表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/422

枷 06


 翌朝。再びジェナをソリに乗せ、僕は一路傭兵団の後方支援要員が居る場所へと向け、山中を進んでいた。


 夜が明けてから一時間程度の仮眠を摂らせてもらい、その後出発。

 幸いにも昨夜は盗賊に見つからなかったため、それなりに体力は温存できている。

 おそらくこのままの調子で進んでいければ、四時間も歩けば街が見えてくるだろう。


 ただ、そこまで彼女の身体がもつかどうかが不安ではあるのだが……。



「大丈夫ですか? 一度休憩しましょう」



 振り返ってジェナの様子を窺う。

 ロープの先に繋がれたソリの上では、ジェナが座り毛布を被っている。

 その毛布の下で首をもたげる彼女の表情は辛そうだ。



「いえ、気にしないで下さい。わたしは平気ですので」



 そうは言うものの、ジェナの顔からは玉の汗が浮かんでいた。

 毛布のせいで暑いのかとも思ったのだが、時折身体を震わせている点からしてそうではあるまい。


 昨夜エイダに調べて貰った時には何ともなかった。

 ただ今のところ戦闘にこそなっていないものの、ストレスのかかる逃走劇だ。

 免疫力も下がっているであろう母体の身、急に体調を崩したとしても何ら不思議はない。

 予定よりも少々合流が遅れてしまうが、どこかで休んでもらった方が良いのだろうか。



『どこか……、そうだな、風を避けれる洞窟の類でもあればいいんだが』


<この近辺には無さそうです。このまま街へ向かった方が早いでしょうね>



 その言葉に小さく歯噛みする。

 僕の任務はあくまでも、彼女を助け出し街へと連れ帰ること。

 しかしそれだけを果たし、後は知らないとばかりに放り出す訳にもいくまい。

 折角解放されたのに途中で倒れるなどという、不憫な目に遭わせるのは流石にしのびなかった。



 そう考えていると、ジェナは僕が苦慮しているのに気付いたのだろうか。

 苦しそうな、そして隠しきれぬ沈んだ声で、一つの懇願をしてきた。



「わたしを……、置いていってください」



 唐突なジェナの言葉に肩を落とす。

 折角街まであと少しという所まで来ているのに、いったい何を言っているのだろうか、というのが正直なところだ。

 もしや体調の悪化から自暴自棄になっているのだろうかと考えたのだが、どうやらそうではないようだ。



「何を言っているんですか。もう少しで街に着きますから、頑張りましょう」


「……わたしは帰っても彼に会わす顔がありません。それにアルフレートさんが逃げる足を引っ張るだけです」



 彼というのは、おそらく街で待っているはずである彼女の婚約者のことだ。

 今のジェナの状態では、無事帰り着いたとしても、その婚約者に迎え入れてもらえないと考えているのだろう。


 そしてまた自身を連れて帰ろうとすることで、僕に迷惑を掛けるのを嫌がっているようだった。

 きっとそれは、盗賊たちがジェナを追ってくる可能性について語っているのだ。

 彼女は僕がどれだけ戦えるかを知ってはいない。

 なのでそう考える気持ちというのも、僅かながら理解が出来る。



「あの人も……、もうわたしを必要とはしていないはず。これ以上誰かに迷惑をかけたくありません」



 苦しそうに息を吐きながらも、キッパリと言い切るジェナ。

 どうやら彼女は、自身を枷であると考えているようだ。

 金属の格子と足に嵌められた枷によって捕らえられていた自身が、今度は助け出そうとする僕や、街で待つ婚約者の枷になりつつあるのだと。


 そんなことはないと告げるも、彼女は首を横に振るばかり。

 昨夜は比較的安定しているように見えたのだが、やはり多大なストレスに晒され、精神的に参っているのかもしれない。



 僕は進む脚を止め、ネガティブな思考に支配されてしまったジェナを励まそうとする。

 しかしそうこうしていると、今度は脳裏へとエイダの声が響いて来た。



<警告。後方から複数の動体反応を検知。距離六一〇m、接近中>


『盗賊連中……、なんだろうな』


<間違いなく。数は四、全員が武器を携行している模様>



 やはりそう易々と、予定通りに行動させてはもらえないようだ。

 どうやら真っ直ぐにこちらへと向かってきているようなので、偶然近くを通りがかっているという訳でもないだろう。

 拘束したのとは別の盗賊たちが、僕の足跡やソリの跡でも見つけ、追ってきたのかもしれない。



 自身を置いていくよう告げるジェナの言葉を遮ると、再びロープを握って今までよりも速い歩調で先へと進む。

 ただ今はまだそれなりに距離があるが、こんな速度ではいずれ追いつかれてしまう。

 流石に街へと辿り着くまで逃げ切れるとは思えず、どこかで撃退するか、追跡を捲く手段を講じねばなるまい。

 迎え撃つのであれば、せめてその間にジェナが隠れられる場所くらいは確保しておきたい。




「あ、あの。どうかされましたか?」



 歩を早めソリを引き始めた僕の様子に訝しんだようだ。

 ジェナは苦しそうな表情の中で、若干狼狽したような色を浮かべ、揺れるソリにしがみ付きながら問うた。



「後ろから誰かが迫っているようです。迎え撃ちますので、どこか隠れられる場所へ移動します」



 隠したところで仕方があるまい。

 問うてくる彼女の言葉に、僕はありのままを正直に答えた。

 むしろ事前に状況を告げることによって、ジェナに覚悟を決めさせ、協力を仰いだ方が無難であると考えたためだ。



「でしたらやはり、わたしを置いて逃げてください! 少しは時間が稼げます」


「それは聞けませんね。どうせ連中は貴女だけでなく、連れ去った僕自身も狙っているはずです。それにジェナさんを連れ帰るというのが、僕が受けた任務ですので」



 実際のところ、そういった根拠があるわけではない。

 ただそうでも言わなければ、無理に残ろうとソリから下りてしまう可能性すらある。



「こういった荒事に関して、僕は本職です。任せてもらえませんか?」



 ソリを引きながら振り返り、余裕の表情を浮かべて告げる。

 すると彼女はその言葉にこれ以上ない説得力を感じてくれたのか、あるいは説得が無駄であると悟ったのか、言葉を詰まらせた。

 俯き小さく「すみません……」と呟く彼女の声を聞きながら、先を進み比較的木々の多い地帯へと向かう。



 向かったそこは葉こそ落ちているものの、比較的木々が密集しており、低木の枝も多い。

 少し掻き分けて奥へと入り、軽く地面の雪をのけ毛布を敷き、ジェナにはそこへ座ってもらう。

 乗っていたソリは、彼女を覆い隠すように低木へ立てかける。

 近づけば丸わかりではあるが、これで遠目からでは同化して見えるはず。



「いいですか。身体が辛いとは思いますが、ここから動かないように。絶対にです」



 真っ直ぐに視線を合わせ、忠告する。

 彼女に近寄らせるつもりなど毛頭ないが、あまり勝手に動かれては予期せぬ状況へ陥りかねない。

 その言葉を聞き、熱が出始めているせいか僅かに頬を上気させたジェナはコクリと頷いた。



「安心して。こうやって一人で任務を任せられる程度には、強いという自負があります。すぐに終わりますから」


「……お気を付けて」



 心配そうに見上げて告げる彼女の身体へと、一枚毛布をかぶせる。

 一度だけ笑顔を向けると、彼女が捕らわれていた洞窟から拝借した弓を一振り、縛り付けていたソリから外し踵を返した。




 その場から離れ足跡に沿って来た道を逆戻り。

 しばし歩き、振り返ってもジェナの姿が見えなくなった頃合いで、立ち止まって盗賊たちを待ち構える。



<距離一四〇m。なおも接近中>



 周囲には障害物もなく、身を隠すのは難しい。

 いくら着込んでいる上着の毛色が雪と同色であっても、こうまで見晴らしが良いとバレる可能性は高いだろう。

 それに向こうも警戒をしているだろうし。



<警告。目視されたようです、抜剣を確認>



 どんどん近づいてくる盗賊たちであるが、ついに姿を補足されたようだ。

 だがそれは仕方がない、いずれは追いつかれるのだから。


 迫っている方向へと目を向ければ、確かに四人ほどの男たちが剣を構え、こちらへと走っている様子だった。

 脅すつもりか本当に斬るつもりかは知らないが、穏便に済ます気などサラサラないのだろう。


 僕はその姿を捉えるや否や、自身もソリから持って来た弓を握り矢を番える。

 ここまでは盗賊連中を、可能な限り生きたまま捕縛してきた。しかしこの状況では、捕らえたとしてもどこかへ連れて行く訳にもいかない。

 かといって置いていったとしても、目印もない場所だ。後々回収するのも難しい。

 そもそもこんな場所で放置してしまえば、然程時間も経たず命を落とすことなど目に見えている。



「最低限、盗賊の頭領だけ生かしておけばいいんだったな。あの中にいると思うか?」


<盗賊から得た容姿の情報と照らし合わせるに、あの中には含まれていないようですよ>


「なら斬ってしまおう。どうせ生かして捕まえても、ここで置いていけば凍死するのを待つだけだ」



 とりあえずはまず牽制から。

 ひと塊となって走り迫る盗賊たちを視界に収めながら、引き絞った弓から番えた矢を放った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ