枷 07
実際の戦闘で弓を扱うなど、実は初めてなのではないだろうか。
いやそれどころか、弓をちゃんと扱うなど、訓練キャンプで必修のカリキュラムとして触って以来。
あの当時ですら決して得意な方ではなく、まったく触る機会も無くなった今では言うに及ばず。
案の定射た矢は飛んで行きこそすれ、盗賊連中から少しそれた場所へと突き刺さる。
<まるでダメですね。相変わらず弓の扱いに関しては擁護しようがありません>
「わかってるよ。僕だって当たるだなんて思っちゃいない」
からかうように響くエイダの声を、面倒に思い打ち払う。
投げ槍や投げナイフなどは比較的得意なのだが、弓となると訓練キャンプに居た時期も妙に成績が悪かった。
マーカスなどはそれこそ常軌を逸した技量を発揮してくれるのだが、どうにも僕はこれに関して才能の欠片すらないようだ。
やはり早々上手くはいかない。
ただその代わりと言っていいのか、矢を射ることによって、僕を排除すべき対象であるとしっかり認識させれたようだ。
再び矢が飛んでくるのを警戒してか、連中は四方に散らばりこちらを包囲しようとしてくる。
その方がこっちとしては対処がし辛くなるので、無難な対処法と言えるのかもしれない。
しかしこちらにとっても、それはむしろある意味で好都合。
これで隠れているジェナへと向かう可能性も多少なりと下がったと言える。
<包囲するつもりのようです。なおも接近中>
連中は走りながら分散し、僕を取り囲む位置へと移動するとすかさずこちらに向かってくる。
このまま四方から攻撃を仕掛け、一気に止めを刺すつもりであるようだ。
手にする武器は近接用の物ばかり、中・遠距離から攻撃される心配はない。
「最初に来るのはどいつだ?」
<右後方、小剣使いです>
ブレスレットを起動。
身体中へと力場が行き渡り身体機能が強化されると同時に、神経系を操作される。
思考速度が早まっていき、迫る男たちの速度が急激に遅く感じられる。
そんな中でエイダに告げられた通りに右後方へと振り返ると、小剣を携えた盗賊が一人、低い姿勢のまま迫っていた。
僅かに足が速いせいだろうか、他の三人よりも一足早くこちらに到達しそうだ。
振り返った僕の動作に驚いたのか、小剣を握る男は一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。
しかし今更突っ込む動作を止める訳にはいかないのか、すぐさま表情を戻し進む勢いを強めた。
男へと向けて地を蹴り突っ込むと、突きだされた小剣の一撃を抜いた中剣で逸らし、膝を真上に打ち上げるように放つ。
すると男は予想外にも高い反応速度を示し、身体を捩じってそれを避けようとした。
「……っと、甘い」
膝は空を切るが、それと同時に突きを逸らした中剣を滑らし、首を刎ね上げる。
一刀のもとに斬り上げ舞う頭部。
その直後に鮮血が吹き上がるも、同時に迫る他三人の盗賊は勢いを止める気配はなかった。
首を失った死骸が倒れる前に襟を掴み、内一人へと放る。
迫る男は仲間であった骸を冷静に横っ飛びで避けると、なおも接近を試みた。
ただその一人が回避行動を取ったことにより、三人同時で迫っていたタイミングがずれる。
一斉に仕掛けるという、連中が最初にしようとしていた目論みは、この時点で大きく崩れている。
それでも仕切り直して再度同時に攻撃を仕掛け直そうとしないのは、このまま突っ込んだ方が最善と判断したからだろうか。
<ここまでの輩とは随分異なるようで>
『そうだな。これまで見た連中と比べて、かなり訓練されてる』
戦闘の最中であるというのに、どこかノンビリとしたエイダの言葉。
速めた思考速度の中でゆっくりと感じる盗賊たちの姿を見やり、その言葉を肯定した。
今回の作戦中、何人もの元傭兵である盗賊たちを相手としてきた。
ただその中には到底傭兵であったことが信じられぬような、技量の低い手合いが多かったのも事実。
そんな連中の中にあって、今まさに対峙するこの連中は比較的練度が高そうに見える。
どうやら盗賊団の母体となった傭兵団は、個人個人の資質や練度に大きな差があったようだ。
なおも同時に迫る二人の盗賊と、遅れて追い縋ろうとする盗賊が一人。
横へとステップ踏んで距離をずらしながら、上着の内側から取り出したナイフを摘まんで軽く投擲。縦に回転しながら一人へと迫る。
しかし当然のようにそれは避けられ、進む足を微妙に遅らせる効果しか得られない。
ただこうやって少しずつタイミングをずらし、二人以上を同時に相手する状況を作らせなければ十分だ。
同時に相手するのは十分可能なのだが、そういった場面を作って制圧するのは好ましくない。
なぜなら……、
<見ていますよ。ジェナ嬢が>
『みたいだな。大人しくしててくれると助かったんだけど……』
ゆっくりと進む情景の中、普通の速度で聞こえるエイダの声に嘆息する。
先ほど男の頭部を斬り飛ばした時に見えたのだが、いつの間にかジェナは隠れていた場所から移動し近づいていた。
わざわざ目の届かぬ位置まで移動したというのに、忠告を無視してあの弱った身体で戦いの場へと赴こうとするとは。
彼女は自身が追われているのが原因で、僕に多大な迷惑をかけていると思い込んでいる。
おそらくは自分が出ていくことによって、戦闘を治められると考えたに違いない。
出会い頭の初っ端から矢を射て喧嘩を売ったので、もうそんなのは関係ないのだけれども。
という訳で、強引に相手の武器ごと身体を斬り飛ばすという、乱雑な手が使えなくなってしまった。
これがレオの持つような大剣であればそれもアリなのだろうが、僕の持つ中剣ではあまりにも不自然。
異常性ばかりが表に立ち、ジェナを怯えさせるだけになるのは言うまでもない。
「ああ……、面倒臭い!」
最も近い一人へ向け突進し、叫びながら右手をいっぱいに伸ばして突きを繰りだす。
己が武器で弾こうとする男の防御を貫き、そのまま胸の中心へ激突。
ドガンという刃が刺さったものとは思えぬ音を鳴らし、剣の鍔部分まで一気にもぐり込む。
貫いた身体へと足裏を押し付け、蹴り放つようにして引き抜く。
そのまま勢いに任せて反転し、続けざまに背後から迫る一人へと横薙ぎ一刀。
武器を持って振り下ろそうとしていた両の腕と喉を切り裂き、地に積もる雪が鮮血に染まる。
この時点になってようやく、到底叶う相手ではないと悟ったようだ。
残る一人が接近する足を止め、迷うことなく踵を返して逃走を計った。
このまま盗賊の頭領が居る拠点へと向かい、事態の報告をしようというのだろう。
足場の悪い中で追いかけるのも億劫ではあるが、黙って見過ごし警戒を強めさせる訳にもいくまい。
盗賊の向けた背へと一足飛びに肉薄すると、頭を掴んで雪の中へと押し倒し、口元を抑え手にした中剣を逆手に持って背へと押し込む。
「ム……っ! ふぐっウゥゥゥ!」
押さえた口元からは、言葉にならぬ悲鳴が漏れ聞こえる。
ここで叫んでも遠く別の場所に居る野盗たちに声は届きはしないが、断末魔の悲鳴をジェナに聞かせるのは心苦しい。
しばしもがいていた盗賊ではあるが、赤い染みが雪の上へと広がっていくにつれ、次第に力を失っていった。
男が事切れるのを確認すると、立ち上がり自身の中剣を雪へと突き刺す。
何度か抜き差しを繰り返し、骸となった男が着る服の比較的汚れていない部分で拭う。
そうして鞘に剣を納め、細い木の陰でへたり込み、こちらを呆然と眺めていたジェナの下へと歩み寄った。
「危ないんですから、大人しく待っていてもらわないと……」
そう告げる僕の言葉に、彼女は口をパクパクと開閉させるばかり。
目の間で行われた殺戮に、言葉すら持てないようであった。
初めてこういった戦闘行為を目にした彼女の瞳には、いったい僕がどう映っていることやら。
きっと碌な感想を抱かれはしないだろうけれど。
「さあ、急ぎましょう。また追手が来ないとも限りません」
ジェナ両手を取って立ち上がらせると、肩へ手を置き身体を反転させて柔らかく背を押す。
このまま血生臭い場所に居続けても、決して精神的に上向くことなどないだろう。
今は突然の光景にショックを受け呆然としているが、少し落ち付いてこんな光景を見せられれば、大きなストレスとなるに違いない。
とても一般人に、しかも身重の女性に見せて良い光景ではないことくらい、戦場の空気に麻痺した僕でもわかる。
ジェナの背を押しソリへと向かうが、どうにも彼女の足取りが重い。
決して後ろを振り返ろうとはしないのだが、今まさに行った戦闘が、自身が原因で引き起こされたのではないかと考えているのかもしれない。
むしろ牢から自分が逃げ出さなければ、こうならなかったとすら思っている可能性すらある。
「ジェナさん、あいつらが死んだのは、盗賊に身をやつしたからです。自業自得だ」
「ですが……」
「それに貴女を助けるのだって、何も完全な善意でやってるんじゃない。僕等にも打算があって、その結果として助けたんですから。何も気にする必要はない」
僕の告げた言葉は、ある種突き放す内容であると言えなくはない。
ただ今の彼女にとっては、こういった内容の方が気も楽なのではと思えた。
実際その言葉を発した直後、彼女の足取りは少しだけ戻り、ゆっくりではあるが背を押すまでもなくソリへと向かっていく。
辿り着いてソリを起こし座らせると、僕は目的地となる街へ向け移動を再開した。
今更ながら……。
主人公の喋り方が設定年齢より歳食い過ぎてる気が。