残跡 03
その後も散発的に現れる盗賊たちを、盗賊団の頭領であるか容姿を毎度確認しながら打ち倒し進んでいった。
と言っても、倒していたのはもっぱら団長。
久々の実戦ということもあってか、随分と気が乗っているようだ。
最初に斬り捨てた男を除く全てを、団長は瞬く間に組み伏せ無力化していった。
正直後ろを続いて歩く僕等は、やることが無さすぎ暇でしょうがない。
最前列を意気揚々と早足で進む団長に続き、坑道内を黙って進む。
事前に聞いていた話では、この坑道はそれほど採取量が見込めないと判断され、早々に破棄されたとのことだった。
故に深さは然程ではないそうなので、最奥までもう少しといったところか。
おそらくはその奥に、盗賊の頭領は潜んでいる。
遭遇しては気絶させ、捕縛するというのを繰り返し。
それを幾度か繰り返し辿り着いたのは、坑道の中にしては少しだけ広く蝋燭によって照らされた空間。
周囲には角材が散乱し、中央には小さな小屋。
おそらくは坑道内で作業を行うための、休憩所として建てられたものだ。
その手前に、片手で数えられる程度の盗賊が武器を手に緊張を奔らせている。
そしてもう一人、小岩に座りこちらを睨みつける中肉中背の男。
「どこの阿呆が来たかと思えば貴様か、ホムラぁ」
低く、獰猛。
そんな肉食獣の唸るような声を発したのは、岩に一人座る盗賊の男だった。
まず間違いなくあれが盗賊の頭領。そしてジェナにとって、最も憎む相手。
ただどうやらその頭領は、団長と面識があるようであった。
「久しぶりじゃないか。元気そうで安心したよ」
そしてまた団長の側も、盗賊の頭領について知っているようだ。
親しげな口調で話しかけ、腕を広げ大げさな仕草を見せる。
考えてもみればこの二人は共に、傭兵団を率いる団長という立場であったのだ。それなりに面識があったとしてもおかしくはない。
「抜かせ。俺のことなんざ覚えてたとは思えねぇ、適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「いやいやそんなことはないさ、しっかりと覚えていたとも。それに君が健勝で安心したというのも本当だ。そうじゃないと、引きずり出して首を刎ねたところで称賛も受けれまい?」
ワザとなのか、それとも適当に言っているのか。
おそらくはワザと挑発しているのだろうが、団長の発した言葉によって、頭領以下盗賊たちから張り詰めた空気を感じる。
このままいつ戦闘が始まってもおかしくない。そう感じた僕は手を腰に差した中剣の柄へとやる。
「いつか貴様のニヤケた面を、俺の手で掻っ捌いてやろうと考えてたんだがな」
「それは丁度良い機会だ。今試してみるかい?」
「この日を待ち侘びてたんでな、言われずともそうさせてもらう」
発言からして、相当団長に対しての恨みを積み重ねていたようだ。
男は立ち上がり、自身の座っていた小岩へ立てかけてあった手斧を掴む。
その姿を見た団長は、若干訝しみながら首を傾げた。
「おや? 君は確か大剣使いだったと記憶しているのだが」
「なぁに、そのご大層に見せつけてやがる代物で、首を刎ねられるってのも一興だろう?」
頭領はヌッと腕を伸ばし、指を団長へと向ける。
おそらくその指が向けられているのは、団長の上着に縫い付けられた団の徽章。
緻密な刺繍によって描かれた、団のシンボルである鉾斧を指して言っているのだろう。
自身の傭兵としての立場を追いやったイェルド傭兵団。
その傭兵団団長を、シンボルである斧を使って斬ろうというのは、あの男なりの意趣返しであるのかもしれない。
男の発した言葉を受け、団長はやれやれとばかりに肩を竦める。
「なるほど、私に対する君の執着はよくわかった。だが生憎と私は後進を育てねばならぬ立場でね、悪いが君の相手は別の人間が務めさせてもらう」
「臆したか! 雑魚に用はない、貴様が武器を取れ!」
「臆したなどとんでもない。それに決して退屈せぬ相手であると保証しようじゃないか」
そう言って団長は一歩二歩と後ろに下がり僕の右隣りへと並ぶと、左の腕を広げて僕の肩へと回した。
突然の状況に何をするのかと思いきや、団長は含んだ笑いを噛み殺しつつ、陽気に声を上げる。
「彼が君の相手を務めさせてもらう」
団長が指名した盗賊団頭領の相手、それはどういう訳か僕であった。
他のベテラン団員たちを差し置いて、こんな一年にも満たない人間が選ばれるとは。
ただ団長が言っていたように、後進を育てるという点に関してのみ言えば、選択肢は自然と僕になるのだろうけれど。
何せ育てる必要があるだろう若手といえば、坑道に潜った中では僕しか居ないのだから。
「まだガキじゃねぇか。貴様、俺を愚弄してんのか!?」
「いやいや、これでなかなかに捨てたものではないよ。うちの若手の中でも、ズバ抜けて有望な奴だ」
それだけ告げると、団長は肩に置いた手を背へと当て、ゆっくりと押す。
前のめりとなる僕の耳元に顔を寄せ、コッソリと呟いた。
「力を見せつけてやれ。存分にな」
背を押され数歩前へと出た僕へ向け、後からは他のベテラン傭兵たちから揶揄するような言葉が浴びせられる。
その声からは、自身を差し置いて頭領の相手をする役割を負った僕に対する、不満や嫉妬心などは感じられない。
なるほど、言わんとしたことは理解した。
団長は僕にこう言っているのだ、「他の団員に対し、お前の実力を示してやれ」と。
ベテランの傭兵たちが僕を揶揄する様子からしても、彼らもまた団長の意図を理解している。
どういう説明を団長からされたのかは知らないが、彼らは僕が次代の団長候補であると知っているのかもしれない。
おそらく団長に選抜され坑道に入ったメンバーは、比較的傭兵団の中でも顔の効く面子だ。
僕がこの役目を仰せつかったのも、多分にお披露目といった意味合いが込められている可能性すらある。
実際に提案を受け入れるかは置いておくとして、将来的に僕がヴィオレッタを娶り、団長の座に就く時を見越してだ。
きっとこのような因縁めいた状況さえ、団長は自身の思惑に利用しようとしているに違いない。
「いいだろう、そこまで言うなら相手してやろうじゃねぇか」
そう言って頭領の男は握った手斧の先をこちらに向ける。
坑道内で使うためか、手斧のサイズは普通の物よりも若干小さい。しかし比較的小さな手斧とはいえそれなりの重さはあるはず。
だが男の動きは澱みなく流れるようで、斧の重量を感じさせない。
ここまで情報を聞き出すために複数の盗賊を尋問してきたが、皆一様にこの頭領を恐れてか、最初は口を噤んでいた。
少々厄介な相手であるかもしれない。
「このガキを斬ったら次は貴様だ。俺の恨みを存分に味あわ……」
ニヤリとし団長へと視線を向け、手斧の先をこちらに向けたまま、頭領の男は挑発めいた言葉を放とうとする。
その瞬間、僕は一言の言葉すら発さず、坑道の固い地面を蹴り剣を振りかぶった。
袈裟切りに中剣の一撃を振りおろし、頭領の肩口へ。
そのまま振り抜いてしまおうとしたところで、男の身体と自身の剣の間にスッと障害が現れた。
「……っとと。危ねえじゃねぁか、くそガキ」
意外なことに、警告なく斬りかかった一撃を、男は自身の手に持った手斧の柄で受け止めていたのだ。
柄の部分も金属で作られているため、剣身は柄にもぐり込むも斬り抜くとまではいかない。
思いのほか俊敏な男の反応に驚愕しながらも数歩分後退し、剣を正面に構えた状態で距離を取る。
「おいおい、ホムラよぉ。教育がなってないんじゃねえのかぁ?」
僕の攻撃を寸でで防いだ男は、団長への不満を口にしつつ、冷や汗をかいたようなジェスチャーをする。
やはり最初に感じた印象通り、他の盗賊たちに比べかなり腕が立つようだ。
今の一撃は強化を行わずにした攻撃だったのだが、正直防がれるとは思ってもいなかった。
「悪いな。知ってるだろうがうちはお上品な騎士様ではなく、傭兵団なものでね。名乗りを上げてから戦う様な教育はしていない」
団長の言う通り、僕等は卑怯だなんだという尺度で測られるような立場ではない。
騎士が上品であるかは置いておくとして、わざわざ相手の体勢が整うのを待ってやる義理など、さらさらありはしなかった。
そのくらい元傭兵であるこの男なら理解していよう。
「しゃあねぇな。くそガキ、ホムラの前に貴様をぶっ潰してやる」
男は粗暴な表情を浮かべ、僕をねめつける。
先ほどの一撃が、僕の持てる唯一の勝てる見込みであると考えたのだろうか。
その言葉からは侮るような、明確に格下と認識した相手への侮蔑が含まれているように感じられた。
愉快ではないがそれも仕方ない。
実際僕は経験を積んだ歴戦の戦士に見えぬのを自覚しているし、そもそも団長も若手であると言ったのだから。
「ご託はいい。団長の命令なんでね、サッサと終わらせてもらう」
極力平静を装い、静かに告げる。
すると男は僕の言葉を不快に感じたのか、目を吊り上げ露骨に怒りを表に出し始めた。
実際挑発を目的として言ったので、その目的は果たされたと言える。
目の前に立つ男は、ジェナにとって憎んでも憎み足りぬ相手であるに違いない。
街へ帰るまでの短い時間ではあるが、僕はその彼女と行動を共にしたのだ。打算や任務による行動であったとはいえ、僅かながら情は沸くというもの。
ジェナが辛い目に遭ったその元凶である男が目の前に居る。僕にとってはそれだけで、倒すには十分な理由であった。
「随分とくそ生意気な奴だ。お望み通りまずはテメエを挽肉にしてやる!」
「黙れ強姦魔が……っ」
額に筋を浮かべ凶暴な圧を発す男。
それに負けじとこちらも覇気を剥き出しとし、今度は強化を経て抜身の中剣を繰りだした。




