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残跡 05


 徐々に陽も傾き始めた夕刻。

 傭兵団が一時の拠点を構える街の裏通りを、僕はヴィオレッタと並んで歩いていた。


 武器の一つすら持たず、羽織る上着には袖を通さず肩にかけるだけ。

 袖を通そうとすると、先日盗賊の頭領に抉られた傷が酷く痛むためだ。

 その傷を受けた左側を、ヴィオレッタが僅かに心配そうにして歩く。



「別に一人でも大丈夫なんだけどな……」


「何を言っているのだ。一人で服も着れぬ半端者が、偉そうな口を叩くな」



 表情に反し、普段通りの強気な発言。

 半端者という表現は、団長に半人前と言われたという話をしたところから引用したらしい。

 ただ彼女なりには僕を心配してくれているようで、宿を出る時点で不要だと告げた同行も、無理やり買って出てくれていた。



「痛い所を突かれたよ。立つ瀬がない」


「そうであろう? 怪我人は大人しく、周りに甘えておけばよいのだ。半人前なのだからな」



 返しながらクスリと笑むヴィオレッタ。

 本当にそれを言われると二の句が継げない。


 最初こそ軽い物であると思われた傷だったのが、戻ってから処置をしてくれた団の衛生担当者の話では、思いのほか傷が深いとのことだった。

 一応エイダにもチェックしてもらったのだが、やはり同じ結果。

 傭兵たちがかすり傷と言ってしまう負傷の中でも、僕が受けたのは比較的重傷に近いモノであったようだ。


 この事実からしても、団長やヴィオレッタの言う半人前、あるいは半端者という言葉に反論の余地などはない。

 油断して一撃を食らってしまったのは、紛れもない僕自身のミスなのだから。



「それで、どこへ行こうというのだ?」


「行けばわかるよ。正直、ヴィオレッタには面白くない場所だと思うけれど」



 彼女は僕がどこへ行こうとしているのかが気になったようだ。首を捻り周囲を見渡しながら問うた。

 そういえばまだ行き先を告げていない。

 この街へ来てから一度も通った事のない道を進んでいるのだ、その疑問も当然だろう。

 ただおそらく告げるにせよ黙っているにせよ着いてくるだろうし、むしろ教えれば彼女が余計な行動を取りかねない。

 何度となく問うてくるヴィオレッタをあしらいながら、都市の裏通りを進んでいった。



 しばし歩き続け、辿り着いたのは一軒の建物前。

 そこは一見して何の変哲もない、灰褐色の壁が箱型に組まれただけな、地上一階の建造物。

 ただあまりにも外観がシンプルに過ぎるため、飾り気がなさ過ぎて逆に周囲からは浮いている。


 入口には一人の男が立っており、通りがかる人たちを観察するように視線を向けていた。

 迷うことなくその人物の前へと進んでいくと、やはりこちらにもジロリとした疑わしげな視線が。



「……なんだ?」


「イェルド傭兵団の者です。面会をさせて頂きたい」



 ぞんざいに問うてきた男に、上着の胸に縫い付けられた団の徽章を示しながら告げる。

 すると彼は急に表情を和らげ、安堵したように懐から鍵束を取り出して、扉を開錠した。



「ヤツは一番奥ですよ」


「ありがとう、ご苦労様です」



 すれ違いざまに男の手を取り、数枚の硬貨を握らせる。

 これで今すぐどうにかなるという訳ではないが、もしまた何かの用で来た時には、色々と便宜を図ってくれることだろう。

 金銭をアッサリ受け取るような人間である故に、信用はできないのだが。

 ただそれも含めて、頭に入れておけば問題はない。


 怪訝そうなヴィオレッタを伴って入口をくぐり、入ってすぐに在る階段を降りていく。

 下りた先にももう一人別の男が居り、その人に頼んで中にある扉を開けて貰う。

 一応こちらにも小金を握らせようとしたのだが、こちらは意外なことに受け取ってはくれなかった。



 その彼から洋燈(ランプ)を借り受け開かれた扉の先へと進むと、そこはポツリポツリと明りの点在する通路。

 そしてその両端には、金属の棒を組み合わせた格子状の障壁。



「牢……、か」



 呟くヴィオレッタの言葉に頷く。

 この建物は、というか建物の地下に広がる空間は、この都市で悪事を働いた者たちを収容する施設。

 他の都市であれば地下に造るなどという真似はしないものだが、ここは北方であるためか、温度の安定した地下に造っているようだ。

 おそらくは冬場、罪人のために暖房用の燃料を消費したくないという考えからなのだろう。


 そのまま奥へと進んでいき、途中で左右にある牢の中へと視線を向ける。

 地下であるため日光が入り込まず、灯りも少ないのでよくは見えないが、一つの牢に数人の男たちが入れられているようだった。



「随分と多いではないか。まさか今回捕らえた盗賊の全てがここに居るのか?」


「らしいよ。よくあれだけの人数が入ったもんだ。まぁ、入れる必要もないのが多少は居たけど」



 命を落とした盗賊を除き、そのほとんどがここへと収容されている。

 百に迫る数が居たと思うのだが、よくぞその全てを押し込んだものだ。

 収容できる許容量そのものは、かなりオーバーしているようだけれど。



「ということは、奥に居るのは例の頭領だな」


「そうなるね。……気が向かないなら外で待っててもいいけど?」



 この収容所の最奥に居る人物、それは言うまでもなく盗賊団の親玉であった男。

 ヴィオレッタはそれを聞くと、唇を噛みしめ拳を握る。

 彼女も今は、ジェナがどういう目に遭っているのか、ある程度詳しい話を耳にしているようだ。

 直接の面識がない相手であるとはいえ、やはり腸の煮えくり返る想いを抱いているのだろう。



「いや、私も行こう。折角ここまで来たのだ」



 不愉快ながらも、何だかんだで着いて来たので、今さら戻るのもどうかと考えたか。

 ただ盗賊の頭領が目の前に見えた瞬間に、殴り掛かるような気配さえ感じたため、一応念押ししておく。

 あまり横槍を入れぬよう約束だけさせると、奥へと進み一番奥に在る扉へと向かった。




 幾つもの牢を通り過ぎ、行きついた先にある何の変哲もない木製の扉を引いて、部屋へと足を踏み入れる。

 手にした洋燈を掲げてみると、そこは少々広めの個室となっていて、部屋のちょうど半分を真っ二つにするように格子が嵌められていた。


 その向こう。格子越しの奥半分へと視線を向けると、床に横になり背を向ける一人の男が。

 男の両足には枷が嵌められ、短い鎖で繋がっている。

 そのままジェナが囚われていた時と同じような状況に、僕は苦笑がこみ上げるのを抑えられなかった。

 ただ一つ違うのは、ジェナが壁の杭に繋がれていたのに反し、その男は足の鎖から伸びた先に鉄球があるという点か。



「なんだー? ようやく飯かよ」



 背を向け寝転がる男は、ノンビリとした調子で声を発す。

 ゆっくりと上体を起こし、やはり鎖で繋がれた両腕を伸ばしながら大欠伸。

 先に待つ刑の内容を知っているだろうに、よくもまたここまで気楽にしていられるものだ。

 とても裁きを待つ罪人の姿とは思えぬものがある。



「たくよぉ。こちとら飯くらいしか楽しみがねぇんだ、一日三食出すくらいしやがれ。……って、なんだ看守じゃねえのかよ」



 振り返った男は洋燈の眩しさに目を細めながらも、こちらを見やり口の端を上げる。

 そのままノソリと立ち上がると、鎖を鳴らしながら歩を進め、格子の前に立つ。



「どうしたくそガキ。まさか俺の実力を認めて引き入れに来たか?」



 表情を歪め面白そうに、盗賊の頭領であった男は口を開く。

 有り得ない話をするものだ。よもや向こうも本気で言っているはずもないだろうが。


 それにしても、意外と真面に話している。

 最後に気絶させた時には、頬骨を砕いてやったはずなのに。

 だがやはり多少なりと話し辛いのか、時折痛みに顔を歪め、発音が若干おかしくはなってはいた。



「馬鹿も休み休み言え。少々話があってね」


「話だぁ? ド新人のおぼっちゃんがわざわざ顔を見せるなんざ、よほどの事情だろうよ」



 格子を掴んだ男は、その狭い隙間へと顔を埋める。

 一歩でも、ほんの1cmでも近づいてこちらを恫喝しようとせんばかりだ。

 ただそれに付き合ってやる義理もなく、僕は部屋のこちら側に置かれた椅子を二つ動かして座る。


 倣ってヴィオレッタも座ったのを確認すると、男に向けて口を開く。



「先日言っただろう。牢に入ったら教えてやると」


「ああ? 何の話だそりゃ」


「あんたのことを"強姦魔"と言い表わした件さ」



 坑道内で戦った時と同じだ。

 自分に都合の良いことは覚えているが、それ以外に関しては割とどうでも良いという性格なのだろう。

 僕が言った言葉も、なかなか記憶から掘り起こせないでいるらしい。



「……そういや、そんな話もしたっけか。で、どうしてそんな風に俺を呼ぶ」



 男はようやく記憶の断片を引きずり出す。

 あの時にはただ恍けているのかとも思ったが、どうやら本当に身に覚えがないようだった。

 段々と面倒臭くなっていき、ここに来たのは間違いだったのではないかと思い始める。

 ただヴィオレッタではないが、折角ここまで来たのだ。目的だけは果たして帰らねば勿体ない。



「お前が監禁していたジェナに関してだ、どうしてあの娘を襲った」


「ジェナだぁ……? ああ、あのひっ捕まえて放り込んでた娘っ子かい。そんな名前だったのかよ」



 よもや半年以上も捉え、無体な目に遭わせ続けていた娘の名すら知らないなど、思ってもみなかった。

 この男に人並みの神経を期待してはいなかったが、ここまでくると不愉快や呆れを通り越し、何かの感情すら沸かなくなりそうだ。

 しかしヴィオレッタはそうではなかったようで、置いた椅子から立ち上がり、怒りを露わにし牢へ向け一歩踏み出す。

 その行動を片腕で制し座り直させながら、僕は未だ名も知らぬ男に問い続けた。



「いいからサッサと答えろ。なぜあの娘を襲った?」



 目を細め、睨みつける。

 すると男はおどけたように「怖い、怖い」と言い、しばし間を置いてから話し始めた。



「捕まえてからのあいつは、完全に殻へ閉じこもって、必死に感情を殺そうとしていた。まぁ怖い目に遭ったんだ、当然だろう」


「……それで?」


「その姿はまるで人形みてぇだったな。喋りかけても殴っても、何も反応しやしねぇ。その人形に使い道を与えてやっただけだ、簡単なことだろう? お人形は遊ぶためにあるんだぜ」



 嫌らしい笑いを上げ揚々と告げる男。

 つまり現実からの逃避をするため、心を閉ざしていたジェナを玩具として扱ったというのだ。

 非道、あるいは外道という言葉が適切な存在であると思える。


 ただ話を聞くにつれ、感情らしきものは逆に冷めていくのを感じる。

 それは先ほど怒りを覚えていたヴィオレッタも同様だったようで、椅子に座る彼女を横目で見ると、その視線はただひたすら冷たいモノへと変わっていた。




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