決別 01
二階にある宿の窓を開け放つと、そこに広がるのは雲一つない快晴。
冬場の北国には珍しいという真っ新な空に、くっきりと映える太陽。
その暖かな陽射し下、眼下の道を行く人々の数は普段よりも多い。
一見すれば女性たちに関しては、久しくできていなかったお洒落を楽しむべく外へと出た。
あるいは久々な好天の喜びに沸く住人たちが、目一杯太陽を浴びるべく外へと繰りだしたようにも見える。
だが実際のところ、住人たちの目的はそうではない。
住民たちは揃って通りを一つの方向へと、我先にと足早に進む。
向かう先はこの街の中央に在る広場。そこではこの日、とあるイベントが行われるのだ。
「皆はどうするんだ?」
振り返って窓辺に腰かけ、部屋の中に居るチームの皆へと問う。
部屋にはラトリッジで療養中のケイリーを除く全員が集まっている。
どういう訳か、部屋の異なるはずのヴィオレッタまでもが、暢気にレオとカードゲームに勤しんでいた。
「私は遠慮しておこう。こんな天気の良い日に、わざわざ胸糞悪くなりに行くこともあるまい」
「……俺もだ。面倒臭い」
テーブルを挟んで真剣な表情のヴィオレッタと、無表情なままカードを繰るレオは不参加を告げる。
ならばと残るマーカスへ視線を向けるが、彼もまた首を横に振って苦笑いしながら遠慮した。
「ボクも止めておきます、あまり見て気分の良い物ではありませんし。でもアルは行かないとダメなんですよね? 団長の命令で」
「そうなんだよ、どういう訳か。誰も付き合ってくれないから、一人で行かなきゃならない」
恨みがましい言葉をチームの皆へと発しながら、腰を落としていた窓辺から立ち上がる。
渋々と部屋から出るべく扉へと向かい、放り投げていた上着を肩に羽織る。
そんな僕へと、皆は若干他人事のように手を振り見送っていた。
部屋から出て宿の一階へ。そこから外に出た僕は、人の流れに身を任せ住人たちが向かうのと同じ方向へと歩く。
武器も持たずズボンのポケットに手を突っ込んで、呆としたまま進む。
周囲を歩く住民たちは皆一様に嬉しそうな様子で、どこか浮足立っているようにすら見える。
いや、嬉しそうというのは少々形容の仕方が違うだろうか。
より正確に表現するならば、その感情は安堵。
そんな安堵感漂わせる住民たちによって作られた人の流れ。
入り込んで進む流れのそこかしこから聞こえてくる話し声が、僕の耳へと自然に入り込む。
「それにしても、本当に良かったよな。これでもう連中に怯えずすむ」
「イェルド傭兵団様々だぜ。最初はあいつらがやってるって本気で信じちまったがよ」
たまたま僕の前を歩いている二人組の男は、顔を見合わせながら揚々と会話をしている。
話している内容はおそらく、僕等が盗賊団を討伐した件について。
ただそういった会話をしているのは彼らだけでなく、同じような内容の会話をそこかしこ、周囲を歩く他の通行人たちも行っていた。
「今のところ狙われてたのは行商人やらばっかりだったが、いつこっちまで襲われるかとヒヤヒヤしてたぜ」
男の一人が口にする内容に、僕も納得する。
ここまで盗賊団は、もっぱら商人などを標的として、荷を奪っていた。ただ近くに住む都市の人間からしてみれば、そんなのは関係ない。
いつ災厄が自分たちへ降りかかってくるかという可能性に怯え、人によっては眠れぬ夜を過ごしていただろう。
そんな住人の一人と思われる男は安堵の表情を浮かべ、待ち望んでいたであろう事実を、抑揚込めて吐き出した。
「そうだな。だがもうそんな心配もしなくていい。何せ盗賊団の親玉は、今日処刑されるんだからな」
「ああ、ようやくだ。早く行こうぜ、もう前の方は埋まってるぞ」
そう言って二人の男は頷き合い、込み合う通りを足早に進んでいく。
僕はその背を眺めながら、空を見上げ陽射しに目を細めた。
この日、僕が打ち倒し捕縛した盗賊団の頭領である男は処刑される。
あれから数日が経過しているが、その間に簡易の裁判らしきものが行われ、そこで公に盗賊団頭領である男の死罪が言い渡された。
それそのものは決して驚きなど無い。
盗賊にしろ野盗にしろ、ああいった連中は捕まれば死罪を免れることはまずないのだから。
あの男は戦っている最中からして不愉快な人間であった。
ただ正直なところ、あまり僕自身それを見に行きたいとは思わない。
いい加減人を斬るのも慣れてきたし、時折戦闘の高揚と血に酔う時もある。とはいえ僕とて決して、死の光景を望んで見ている訳ではないのだから。
先日話をするために牢へ会いに行き、あの男の人間臭い一面を垣間見たのだから余計にだ。
意図するところはわからないが、団長から直々に見届けるよう指示されているので、行くしかないのだけれども。
足取りは重いものの、人混みに押され通りを進んでいく。
そうして辿り着いたのは、街の中央に位置する広場。
普段であればこの時間そこには市が開き、大勢の人たちで賑わっている。
しかし今日ばかりは普段と異なり、市場における活気とは違う喧騒がその場を支配していた。
広場の中央には木で組まれた大きな台が設置され、更にその上に人ひとりが寝かせられる小さなベッドと、巨大な鉈状の刃物。
台上では幾人かの人物が作業の準備に追われていた。
『あれが処刑台か。……初めて見る』
<そうそうお目にかかれる代物ではありませんからね>
『教科書に載ってる写真で見たくらいだな。フランスのギロチンとか』
壇上に置かれた処刑器具を眺め呟く。
今でこそやってはいないが、幼い頃にこの惑星に墜落して以降、いつ地球圏に帰っても困らぬようエイダを教師として勉強だけはしていたのだ。
幸運にもと言ってよいのか、データベースにある書籍や映像の中に、どういう訳か子供向けの教科書類までもが含まれていた。
それで見たのが件のギロチンだったのだが、これはその処刑器具をより簡便化したものだろう。
というかただの長椅子と大鉈にしか見えないのだけれども。
あの男は今から、この場で処刑される。
見たそのままではあるが、方法としては首を切り落とすといったところか。
『しっかし……、多すぎじゃないのか、人』
周囲を見渡せば、溢れんばかりの人、人、人。
特別大きくもない規模である街の、そこまでのスペースはない広場に、大勢の住人たちがごった返していた。
<推定で二四〇〇人といったところでしょうか。街の住人全てが集まっていると言っても過言ではありません>
『冬の間雪に埋もれる街じゃ、処刑も娯楽の一種ってことかね』
この都市の近辺は比較的街道が整備されているものの、冬季ともなれば雪に埋もれ物流は滞りがちになる。
僕等がここへと辿り着くのも随分と苦労したし、盗賊を捕縛するのに山へ分け入った時にも、酷く消耗したものだ。
なので言うまでもなく、地方における娯楽の一端を担うであろう、旅芸人や劇団といった人々がやって来ることもない。
盗賊という脅威から解放されたのも含め、街の人たちが冬に訪れた一大イベントを見届けようと考えても、不思議ではないのかもしれない。
もっとも、ここは日々口にする食材などを扱う市場が立つ場所。
そこで人の首を落とそうというのだから、この点ばかりは少々感覚的には理解しがたいモノがあるのは否定できない。
やれやれと思いながら、広場に集まった人の熱気に晒される。
そうしていると、唐突にエイダから意外な報告を受けることとなった。
<アルフレート。九時方向、十六mの距離にジェナが居ます>
「え?」
その言葉に、声を漏らして反射的に指定された位置を向く。
すると視線の先。告げられた通りの場所に、フードを目深にかぶったジェナが一人佇んでいた。
どうして彼女がここに居るのかと思いはするが、ある意味でそれは当然の行動なのかもしれない。
自身を酷い目に遭わせた相手であるからこそ、その死に際を目に焼き付け、ケジメとしたいと考えたのだろう。
あくまでも僕の想像でしかないが。
どのように声をかければよいのだろうかと考えるも、僕はあえて近寄らずそっとしておくことにした。
ジェナなりに思う所はあるだろうし、人を連れている様子が無い点からして、彼女は一人で見届けるのを望んでいると考える。
もしも何がしか、こちらの言葉が必要なのであれば、彼女の側から来るだろう。
姿を現したジェナに気を取られていると、唐突にワッと周囲が沸き立つ。
何があったのかと思い周囲を見渡すと、住人たちの視線は一心に壇上へと注がれていた。
釣られてそちらに視線を向けると、そこに居たのは一人の男と、膝を付き後ろ手に拘束された人物。
<始まるようです>
『ああ、そうだな……』
膝を付く男へと、静かに視線を送る。
言うまでもなくそれは、先日捕らえた盗賊団の頭領であった男。
結局名前さえ聞いていないその男は、存外平然とした様子で瞼を落とし、浅い呼吸を繰り返しているようだった。
その口元には猿轡。これは団長の意向により、処罰を行う人たちへ依頼してやってもらった物だった。
もしも死の間際となった時、ジェナに関して何がしかを口走る可能性に考慮してだ。
と考えてみれば、団長はここにジェナが来るのを知っていたということになる。
ただ単に今後もこの街で暮らすかもしれないジェナに、街の人たちが余計な心証を持たぬようにする配慮であるとも考えられるけれど。
街の人による歓声を受けながら、壇上に立った執行官が一つ咳払いをし、つらつらと罪状が述べられていく。
多くの商人たちを騙し、荷を奪って危害を加え、街の人たちを不安に陥れた極悪非道の盗賊であると。
ただその中に、ジェナに関することは含まれていない。
これも団長の意向によって伏せられたモノではあるのだが、そうでなくともジェナが襲われたなどと、大勢の前で言えようはずもない。
「では、これより処刑を行う!」
執行官が大きく声を張り上げ告げた言葉を聞きながら、僕は処刑される男ではなく、ジェナへと目をやった。
立ちつくし処刑台を見上げる彼女の表情はこれといった動きもなく、ただジッと視線を注ぐばかり。
まるで感情が無くなったかのようにも見えるが、決してそのようなことはあるまい。
僕にはその無機質な表情が、抱える苦しみの裏返しであるように思えてならなかった。




