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対多戦闘


<一二〇〇、一一五〇、一一〇〇>



 淡々とした調子で、一定間隔置きにエイダから伝えられる数字は、ゆっくりとその数を減らしていく。

 単位はメートル、対象は野盗の集団。


 町の人から聞いた情報通り、野盗たちは僕が町へと辿り着いた翌々日の早朝に姿を現した。

 今のところ目視では全く見えないが、エイダからの情報ではその数八名。

 これもまた町の人が言っていた通り。

 一応周辺をエイダに監視してもらっているのだが、今のところこれといって他に人影はなし。

 どうやら本当にこれで全てのようだ。



「今更なんだけどさ、本当にこんなので戦えるんだろうか」



 僕は自身の手に持つ武器を見下ろす。

 自分の身長程もある金属と木で作られた棍で、持ち手の部分が握り易いよう加工されている。

 これは今日のために、町の鍛冶師が用意してくれた。

 作るのにどの程度の労を要したのかは知らないが、意外と細部まで丁寧に削られているようで、僕に掛けられた期待の程がわかるといものだ。


 とはいえ相手は刃物で武装した、人を傷つけることさえ厭わぬ輩。

 当たり所が悪くない限り殺傷能力を期待できない武器で、いったいどこまでやれることやら。



<問題はないと推測されます。装置の性能を十分に活用すれば>


「だけど相手は刃物で武装してるんだろう?」


<では自身の武器を使われますか?>


「冗談じゃない、アレを使ったら確実に死なせてしまうよ。それに報酬どころじゃなくなる」



 この町へと移動する最中に、野生動物を相手に使用した金属裁断用の工具。

 あれを使えばあっという間なのは確かだが、少し触れるだけでも重傷化は避けられない。

 ちょっと手元が狂っただけで、人相手であれば容易く命を奪う破目になってしまう。


 そしてもう一つ、そのナイフと同じく工具として製造された物だが、手の届かない場所に使用するために使われるであろう銃型のレーザー発生機。

 船に乗せられていたため一応持っては来たが、これはもうほぼ人相手には使い道がない。


 こんな物騒な世情の惑星だ、いつかは人を殺める時が来る可能性はある。

 だけど少なくとも今は、僕自身その必要性を感じてはいなかった。

 勿論、生かしておいた方が報奨金の額が高いという理由もあるけれど。




<接近、距離三〇〇。目視距離に入りました>


「ああ、見えてるよ」



 町の正門から数十メートル離れた場所で待ち構える、僕の視線の先へ。

 森の中から姿を表した野盗たちは、町に来た時にも見た動物に荷車を引かせ、田園の中を徒歩で移動していた。

 次第に近づいていき、その顔が多少判別できる程の距離になって、野盗たちは僕への警戒を露わにする。

 腰に下げた短剣や手にした斧を適当に振り回している様から、僕を威嚇しようという意図か。



「……なんだテメェは」



 野盗たちの中で先頭を歩く比較的小柄な男が、顔を妙な角度に傾けながら睨んでくる。

 その仕草の意図はわからないが、おそらくこれもまた威嚇行動の一種。



「ちょっと町の人たちに頼まれてさ。待ってたんだよ」



 返答としてそれとなく放ってみた言葉だったが、どうやら敵意を表す言葉と受け取ったようだ。

 男たちは機嫌を損ねた様子で、眉を吊り上げて武器を構える。

 あまり挑発したつもりはないが、僕の態度が小生意気にでも見えたのかもしれない。

 まだ斬りかかってはこないが、それもいずれ時間の問題か。



「連中、こんなガキを雇いやがったのか」



 野盗の内一人が、僕をニヤニヤと眺めながら愉快そうに言い放つ。

 そこまで大人には思えない僕の姿に、大した相手ではないと踏んだのだろう。

 ちょっとだけその態度が気に食わないが、一応は念の為だ。

 一度に八人の相手をするのは避け、とりあえず一人ずつを相手にして確実に対処していくとしようか。



 先頭を歩いていた男が、触れ合わんばかりの距離へと詰め寄って僕を睨みつける。

 まずは手始めに、一番気の短そうなこの小男から。



「おい、怪我したくなかったらサッサとそこをど退――ウガッ!」



 右手に巻いたブレスレット型の装置を起動すると、僕は恫喝の最中であった小男に向けて足先を振り上げ、開かれた顎を強かに打ちつけた。

 その衝撃に白目を剥いて速攻気絶した男を捨て置き、一気に残る片脚へ力を込めて地を蹴り、男の背後に立つ次の野盗へ。


 手にした棍の先を胸部へと放ち小突くと、相手はアッサリ吹き飛び後ろに立つ槍を手にした野盗を巻き添えにして転がっていく。

 突いた勢いを殺し、その体勢のまま視線を向けもせず棍を右方向へと薙ぐ。

 手に伝わるミシリという感触と共に、くぐもった悲鳴が上がり、横転した状態で痛みに絶叫する野盗の姿が異界の端へと映った。



「……折れたかな?」



 手に覚えた感触により、まさか大怪我をさせたのではという考えがよぎる。

 起動した装置の出力は、そこまで強くはしていない。

 そこまで容赦する必要はないのだろうけれど、大した怪我もなく無力化できるに越したことはないからだ。

 主に僕自身の精神的な負担という意味で。



<お答えしかねます。身体のスキャンを実施しますか?>


「別にいいよ、そこまでしなくても」



 場にそぐわぬエイダの暢気さすら漂う声を聞きながら、僕は暴力の最中であるというのに、ついつい苦笑を漏らしてしまう。

 しかしそれが彼らの癪に触ってしまったようだ。



「なにゴチャゴチャ言ってやがる!」



 一瞬にして数を半分に減らした野盗の一人は、激昂しその手に握られた手斧を振りかぶって斬り掛かってくる。

 しかし起動した装置の影響により、思考速度をも強化された状態である僕にとって、その動きはとても遅いものでしかなかった。

 振り下ろされた斧の軌跡は僕の身体をとらえず、ただ空を切り低い呻りを上げる。


 男は自身の攻撃が避けられと理解し、振った斧の勢いを殺して僕に刃を向けようとする。

 だがその刃は僕に届くことはない。

 棍の先で男の顎を軽く小突いてやると、脳を揺らされたのか野盗はその場で膝をついて昏倒した。



「五人目、と。こんなもんなのか?」



 倒れた男を見下ろしながら、僕は少しだけ首を捻って呟く。

 とてもではないが、この野盗たちが強いとは思えない。

 それは勿論身に着けた装備に寄るところが大きいというのは、否定できない事実だ。

 ただ碌に戦闘経験もない素人の僕からしても、野盗たちの動きには無駄が多すぎるように思えてならなかった。

 案外彼らも普段は脅すばかりで、戦った経験そのものはあまり多くないのかもしれない。



<警告。三体の攻撃性動作を確認、接近中>



 エイダの警告に反応して目をやれば、残る三人が武器を構え一斉に襲い掛かろうとしているところだった。

 あっという間に八人の内五人までを無力化したのだ、残る少ない人数で、同時に攻撃しようとするのは自然な行動か。


 残る三人は僕を取り囲み、槍や小剣といった武器を向け迫る。

 本来ならば絶体絶命のピンチと言える状況。だが僕はあまりこの状況が恐ろしいとは思えなかった。

 それは害意を向ける男たちの手が、僅かに振るえているのが目に映ったせいだろうか。

 想定外の事態に動揺し、混乱しているようにも見える。



「クソガキが!」


「死ねぇっ!」



 それでも僕をどうにかしなければ、次に昏倒するのは自分の番だと考えたようだ。

 男たちは手にした武器を振り回し、あるいは突き出して同時に攻撃を仕掛けてきた。

 振るわれた剣の一撃を金属の棍で弾き、反対側から突き出される赤錆の浮いた槍の穂先を、上体を仰け反らせて躱す。



<後方から接近中>



 追って背後から迫る男の動きにエイダが警告を発する。

 咄嗟に僕は背後を見ぬまま、かつて見たムービーにあったような回し蹴りを、見よう見まねで放ってみた。

 それは上手く背後から来る男の鳩尾に入ってくれたようで、声もなく息の漏れる音と共に、遥か後方へと吹っ飛んでいく。

 男はそのまま野盗たちが持って来た荷車へと突っ込み、壊れた衝撃に驚いた動物が森の方へと逃げて行ってしまう。


 オマケに躱した槍が、そのまま反対側で剣を振るった男の肩口に突き刺さってしまったようで、いつの間にか追加で一人数を減らしていた。

 最初八人だった野盗たちも、今では仲間を刺してしまった槍を持つ男のみ。



「降参……、してくれると面倒が無くていいんだけど?」



 一人だけ残った男は、ガクガクと膝を震わせて槍を構え続ける。

 聞こえているのかいないのか、僕のした降伏の提案を受け入れる様子はない。

 むしろ切羽詰ったかのように、目を剥いて血走らせ、奇声を上げて突撃を仕掛けてきた。



「勘弁してくれよっ!」



 僕は悪態と共に棍を振り下ろすと、槍の柄をへし折りそのまま顔面へと足の裏を蹴り込む。

 その時になってようやく男は沈黙し、他の男たち同様に地面へと崩れ落ちていった。



<敵性対象の無力化を確認。装置の起動解除を推奨します>



 思った以上にすんなりと終わった野盗退治に息を吐き、エイダの言う通りに装置の起動を停止。

 そこまでの出力で起動していないし、身体への負荷は軽減されているとはいえ、あまり長時間起動していては多少なりと負担になるからだ。



「これで終わりだな。少ししたら町の人たちもこいつらの回収にくるかな」


<ずっとこちらを見ていたようですよ。既に移動を開始しています>



 ここまで来れば、もう僕の出番は終わったも同然。

 あとは倒れたこの連中を捕縛するために、町の人たちが来る手はずなので、任せてしまえばいい。



 それにしても、と僕は倒れた野盗たちへと視線を向ける。

 ある者は傷を抑えて呻き、ある者は意識を失い身動き一つしない。

 回し蹴りで吹き飛ばした男もまた、数メートル向こうで壊れた荷車の側で昏倒したままだ。



「かなり肩透かしだったな……」



 身に着けた装置によって引き出された力は、一応かなり抑え目にしておいた。

 全開で使用しては、拳一つで野盗の息の根を止めてしまいかねないためにだ。


 であるにもかかわらず、こんなにも簡単に事が済んでしまうとは。

 半ば腕試しも兼ねて引き受けた野盗討伐であったが、これではどの程度戦えるかすら知ることができないではないか。


 だが無事終わった事そのものは、喜んでいいのかもしれない。

 若干傷を負っている者も居るが、全員が生存しているのはまず間違いなく、これで報奨金もそれなりの額が手に入るはず。

 町の正門から荷車を引いて駆けてくる町の人たちの姿を見ながら、僕は肩を回して緊張に張った肩を解し始めた。




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