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残跡 06


 頬の骨が砕けているせいか、くぐもりながらも変わらず下品な笑い声を上げる男。

 然程広くもない個室状の牢内に笑い声が響く。

 こちらの感情を逆撫でしてやろうとせんばかりなその声を耳にしつつも、僕には一つの疑問が首をもたげる。


 沸き起こった疑問は口を衝き、質問という形で男へと向かう。



「肝心な理由を答えてないだろう」


「あぁ?」


「どうして彼女一人だけを攫ったのかをだ。他の連中の不満を解消させるための慰み者にするなら、何人かを攫ってくるはず。だがそうではなく、連れ去ったのはただ一人だけ。それは何故だ」



 僕の投げかけた問いに、男は言葉を詰まらせる。

 どうやら少々聞かれたくない内容だったようで、その表情からは、骨の痛みとは異なる感情が滲み始めていた。



 根本的におかしかったのだ。

 盗賊や野盗といった連中が、欲求の捌け口として近隣の町や村から妙齢の女性や娘を、場合によっては幼い少年を攫うというのは、決して珍しいものではない。

 以前に殲滅したラッシュフォートの反勢力団体も、同様に暴行目的で人を攫っていた。

 ただその場合は、ある程度仲間内での欲を満たすために複数攫うというのが普通。

 百人に迫ろうかという大規模な盗賊団が、たった一人の女性だけを連れ去るというのは余りにも不自然に過ぎた。


 そこには略取などの行為を抑えるという、統率や命令と言えるものが存在したのだろう。

 力による恐怖で盗賊団を支配していたであろうこの男が、その指示を出した大本であるというのに疑いはない。

 だがそうした理由がよくわからなかった。



「そいつはアレだ、矜持ってヤツよ。傭兵としてのな。無関係な民を傷付けるのは、元傭兵としてのプライドが許さねぇとかそういうヤツだ」



 男は大きく笑いながら、両の腕を鎖が伸びるいっぱいまで広げ、仰け反りながら言い放つ。

 ただどうにもその動作が、何かを誤魔化そうと無駄に大仰な身振りをしているようにも見える。

 僕にはそれが、男がただ悪ぶろうとしているように思えてならなかった。



「矛盾してるな。傭兵としての矜持を語るのならば、そもそも彼女を連れ去るという行為そのものがおかしい。それにあんたはそんな殊勝な考えをするような人間じゃないはず」



 ジッと男の目を見据え、思ったままの言葉をそのまま放つ。

 すると男はうって変わって動きを止め、これまで牢屋内に漂っていたふざけた空気が、嘘のように変わったのが肌で感じられた。

 どこか真面目で、張り詰めたような。


 男の視線は真っ直ぐにこちらを向き、腕は前へと組み、うって変わって静かに語り始める。



「……最初は一人が馬鹿をやったのが始まりだ。テメェの言う通り、あの女を慰み者にしようとしたんだろうよ」



 直接刃を合わせた時も、そしてこの牢で顔を突き合わせても。

 これまで見られなかった、この男が真面に話す姿。

 今であるならば、かつてはこの男が傭兵団を率いていた団長であるというのも納得できる。



「だが一人がやったそれを許せば、他の馬鹿共が際限なく繰り返す。そうすればあっという間に討伐隊が組まれ、ホムラの野郎の鼻を明かす前に斬られるのがオチだ。そいつは俺が直々に首を刎ねてやったさ」


「でもそれでは他の連中が満足しないだろう? 仮にも野盗なんてものになる連中だ、抑え込んでもいずれは爆発する」


「部下共に女はやれねぇが、代わりに食料や酒を十分に与えた。あとはまぁクスリだな。とりあえずはそれで満足させて、どうしても女が欲しけりゃコッソリ街に行って娼婦を買えってな」



 どうやら男は男なりに、盗賊団内の秩序を保つための方策を行っていたようだ。

 この惑星にも、いわゆる麻薬のような代物は存在する。

 女性を攫ってこない代わりに、そういった物や酒を存分に与え、不満を解消させていたのだろう。



「だがどうしてその後で、彼女を開放してやらなかった? それにそんな状態で、自分一人好きにするなど筋が通らないだろう」



 娼婦を買うのは許したようだが、盗賊たちには女の存在を我慢させておいて、自身は最初に攫ったジェナを食い物にするなどと。

 他の盗賊たちからすればたまったものではないはずだ。

 ふざけた様子から一変し、話し方を変えた男を見る限り、そういったことに頭が回らない人間とは思えない。


 問い掛けた僕の言葉に、男は小さくため息衝き頭を掻く。



「欲が出ちまったんだよ。つっても女に対してじゃねえぞ」


「いいから早く言え」


「……あの糞野郎の鼻を明かすためとはいえ、俺は盗賊っつう道を選んだ。縛り首か首を落とされるかは知らねェが、盗賊は捕まれば死罪を避けられん」



 どこか遠い目で、男は僕から視線を逸らし牢の虚空を見上げる。

 その視線の先、男の頭の中で何が見えているのかは知る由もないが。


 糞野郎というのが団長を指しているのはわかる。

 男は団長への恨みを果たすため盗賊となり、その結果いずれ自身に罰が下るというのを理解していた。



「俺にはガキが居ねぇ。だからせめて俺の血を引くやつをこの世界に存在させてみたかった。死ぬ前にせめて、血を残しておきたかった」


「そんなことのために……、彼女を利用したのか」


「そうさ、我ながら勝手なもんだとは思うがな。流石盗賊になるだけのことはある」



 男は再び下を向くと、クツクツと含み笑う。


 どうしようもなく下劣で、何とも自分勝手な動機だ。

 ある意味でその考え方は、生物としての欲求や本能に忠実であるという、この男がしていた戦い方とよく似たものだった。

 勿論行った行為は、どこまでいっても悪事でしかないのだけれど。


 傭兵として戦いに明け暮れ、戦う場を奪われ、盗賊に成り果てる。そうなった時に男が何を想ったのか。

 残したかったのは自らの血だけであったのか、それとも団長に対し一矢報いようとした、男の存在という記憶であったのか。

 それすらも定かではない。




「ホムラの野郎に伝えとけ。いつかテメェも、俺と同じようになるってな」



 それだけ言うと、盗賊団の頭領であった男は反対を向き格子を背にして座り込んだ。

 もうこれ以上話すべきことはないという意思表示だろうか。



「一応伝えてはおくよ。だが団長はあんたとは違って、自棄になって盗賊をやったりはしないがな」



 僕もまたそれだけ告げると、椅子を元の場所へと戻し扉へと向かう。

 ヴィオレッタもまたそれに倣い、男に対し物申したいことがあるだろうに、あえて口を開かず扉へと歩を進めた。

 ただ最後にもう一つだけ、この男に問うておかねばならないものがある。

 もっともそれは、絶対に必要であるかと言えば、そうでもないのだけれど。


 先に部屋から出たヴィオレッタの後を追い、扉の前へと差し掛かったところで立ち止まり、軽く顔だけ後ろを振り返る。



「そうだ。生まれてくる子供に何か言い残すことはあるか? 伝えるかどうかはこちらが判断するが」



 こんな外道であっても、一応はジェナの腹に宿る子供の父親だ。

 彼女はそれを認めたくはないだろうが、もしも万が一そういった内容を問われた時に、答えられるようにしておきたい。

 万が一の時、僕が近くに居る可能性は限りなく低いだろうけれど。



「いんや、別にねぇな。……そうだ、一つだけ」


「なんだ?」


「そのガキがいつか俺に似るのを、あっちで楽しみにしててやるよ」



 やはりこの男は、最後まで悪党だった。

 いや、あえてそう見えるように演じているのかもしれないが。


 男の発した虚勢とも取れる言葉を背に受け、一言も言葉を発することなく部屋から出て扉を閉めた。





 地上へと出て、すっかり陽の落ちてしまった裏通りの夜風を浴びる。

 手を組んで腕を上へと伸ばし、首を回してから屈伸。

 軽く身体を動かすと、北国の裂くような冷たい夜風も相まってか、得られたのは内に溜まった澱みが流されていくような感覚。



「すっかり遅くなったな。何か食べてから帰るか?」



 共に外へ出たヴィオレッタを見下ろしながら返答を求める。

 嫌な輩の話を聞き続けた上に、長い時間暗がりで大人しくしていたため、彼女も多少なりと鬱憤が溜まっているだろう。

 在るかどうかは知らないが、少しばかり良い店に連れて行って、美味い食事でも食べさせてあげても良いかもしれない。


 と考えて問うてみたのだが、ヴィオレッタの反応はイマイチ芳しくない。



「なあ、アル」



 地下で話していた最中も、途中からあまり感情を露わにしていなかったヴィオレッタ。

 そんな彼女が不意にこちらを見上げると、整ってはいるが幼さの残る顔へ、真剣な表情を浮かべていた。



「どうした?」


「よもやお前は、あいつを許す気になっているのではないだろうな?」



 真意を確認したがっているような、こちらを試すような問い掛け。

 していた会話の中で、彼女は何がしか感じ入るものがあったのだろう。

 よく見れば真剣な中にも、どこか不安そうな気配が表情から滲み出ていた。


 僕があの男の話に何がしか共感し、同じような考えを持つに至ったのではないか。

 彼女はそんな不安を抱いたのかもしれない。



「そんなわけはないだろう。ヤツがした行為は、決して許されるモノじゃない。ただ僕等にはもう、あいつをどうこうするのは叶わないけどね」



 勿論僕はヤツを許す気になどなってはいない。

 ヤツの言葉を信じるならば、最初は盗賊の一人が勝手にやったこと。

 とはいえヤツは罪のないジェナを帰すこともせず、己が目的に利用しようとしたのだから。

 結果として彼女は深い傷を負い、今はまだ先も見えぬ暗闇の中だ。


 それを告げると、ヴィオレッタは露骨に安堵の表情を浮かべた。



「そ、そうか。当然だな! 私はアルを信じるぞ」


「そいつは光栄だ。折角信じてくれたんだ、裏切らないようにしないと」



 ホッとした様子を見せ、早く食事に連れて行けとせがみ始めるヴィオレッタ。

 どうやら最初に言った言葉そのものは、ちゃんと聞いていたようだ。



 掴んだ袖を引き表通りへと急ぐヴィオレッタの背と、彼女の揺れるサイドテールを眺めながら、最後に見た格子越しに背を向ける男を思い出す。


 ヤツを通してあの時僕が考えていたのは、自分自身に関することだった。

 この惑星にとっての異物であるはずの僕が、もしもあちらの世界に帰らず、この惑星で骨を埋めることとなった場合。

 ここに一体何を残そうとするのだろうかと。

 ヤツは己の血という名の遺伝子を残そうとした。では僕はどうなのだろうか。


 同じような道を辿るとは、到底思えない。

 ただやはり何か、自身が生きた痕跡を残したいと考えるのは、至って自然な思考なのではないだろうかと。

 明らかな悪党である盗賊の頭領と似た考えを抱き始めているのではないかと思えた僕は、頭を振ってその考えを追い払おうとした。



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