決別 03
昨日に続き、この日も街は好天に恵まれたようだ。
雪国の冬にしては随分と強い陽射しを受け、寒さの中にもホッとするようなモノを感じる。
とはいえ実際のところ、冷たい外気によって日光の熱は奪われ、暖かいはずのそれはただの光と化していたのだが。
ジェナが中に入って数分。
当然のことながら、未だ外に出てくる気配など無い。
とりあえず婚約者に話だけでも聞いてもらえる状況にあるようで、そこに関しては安堵させられた。
<いつ頃終わるとも知れませんし、中の様子を探りますか?>
エイダは大人しく外で待つ僕を退屈させぬようにかは知らぬが、とんでもないことを言い出す。
分厚い岩壁などであればともかく、小さな家の壁程度であれば、十分音声などは拾える。
ただ今は作戦行動中に、敵の動向を探っているのではない。
おそらくジェナは僕を信用して同行を頼んだのだ。それを裏切るわけにはいくまい。
『却下だ。そこまでみっともない真似ができるか』
<それは安心しました。この提案を受け入れるような、品のない人間に育てたつもりはありませんので>
どうやらエイダは僕をからかっただけだったようだ。
試すような発言をしたエイダに若干イラつきを覚えはするが、まぁいいだろう。
彼女が本気でそんな提案をしたのではないという点で、一応の安堵を覚えておけばいい。
それにしても……。
ジェナが入っていった、婚約者が中に居るであろう民家を見やる。
もしこのまま彼女が上手く婚約者と話をつけ、ここで暮らしていけるのであれば万事解決。
ただそのために越えねばならぬハードルは高いだろう。
そういった男女の問題について詳しい方ではないが、それが決して生易しい障害でないことくらいは理解している。
なにせジェナの身体には、消したくとも消せない痕跡が、生々と刻まれているのだから。
『あそこまで大きくなると、この惑星の技術じゃどうにもならないだろうな』
<地球圏でも難しいですよ、どうしても母体に負担がかかりますし。もっとも、行えない理由の大部分は人道的なものですが>
ジェナの腹は、今では一目見ただけで状態が知れるものとなっている。
この惑星の技術水準では、流石に堕胎も難しかろう。
となれば彼女に残された道は、あの盗賊団頭領であった男との間に出来た子を産むしかない。
ある程度彼女はそれについて覚悟をしているのだとは思う。
ただ、婚約者にその覚悟が出来るかどうかについては、僕には何とも言えないものであった。
今はただ、件の婚約者が度量の大きな人であるよう祈るのみ。
そう考えていると、唐突に家の扉が静かに開かれた。
中から出てきたのは、言うまでもなくジェナ。
彼女は一人だけで外に出てこちらへと歩んでくると、スッと僕の目を見つめ、思いのほか穏やかな声で語る。
「お待たせしました。では戻りましょうか」
平然と言い放ち、元来た道を戻るジェナ。
行きがけに被っていたフードは取り、露わとなった表情からはスッキリとした晴れやかさが覗いている。
僕は先を歩く彼女の背を追う。
これは上手くいったに違いない。
婚約者は彼女が受けたものを理解し、優しく受け入れてあげたのだ。
おそらく彼女が滞在していた別の宿に、置いていた荷物を取りに戻るのだろう。
僕はそう考えた。
だが……、現実はそう上手くいってはくれなかったらしい。
「この様子ですと、婚約者さんは良い返事をしてくれたみたいですね」
「そう見えますか? ……残念ですが、やはり私は彼にとってもう不要なようです」
アッサリと言い放つジェナ。
意外な言葉を発した彼女の背中を見やり、良くは見えぬ表情を窺う。
「"盗賊の子を育てる覚悟は持てそうにない"、だそうですよ。ハッキリとそう言ってくれました」
これといった感情の抑揚もなく、ただただ平坦な声。
むしろどこか平静さすら漂う。
その姿は婚約者に拒絶された事実など、どこ吹く風と言わんばかり。
「逆に今ちゃんと言ってくれて助かりましたよ。このまま一緒になって生活しても、いずれ破綻するでしょうから」
「そんな……。もう一度話し合えたりはしないんですか?」
僕がそう問うと、彼女は歩を止め振り返る。
こちらへと顔を向け、その表情を少しだけ悲しそうな色に染めた。
「無理ですよ。彼はこの大きくなったお腹を見て、酷く迷惑そうな顔をしていましたからね。もっとも、私自身もこの子を愛せそうにありませんから、人にとやかく言えた義理ではありませんが」
ジェナの告げた言葉に、僕は二の句を次げない。
そういった事態を想定していなかった訳ではないが、よもやこうも悪い結果に転がってしまうとは。
何よりも意外であるのは、ジェナ自身がその事実に対してさして気にもしていない点か。
案外彼女はこうなることを見越し、以前から覚悟を決めていたのかもしれない。
あるいは昨日に行われた処刑、それが彼女に決心をさせたのだろうか。
「これから……、どうされるんですか?」
「そうですね。流石にこの街に居続けられるほどに図太い神経はしていませんし、どこか別の土地へ移ろうかと」
余計な詮索やもしれないが、今後について気になったので聞いてみると、ジェナはアッサリと街から離れるつもりであると返した。
どうやら他に家族も居ないようなので、そういった面での障害はないようだ。
この都市は近隣の中では比較的大きな規模だが、それでも住人は三千にも満たない。
残って件の元婚約者と度々顔を会わせるのを思えば、お互いにその方が楽だろう。
ただ何の伝手もない他所の地域へと一人赴き、そこで生活を構築していくというのは並大抵の苦労ではないだろう。
しかも産まれてくるであろう子供と一緒にだ。
ともすれば身体を売って糊口をしのがねばならず、ジェナが自ら望んで選ぶ選択でないというのは想像に難くない。
「でしたら……」
達観したような素振りを見せるジェナの姿を目に映し、僕は自分ですら思いもよらぬ言葉を漏らす。
半ば無意識というよりも、条件反射のように。
「僕等と一緒にラトリッジへ来ませんか?」
「え……」
「ラトリッジでしたらそれなりに離れた土地ですから、もうこの街の知り合いと顔を会わせることもありません。それに新しい生活を送るにも、手助けできるかもしれない」
どうしてこんな言葉を発してしまったのか。
何の根回しもなければ、具体的にどう助けるのかという考えもない。
そんな考えなしな発言に、我ながら驚きを隠せずにいた。
<ちょっとアルフレート、急に何を言っているのですか>
エイダの咎めるような言葉。
彼女からしてみれば、僕に多くの負担が圧し掛かるであろう事態を見過ごせないのだろう。
それに連れ帰るとするならば、本来チームの皆や団長に相談しておかねばならない。
「……折角の申し出ですが、あまりご迷惑をかけるわけにはいきません。おそらくアルフレートさんは、皆さんの許しも得られてはいないのでしょう?」
「確かに上の許可は必要です。ですがそれは僕が説得します」
このまま彼女を放っておく訳にはいくまい。
普段の僕であれば、こちらの都合を果たした以上、関係ないとばかりに放っておくのだろう。
だが少々今回に関しては、情が入り過ぎているのを自覚している。
折角助け出したというのに、この先どうなるとも知れぬ状況になるのを見過ごせはしなかった。
「わかりました。ではもしも、上の方に許可して頂けるのであれば、お世話になります」
実際他に行く当てもないのか、条件付きではあるがジェナはこちらの提案を受け入れてくれる。
ただあまり期待自体はしていないのか、僅かに笑んでそのまま宿へと戻って行ってしまった。
<よろしいので? 勝手に決めてしまって>
『今更だろう。それに団長には許可を貰う』
<上手く許可してもらえるでしょうか……>
心配と呆れ混じりなエイダに、さあなと返す。
勇み足で勝手な発言をしてしまったが、今更後には引けまい。
考え無しな自身の行動を振り返って若干の反省をしつつ、未だこの街に残っているであろう団長の下へと向かった。




