表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/422

残跡 01


「確かにお引き受けしました。彼女の保護に関しては、我々に任せてください」


「お願いします。では僕はこれより、本隊に合流します」



 三十路間近と見られる腰の低い男性に礼を告げ、建物の外へ出て扉をゆっくりと閉める。

 その際部屋の奥に居るジェナと一瞬目が合うが、声を掛けることもなく、ただ軽く手を振って返す。

 ここであまり別れを惜しんでいる場合ではない。

 急ぎ団長の下へと行き、次なる行動に移らなくてはならないのだから。


 外へ出るや否や、僕は次なる目的地へと向け路地を小走りとなって駆ける。




 雪山で追手を打ち倒し、僕等はそのまま下山。

 ようやくジェナの故郷である街へと辿り着き、入口の正門を通り過ぎるや否や、真っ直ぐに傭兵団が拠点を構える一角へと向かった。

 その間はジェナに布を一枚かぶってもらい、顔が見えぬようにしている。

 ある意味で非常に目立つ格好となってはいたのだが、然程大きな規模とも言えぬ都市だ、どこに知り合いが居るとも限らない。

 顔を晒したまま歩くよりは、幾分かマシというものだ。


 そうして入った傭兵団が拠点としている一軒の安宿で、後方支援を担っている隊の人たちにジェナを預けた。

 彼らは主にここで情報収集などを受け持っているようで、基本的には戦闘に参加する予定はない。

 人数は少ないながら、ここで匿ってもらえるのであれば、とりあえず憂いはなくなるだろう。




「急がないとな……、予定よりも遅れている」



 路地を駆けながら小さく呟く。

 時刻は既に昼過ぎ。本来であればもっと早く到着する予定だったのだが、道中ジェナの体調が思わしくなかったため、幾度か休憩を挟んでいたのだ。

 なので予定よりもずっと遅く街に到着しており、宿で待ってくれているはずの本隊もその姿はなかった。

 おそらく盗賊団の拠点を攻撃するため、既に山の近くまで移動しているのだろう。



<既に街の郊外で移動中のようです。早くしないと置いていかれますね>


『あながち無いとも言い切れないのがな……』



 事前に複数の団員たちによって幾人かの盗賊を捕らえ、本拠の在り処は判明している。

 そこへと攻撃を仕掛ける前に僕がジェナを救出に向かったのだが、成否は別として定められた刻限には、攻撃を仕掛ける運びとなっていた。

 なのでもし合流が間に合わなければ、僕が居ずとも出発してしまう。

 居なくても問題なく作戦は遂行できるのだろうが、それは少々寂しいものがあるので勘弁してもらいたい。



 真上の太陽によって照らされ、思いのほか明るい路地を進んでいく。

 その空を見上げながら、置いてきたジェナの姿を思い出す。


 手を振るさなか、閉まりゆく扉から見えたジェナの視線は、どこか不安そうな色が漏れていた。

 長い期間洞窟に閉じ込められ続けていたのだ、彼女自身のためとはいえ、再び屋内にこもらねばならないと考えれば可哀想にも思う。

 せめて故郷に戻った今くらいは、陽の下に出してやりたいと思うも、ただ彼女の心情を思えばそうもいくまい。



『事が終わったら、迎えに来てやった方が良いかな』


<ジェナをですか。まさか好意を持たれたのですか?>


『そういうのじゃないよ。ただ彼女がどういう選択をするにせよ、一応一段落つくまでは面倒を見る必要があるかとな。団長に許可を取ってになるけど』



 ここまでの道中、体調の思わしくないながらもジェナからは色々と話を聞いた。

 それは盗賊に略取された時の状況であり、洞窟に閉じ込められてから彼女自身の身に起きた事態であり色々だ。

 僕から聞き出したのではなく、話し始めたのはジェナ自身。

 どういう心境の変化であろうかと思いはしたが、これは彼女なりに自身の思考を整理しようとする行動であるのかもしれない。

 あるいは会うのに躊躇している婚約者に対しての、懺悔の気持ちも含まれている可能性もある。



『それに盗賊の頭領を捕らえて罰したら、ジェナも何がしか思うところはあるんじゃないか』


<当然ですね。ジェナ自身は恨んでいるでしょうが、子供の父親になるのですから>



 道中にジェナ自身の口から聞いた話では、彼女は囚われている間、もっぱら一人の相手(・・)をさせられていたとのことだった。

 それがどうやら、盗賊連中の親玉であったようだ。

 彼女は攫われるなり早々に、無理に盗賊団頭領の情婦とさせられてしまったということになる。


 そして僕はこれから、本隊と合流し盗賊団の拠点を襲撃、件の頭領を捕らえなければならない。

 そいつを捕らえて刑場に引きずり出した時、ジェナが不安定な状態となることなど容易に想像ができた。



『こういう時にケイリーが居てくれたらいいんだけど』


<彼女は存外、人を宥めるのが上手いですからね>


『居ない以上は言っても仕方がないか……』



 確か今回参加している団員の中で、女性はヴィオレッタただ一人。

 決して悪い子ではないのだが、彼女は少々気の利かない面がある。

 ジェナの心情を察して慰めろなどというのは、少々酷であるかもしれない。


 ただ何にせよ、全ては事が終わってからだ。

 まずは団長の下へ合流し、標的の盗賊団をひっ捕らえること。


 今はジェナに関して気にしている場合ではないと頬を軽く叩き、気合を入れて合流するべく足を速めた。







 陽は完全に沈み、暗闇の支配する雪山。

 揃って白い防寒着を纏って進む数人が発するのは、雪を踏むザクリという音だけ。

 進行方向には明りの漏れる山小屋が建っており、そこへ向けて包囲するように忍び寄る。


 右方向を見やると、一人がこちらへと手を振り、幾つかの手信号が送られる。

 ここからでは顔が見えないが、マーカスによるものだ。

 そして向けられたサインの意味は、「待機」を示すモノだった。



「まだなのか? 私はとうに準備が済んでいるぞ」



 地面に伏せて待機する僕の背後から、逸る気持ちの漏れ出た声が届く。

 小さく振りかえって見ると、そこには僕と同様の格好をした、ヴィオレッタが姿勢低く控えていた。

 ただその歯は時折ガチガチと鳴らされ、寒さに耐えかねているのが見て取れる。

 伏せずに低い姿勢を保つに留めているのは、どうやら凍えそうな冷たさに対する、必死な抵抗の表れであるようだ。



「寒くてたまらん。このままでは戦う時には、手が凍り付いてしまう」


「我慢してくれよ。ほら、レオは平気な顔をしているだろう」



 そう言って親指を左手に向けると、そこには僕と同様の体勢を取るレオニードの姿が。

 彼はヴィオレッタに告げた通り、平然とした様子で眼前の小屋へと視線を向けている。

 確か南方であるシャノン聖堂国の出身であるというのに、然程寒さに動じた様子もない。



「……俺は気にならないぞ」



 平然と、というよりも不思議そうな様子で返すレオ。

 見れば武器を取り回し易いようにだろうか、雪が舞い冷たい風が吹く中であるといのに、防寒着の袖を捲っている。

 そういえばラトリッジで過ごしている時や訓練キャンプに居た時も、時期を問わず年中薄着で過ごしていた。

 今でこそ景色に溶け込むため白い上着を着ているものの、案外彼自身はそれを暑く感じているのかもしれない。



「アルもレオもおかしいのだ。私などは今にも凍えて、目を覚まさなくなってしまいそうだぞ」



 小声ではあるが、不満たらたらといった様子のヴィオレッタ。

 そういえば女性の方が寒さに弱い人が多いとは聞くが、彼女もその例に漏れないと見た。

 普段の行動からはそんな素振りも見せないが。



 潜みながらもそうこう言い合っていると、マーカスから新たな手信号が。

 それを確認すると同時に、僕は素早く立ち上がり中剣を手にして山小屋へと駆ける。

 示されたのは、「攻撃開始」のジェスチャー。

 一人先行し、小屋の中が窺える場所にひそんで様子を探っていたマーカスが、今であれば難なく制圧できると判断した合図だった。


 背後からはレオとヴィオレッタが続く気配。

 二人もまた言葉を交わしつつも、しっかりとマーカスの方を確認していたようだ。



 小屋の扉へと迫り、走る勢いをそのままに扉を蹴破る。

 突入し小さな明りで照らされた中を確認すると、盗賊たちの多くが寝転がり、あるいは酒盛りに興じていた。

 彼らは皆一様にキョトンとし、あるいは目を丸くしている。

 どうやらここに居る連中は、盗賊団の中でも比較的程度の低い輩ばかりであるようだ。



「なんだおま……っゲフっ」



 突っ込むなり早々、手近な一人を鞘に納めた中剣で殴り倒す。

 共に入ってきたレオとヴィオレッタ、そして僅かに遅れてきたマーカスも、同様に手当たり次第殴打していく。

 ある者は抵抗しようとする間もなく、ある者は呆然とした状態のまま昏倒。

 そうやってものの十数秒の内に、十人にも満たない数ではあるが、小屋の中に居た全員を気絶させていった。





「……うん、ご苦労様」



 瞬く間に制圧を終え、僕等は気絶した野盗たちを縛り上げていく。

 得た情報を基にこうやって小さな拠点を潰していき、最後に親玉を捕らえた後で、然るべき処分を下すために回収する予定となっている。

 僕等が来ているのは、面倒にも複数に散らばった盗賊たちの拠点の一つ。

 今頃団長以下他の団員たちは、数人毎に散らばって同様に拠点を潰して周っているはずだ。



「良い間の計り方だったな、マーカス」


「段々と小屋から聞こえる声が小さくなっていましたからね。そろそろ眠り始める頃合いかと」



 称賛の言葉に対し、謙遜もなく素直に受け取るマーカス。

 突入のタイミングを計ってくれたのは彼だが、終わってみればそれは完璧に近いものだった。

 細身ながらも大きな体格に関わらず、隠密行動を得意とし、その場に最適な判断を下してくれる。

 やはりマーカスは、そういった方面の任務に高い適性を発揮するようだ。




「ところで、最初に聞いていたよりも数が多いのではないか?」



 縛り上げた盗賊を小屋の隅へと転がしながら呟くヴィオレッタ。


 確かに最初に聞いた限りでは、盗賊団の総数は六〇かそこらであったはず。

 だが僕が一人で行動しジェナを助け出した時も含め、ここまで倒してきた盗賊の数はそれに迫らんとしている。

 団長の本隊が向かっている場所にも、それなりの数が居るだろうことは想像に難くない。

 盗賊団はその規模を、徐々に肥大化させているようであった。



「ゴロツキを拾っては盗賊団に組み込んでいるのかもな。個々で練度の差が大きいのは、それが原因かもしれない」


「なら今の内に潰しておいて正解であろうな」



 ヴィオレッタは納得したように頷く。

 団長は本来もっと早く対処したかったようだが、方々の戦線を維持せねばならぬため、こちらに人手を割けずにいた。

 ただ情報の収集だけはしていたようなので、盗賊団の規模拡大という事態を、前々から懸念はしていたに違いない。



「そうだな。それにこれ以上、一般の人に被害が広まるのも好ましくはない」



 僕がそう告げると、ヴィオレッタは何かに気付いたようにこちらをジロリと睨め付ける。



「なるほどな。アルは私たちの目が届かぬ間に、随分と良い思いをしていたようだから、放ってはおけぬのだな。年上女に入れ揚げて、随分と気合も入っているようであるし」



 口の端をニヤリと上げ、若干の棘を含んだ言葉を放る。

 その様子は揶揄するようであり、責め立てるようでもあった。

 ヴィオレッタが言っているのは、ジェナに関するものに違いない。


 よもや彼女が嫉妬しているなどとは思わない。

 だがヴィオレッタは婚約者とされた件を断ったと告げた際にも、安堵しつつもそれはそれで腹が立つと言っていた。

 特別の好意を向けていない形だけの婚約者であるとしても、他所の女性に対して気を掛けるというのは、あまり面白くないのであろうか。



「どうした、嫉妬か? 心配しなくても、ちゃんと団の仕事や皆の方を優先するよ」



 このまま反論せず放っておいても、延々何やかやと言われ続けるのがオチだ。

 そういった場合、ヴィオレッタには反撃してやった方が効果的なはずであった。

 案の定ヴィオレッタは頬を赤らめ、動揺を隠さずに捲し立てる。



「お前は何を馬鹿なことを言っているのだ! 私が嫉妬だと!? 冗談も大概にしてもらおう」



 ともすれば斬りかからんばかりの剣幕。

 ちょっとした挑発であったのだが、ヴィオレッタは既に自身が発した嫌味など忘れ、誤魔化そうと必死に喚く。


 他の皆は婚約云々に関して知らないのだが、それでもマーカスなどは傍から見て苦笑している。

 レオに関しては、わけがわからないといった様子で首を傾げているが。


 ただ少々からかう言葉が過ぎてしまったようだ。

 今から次の場所へと移動しようというのに、ヴィオレッタの困惑が治まるのに時間を要してしまったのは、僕のミスと言えるのかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ