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構造 02


 都市そのものが小規模である故に、エイブラートではあまり宿といったものが存在しない。

 万以上の人口を抱える大きな都市であれば、幾人もの行商人が行き来するが、ここはそこまで訪れる客が期待できないためだ。

 国境線に近く、戦火に巻き込まれかねない土地であるというのも、理由の一端だろうが。


 なので当然ここを前線の拠点とする傭兵団も、人員の全てを数少なく小さな宿に押し込める訳にはいかなかった。

 未だに名称さえも定まらないが、ケイリーが配属された酒場兼宿が新設されたのも、そういった理由によってだ。


 ただ戦うという役割を負っているとはいえ、余所者が踏み込んで拠点を築くばかりでは、多少なり地元住民との軋轢が生じるもの。

 なのでエイブラートに滞在する傭兵団上層部の人間に関しては、元から街に在る小さな宿に滞在し、交流を図るというのが基本的なスタンスとなっていた。




 その街に古くから建っているであろう、一軒の古びた宿屋。

 僕等はそこへと移動し、宿の主人の案内によって奥へと進む。

 どうしてここへ来たのかといえば、この宿に部屋を取る団長から呼び出されたためであった。



「来たか。とりあえず楽にしておけ」



 部屋へと入った僕等を待ちうけていた団長は、ごそごそと自身の荷物を漁りながら適当に指示する。

 その言葉を受け、各々が楽な姿勢を取り次なる言葉を待った。

 とはいえそのまま床に座るわけにもいかず、その場で休めの姿勢を取るだけなのだが。


 ここへ来たのは、僕の他にはレオとヴィオレッタのみ。

 他の隊かチームへと移動になったマーカスは言うに及ばず、ケイリーも自身の配属された酒場に居る。

 もうチームのメンバーではないのだから、当然ではあるか。



「ああ、あったあった」



 ようやく何かを見つけ出したようで、団長は荷物の中から一つの物体を取り出すと、部屋の中央に置かれた小さなテーブルへと置いた。

 見れば置かれたのは一振りの小剣で、これといって何の変哲もない、ただの量産品であるように思える。



「お前たちはこの地方で戦うのは初めてだったな?」


「はい。来たことはありますが、その時は補給物資の運搬だけでした」



 問いかけに答えると、団長は満足そうな様子で頷く。

 どうやら初めて北方での戦闘を行うであろう僕等に、ここでの心得や注意事項などを教えてくれようというのだろう。

 団長自らがしてくれるというのに若干の緊張を覚えるが、ここは有り難く聞いておかねば。


 そんな団長は僕等を見回すと、視線を卓上に向けて静かに質問を投げかける。



「お前たちはこの武器を見て、何か気付く点はあるか?」



 指さされたのは、先ほどテーブルに置いた一振りの小剣。

 どういった意図で投げかけた問いであるのかは知れないが、この北方で戦うのに、この小剣が何か意味を持つというのだろうか。



「これといって……。ただの一般的な武器としか」



 訝しみながら、おずおずと返す。

 するとヴィオレッタも僕と同意見であったようで、同意に頷きながら感想を述べた。



「普通にラトリッジでも売っている、大手の武具工房製の品だな。武具店に入れば、嫌でも目に付く普及品だ」



 確かにそうだ。

 湾曲のほとんどない直線的な刃のフォルムは、同盟とその隣国である共和国で使われる武器によく見られる形状。

 しかも柄の部分には、僕も幾度となく見たことのある、工房の刻印が刻まれている。

 イェルド傭兵団に属する傭兵たちも多く愛用する工房で、確かケイリーが持っている中剣もそこの品であったはずだ。



「その通り。これは同盟内であればどこでも手に入るし、別に珍しくはない代物だ」



 普及品とはいえ、これ自体は決して悪くはない品だ。

 安価な割に丈夫で取り回し易いため、非常に評判が良い部類の物なのだから。


 ただ武器として見ればいささか頼りなく、あまり主装備として使用する類のモノではない。

 どちらかといえば一般人の護身用であったり、いざという時のために傭兵が懐に備えておくといった程度の物でしかなかった。

 こんな品を見せて、団長はいったいどうしようというのだろうか。




「だがもしこれを持っていたのが、北方小部族の戦士であったとしたらどう考える?」



 団長が唐突に発した言葉に、僕は疑問符を浮かべざるをえなかった。


 本来北方を支配する小部族連合は、同盟と好意的な関係を築いてはいない。

 それは寒さ厳しい北に比べ、豊かな穀倉地帯を有し気候も穏やかである同盟へと、連合が度々土地を求め侵攻を繰り返してきたからだ。

 同盟にとっては完全な敵国であり、東に位置するワディンガム共和国と同様、安全を脅かす脅威と言っていい存在であった。


 そんな小部族連合の戦士が、同盟で製造された武器を持っていた。

 普通に考えれば、あまり想定できない事態だ。

 幾つかの可能性が頭に浮かぶが、まずは一番先に浮かんだ可能性について問うてみる。



「それは……、その戦士がこれを拾って使っていたということですか?」


「いいや、これを持っていたのは一人だけではないし、これ以外の武器を持っていた者も居る。むしろ部族問わず多くの戦士が、大小の如何を問わず同盟製の武器を持っているだろうな」



 しかしそれは団長によって即座に否定。そして同時に告げられた内容は、意外なものだった。

 だとすれば、二つ目に浮かんだ可能性によるものである確率は高いだろう。

 それはつまり……、



<敵国である小部族連合に、武器を売っているということになりますね>


『間違いなくそうだろうな。横流しされているのか、意図して売っているのかはわからないけど』



 突然思考に割り込んできたエイダの言葉に、僕は肯定をもって返す。


 元々北方小部族連合は、その名の通り大陸北部の地域に点在する、複数の部族が集まった集合体だ。

 ただ各々が完全に独立した部族であり、本来軍事的な協力関係という訳ではない。

 豊かな穀倉地を求め、南征のため互いに攻撃し合わないという、不干渉を貫いているだけの集まりであった。

 当然使う武器も各々が狩りなどで使っていた独自の物を用いており、「装備を見ればどこの部族であるか一目で判る」とは、十日も北方で戦った経験のある傭兵であれば、常識と言える知識であるそうな。


 そんな連合の戦士たちが、部族を問わず共通の武器を使うということがそもそもおかしい。

 しかも使うのは同盟で製造された品。

 これはもう、連合へ武器を販売するルートが確立されていると考えるのが、自然ではないかと思えた。



 横を見れば、ヴィオレッタはその可能性に関して気付いているようだ。

 レオは表情が読めないためよくわからないが、少なくともおかしいとは思っているはずだろう。


 団長はそんな僕等の反応に、そこそこ満足したようだ。

 適当な椅子へ腰かけるよう告げると、自身も椅子に座って話を続ける。



「秋の終わり頃からこういった傾向が見られ始めた。最初に始めたのはどこぞの武器商といったところか」



 団長はしれっと言い放つが、まぁそんなところか。

 武器の売買によって利益を得るとすれば、武具類を流通させる武器商。あるいはそれらを生産する工房が在る都市だ。

 誰が始めたのかは知らないが、随分と商魂逞しい。


 だが同盟側も利益を得るとはいえ、敵側に戦う術が渡るというのは由々しき事態。

 僕にはそれが見過ごしていられない状況に思えた。

 それはレオもまた同様であったようで、珍しく口を開き団長へと問う。



「そいつを見つけて攻撃を?」



 おそらくレオはその主犯を探りだし、対処するのかと問いたいのだろう。

 口下手なだけにあまり上手く問えていないが、おそらくはそういうことだ。

 ただそんなレオの言葉に対し、団長は意外にも首を横へと振った。



「いや、何もする必要はない。このまま放置する」


「どういうことですか!?」



 想像外であった団長の返答。

 それに対し感情を表に出し、目の前に据わるテーブルを叩き身を乗り出したのはヴィオレッタだ。

 彼女の気持ちも一応は理解出来る。

 実際戦う相手である小部族連合が、同盟製の比較的良質な武器を入手しているのだ。

 直接刃を交える傭兵としては、到底看過できない事態だった。



「放置というよりは、対処を禁ずるといった方が正しい。首謀者の見当は付いているし、探せばすぐに見つかるだろう。だが手を出してはならん」



 詰め寄るヴィオレッタのギラリとした表情。

 自身の娘がするそれに対して一切動じた様子も見せず、団長は淡々と告げた。


 明確に脅威となるであろう事態に対し、どうして手を出してはならないのか。

 そして何故団長はこういった事情を説明するのか。

 僕には団長の意図がわからず、ただただ首を傾げるばかりであった。




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