残跡 04
左下から斬り上げる中剣に、上から払い落とさんと振り下ろされる斧。
対して外から内へ向け横一閃に呻る斧の一撃を、上体を下げて回避。
盗賊団頭領との戦闘は、心細い蝋燭の灯りのみで照らされる坑道で始まった。
周囲ではベテランの傭兵たちが、残る他の盗賊を制圧せんと攻撃を仕掛けている。
そちらは何の問題もなく事が済みそうと考えたのか、団長は腕組みしたままで僕の方を凝視していた。
一本の小振りな斧を器用に取り回し、斬り上げ、薙ぎ、突いてくる。
男の繰りだす攻撃は間断なく続き、こちらに動きを止める隙を許してはくれなかった。
団長に対し、それなりの大口を叩くだけの実力はあるということか。
「なかなかやるじゃねぇかくそガキぃ!」
「それなりに自信はあるからな、盗賊なんぞに落ちぶれない程度には」
振り回される斧の軌道を回避しつつ、更なる挑発を繰り返す。
すると当然の反応と言っていいのだが、その度に男の攻撃は荒さを露わにし、強引なばかりの攻撃へと変わり鋭さは減っていく。
当人が気付いているかは知らないが。
やはりヴィオレッタのように、挑発する度に攻撃の鋭さを増す人間など早々居ないということか。
それに隙間なく攻撃してはくるものの、あまり素早さに自身のある方ではないようだ。
ちゃんとタイミングさえ見極めれば避けるのは問題ない。
振り下ろされる斧へと僅かに剣先を当て、軌道を逸らしてやる。
ただそれでも、男の攻撃は常人より遥かに勢いがある。
傭兵となって以降、これまで多くの相手と刃を交えてきた。
その中でもこの男は、他者と比較して格段に強いと言っても良いだろう。
何度か武器を打ち合っているが、中剣としてはひたすら強度を追求したこの武器が、徐々に悲鳴を上げているのがわかった。
もっとも、高強度であるとはいえ打ち合うのが中剣と斧だ、根本的な頑丈さが段違いなのだが。
「そういやぁよ、さっき俺のことを強姦魔だとかぬかしやがったな。どういうことだ?」
武器同士が高い音を慣らし火花を散らした直後、少しだけ距離を取った僕へ男は問いかける。
そういえばそんな言葉も発したのだったか。
言うまでもなくそれは、この男がジェナに対してした行為を示すものだ。
だが男はそれを何とも思っていないのか、あるいはわかった上であえて惚けているのか。何の話をしているのかと言わんばかりだ。
そのどちらであるにせよ、気に食わない。
「気にするな。あんたを牢の中に叩き込んだ後で教えてやるよ」
「その減らず口っ、叩けねぇよう捩じ切ってやる!」
叫ぶ男は手斧を振り回し、回避を続ける僕を斬り伏せんと迫る。
余程の怪力であるのか、振り下ろした斧は置かれた材木を一撃で割り、横薙ぎにしたそれは偶然近くに立っていた別の盗賊へと当たり臓物をぶち撒ける。
真面に食らえばタダでは済まぬそれであったが、僕はどこかそんな斧の軌道を見つつも平静を保っていた。
実際その攻撃はレオに比べれば遥かに威力が低く、マーカスのように精密でもない。
傭兵としては確かに相当強い部類であろうし、おそらくは一対一で戦えば、今行動を共にしているベテランの傭兵たちよりも強いかもしれなかった。
「だが……、計算されてない」
振り下ろした斧を半身となって回避し、斧の勢いを殺しきれぬ男へと剣を繰りだす。
突いた攻撃は男の二の腕を上着ごと抉り、鮮血を撒き散らす。
男の攻撃は威力こそあるものの、その動きは本能に頼ったものであると思えた。
いわば直感ありきでの攻撃。
二手三手先を読んだ、理屈に基づいた戦法であるとは言い難い。
ある意味でそれは読み辛いとも言えるのだが、この男に関しては、今のところそこまでの必要性を感じられなかった。
小さな傷を与えた僕は、そのまま畳みかけることも可能だろうが、とりあえずは欲を出さず後ろへと飛び退る。
あくまでも目的は盗賊団頭領の捕縛であり、この場で仕留めることではないのだから。
「……チッ、やるじゃねえか」
舌打ちした男は、下品な素振りで地面に痰を吐き捨て呟く。
傷を負った腕はと言えば、視線を向けることすらなく平然と動かす。
さして気にした様子もなく、あまり行動に影響を与えるだけのものにはならなかったようだ。
ただ一応はそれなりに、僕をただの小僧ではないと認めてはくれたようではある。
「別に褒められるようなことじゃない。ただ単にこっちがより強いってだけだ。あんたの傭兵団より、イェルド傭兵団の方が認められたのと同じだよ」
盗賊の頭領は一方的に団長を敵視しているようだが、これでは到底団長には届くまい。
坑道内を進む時に見せた動きからして、間違いなく団長は僕よりも強く、遥か高みに立つ存在であると認識させられた。
傭兵団としても、一人の戦士としても。この男は団長に及ばなかったのだが、それはこいつの力量云々以前に相手が悪かったのかもしれない。
イェルド傭兵団とは、そしてその傭兵団団長とはそういう存在だ。
僕としてはただ感じたままに、あるがままの言葉を発す。
すると男は僅かに俯き、徐々にその肩を震わせ始めた。
発した言葉が逆鱗に触れたのかしばしそうしていると、不意に顔を上げギラリとした視線を向けてくる。
その視線を受けた僕は、背筋に悪寒めいたものを感じた。
「そんなもん……、認められるかぁあああぁぁぁぁあ!!」
直後、雄叫びを上げ再び迫る名も知らぬ男。
大振りなその攻撃を回避しながら、少しずつ剣を繰りだし傷を与えていく。
太腿に、腰に、頬に剣の痕跡を刻み付け、戦意を削らんとする。
しかしむしろそれらが刻まれる毎に、男は闘士をむき出しにし、僕の命を刈り取らんと呻る音と共に手斧を振るう。
隙を窺って周囲へと目を向けてみれば、既に他の盗賊たちは制圧され、団員たちによって拘束されていた。
僕等がここに踏み入れた時点で半ば決していた勝敗ではあるが、今の時点で確実にこの男に勝ち目はなくなっている。
イェルド傭兵団を騙っていた盗賊団も、これで姿を消したと言っていい。
「そろそろ観念して降参してくれよ! こっちはあんたと違って、生きたまま捕らえないといけないんだ!」
「黙れ小童! テメェみたいなガキに舐められたままで終われるか!!」
若干挑発めいてはいるが、一応の降伏勧告。
しかし当然のことながら男は聞く耳持たず、耳をつんざくような怒声で吠える。
傭兵としての立場を追われた後も、わざわざ他の傭兵団に入るでもなく、盗賊に身をやつしイェルドの名を騙って悪事を働いた。
その点からしても、こちらに対する恨みの程が知れようというものだ。
何がそこまでの激情に駆り立てるのかは知る由もないが、装備込みでの実力差というものを忘れさせる程に、ビリビリとした殺気を放ち続ける。
「いい加減に……、落ちろっ!」
振り下ろされた斧を剣で逸らし、勢いを利用して回し蹴りを放つ。
それは上手く男の脇腹へとめり込み、重い感触を股関節に受けつつも振り抜く。
激しい衝撃と共に放り出される男の身体は、坑道の壁に激突し動きを止める。
すかさず追い縋り、次なる一撃を叩き込み気絶させるべく、鞘を振りかぶり男へ打ち込もう試みた。
ただ求めた結果は、少々欲張りなものだったのだろうか。
あるいは僕自身の過信や慢心があったのかもしれない。
迫りつつあった僕へと、こちらに背を向け蹲っていた男が振り返ると、その腕を振り回した。
ただの悪足掻きであるのかと一瞬思いはしたものの、実のところそうではなかったようだ。
手に握られた何がしかを、ばら撒くように放る。
「なっ!?」
持たれていたのはただの砂利。
目に入るほどの大きさではないものの、それは坑道内へ無数に散乱する、採掘の痕跡と言える屑。
やはりこのあたりは元傭兵らしい。使える物は何でも使う、命のやり取りにルールなど存在しない。
ただの砂利であれば、そのまま少々痛いのを我慢して攻撃をやり遂げる。
しかし撒かれた砂利には僅かばかりの鉱石が含まれており、坑道内を照らす弱い蝋燭の明りを受け、細かく輝き瞬間的に視界を奪った。
「死ねやガキいいぃぃ!」
絶叫にも近い殺意の込められた声と共に繰りだされる、手斧の一撃。
それが輝く砂利の隙間から見え、半ば本能的な反射によって回避行動を取る。
しかし軌道を読み切れず、薙がれたそれは腕を掠め、脇腹へと迫った。
振り抜かれた手斧を視界に収め、次いで見るは男の顔。
見えた顔は一矢報いた想いからか恍惚を露わにしており、表情からはどこか狂気を感じずにはいられない。
「くっ……、ふざけんなっ!」
片脚で踏ん張って崩したバランスを立て直し、感情を表に出した声と共に今度こ鞘を振るう。
振るった鞘の先端は男の顔面を捉え、グシャリという骨の砕ける感触を受け、暗がりへ鮮血を撒き散らした。
ほんの少しの時間を置いて、グラリと倒れる頭領の男。
僕は知らず知らずの内に肩で息しながら、倒れ顔面から夥しい血液を流す男の顔を見下ろした。
「ご苦労だった」
呆然と男を見下ろす僕の頭に置かれる手の感触。
我に返って振り返ると、そこに立っていたのは団長だった。
彼の視線は倒れた男へと移り、次に僕の顔、そして脇腹の辺りへと向けられた。
「……少しだけ油断したな」
苦笑するような言葉を受け、団長の視線を追って見下ろしてみる。
すると僕の脇腹付近からは、蝋燭の明りに照らされた黒い染みが広がっていた。
直後、そこから鈍い痛みと共に、焼けるような熱を感じ始める。
「かすり傷だろうが、一応手当てだけはしておけ。誰か、この半人前の面倒を見てれ」
周囲の団員たちに指示し、軽くこちらに笑んで倒れた男を引きずっていく団長。
近寄ってきた壮年の団員に指示され、僕は上半身の着衣を脱いで寝転がり傷を晒す。
なるほど確かに、最後の詰めが甘く負傷してしまうようでは、半人前と言われても仕方がない。
そこそこの出血こそあるものの、言われた通りのかすり傷であるそれに応急処置をしてもらいながら、団長に告げられた言葉を反芻する。
ただ半人前と言い切られはしたが、その声は言葉の内容ほどには責めているようには感じられず、どこか満足気にさえ感じられた。
そんな僕の印象を証明するように、処置をしてくれている壮年の傭兵は、横になる僕を見下ろしながら語る。
「随分と団長に気に入られたようだな。機嫌も良さそうだ」
「そうでしょうか? 最後に詰めが甘かったせいで、団長を失望させたんじゃないかと……」
「そんなことはない。団長は怒った時には、声なんてかけちゃくれない。あれは十分に褒めている」
壮年の傭兵はそれだけ言うと、処置を終え布で捲かれた僕の脇腹をバシリと叩く。
なかなかに荒っぽい応急処置の締めではあるが、これは彼なりの評価であるように思える。
上半身を起こして周囲を見回してみても、他の傭兵たちはニヤニヤとした笑みを浮かべる人や、無言で頷く人などが居た。
最後の最後で油断から負傷した僕ではあるが、少なくとも彼らには認めてもらえたのかもしれない。




