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構造 01


 ガラガラと音鳴らし回る車輪と、その車輪が刎ねた小石による振動。

 最初の頃はこれらを気にしすぎて落ち着けなかったが、今では随分と慣れたものだ。


 ラトリッジから真っ直ぐ北へと進んで三日目。

 雪もすっかり解け、北方での戦闘が再び始まろうというこの時期。

 僕等は北方小部族連合との最前線である地域へ向け、武具類などの物資を積み込んだ鳥車に乗って移動している最中であった。



「いやー。すっかり春だよねぇ」



 御者台の後ろ、荷台の上から欠伸と共に暢気な声が響く。

 振り返ってみれば、視線の先には荷台に座る数人の姿。

 先ほどまで御者をし、今は昼寝を決め込むレオ。そして拾った木片を削って適当に遊んでいるヴィオレッタ。

 さらにもう一人……、



「ねぇアル。陽射しもあったかいし、ちょっとくらい昼寝してもいいでしょ? あたしは今回お客さんだし」



 そこには御者台へと身を乗り出し、周囲の警戒に飽きたであろうケイリーの姿があった。


 正式に傭兵団の上層部から下された辞令で、彼女は既に僕等のチームを離れているはずだった。

 そんな彼女がどうして未だに同行しているのかというと、ただ単純に配属される場所が北方の都市であるため、一緒に移動しているだけに過ぎない。


 マーカスに関しては、噂通り別のチームへと所属が変更になった。

 数日前に別れを済ませたのだが、何がしかの事情であろう、どういった場所に配属されるのかを教えてはくれなかった。

 ただ彼の適性を考えれば、あまり団員にも口外できないような、秘匿性の高いチームに入れられた可能性は高そうだ。



「馬鹿を言うな。最後なんだからしっかりやりなよ」



 ケイリーの言う通り、あくまでも今の彼女は同行しているお客さん扱い。

 とはいえ折角行動を共にしているというのもあり、今は周囲の警戒役を担っている。

 彼女には悪いが、今は存分に役に立ってもらうとしよう。



「ちぇーっ……。折角こんな良い天気なのに」



 今度は逆に恨めしそうな視線で空を見上げる。


 季節はすっかり春めいてきて、草原の端々に残る雪もほとんどが溶けつつある。

 ようやく訪れた春に浮足立ち、満喫すべく昼寝をしようとする気持ちも理解できなくはない。


 とはいえ昼間でも若干の寒さは残っているし、朝晩に関してはまだまだ冷える。

 やたら頑丈なレオなどはともかく、こんな状況で眠って風邪でも引こうものなら目も当てられない。



「でもさ、本当に久しぶりだよね。ここを通るのも」



 ケイリーはヒョイと御者台へ移り、座って懐かしそうに目を細める。

 申し訳程度の道が敷かれたこの街道は、確かに以前通ったことがある。

 訓練キャンプを卒業し、初めて振られた任務が北部に物資を運ぶ任務であったのだが、その時にここを通ったのが随分と前であったように思える。


 とは言え以前に通ったのは、確か一年も経たぬほど前でしかないはずだ。

 濃密な時間を過ごしていたのだと考えれば、あれから随分時間が経過しているという感覚を覚えても仕方がないだろう。

 年々こういった時間の感覚は、短くなっていくとの話しではあるが。



「前回はとんぼ返りだった代わりに、今回はしばらく帰れそうにないけどな」


「あたしなんて行ったきり帰ってこないけどね」



 以前に北方へ行った時には、補給物資などを置いてすぐラトリッジへと帰還した。

 ただ以前と異なり、消耗品や食料の類はなく、一部の武具類のみを運んでいる。

 あちらでの物資入手の手段がある程度確保されるようになったためだ。

 ついでに言えば、今回は巡回娼婦の人たちも乗っていない。


 そしてもう一つ、僕等には以前の時と異なるものがある。

 それが何かと言えば、今回は物資を届け終えてもすぐには帰還しない、一方通行であるという点だ。



「まさかケイリーと同じく北方に行かされるとはな。おかげでもうしばらく一緒に行動する破目になった」


「それじゃまるで、あたしと行動するのが迷惑みたいじゃない」



 むくれた様子で抗議の声を上げる。

 とはいえこちらとしては少々からかってやっただけで、彼女自身もそれは理解しているのだろう。

 すぐにクスリと笑み、神妙な口調へと変わった。



「あたしはもう一緒には戦えないけどさ、代わりに無事帰ってくるのを待ってたげるよ」


「ああ、頼んだ」



 前線で戦う役割ではなく、今後は帰ってきた傭兵を出迎える側に周るケイリー。

 直接の戦闘を行うことはなくなっても、そういった人もまた重要。

 むしろ迎え入れてくれる人が居なければ、僕等も穏やかな気持ちで休みに帰れはしない。

 ずっと一緒であった仲間が離れることに、一抹の寂しさを抱いているというのは否定できないが。


 先ほどから口を開かぬヴィオレッタも、それは同様であろう。

 数少ない同性であるケイリーがチームを離れるので、最も寂しがっているのは彼女自身だろうに。

 ただヴィオレッタの場合は、幼少のころからずっと傭兵という稼業に接し続けてきた。

 こういった別れを経験するというのは、とうの昔に覚悟していたに違いない。



 雪の溶け乾いた街道を進みながら、僕は最後の時間を惜しむように鳥車を走らせ続けた。







 ラトリッジから約四日の行程を経て辿り着いた都市、"エイブラート"。

 同盟内でほぼ最北端に位置するこの街は、同盟の北に位置する勢力である、北方小部族連合との最前線と位置づけられる、人口二千人弱程度の小規模な都市だ。


 そのエイブラート市街から外れた、例によって裏通り。

 まったく人通りのないそこを進んだ先に見えたのは、一軒の大きな建物。

 見るからに新築といった風体をした木造のそこは、エイブラートに構えたイェルド傭兵団専用の酒場兼宿。

 つまりはラトリッジに在る、駄馬の安息小屋のような施設だ。

 そしてここがケイリーがこれから先、働くことになる場所でもある。



 そこへと入り込んだ僕等は、荷物を置くなり一階の酒場へと移動し、隅に置かれたテーブルの一つを陣取った。

 本来であれば給仕をしているはずのケイリーは、移動した初日だけは休みで良いとのことで、僕等と一緒にテーブルを囲んでいる。

 駄馬の安息小屋と異なり着席式のそれに着くと、運ばれてきた大麦酒(エール)を持ち、ケイリーの音頭で乾杯をする。



「それじゃ、アルの隊長就任を祝って。カンパーイ!」



 乾杯の掛け声と共に、僕等は手にした木製のジョッキを鳴らす。

 打ち合った勢いで泡が跳ね、手元を濡らすがそれも気にはならない。



「うむ、先を越されて口惜しいが、めでたいことだ」


「成果を出した結果だ。誇れ」



 乾杯の直後、祝いの言葉を向けるレオとヴィオレッタ。

 それは先ほどケイリーが乾杯の音頭と共に告げた、隊長就任が云々という件に関してだ。

 このエイブラートへと到着直後、先に移動していた団長が唐突に僕等の前へと現れ、辞令を下していった。

 曰く、僕等のチームを隊へと昇格し、僕に隊長位を拝命すると。


 数人で一つとなるチームは、本来は隊という一つの上位チーム下に属している。

 隊の規模や主に請け負う任務内容にも寄るのだが、一つの隊の下へ五つか六つのチームが属す。

 ただ現状はあまり隊の指揮下で行動することはなく、僕等自身も普段はあまりそれを意識することはないのだが。


 今後戦域の拡大や激化が予想されることから、新設される隊として僕等のチームが格上げ。

 それに伴って、僕を隊長位へと昇格させるということになったそうだ。

 ようするに、僕は追々部下を持つということになる。



「ありがとう。これも皆のおかげだよ」



 エイブラートへ移動して早々に下された命令により、突然僕は人の上に立つことになった。

 そんな僕へと、皆が細やかな祝いの席を設けてくれている。

 今までの労が報われたと言えるのだが、ただ僕一人の行動によって評価されたなどと思ってはいけないだろう。

 あくまでもこれは、皆の力があってこそのものなのだ。

 勿論、この場に居ないマーカスの貢献も大きい。今ここに彼が居らず一緒に祝えないのが、少々残念ではある。



「出世したわねー。なんか異例の速さだって評判だよ」


「らしいな。……少しそれが不安にもなるけど」



 ケイリーの褒め称える言葉を受けるも、僕はその言葉を素直に受け止められないでいた。

 何せ彼女も言う通り、この歳で隊長位に就くというのは類を見ない速さ。

 傭兵となってからも、まだ一年程度しか経っていないのだ。


 周囲を見回せば、やはり当然のことながら好意的な視線ばかりではない。

 上の方に立つベテランたちは、比較的平然とした様子を見せている。感情を表に出していないだけの可能性はあるが。

 ただ逆に僕等よりも若干経験を積んでいるであろう、若手の傭兵たちの中には、露骨に舌打ちする者や睨みつける者も居た。


 しかも団長から昇格を告げられたのはこの酒場に入ってすぐ、他の傭兵たちの居る前でだ。

 団長の"お気に入り"と認識されてしまったせいだろうか、それが気に食わない者たちからの視線は冷たい。

 針のムシロ、そして悪意が滲み出ているとすら言えそうな状況に、僕は居心地の悪さから酒を口にする速度をつい速めていた。


 団長も随分と酷な真似をするものだ。




「でも隊長になったとしても、当面は何かが変わるわけでもないけどね」



 飲み干したエールのおかわりを頼みつつ、少しだけ声のボリュームを上げ、それとなく周囲に向けた言い訳めいた言葉を放つ。

 こんな嫌な空気の中において、僅かな救いとも言える状況はあるのだ。



「そうだな。従えるチームが居ない隊の隊長など、有って無いも同然だ。まだまだアルには任せられんということなのだろう」



 ヴィオレッタの辛辣な言葉が、弱冠ではあるが僕の心を抉るようだ。

 しかし彼女が先ほど言ったように、僕は隊長という立場になりはしたが、現状では下に就くチームが存在しない。

 なので名ばかりの隊長であると言え、あまり僕自身で昇格したという実感が得られない理由ともなっていた。


 団長の話では、とりあえず今後少しずつ下に就くチームを増やすとのこと。

 希望があれば人員の要望も聞いてはくれるそうなのだが、僕には今のところ欲しい部下というのも居なかった。

 もし仮に来てほしい人がいたとしても、こんな若造の下ではなかなか首を縦に振ってくれそうにないけれど。



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