次の恐怖
これはいったい、どういうことなのだろうか。
倒れた野盗たちを回収に来た数人の町人たちは、どういう訳かビクビクとした様子で荷車へと野盗たちを積み込んでいく。
倒れた男たちが怖い、というのとも少々違うようだ。
彼らは時々チラリとこっちを見るのだが、僕と視線が合わさると露骨に逸らしてしまう。
その様子に僕が訝しんでいると、不意にエイダが不可解な発言をしてきた。
<心拍数の上昇を確認>
『そうかな? 僕はこれといって気にならないけど』
<アルフレートではありません。町の人たちがです>
何人も居る町の人たち、その全員から緊張のせいと思われる心拍数の上昇が確認されると言う。
確かに言われてみればその顔は、極度の緊張から強張っているようにすら見える。
彼らがする態度の変化に、いったい何があったのだろうか。
僕がそう考えていると、僕へと二人の人物が近寄るのに気付く。
「これはこれは、流石はアルフレート様です。野盗共をいとも簡単に倒してみせるとは」
揉み手しながら近づく町長。
どういう訳か、僕に対して腫物を触るような空気で接してくる。
昨日まで"様"付けなどしていなかったはずであるというのに。
よく見ればその表情は、笑顔が張り付いてこそいるものの、汗をかき極度の緊張下にあるように見えなくはない。
エイダもまた、他の人と同様に町長から心拍数の上昇を確認していた。
「そんなことはありませんよ。少々危ない目には遭いました」
実際にそんな事は微塵もないのだが、とりあえず謙遜だけはしておく。
あまり余裕綽々な態度では、生意気に映ってしまうだろう。
「最後の一人には降伏するよう求めたんですがね、残念ながら聞いてはもらえませんでした」
「それはそうです。野盗などは捕まればほぼ死罪が免れません。命懸けで最後の抵抗をするでしょう」
最後の男が切羽詰った顔で抵抗してきた理由が、そんな所にあったとは。
男はそこまでの状態から、僕が決して敵わない相手であるというのがわかっていたはず。
だが掴まれば死罪となってしまうために、自身の命を繋ぐために抵抗しなければならなかったのか。
それを聞いてしまうと、生かして捕らえたという行為が、あまり意味のないことに思えてしまう。
町長はハンカチを取り出し、僕の服に着いた埃や汚れを落としてヘラヘラと笑む。
僕が野盗の討伐を請け負うと知って以降、彼の腰はずっと低いままではあった。
だがそれにしても今の町長がする行動は、ただ媚を売ろうとしているようにしか見えない。
「町長、どうかされましたか?」
「い、いえいえ! なんでもありませんよ。では私はこ奴等を牢に入れて参りますので、これにて……」
様子が気になった僕が問うと、町長はそそくさと話を切り上げ、逃げるように町へと戻っていった。
野盗たちを連れて去っていくその背を、僕はどうにも気になって目で追う。
立ち去る後ろ姿からは、どこか恐れをなしたようにも感じられ、僕の感情へと僅かに障るものを感じる。
すると町長と共に姿を現した、もう一人の人物が横に立って声をかけてきた。
「すまない、気を悪くしないでもらえると助かる」
話しかけて来たのは、衣料品店の店主であるおじさんだ。
彼もまた町長を始めとして、他の人たちがおかしな態度を取ることに気付いていたようだ。
おそらく、そういった行動を取った理由についても。
「あの……何かあったんでしょうか?」
僕が問うと、おじさんは難しそうに表情を歪める。
ただそれは他の人たちとは若干異なった意味合いが込められたものに見えた。
「怖れているのさ。町を脅かしていた野盗は倒されたが、次はお前さんが野盗にとって代わるんじゃないかとな」
「そんな……」
おじさんの告げた内容は、僕にとっては酷く心外と言ってもいいものだった。
勿論彼自身には何の落ち度や非があるわけではない。
僕の問うた内容に対して、単純に町の人たちが考えているであろうものを教えてくれただけだ。
「あれだけの人数をアッサリと一人で倒しちまったのが、余計に拍車をかけている。普通あそこまで楽にはいかないもんだろう」
苦も無く倒したという事実そのものが重要であるようだ。
もしも野盗を倒した力が自分たちに向けられでもしたらと。
そう考えた町の人たちは、僕を新たな畏怖の対象として見てしまうということか。
<しくじりましたね>
『ああ……、やり過ぎたかもしれないな』
それでも僕はどこか、不条理なものを感じずにはいられない。
野盗を何とかしてくれと言って来たのは、そもそも町長や町の人たちだ。
それが退治したら態度を一変、今度は僕が恐ろしいのだと言う。
身勝手としか言えない態度に、密かな怒りが湧き起こるのを抑えきれそうにはなかった。
「勿論報酬は払う。野盗共はどこか別の街に連れて行かないと報奨金は出ないが、それはなんとか町で立て替えさせてもらおう」
僕の不機嫌になりつつある心境を察したのだろうか。
おじさんは取り繕うように、少なくとも金銭に関してはしっかりと払うと確約してくれる。
<アルフレート。アドレナリンの過剰分泌を確認しました、休息を摂るよう推奨します>
唐突に響くエイダの声に、僕はハッとして傾きつつある機嫌を振り払う。
このおじさん自身は僕の心情を想い、気を使っているのだ。
ここで感情の向くまま不機嫌そうにして、彼まで不安にさせてしまうのも悪い気がした。
「わかりました。ではお金を受け取ったら、町を出た方がいいんでしょうね」
「…………すまない」
深く、深くおじさんは頭を下げて謝罪の言葉を口にする。
このまま町に滞在していても、人々は僕が居るだけで不安を増すのだろう。
それなりの月日を掛ければ、彼らから信頼を得ていくことは可能かもしれない。
だがそんな孤立無援の状況で、そこまで親しくない人たちのために頑張るだけの気概は持てそうになかった。
こちらから早く町に見切りをつけて出て行くのが、お互いにとっても楽な道のはず。
目の前で頭を下げるおじさん自身も、本当は僕を恐れる感情があるのかもしれない。
そうだとしても、こうやって謝罪と報酬に関する話をするため、目の前で話してくれている。
彼の向けてくれる誠意にだけは、応えるべきであると考えた。
▽
月明かりと焚火の明りに照らされる中、僕はバックパックの中から、いくつかの食糧を取り出す。
小振りな塩漬け肉に根菜、そして林檎によく似た果物。
熾した火の前でそれ等を並べ、肉と野菜は適当に森で拾っておいた枝に通して地面に刺す。
こうやってしばらく焚火の火で炙り続ければ、そのまま齧るよりは遥かにマシな食事となるはずだ。
町へと略奪を行いに来た野盗を退治した翌日。
僕は朝早くに町を出て、そこから一番近いと思われる都市へと移動を始めた。
今回は森の中を通ってきた時とは異なり、装置による強化を行わずに自身の持つ力のみで移動をしていた。
傾斜の緩やかな丘陵地を歩いているとはいえ、やはり普通に歩いていてはなかなか厳しいものがある。
陽も落ち始めたところで、偶然水の確保できそうな沢を見つけ、そこで夜を明かすことにした。
エイダに言われた通り、僕の脚は一日歩き続けたことにより、かなりの疲労を抱えているようだ。
「でも膝は笑ってない」
<残念です。私としては、アルフレートの成長過程として記録する予定でしたが>
どこまで本気であるのか、エイダは疲労に座り込む僕へと、揶揄するような言葉を向ける。
だが彼女はAIだ。案外これも冗談ではなく、本当にそういった意図で行おうとしている可能性すらあった。
その言葉をとりあえずは聞き流し、焚火で炙っている食糧へと手を伸ばす。
「そろそろいいかな」
根菜はまだだろうけれど、肉の方は良い色合いで焼けてきた。
肉の刺さった枝を掴み、少しだけ冷ましてから齧り付く。
ただ見た目ほどには美味いとは感じられず、おまけに保存食であるせいだろうか、ほぼ塩を噛んでいるような感覚。
それでも何もないよりは遥かにマシか。
町を出立する前日には、衣料品店の店主を通して報酬を受け取っている。
その金で移動中必要な食糧や火打ち石などを買い集め、バックパックへと詰め込んだ。
おかげで荷物はかなりの量となっているが、狩りで獲物を仕留めながら移動するのを思えば、きっと格段に楽であるに違いない。
<肉の摂取は半分程度に抑えておくよう推奨します>
「でももう焼いちゃったんだしさ」
<その肉は塩分濃度が高すぎます。健康を考えれば、摂取を控えるべきかと>
二口目へと向かおうとしていた僕に、食事の邪魔をするエイダの声。
決して美味いとは言えないものの、折角貴重な肉を食べているのだ。あまり邪魔しないでもらいたいのだけれど。
だがエイダはそれが自身の義務であると言わんが如く、注意とも命令とも取れる説明を続けていく。
<塩分の過剰摂取にご注意を。健康状態の維持には日頃の節制が重要であると、古代から推奨されております」
「言われずともわかってるよ……」
エイダは延々と、小煩く言葉を並べていく。
五月蠅いとは思うが、こうやって一人じゃないというのはありがたい。
傍目には焚火を前にし、独り言を続ける妙な人にしか見えないだろうけれど。
<継続的に高濃度な塩分の摂取を続けますと、高血圧や腎臓の疾患といった症――>
煩わしくもありがたいAIによるお説教を受けている僕であったのだが、不意にエイダの言葉が中断するのに気付く。
どうしたのだろうと思い問おうとすると、エイダはこれまでの感情めいた調子を一変。
抑揚のない淡々とした声で情報を伝達する。
<警告。現在の向きを基準に四時方向、距離七〇〇mに動体反応を検知。大型動物一体、人型三体。接近中>
接近しているというエイダの言葉により、僕の背へと小さく緊張が奔る。
食事を中断してエイダの示した方向へと振り返り、視線の先に在る沢を越えた、林の暗がりを凝視した。
警戒したまま腰へと手をやり、自身の武器へと指先を触れる。
迫る対象がいったいどういった行動を取るかはわからない。
だが念の為いつでも武器を抜き放てるよう、柄に触れた状態で身を低く保つ。
脳に響くエイダの声は、六〇〇m、五〇〇mと接近する距離を告げ、僕は否応なく緊張感が高まっていくのを感じていた。