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決別 04


「ああ、それなら別に構わんぞ」



 傭兵団がこの街にいくつか借り受けている中でも、比較的造りの良い宿。

 団長が滞在しているそこへと足を踏み入れ、ジェナに関して相談をした末に返ってきた言葉。

 それは何ともアッサリしているというか、随分と軽いものだった。



「えっと……。本当によろしいのですか?」


「なんだ、君から持ちかけてきた話だろうに。それとも断って欲しかったのか?」


「いえ、そういう訳ではないのですが……」



 団長からすれば、ジェナをラトリッジに迎え入れることそのものは、別に問題ないのだろう。

 ただ道中一緒に行動するともなれば、色々と面倒であったり配慮しなければならない事柄は増える。

 ジェナは訓練された傭兵ではなく、ただの一般人。しかも身重であるのだから。

 多少なりと渋ったり難色を示すくらいされると予想していたのだけれど……。



「ならば問題はあるまい。君たちも巡回娼婦たちの護衛で、一般人を連れるのは慣れているだろう」


「はい。幾度か経験はあります」



 戦場を渡り歩く健康な娼婦と、身重の女性を同列に考えるのはどうかと思うが、確かにそういった経験はある。

 鳥車さえ使わせてもらえるのであれば、ジェナを連れて行くのも訳はないだろう。

 幸いにもここ最近の恵まれた好天によって、街道上の雪はそれなりに溶けてきているはずだ。



「それに彼女の意志次第ではあるが、生活の糧に心当たりがないでもない」


「本当ですか!?」


「ヘイゼルが人を欲しがっていた。実質あそこは彼女一人で動かしているようなものだからな、最近では手が回っていないないらしい」



 団長の告げた心当たり。それは意外なことに、僕にも馴染のあるモノであった。


 そういえばヘイゼルさんは、傭兵団に一般から持ち込まれる依頼の窓口ともなっている。

 加えて彼女はイェルド傭兵団専用の酒場である、"駄馬の安息小屋"を仕切っているのだ。

 彼女一人に圧し掛かる負担というのは、想像に余りあるものであった。



「勿論血生臭い傭兵たちを相手とせねばならぬ上、彼女は身重だ。当然無理強いはできぬが」



 団長はジェナの意志に任せると言ってはいるが、それだけで十分すぎる。

 傭兵に近い、少々平穏とは言えぬ環境ではあるが、これ以上ない条件ではあるだろう。

 傭兵団というのは戦場に最も近い組織であるが故に、お抱えの医師も一般より高い水準の人が揃えられている。

 彼女の身体を考えれば、なによりも好条件であるに違いあるまい。

 何よりもヘイゼルさんの所であれば、僕自身も安心できるというもの。


 ジェナがこれを受け入れればの話ではあるが。



「すみません、ご迷惑を」


「気にするな。それにこちらとしても利が無い訳ではない。助けた娘が故郷を離れざるをえなくなり、不憫に思った我らが迎え入れる。良い広告材料だろう?」



 やはりそれなりに打算があったようだ。

 やけにアッサリと引き受けてくれたと思いきや、団長はそういった傭兵団のイメージアップにジェナを利用しようということか。

 ただ僕にしたところで、そもそも最初はそのつもりだったので、あまり人のことは言えない。



「彼女には申し訳ないが、利用できるだけ利用させてもらう。連れて行く駄賃だと思って勘弁してもらいたい」



 それ自体は致し方ないだろう。

 むしろそれがあるからこそ、ジェナを受け入れるのに障害がなくなったのだから。

 僕が腰を下げて団長に礼を述べると、団長は最後まで責任を持つよう告げる。

 この点は当然だろう、言いだしっぺは僕なのだから。



 再度団長へと礼をした僕は、そのまま失礼してジェナのもとへと向かう。


 最初にジェナを保護してもらった宿へと向け、静かに考えつつ歩く。

 僕からしてみれば、この上ない程の好条件。

 しかし彼女が受け入れてくれるかといえば、少々自信が持てずにいた。

 何せ彼女にとって憎むべき相手である、今は亡き盗賊団の頭領もまた傭兵であったのだから。



<気にしすぎでは?>



 エイダは気にしすぎであると言うが、そうもいくまい。

 勢いとちょっとした情で面倒を見ると言い切ったのだ、最後まで責任を持つというのは、最低限必要なラインであると言えた。







 しばしの拠点としていた街から離れ、解け始めた雪によってぬかるむ街道を進んで二日目。

 一路ラトリッジへ向け南西へと進んでいるのだが、ほんの少しだけ寒さも弱まってきた気がする。

 ここ数日は陽射しも暖かく、ゆっくりではあるが春の気配も漂ってきているせいもあるだろう。



「ほら、頑張れ。もう少ししたら休憩にしてやるから」



 掴む手綱の先にある騎乗鳥へ、叱咤し柔らかく鞭打つ。

 やはり足場が悪いせいだろうか、なかなか思うようには進んでくれない。

 ときおり文字通り道草を食い、あるいは溶けかけた雪を食んでいる。

 今回預かった騎乗鳥は少々、しっかりとした調教が成されていない個体であるようだ。


 ただこの泥にも近い足場を歩いて帰るよりは遥かにマシというものだ。

 そんなことをしていれば、移動だけで倍以上の時間がかかるのはうけ合いなのだから。



「すみません、わたしの為に荷車まで出して頂いて」



 御者台の後ろから届く声。

 振り返って見てみれば、そこには申し訳なさそうにしながら、幾枚もの毛布を腰に巻いたジェナの姿。


 結局すんなりとこちらの提案を受け入れたジェナは、早々に自身の家に置いてあった荷物を纏め、僕らがラトリッジへ帰還するのに同行した。

 流石に家具の類などを持っていくわけにはいかないため、そちらは家も含めて一切を団の預かりとしている。

 追々にではあるが、土地や建物などを売却していくそうだ。



「気にしないで下さいよ。これも団長の指示ですので」



 若干肩身の狭そうにするジェナに気にしないよう告げるが、僕自身も正直助かっているのは事実。

 何せ本来であれば、ラトリッジまでの道中を徒歩で移動しなければならなかったのだ。

 彼女の身を案じた団長によって鳥車を使わせてもらえたので、こちらとしては感謝してもしきれないほどと言って良い。


 その団長はと言えば、街での残務処理が残っているようで、もうしばらく滞在するとのこと。

 なので僕等だけが一足先にラトリッジへの帰途に就いている。



「そうだぞ。貴女の身を思えばというのもあるが、私たちも鳥車が使えて助かっているのだ。気にすることはない」



 ぞんざいながらも心配しているであろう、ヴィオレッタの言葉に安堵するジェナ。

 やはり自分一人のために移動手段を確保されたと考えるよりは、他の人間にとっても良い結果であると考える方が楽ということか。



「そう……、思って頂けるなら助かります」


「うむ。二人もそう思うだろう?」



 荷車の上で立ち上がったヴィオレッタが頷き、同じく荷台の上に座る二人をみやる。

 その二人。レオとマーカスへと視線を移すも、揃って寝こけ高いびきをかいていた。

 考えてもみればこの二人は怪我であまり無理のできずにいた僕に代わり、方々で後始末に追われ徹夜続きだったのだ。

 一日やそこらで疲れが抜けようはずもない。


 特にマーカスなどは、よほど気に入られたのか一部の先輩傭兵の指示で、色々と動かされていたようだ。

 その疲れは想像に余りある。



「なんだ、聞いていないのか……」


「とりあえず寝かせといてやりなよ。夜には見張りがあるんだしさ」



 それだけ言うと、早々に諦めたのかジェナの隣に座り直すヴィオレッタ。

 ケイリーが居ない現在のチームにあっては、同性といえば彼女しか居ない。

 折角戻れたはずの住み慣れた故郷を離れ、心細いであろうジェナを護るのは、自分の役割であると考えているのかもしれなかった。


 もしそうだとすれば、そのどこか懸命な姿が微笑ましい。



「どうした? 不気味な笑いをして」


「いや……、別に」



 どうやら彼女は僕の意味あり気な視線が不服であったようだ。

 忙しくもまたもや立ち上がり、そのパッチリとした眼をギラリと細めた。

 別に考えていることを表に出したつもりは無いのだが、こういった人の思考に対してヴィオレッタは妙に敏感だ。



 不愉快を表に出すヴィオレッタから、やいのやいのと小言を頂戴していると、不意に黙って眺めていたジェナから笑みが漏れる。



「仲、よろしいのですね」



 クスクスと笑いながら呟くジェナの言葉に、ヴィオレッタの顔は急に赤面する。

 彼女にとっては爆弾発言とも言えるそれを、必死に訂正しようと否定の言葉を紡ぐ。

 まぁここまでのやり取りを見れば、そう見えたとしても不思議はあるまい。

 ただジェナからすれば、ちょっとからかっただけなのかも知れないが。



「ほら、さっきからすごく仲が良さそうで。永く付き合っている恋人同士みたいです」


「な、なんてことを!? お前も否定しないか!」



 どこまで本気で言っていることやら、ヴィオレッタをからかい続けるジェナ。


 考えてもみれば、これから彼女はラトリッジで新しい生活を迎え、傭兵団の酒場である駄馬の安息小屋へと身を寄せるのだ。

 僕等との付き合いも続くことから、より交流を持とうと考えてもおかしくはない。

 これはそのための手段であるようだった。

 ヴィオレッタにとっては、散々な目であるようだが。


 ただジェナがするその表情は、少しばかり寂しそうにも見える。

 自らが振った話題ではあるものの、仲の良さそうな男女という存在に、何がしか思う所があるのだろうか。


 ジェナはつい最近婚約者との関係が終わりを告げたばかり。

 そんな彼女に、僕とヴィオレッタが団長によって婚約者の関係とされているとは、とてもではないが言えたものではない。

 元々話すつもりはないのだが。



 荷台で寝こける二人のいびきと、姦しい女性陣のやり取りを背に受けながら。

 僕は手綱を繰り、ボロボロな我が家への家路を急いだ。

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