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適性 03


「これ、ちょっと見てよ」



 そう言ったケイリーは、自身の着ているセーターの裾を掴むと、おもむろに上へとたくし上げる。

 僕は突然なケイリーの行動に驚き、ついつい目を逸らしてしまう。



 恐る恐ると視線を戻し、セーターを脱ぎケイリーが示した部分を見ると、そこには剥き出しとなった腕が。

 見れば彼女の腕には、今回休養した原因である剣による傷。

 ほぼ塞がって皮膚が出来始めてはいるものの、この先も永久に残り続けるであろうほどに深く大きなものだ。

 その他にもこれまでの戦闘や訓練で付いたであろう、無数の細かい負傷の跡。



「怪我……、多すぎるよね」



 自身の身体を見下ろし、静かに呟くケイリー。

 晒してこそいないものの、おそらく腕以外の部分にも、無数に負傷の跡があるのだろう。

 確かに彼女の言う通り、それは人よりもずっと多い。

 身体に傷を持たぬ傭兵など存在しないが、傭兵となって一年足らずの、戦場に出る経験が少ない人間にしては多すぎると言っても過言ではなかった。



「こんな傷ばっかりだよ。あたしは皆より遥かに弱っちいからさ」


「そんなことは……」


「嘘ばっか。あたしが一番よくわかってる。皆と比べて、全く役に立てていないって」



 そんなことはないと言いかけるも、ケイリーは首を振り明確に否定をした。

 淡々とした言葉の中にも、絞り出すような苦しみの色。

 彼女はチーム内で唯一、自分だけが戦闘で貢献できていないと考えている。


 心情としては、再びその言葉を否定してやりたい。

 しかし残念ながら、彼女が自身に対し下した評価は間違ってはいなかった。

 僕やレオには言うに及ばず、マーカスやヴィオレッタと比較しても彼女は戦力としてどうしても劣る。

 むしろ傭兵団全体の中においても、ケイリーの力量は低い部類であると言えた。


 最初の頃に受けた任務である、北方への物資輸送。その帰りに遭遇した野盗相手にも彼女は傷を負っていた。

 比較的最近であれば、ラッシュフォートでも反体制集団を相手に、僅かな手傷を負っていたはず。

 その他彼女が負傷してきた記憶を思い起こせば、枚挙に暇がない。


 勿論彼女には僕等に無い特別な能力が備わっている。

 ケイリーが持つその快活な個性によって、僕等は常に励まされ続けていた。

 数人が一つのチームとして常に行動を共にする以上、当然のようにそこにはある程度のトラブルが付き物。

 そういった場合に彼女が事前に察して間に入り、上手く取り持ってくれた例も多々あるのだ。

 武器を持たぬ戦いの外で、彼女はずっと僕等の戦力となってくれていたのは間違いない。




「皆が留守の間、ヘイゼルさんの所に居る時に色々と手伝わせてもらったんだ。酒場の仕事とか物資の管理とかさ」



 僕等が盗賊の対処をしている間、ケイリーが駄馬の安息小屋を手伝っていたというのは聞いた。

 そこで彼女は何がしか、自身の先を決めるだけのモノに出会えたのだろう。

 いったいそれが何であるのかと、話し続けるケイリーの言葉に耳を傾ける。



「我ながら雑な性格を自覚してるから、物資管理は無理だろうけど、酒場の方は筋が良いって褒めてもらえた」


「酒場の方って、給仕?」


「給仕もだし、料理を作ったり。結構評判良かったんだよ? ……ヘイゼルさんも賛成してくれたから、団長に掛け合ってくれるって」



 まさかケイリー自身で適性があると感じたのが、酒場での仕事であるとは思わなかった。

 他の隊やチームへの移動ではなく、傭兵から酒場の給仕にというのは、少々意外に思えなくはない。

 ただあの酒場はイェルド傭兵団が団員のためだけに建てた、いわば福利厚生のために存在する施設だ。

 そもそもが駄馬の安息小屋の主人であるヘイゼルさん自身も、傭兵団所属の傭兵であったのだから、然程不思議はないのかもしれない。


 料理の評判が良かったというのには驚いたが、案外真面な食材さえ用意されれば、彼女は相応の品を作れるのかもしれない。

 その上でヘイゼルさん経由で団長に掛け合うそうなので、おそらくケイリーの望みは叶うのだろう。



「それじゃあ、ヘイゼルさんの所で?」


「ううん。そっちはジェナさんが来たから、たぶん人は足りてると思う」



 ケイリーの告げた事実に、僕は僅かな後悔に似たものを抱く。

 まさかとは思うが、もしや僕は余計な事をしてしまったのだろうかと。



「ヘイゼルさんに相談したんだ。そうしたら北方で新しく拠点を構えるから、そこでの人が足りないって。その気が有るなら配属してくれるって言われたから、受けようかなって」


「そうか……、すまなかったな」



 良かれと思ってジェナをラトリッジへ誘ったのだが、まさかこんな形でケイリーの邪魔をしてしまうとは。

 もしもそれがなければ、彼女はこの都市で僕等に近い位置に居られたのではないか。

 ただ彼女は然程それに関して気にしてはいないようで、軽く笑い飛ばす。



「しょうがないよ。こんな好条件の役割、他の場所に確保してくれるだけ有り難いって。それに傭兵を辞めるって言ったのに、まだ置いてくれようっていうんだから」



 吐かれたケイリーの言葉に偽りはないだろう。

 もしこのまま普通に傭兵を辞めるのであれば、次に行く場などないのだから。


 以前に彼女は話してくれたことがある。何かがあったとしても、故郷には帰れないと。

 おそらく彼女が故郷を出て傭兵となったのは、食い扶持を減らすという目的のためだ。

 小さな農村や貧しい地域では珍しい話ではなく、むしろ傭兵となる者の大部分はそういった事情を抱えている。


 一から別の土地でやり直すのを考えれば、この待遇は渡りに船。

 ケイリーの言うありがたいという言葉は、本音であると考えるのが普通だった。


 彼女の視線は穏やかながらも、決意に満ちている。

 おそらくではあるが、僕が何を言ったところでその決定は覆るまい。



「意志は固いんだろうね」


「勿論。もう決めたよ」


「そうか。……皆には直接話すか?」



 それだけ告げると、ヒョイとベッドから立ち上がり頷くケイリー。

 特に合流して以降ずっと懐いていたヴィオレッタに関しては、彼女自身に説明させた方が良いだろう。

 全てを言い終えたであろうケイリーの表情は、晴れやかだ。



 いつかはこんな日が来るとは思っていた。

 命のやり取りを常とする傭兵稼業で、ずっと同じ仲間と仲良くやっていけるなんてことは有り得ない。

 死に分かれる時も来るかもしれないし、誰かが負傷で続けられなくなるかもしれない。

 訓練キャンプに居た時点から、覚悟だけはしていたつもりだ。


 だが迎えた宣告は突然のもの。

 思いのほかアッサリと、僕等は別々の道を行くと決まってしまった。







 日も昇りきった午前。僕は一人、駄馬の安息小屋へと足を踏み入れる。

 基本的に昼以降の営業であるこの酒場は、午前中に行ったところで何かを出してくれる訳ではないため、他に傭兵の姿は見当たらない。

 入口の扉には鍵がかけられていないので、入るの自体は容易なのだが。


 チームのリーダーである僕が負傷していることにより、僕等はしばしの休暇に入っている。

 ただ冬季という時期的に、傭兵の需要はあまり高くはないため、休んでも然程差支えが無いというのは良いのか悪いのか。

 ともあれそんな暇を持て余していた僕は、酒場の主人であるヘイゼルさんに話があり、皆を置いて一人この場へとやって来ていた。



「どうしたんだい、こんな時間に」



 足を踏み入れ挨拶をする前に、僕の姿を見たヘイゼルさんから声が飛ぶ。

 見ればまだ営業前であるためか、前掛けもせずひと時の休息とばかりにカップに入れられた茶を口にしていた。

 そういえば人伝に聞いた話ではあるが、彼女にはまだ幼い子供がいるそうなので、その世話での疲れもあるのだろう。



「まぁいい、座りな」



 カウンターへと誘導され、そこに並ぶ椅子へ座るよう指示される。

 例によってその席は、僕も知るデクスター隊長のものだ。

 本来座るのも躊躇われる座席ではあるが、最近ヘイゼルさんと話をする時にはここへ座るようになってきた。



「で、聞いたんだろう?」



 席へと腰かけるなり、早々きり出すヘイゼルさん。

 主語が無いが、これが何を指すかなど明らかだ。



「はい、昨夜」


「それでどうしたんだ? 引き止めなかったアタシに文句でも言いに来たか」



 挑発的な表情を浮かべ、カウンターに身を乗り出す彼女にまさかと返す。

 今さら文句を言っても仕方あるまい。

 ケイリーの決意は固そうであったし、どうこう言ったところでそれは覆らない。



「むしろ僕としては感謝したいところですよ。あのまま無理に戦いへ参加させるよりも、自分に合った物が見つかったならそれに越したことはない」


「えらく物分かりが良いじゃないか」



 物分かりが良い。というよりも、単にケイリー自身の決断を尊重してのモノだ。

 正直戦闘という面だけを見れば、ケイリーが物足りない力量であるのは否定しないが、僕個人の希望としてはチームに残ってもらいたかった。

 例え戦闘面での貢献がどうであれ、居ることによってチーム内での不協和音を事前に解消してくれるという、得難い個性を持つのだから。

 それに彼女の口から語られた、団内での再編という話。これが本当であれば、どちらにせよ別れる破目になるかもしれない。



「アタシもあの子は気に入ってるし、本当ならここで使ってもいいんだけどね。別に採算取る必要もないから、二~三人増えたところで問題はない」



 ひと息衝き、ヘイゼルさんが呟いた言葉を意外に思う。

 僕がジェナを連れ帰った事により、ケイリーがラトリッジに居られなくなったと考えていたためだ。

 だがヘイゼルさんが言うにはそうではなく、むしろ折角決意したのだから、いっそ離してやった方が当人のためであろうとのことだった。



「色々考えてるんですね」


「それほどでもないさ。それに北部で人が要るってのも本当さね。春になれば北部の戦端が再び開く、その時に向こうで戦う連中のために、こういった癒しの場が必要になるんだからね」



 決してケイリーのことだけを思っての判断ではないようだ。

 勿論彼女の意志を尊重してというのもあろうが、実際傭兵団として必要な配置転換に、丁度よく希望者が居たにすぎないということか。

 なんともタイミングの度よいものだ。



「うちは適材適所振り分ける主義なんでね、お前も適性を自覚したら希望を出せばいい。もっともお前は、直接団長を説き伏せる必要があるだろうがな」



 ニヤリとした笑みの中に、若干の困った様子を浮かべるヘイゼルさん。

 その意味するところは、「大変だな」といったものだろうか。

 どの程度まで知っているかはわからないが、ヘイゼルさんは僕が団長によって色々と振り回されているのを理解しているようだ。

 団長の娘であるヴィオレッタを任されている点からして、多少なりと察するものはあるのだろう。

 場合によっては彼女との婚約云々まで知っている可能性すらあるが。



「わかりました。では……、ケイリーのことをよろしくお願いします」



 ヘイゼルさんに頭を下げ、ケイリーがより良い道を進めるよう託す。

 さして年齢も違わない戦友だが、一応は彼女からチームのリーダーとして認識してもらったのだ。

 皆を代表してこのくらいお願いしても、罰は当たるまい。


 ヘイゼルさんは僕の言葉を受け、「賜った」とだけ告げる。

 彼女に任せておけば、決して悪い様にはならないだろう。




 酒場の開店準備を始めるというヘイゼルさんに追い出されるように、話しを切り上げて外へと出る。


 真上に差し掛かりつつある昼日中の暖かい陽気を浴び、空を見上げて想う。

 ケイリーは新しい道を選び、マーカスまでもがチームから離れようとしている。

 これまで築き上げてきた関係が、バラバラになっていってしまうような、穴が開いてしまう感覚。

 だがある意味でそれはステップアップしているとも捉えられる結果であり、僕等が相応の評価を得てきた証でもあろう。

 二人は傭兵団にとって、必要な人間であると認められたのだ。



 空の上では戦闘が始まり、尚も帰還の見込みは立たぬまま。

 一人きりに耐えかねて船を飛出し、僕は流されるがままに傭兵となった。

 ならばいっそのこと、いつ終わるとも知れぬ遭難期間、傭兵として全力で生きてみるのも悪くないのではないか。

 ケイリーのした決意に当てられ、僕もそのようなことを考え始めていた。


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