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決別 02


 衆人環視の歓声が舞う中、盗賊団の頭領であった男は、猿轡を噛まされたままで刑台へ横になる。

 ベッドというには余りにも簡素なそれは、木製の長椅子とも言える物。

 そこへとうつ伏せになり、逃げられぬよう胴体と両足、腕を縛り付けられる。

 身動きが取れぬのを確認するなり、処刑人が大鉈を手に取り男の横へと立つ。その所作は若干ではあるが、脱出ショーをする前のマジシャンのようだ。


 壇上には男の他に、執行官と処刑人、そして司祭。

 さほど教会による信仰が一般的ではない同盟内においても、こういった場合には宗教家が必要となるのだろう。

 刑の執行を待つ男から少しだけ離れた場所で、胸に手を当て祈りの言葉を発しているようだった。



 身動きとれぬ状況であるというのもあるが、既に観念をしているのか、男は抵抗しようという素振りはない。

 処刑人の大鉈が振り下ろされるのを、静かに待っている。


 ただ処刑人が大鉈を振り上げようとした直前、男の瞼はゆっくりと開かれる。

 僅かに左右へと視線を動かした後、一点を捉え凝視。

 こちらを見ているのではないかとすら思えるその視線が向かうのは、自身を打ち倒した僕か、あるいは血を引く者を宿すジェナであるのか。


 歓声とも狂気とも取れぬ群衆の声は一段と大きくなっていき、そのボルテージが最高潮となったであろう頃。

 遂に振り上げられた大鉈はその役割を果たした。





『こうなると、あっけないもんだな』


<頼みますから、アルフレートはこうならないようにして下さい。貴方が居なくなっては、私の話す相手が居なくなります>



 群衆内に集う女性たちの僅かな悲鳴と、終わって早々に帰っていく人々の喧騒を耳に、エイダへ気の抜けた言葉を向けた。

 返されたのは酷く心外なものであったが、まぁいいだろう。

 言う通り僕が居なくなれば、エイダの話し相手はこの惑星に存在しなくなるのだから。



 処刑台の上で転がった男の瞳からは、既に光が失われている。

 思い返せばこれまで戦ってきた敵の中では、一番強かったのがあの男だった。

 相手するのに少々苦労したのは確かだし、油断したとはいえ傷を負ったのも初めて。

 訓練などを含めればレオが一番強かったし、戦った経験はないが団長はもっと強いのだろうけれど。



 男の首から目を離し周囲を見渡してみれば、既に住民たちの多くは家路についていた。

 やはりそれまでが興奮の只中だったとしても、実際に落とされた首を目の当たりにすると、一気にその熱は引き現実として認識できるようだ。

 所々に誰かが吐き出したであろう吐瀉物や、貧血を起こして蹲る人の姿。


 そんな中で一点を見ると、そこには先ほどから変わらぬ表情を湛えたジェナの姿があった。

 一斉に引いていく衆人から取り残され、佇む彼女。

 感情の色が乏しい視線は、転がった首を射抜かんばかりに向けられている。



<声をかけなくてもよいので?>



 ついつい彼女を凝視してしまう。

 本当ならばエイダの言う通り、一言何がしかの言葉を掛けるというのもありなのだろう。

 しかしどうにも話しかけづらい空気を纏っているように思えてならず、僕は二の足を踏んでしまっていた。



『今は……、やめておく。彼女も考える時間が必要だろうし』



 言い訳めいた言葉。

 実際にその通りであったとしても、彼女にかける言葉が見つからないというのが本当のところだ。

 そもそもジェナに対して何を言ってよいものやら。

 あの男はもう居ないんだから、自由に生きろとでも言えばいいのだろうか。


 未だに壇上を凝視し続けるジェナの姿を横目に、僕は逃げるようにしてその場を跡にした。







 処刑を行った翌日。僕は安宿の一室で、一心不乱に荷造りをしていた。

 明日にはこの街を離れ、ラトリッジへの帰途に就く。


 既に今回の作戦に参加した他の団員たちは、各々が拠点とする都市へと帰還している。

 本来であれば僕自身も処刑の前日には解散し、ラトリッジに戻る予定ではあった。

 ただ単純に受けた傷の様子を見るためと、処刑を見届けるためにこの街に残っていたに過ぎない。



「置いていかれるってのは落ち着かないな……」



 現在他の皆は僕を置いて、移動に必要な食糧などの買い出しを行っている。

 怪我人であるため留守番をしていろということなのだが、あまり丁寧に扱われるというのも考え物だ。

 このままでは甘える癖がついてしまいそうになる。


 そんな僕が若干寂しい想いをしつつ、背嚢へと荷物を詰め込んでいると、不意に部屋の扉が叩かれた。

 チームの皆であれば、そんなことをせず勝手に入ってくる。

 では誰だろうと思っていると、扉の向こうから聞こえてくる声。

 その主はこの安宿の主人であった。


 何か用でもあるのだろうかと問うてみれば、一階に客人が来ているとのこと。

 誰であるのか聞いてみれば、宿の主人は全身を覆うローブを纏った女性であったとだけ返した。



<ジェナでしょうね。他に尋ねてくる人物も想定できませんし>


『だろうな。姿を隠している女性なんて他に知らない』



 僕がこの宿に滞在しているというのは、彼女を預けた人にでも聞けば容易にわかること。

 なのでそれ自体は決して不思議なものではない。

 案外僕がこの街を離れるというのを聞いて、最後に挨拶でもしようと来たのかもしれない。



 昨日僕は彼女を見かけても、声すらかけずにその場を離れたのだ。

 最後に挨拶くらいはしておくべきだろうと考え、階下へと顔を見せに降りる。


 するとそこには案の定、フードによって半分以上隠れているものの、少しだけ見慣れた顔が。

 彼女はこちらの姿を確認するや否や、安堵の様子を表に出し歩み寄る。



「申し訳ありません、お呼び立てしてしまって」



 深々と頭を下げるジェナ。

 呼び出されたことそのものには問題ないのだが、僕にはその姿から、どこか意を決したような空気を感じていた。

 会った時点から腰の低い人ではあるのだが、丁寧な物言いから、何か重要な相談や頼みごとをしようとしているように思えてならない。



「実は……、アルフレートさんに少々お願いが……」



 やはり何がしかの頼みがあったようだ。

 僕は彼女に話すよう告げると、ジェナは少しだけ躊躇い、重い口を開く。



「私がこれから行く場所へ、一緒に付き合って頂きたいのです。どうにも一人では行き辛くて……」


「それは構いませんが……。いったいどちらへ?」



 僕が問うと、彼女は緊張からか乱れた呼吸を整え、静かに告げたのだ。

 「婚約者の家へ行く」と。


 ジェナがどれだけの決心をしたのかは想像するしかないが、それはきっと相当な覚悟であろう。

 言葉通り一人で向かうだけの勇気が持てていないのか、あるいは僕に事情の一端を説明して欲しいのか。

 どちらにせよ僕が一緒に行くことで、彼女が行動を起こす一助となるようだ。


 詳しい話を聞くこともせず、僕はただ頷く。

 折角ジェナが決意を込めて言っているのだ、最後まで付き合うというのも悪くはない。

 僕は上でしていた荷づくりもさて置き、彼女の後ろをついて宿から出た。





 先導するジェナの数歩後ろを歩き、知らぬ街の路地を進む。

 この街に来てから用もなかったため来ていない、都市の住宅街と呼べる地域。

 そこには小ぢんまりとした家々が建ち並んでおり、僕が普段馴染んだような路地裏とは異なる、陽射しの当たる表の世界であるというのを認識させる。



「……ここです」



 辿り着いたジェナの婚約者が住む家は、そんな住宅街のすみに佇む、一軒の素朴な建物だった。

 特別大きくもなく、真新しいとも言い難い。

 しかし見るからに穏やかで、騒動や戦いとも無縁な柔らかい空気を感じる。


 道中ジェナが語ってくれた話では、彼女は近々婚約者と結婚し、ここで生活を送る予定であったとのこと。

 きっとジェナはこの穏やかな小さい家で、何の変哲もない静かな新婚生活を迎えるはずだったのだ。


 その家の前に辿り着くなり、彼女は振り返って小さく告げる。



「ここで、待っていてもらっていいでしょうか」


「それだけでいのですか?」


「はい。事情の説明は……、ちゃんと私の口から行います」



 どうやら本当に、この場へ向かうだけの意志が持てずにいただけだったようだ。

 道中逃げ出したくなる自身を押さえつけるために、僕に同行を求めたのだろう。

 ただ最後の肝心な部分は自らが行うと言うあたりなどは、それなりに芯の強さすら感じる。



「わかりました。では僕は外で待っています」



 短いやり取りを終え、僕は少しだけ離れた場所に在る壁へともたれかかる。

 ジェナは意を決して扉を叩き、中に居るであろう婚約者が出てくるのを待つ。


 しばらくして中から出てきたのは、一人の男性。

 ジェナと然程歳も変わらないであろうその人物は、酷く驚いた様子を見せ、ジェナを中へと招き入れた。

 とりあえずここまでは一安心。……となれば良いのだが、いったいどうなることやら。



<上手く迎え入れてはもらえたようですね>


『ああ、とりあえず良かった』


<中に他の女性でも居て、修羅場となってしまうのではと期待したのですが>


『どこで覚えたんだ、そんなもの……』



 いったいどれだけ本気で言っているのか、定かでないエイダの言葉にげんなりしつつ、閉じられた扉へ視線をやる。

 そのまま彼女に起きた現状が、婚約者に受け入れてもらえるか否か。

 願わくばこのままジェナがここで暮らしていけるよう、信仰していない神にすら祈りたい気持ちではあった。





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