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構造 03


「戦場では何が"生み出される"と思う?」



 詰め寄り激しく問い詰めるヴィオレッタに対し、ホムラ団長が投げかけた質問。

 彼女はそれを受け少しだけ仰け反ると、意味が分からないといった様子を浮かべていた。


 正直僕もその意図するところがわからない。

 戦場とは基本的に奪い奪われる場であるという認識であるため、"生み出す"という表現に妙な違和感を感じてしまっていたのだ。



「生み出す……。栄誉などをでしょうか?」



 しばし悩んだ末に、ヴィオレッタが絞り出した答えがそれであった。

 一人の傭兵として、それは正しい返答であるのかもない。

 戦いを常とし戦場を渡り歩く傭兵にとって、これは普通に至る考えであるのかもしれなかった。



「なるほど、一つの真理だろう。戦場では常に誰かを傷付け、命を奪っていく。倒れた当人や残された者にとっては辛い出来事だが、勝者には誉れだ」



 穏やかな様子で頷く団長。

 ただ僕にはそれが、求めていた答えではないように思えてならなかった。

 いったい何を意図し、こんな質問を投げかけたのだろうか。



「君たちはどう思う? 戦場で各々が、何を"得る"のか」



 質問の矛先は僕とレオの方へと向く。

 単純に答えを口にし、目的とすることを教えるだけではつまらないと考えているのか。

 あるいは僕等に自身の頭でしっかりと考え、答えに至れということなのだろうか。


 僕は少しだけ首を捻り、答えを絞り出そうとする。

 レオもまた僅かに困惑した様子を浮かべながら、思考を回転させているようだった。



 戦場で起こることと言えば、当然戦いだ。

 それに伴って傷付けられ、命を奪い、敵から戦利品や名誉を手にする。

 そして勿論、僕等傭兵は報酬を。


 そこまで考えたところで、団長の言葉を思い出す。

 団長は"各々"と言った、"傭兵"ではなく。そして何を"生み出す"のか、何を"得る"のかと。

 それにそもそもこの話は、武器を売ったであろう商人たちに関するものであったのだ。

 ならば答えは簡単だろう。



「利益……、でしょうか」



 静かに呟くようにして団長に向けた言葉。

 それはどうやら彼にとって求めていた返答であったようだった。



「その通り。直接戦闘をするか否かに関わらず、戦場に触れる者の全てが追及するモノ。それは利益であると言って良い」


「……どういうことでしょうか?」



 団長の告げた言葉が、よくわからないといった様子のヴィオレッタ。

 彼女も傭兵という稼業が、戦いによって報酬を得、生計を立てていることくらいは十分に理解しているはず。

 ただおそらく団長が言わんとしているのは、もう少し掘り下げた話だ。


 団長は未だよく理解できずにいた僕等に、噛み砕いて具体的な例を用いて説明をしてくれた。



「当然ではあるが、武具を商品として扱う者たちにとって、使ってくれる顧客は大いに越したことはない」



 工房は武器を作り、武器商はそれを買付け、都市は売買で発生した一部を税として得る。

 この仕組みはあくまでも、武具を使ってくれる客という前提があってこそ成り立つ仕組みだ。

 最も大口の顧客は傭兵団だが、営利を追求する商人たちにとっては、いずれそれだけでは物足りなくなる。

 投資をし増えた人を維持するためには、より多くを売っていかなければならないのだから。

 つまりその先として選ばれたのが、敵対する小部族連合であったようだ。



「ですが真面に取引できるのですか? 武器を運んでも奪われるだけで、対価を用意しないかも。そもそも向こうは通貨での取引をしていないと思うのですが」


「そこは仕方がないので、物々交換になるそうだな。それにあちらさんは、あまり良質の武具を作る技術を持たない。継続して武器を手に入れたければ、こちらと取引するしかないのさ」



 どうやら武具を流している商人たちは代金の代わりとして、小部族連合から多くの鉱物資源を受け取っているそうだった。

 同盟は武具の職人には恵まれているが、武器に使う鉄などが採れる鉱山に恵まれている訳ではない。

 逆に北方は鉱物資源には恵まれているが、それを上手く活用する職人たちは少なかった。


 彼らの使う武器となると、主に狩りをするのに用いる弓や、変わった形状をした獲物の首を落とすためのナイフなど。

 戦争に使うには、心許ない物も多い。

 なのでここでも互いの利益というものが生まれる。



「こちらに攻め込むほどに武具も消耗するからな。自力で生産したり修繕する技量が無い以上、どんどん新しく買い換えねばならなくなる」




 他にも団長は、双方にとってのメリットについての話しをした。

 曰く、攻め込んでくる小部族連合の戦士たちは、同盟内に入ってすぐの場所に在る廃村を占領し、直後に戻っていくのだと言う。

 それが何故かと言えば、廃村を占領したタイミングで同盟側から交渉を持ちかけ、撤退を条件に一定の食糧を融通しているからであった。



「奴等からしてみれば、少ないリスクでそれなりの食料が手に入るのだ。これほど楽なことはあるまい」



 そもそもが食糧の安定供給に苦労する連合は、耕作地を求めて南進してくるのだ。

 飢えないだけの食糧を確保するというのは、彼らにとって何よりも重要な目的であった。

 しかも占領したのが廃村であれば、当然のように農地も稼働していようはずもなく、すぐに食糧生産を開始できるような状況ではあるまい。



「そして渡す食料がどこから来るかだが……。わかるか?


「おそらく……、ここより南に在る農村が持つ、余剰作物を買い取っているのでは」



 再び投げかけた団長の質問に答える。

 流石に北国であるこの近隣では、余剰の作物は少ないため、都市で備蓄している食糧を渡すわけにはいくまい。

 可能性が高そうなのはもう少し南下した先の、比較的温暖な地域に点在する農村や農耕を主とする都市から、余ったものを買い上げるという手だ。



「農村は腐らす作物が減り、現金を手に入れる。連合にも同盟の農村にも利害が一致することになるな」



 特別の流通経路を持たず、自前で消費するばかりの農村であれば、それは確かに喉から手が出る状況だ。

 土地が豊かな同盟では、あまり食うに困る程の飢饉は置き辛い。

 倉には麦などが余り、使われず虫に食われるのを待つばかりといった状況も珍しくはないだろう。

 ならば少しでも現金化し、生活を豊かにしようと考えるのは、普通の発想であると言えた。




 小部族連合は大きな被害を出さず食料を得て、部族の戦士にとっては名誉を賭けた戦いの場と武具が確保される。

 同盟の工房は貴重な鉱物資源を入手し、経済の活性化に伴い都市の税収は上がるだろう。

 武器商たちは間に入ってしっかりとマージンを取っている。

 一見して関係のなさそうな騎士たちも、潤った都市から利益を享受出来るため、取り締まる必要が無い。

 おまけに戦場となるのは専ら、国境沿いの人がいない廃村や平野部であるため、無関係な人が被害を被ることもない。


 そして……、僕等傭兵にとっても飯の種である戦場が維持でき、持続的な報酬を得ていく。



 最初にこの地域で戦闘が始まった時は、ただ普通の戦争であった。

 それこそ僕等がこの地域へと、補給の物資を運んでいた頃などは。

 だが昨年の秋頃から、どこかの誰かが悪巧みを思い付き、全体でグルになってこのような真似を始めたのだろう。


 どこか一つでも抜けてしまえば、容易に崩れてしまう均衡。

 戦争に関わる多くの利害関係者が、ある種の悪巧みをすることによって成り立っている、一大経済地区。

 それこそが現在の此処、北方で起こっている戦闘の正体であるということだった。




「お前たちは失望するやもしれんが、これもまた必要な行為だ。多くの人にとってな」



 団長は悪びれる様子もなく言い放つ。

 実際傭兵団はそれによって成り立っている側面は多々あるし、話を聞く限りでは誰も損をしていない。

 僅かに戦場で倒れる者は居るが、この稼業を続けている以上、それは覚悟の上だ。



「問題はない。命令通り戦うだけだ」



 レオはさして気にもしていないのか、平然と言い放つ。

 こういった話を聞いても尚、彼は普段通りのスタンスを崩しはしないようだ。


 一方ヴィオレッタは少々納得のいかぬものがあるのだろうか。

 不満を口にこそしないものの、どこか憮然とした様子で団長へと視線を向けている。

 その意味としては、おそらく少しの不信感。


 彼女は今こう思っているに違いない。

 まさかとは思うが、団長もこの件に一枚噛んでいるのではないだろうかと。

 団長自身は恍けていたが、何しろ傭兵団も多くの利益を得る側だ。偶然に組み込まれた側ではなく、むしろ話しを持ちかけた側という可能性すらある。

 根拠は希薄であるが、僕にはそう思えてならない。




「だからこそこの戦場では、一つのルールが存在する」



 僕等を見回し、静かに告げる団長。

 その内容は、「可能な限り殺さず倒し、ほどほどのところで負けて下がれ」というものだった。

 しかし相手となる部族の戦士たちは、己が名誉を賭け本気で向かってくると。

 それはおそらく、向こうの首脳陣とも言える族長たちが、部族の戦士に事情を説明していないため。

 少々相手を小馬鹿にする想像ではあるが、たぶんこの仕組みを理解できないからだ。



 なんとも厄介な戦場だ。

 戦場というよりは茶番めいたモノではあるが、致し方ない。

 一度構築された仕組みを、気に入らないからといって壊す訳にもいかないだろう。

 おそらく団長がこの話を僕等にしたのは、本気で戦って状況を変えてしまうのを恐れたためだ。


 やはりこの業界、一筋縄ではいかない。

 僕は団長の話を聞きながら、どう戦ったものかと思案し始めた。


主人公を除けば最重要キャラであるはずなのに、口数少ないせいで忘れられがちなレオニード君の明日はどっちだ。

もちろん出番は用意しているけれど。

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