騎士本来の役割を期待されてはいない。

 騎士隊内で彼女に求められているのは、ただ大人しく後方で待機し、富豪のお嬢様がする騎士ごっこを続けることだけであった。




「倒れられるのは、こっちとしても困るんですがね。勿論僕等も可能な限り戦いますが、もし撤退する時には、貴女にはこちらの指示に従っていただきますよ」


「承知しました。そちらに迷惑はかけません」



 ニコリとし、エリノアは僕に約束する。

 ハッキリと言い切りはしたが、果たしてどうなることやら。

 ここまでの言動を見聞きした限りではあるが、彼女の気質を一言で言い表わせば、"一途"。良くも悪くも。

 下手をすればいざ戦闘となった時、最後の最後まで戦い抜こうとしかねない。

 初めてであろう実戦で、腰を抜かしてくれる方がまだ対処の余地があるというものだ。


 逸る気持ちが抑えきれないのか、爛々と瞳を輝かせるエリノアの姿に、僕はどうしても厄介事の気配を感じずにはいられなかった。




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