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騎士道 01


 春となったとはいえ、やはり北部ともなると日中も若干肌寒い。

 草原へと吹き付ける冷たい風のせいもあってか、草々の多くは枯れ、低く茶色い波が平野に広がっていた。

 そんな少々薄ら寒くも思える光景の中、目的地となる場所は姿を現す。



「着きました。ここがお話しした場所です」



 僕の前を歩く、一人の女性が告げる。

 戦闘を行えるよう準備した僕等が辿り着いたのは、拠点となるエイブラートから、徒歩で北へ向けて数時間。

 視線の先に映るのは、三〇件ほどの民家が集まる小村がポツリと佇むのみという、閑散とした場所。

 周囲には放棄され、誰にも手入れされなくなった畑が僅かに残っている。


 この近辺が北方戦線で主な戦場となる地域であり、今まさに見えているのが団長の言っていた、奪われては食料と引き換えに取り戻すという廃村だ。



「完全な無人なのですか?」


「はい。数年前に全ての住民がいなくなり、今ではあなた方傭兵と連合の戦士が交互に使うばかりです」



 僕の質問に少々ハスキーな声で返した女性は、難しい表情を浮かべた。


 長かったであろう髪をバッサリとナイフで切り落としたような赤毛に、所々に装飾を施した白い軽装鎧を身に纏う長身の女性。

 戦域へ向かおうとしていた僕等に、向かうついでと団長が送るよう指示したエイブラート騎士隊所属の人物だ。

 僕よりも僅かに年上であろう彼女は、確か名を"エリノア"と言ったか。


 そんな彼女がどうして僕等に同行しているかと言えば、戦場となる場の状況を確認するためだった。

 傭兵団が基本的には騎士隊や都市の統治者に雇用され戦う以上、ある程度の監督下に置かれるのは当然。

 なので彼女のような騎士が戦場となる場へと同行し、視察を行うのは珍しくはないとのことだった。


 実際に戦場で戦わない騎士隊が、ちゃんと責任を果たしているという言い訳のために行っている行動と考えて良い。

 そのほとんどは戦闘が始まる前に、何やかやと理由を付けて帰ってしまうのだが。



「では本来の住民たちは、エイブラートに?」


「ええ。その当時わたしはまだ騎士になっていませんでしたが、この村から逃げてきた人たちが、エイブラートで助けを求めていたのをよく覚えています」



 彼女は当時のことを思い出し、辛そうに語る。

 騎士に対して抱く印象とは大きく異なるエリノアの言葉に、僕のみならずヴィオレッタも少々キョトンとした表情を浮かべていた。


 騎士と言えばどこの土地でもそうであるが、大体は周囲に対して威張り散らし、実力の伴わぬ大言壮語を吐くという、虚勢の塊のような存在だ。

 殆どの者は自身を鍛えることもせず、身に着けた鎧に反して細かったり身体が弛んでいたりと、無様に見えるものも多い。

 だが彼女はそういった騎士の例から漏れるようで、身に着けた軽装鎧の下からは、それなりに鍛えているであろう腕が覗く。


 しかも女性の騎士ときたものだ。

 これまで多くの騎士たちを見て来たが、女性で騎士職を務めている人というのは随分と珍しい。

 騎士階級に属している時点で、彼女がそれなりに裕福な家の出であるというのは想像に難くない。

 であるにも拘らず、エリノアはここまでの道中ずっと品行方正というか、僕等傭兵にも随分と腰の低い態度で接し続けてくれていた。

 普通の騎士とは異なる対応に、面食らったのは否定できない。




「どうして連中が執拗にここを狙うのかは知りませんが、人がいないとはいえ同盟の領土。食糧と引き換えになどせず、今度こそ守りきりたいものですが」



 エリノアは小部族連合に対して食料を渡し、代わりに撤退させているというのは理解しているようだ。

 しかし彼女はどうやら、この戦場におけるルールについては知らないと見える。

 騎士の中でも上の方に居る人間は、おそらくここで行われていることについて知らないということはないだろう。

 つまり彼女はそういった者たちから、詳しい事情を聞かされてはいない。

 彼女がまだ騎士になってから間もないせいか、それともこの騎士にしては真っ直ぐな気質のせいであるかは知らないが。



「そうですね。僕等も可能な限り全力で戦います」



 とりあえず彼女を騙すようで悪いが、この場は同意しておく。

 この場でそんなことを説明して、色々と面倒な目に遭うというのも勘弁願いたかった。


 そんな億劫さで返した返事ではあったが、僕の言葉にエリノアは気を良くしたようだ。満面の笑みを浮かべ僕の手を取る。

 固く握られた手を小さく振り、彼女は迫っているであろう戦いへの協力に感謝していた。





 エリノアの案内を受け、廃村へと近づいていく。

 遠目からではわからなかったが、一見して人のいないように思えた村も、中では先行した傭兵たちが既に展開しているようだ。

 ボロボロになった家々の中や壁の陰へと潜み、自身の武器を手入れするのに余念がない。


 一部では全員分の食事だろうか、持ち込んだ食料を広げている。

 形ばかりの戦場とはいえ、流石に火を使うことはできないのだろう。生食できる野菜や乾燥肉、固焼きの保存性が良いパンなどを並べていた。



「温かい食事はしばらくお預けだな」


「仕方あるまい。どんな土地であろうと、戦闘が近くなれば真っ当な食事は期待できん」



 僕が呟くと、ヴィオレッタは咎めるでもなく淡々と返す。

 彼女の言う通り、戦場では普通の食事を摂るのは不可能だ。

 温かい食事が摂れないというよりも、それを作る為の火が熾せないというのが原因。

 煙は明確に食事の支度をしている証拠であり、戦場においてほぼ唯一と言える楽しみである食事が近いともなれば、気の抜けている可能性も高い。

 なので攻め込む絶好の機会であると捉えかねられないからだった。


 こんな形ばかりの戦場ではあるが、こちらはともかくとして、小部族連合の戦士たちは本気で向かってくるのだ。

 わざわざ不利になりかねない状況を作り出す必要もあるまい。



「だが気持ちはわからないでもない。私とて温かい食事を摂れるなら、それにこしたことはないからな」



 当然のことではあるが、ヴィオレッタも好きで冷たい食事をしたいとは考えていないようだ。

 ただこの状態が更に続いてしまうと、新鮮な野菜の類も無くなり、保存性の良い代わりに味気ないばかりの食材を食べる破目となってしまう。

 まだ都市が近いので、それなりに補給はできそうではあるけれども。




 ヴィオレッタとやり取りを終え、村の中を進んでいく最中、先導するエリノアを見やる。

 案内役である彼女だが、どうやら戦闘が行われている時期にここへと来るのは初めてであったようで、物珍しそうに周囲を見回していた。



「何か変わった物でもありましたか?」



 それとなく問うてみると、振り返った彼女は意味あり気な視線を向ける。

 彼女が向けた視線は不可解気というか、何やら納得のいかないといった思考を感じさせるものであった。



「あの……、一つお聞きしてもいいでしょうか?」


「はい? 僕に答えられる内容でしたら」


「実はわたしには、傭兵の方々が少ないように思えるのです。この後でもっと増援が来られるのでしょうか?」



 エリノアは周囲を見渡しながら問う。

 村のそこかしこ、建物の陰などに傭兵たちが居るものの、その数は総勢で五十人にも上るまい。

 これから先戦場となるであろう地域を守ろうというにしては、随分と少ない数だ。



「僕が聞いている限りでは……、これで全員です」



 これについては嘘をついても仕方がないので、素直に話す。

 今回どれだけの人数で小部族連合が攻めて来るかは知らないが、到底この人数で防衛できるはずもない。

 しかもここは本来ただの農村。

 以前に防衛線を行ったデナムのような都市と異なり、守備側に優位となる設備の類も存在はしない。

 心許ない人数に対し、エリノアが不安になるのも致し方の無いことだった。



「ですが以前は、もっと多くの傭兵方が参戦されていたはずっ!」


「申し訳ありませんが、これは団長の決定ですので。詳しい理由はお教えできません。ですがただ一つ言えるのは、今回これ以上の人員は見込めないということです」



 悪いとは思うが、僕は淡々と事実を告げる。

 すると彼女は唖然とし、「そんな……」と肩を落とした。


 以前であれば彼女が言う通り、もっと多くの傭兵がこの地で戦っていた。

 しかし昨年の晩秋頃から始まったという、この戦場の商業利用により、大人数での戦闘を行う必要性がなくなってしまった。

 傭兵団からしてみれば、別に勝つ必要がない戦場に大規模な戦力を投入する必要性が無いため、派遣される傭兵の数は大きく減らされている。

 減らした分の傭兵はと言えば、東に在る共和国との国境付近であったり、他の戦場へと回すなどしていた。


 本来であれば、傭兵団も戦場での評判を気にするものだ。戦場で手を抜いたり、ワザと負けるなどというのは有り得ない。

 しかし他の傭兵団上層部や、他都市の統治者層などにはこの話は既に周知の事実であるとのこと。

 それらの人々もこれによって恩恵を受けているため、評判という面を気にする必要性もほとんど存在しなかった。




「わかりました、これだけの戦力で戦うしかないのですね……」


「残念ながら。なので後は僕等に任せて、エリノアさんはエイブラートで報告を待っ――」


「ではわたしも微力ながら加勢いたしましょう」



 告げた説明によって一瞬納得したかに思えたエリノア。

 だが僕がエイブラートで待っているよう言いかけた時、彼女はとんでもないことを口にした。



「か……、加勢ですか?」


「上の者からは視察を終えたらすぐ戻るよう言われてはいます。ですがこの人数です、少しでも人は多い方が良いでしょう。皆さん程ではないかもしれませんが、わたしも多少は腕に覚えがある。蛮族の一人や二人、斬って御覧に入れましょう」



 そう言ってエリノアは、自身の腰に差した刺突剣(エストック)の柄を鳴らす。

 斬って御覧にとは言うものの、その武器では突かねばならないだろうに。

 などと考えてしまうが、そんな場合ではない。


 エリノアは真っ直ぐに視線を合わせ、瞳からは決意の色が滲み出ている。

 他の騎士よりは確かに腕が立ちそうではあるが、彼女はあくまでも騎士。使う剣の流派は、いわゆる"お遊戯剣術"と呼ばれかねない代物のはずだ。

 あまり実戦に向いた戦い方ができるとも思えず、おそらくは実際に人を斬った経験もないだろう。

 エリノアには悪いが、そんな素人も同然な人間を迎え入れるなど、こちらとしては堪ったものではなかった。


 動揺して周囲を見渡すも、レオとヴィオレッタはどう断ってよいものかわかりかねている様子。

 慌てて周囲に居る他の傭兵を見ても、おそらくこちらの話は聞こえていたであろうに、余所を向いて我関せずを貫こうとしていた。

 このお嬢さんの言葉に確固たるものを感じたのか、面倒事を僕に押し付けようとしているに違いない。



 その後しばらく帰るよう頼んでみたのだが、想像以上に意志の固いエリノアに跳ね返され、僕は説得を諦めざるをえなくなるのだった。






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