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適性 02


 ラトリッジへと帰り着いた夜。

 夕食を作るだけの気力が沸かなかった僕等は、いつものことながら揃って傭兵団専用の酒場である、"駄馬の安息小屋"へと向かった。

 そこで食事をすると同時に、一緒に連れ帰り一足先にヘイゼルさんに預けたジェナをケイリーに紹介。

 食事の後は疲労の残る身体に鞭打ち、家に帰り着くなり寝床へと身体を放り出した。


 ただしこれまでと異なるのは、横になっているのが、ようやく全員分揃えたベッドの上であること。

 そして今僕が居る部屋が、二階に在る特別広くはない一室であるということか。


 僕等がラトリッジを留守にしている間、大工に修繕を依頼していたため使える部屋は格段に増えた。

 全員に一部屋ずつが行き渡り、僕に振り分けられたのは二階の奥に在る一室。

 ようやく得られた一人部屋を満喫しながら、開け放った木窓の向こうに見える星空を眺めていた。





<現状はやはり膠着状態といったところでしょうか。双方ともにほとんど損耗はしていないと推測されます>


「射程のギリギリから撃ち合ってるだけだろう? それなら互いにそこまで被害は出ないだろうに」


<地球圏側の軍の方が若干兵器の質が良いせいか、多少なりと射程は違うみたいですよ>



 その然程広くはない部屋でベッドへ横になりながら、星空を見上げエイダと言葉を交わす。

 外からは冷たい風が入り込んでくるが、それは仕方がないだろう。

 話す内容は遥か高空、宇宙で起きている出来事についてだ。



<ただどちらにせよ、射程一杯に近い遠距離からでは回避されるのが関の山です。距離がある分、撃ち落とすのも容易ですので>


「なら当分決着はつきそうにないな」


<当面の救助は期待できそうにありませんね。いったいいつになることやら>



 小さく嘆息し、軽く伸びをして寝返りをうつ。


 今の僕には決して手の届かない、ずっと高い場所に在る宇宙。

 そこでは僕が本来属しているはずである地球圏国家群と、僕をこの惑星に落とした独立勢力との間で戦闘が始まっていた。

 打ち上げたいくつかの衛星から得た情報によると、これまで睨み合うばかりであった両者だが、つい最近になって長距離でミサイルを打ち合う戦闘に発展したようだ。


 これが一気に全面対決ともなれば、そのうちどちらかがこの宙域を支配することになる。

 もし地球圏所属の軍が勝利すれば、僕はこの惑星から救出される見込みも出てくるというものだろう。

 ただ実質鼻先を牽制し合うばかりに近いこの状況では、逆にいつ終わるかわかったものではない。

 挑発ばかりが何年も繰り返され、一向に事態は動かぬという可能性すらある。

 場合によってはこの状態が延々と続き、僕の生きている間に決着しないかもしれない。



「それならそれでいいか。何かに困っているでもなし」



 もっとも僕は、最近ではそれはそれで別にいいんじゃないかとも思い始めた。

 両親が生きていれば、あるいは他に生存者が居れば、是が非でも帰ろうとした可能性はある。

 ただ僕以外の生存者が居なくなった今では、正直望郷の念は薄いと言わざるをえない。

 何せ僕は幼い頃にこの惑星に放り出され、以来ずっとあちらの世界と離れているのだから。



<この惑星に降りてから十年近いですからね。大破した船から飛び出して、外の世界に出てもう二年近くが経ちます>


「人生の半分以上はこっちなんだ。いい加減慣れるさ」



 もし仮に戻れたとしても、今更あちらの進んだ文明に適応できるとは限らない。

 例え地球の進んだ装備や、エイダのようなAIと情報に日常から触れているとしてもだ。

 それに少々僕とは事情が異なるが、団長もこの惑星で一生を終えると覚悟している。

 僕もまたそういった選択をするというのは、決して不自然な行動ではないと思い始めていた。




 そんな感傷に浸っていたのだが、唐突にその思考は中断される。

 僕に用があるのだろう、誰かによって部屋の扉が軽く叩かれたためだ。


 とりあえずベッドから上体を起こし、入ってくるよう告げる。

 すると少しの間を置いて、開かれた扉から入ってきたのはケイリーであった。



「一人? なんか話し声が聞こえた気がしたけど?」



 部屋へと入ってきたケイリーは、少々ドキリとさせられる質問をする。

 彼女の部屋は確か、一階に在るヴィオレッタが使う部屋の隣だ。

 何がしかの用事で二階に上がったケイリーは、僕の部屋から話し声が聞こえて気になったのだろうか。

 自宅用の簡素な衣類の上から被ったセーターの裾を正しながら、不思議そうに首を傾げる。



「酔っ払いじゃないか? さっき外で何人か歩いてたみたいだし」



 ちょっとの動揺を表に出さず、木窓を指さしながら咄嗟に適当な言葉で濁す。

 流石に彼女には見えぬエイダの存在を話す訳にもいくまい。


 その言葉に納得したかどうかは定かでないが、ケイリーはとりあえずは頷いてくれた。



「……ちょっとだけ良いかな?」



 と言って近づき、僕が座るベッドで隣に腰かける。

 同意を求めているというよりは、若干有無を言わさぬ行動ではあるが。



「いいけど、男の部屋でいきなりベッドに座るのは如何かと思うよ」


「アルはあたしに手を出すほど飢えてないでしょ、モテるもの。ヴィオレッタとかジェナさんとか」



 不用意な行動を咎めたつもりであったのだが、逆に反撃を食らう。

 現状あの二人とどうこうな関係ではないのだが、共に行動するだけでそういった目で見られてしまうのだろうか。

 であればレオとマーカスも同様に思われても良さそうなものだが。



「彼女たちとは何もないよ。それに僕はそこまでモテない」


「そうかな。最初と比べてヴィオレッタとも上手くやってるじゃん。ちょっとずつ婚約者らしくなってきたんじゃない?」



 ケイリーの発した言葉に驚き、咄嗟に彼女の顔を凝視する。

 表情はニヤリと歪んでおり、してやったりと言わんばかりの様相。

 団長によってヴィオレッタの婚約者とされてしまった僕ではあるが、その話は誰にもしていない。

 であるはずなのに、どうして彼女がそれを知っているのか。


 だが問い詰めてみれば何のことはない。

 以前に二人の私室が同じであった頃、ヴィオレッタ自身の口から聞かされたのだと言う。

 彼女自身人に知られるのを嫌がっていたというのに、本当随分と気を許しているものだ。




「まあそこは別に気にしてないんだよね、あたしは。で、ちょっと話したいことが」



 しばしその兼で僕はケイリーにからかわれ続けたが、ひとしきり言って満足したのか、不意に話を切り出す。

 ただこれは、何も僕とヴィオレッタの関係性をどうこうという話ではなさそうだ。

 妙に真剣な表情を浮かべる彼女に頷き、開いていた木窓を閉めて話を促す。



 話を聞いてみると、これは前置きなのだろうか。

 僕等がラトリッジを留守にしている間、ケイリーがヘイゼルさんの所で世話になっていたという話をし始めた。

 療養中とはいえ、流石に家でじっとしているというのは耐え難かったようで、酒場の仕事を手伝っていたのだと。


 怪我の身でやらせてもらえた内容から、酒場で楽しかったこと、大変であったものを。

 そこから次第に、ヘイゼルさんがそれとなく教えてくれた内容へと移っていく。



「それでね、近々団内で再編成があるって話、アルは聞いた?」


「いや……、僕は知らないな」



 ケイリーが告げた内容は、まさに寝耳に水。

 何度か顔を会わせている団長や、他の傭兵たちからもそういった話しは聞かされていない。

 色々と深い情報に触れる機会も多いヘイゼルさんだけに、そういった情報も把握しているのだろう。

 傭兵団を一企業と捉えるならば、そういったこともあるかもしれない。



「ヘイゼルさんが言ってたけど、マーカスにも移動の話しがあるみたい」


「マーカスが?」


「うん、なんか欲しがってる所があるらしいよ」



 再度の驚き。

 つまりマーカスが別のチームに引き抜かれるというか、配置を転換される可能性があるという話しだ。


 ここまで見てきた限り僕の評価としては、マーカスは弓の名手であると同時に、潜んでの情報収集や監視任務などに高い適性を発揮してきたように思える。

 その適正はデナムでの偵察や先日行った雪山での作戦など、これまで幾度か散見してきた。

 ラッシュフォートで僕とヴィオレッタを除く三人にもう一方を任せたのも、マーカスの状況把握能力や冷静さといった面に信用が置けたから。

 団長との会話でそういった内容を話したこともあるし、傭兵団の上層部が彼のそういった能力を評価し、別に役割を与えたいと考えてもおかしくはない。



 それにしても、どうしてケイリーはそんな話しを振ってきたのか。

 確かに僕等にとって重要な話題ではあるが、こういったことは集まっての食事時にでもすればいいことだ。

 そこには何か、彼女にとって重要な内容が含まれているように思えてならなかった。

 おそらくはこれこそが、昼間にエイダが察知したストレスの正体であるというのは、想像するに難くはない。



「それでさ、この機会にあたしも色々考えて決めたんだ」


「決めたって……、何を?」



 向けられる言葉に問い返す。

 ケイリーがこの件に関連して何を考え、何を決意したというのかを。


 ただ……、この状況で告げられる内容など、少し考えれば僅かしかあるまい。



「これを機に傭兵を辞めようかなって」



 小さく、静かな言葉。


 彼女がずっと考え、悩み抜いた末の決断。

 穏やかなケイリーの視線は言葉の強さに反し、強い熱が篭っているように見えてならなかった。




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