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枷 04


 その娘は、踏み込んだ洞窟の一番奥。滴る水によって凍える、格子の向こうに居た。

 最奥を区切るようにはめ込まれた鉄の棒により、一角を丸々覆われている、まさしく牢屋と言い表わすべき場所。


 僕よりも少し年上だろうか。

 二十歳前後といった容姿をした彼女は、酷くやつれた空気を纏い、簡素な椅子に腰かけ胡乱な表情を浮かべている。

 ざっと見た限りでは暴行を受けているようにも見えず、服もそれなりにマトモな物を着せられているようだ。

 隅には簡素ながらベッドが置かれ、寒さに対する備えか多くの毛布が敷かれており、テーブルと椅子も備えられている。


 しかし足首には黒鉄色をした枷がはめられており、そこからは鎖が伸び、壁に打ち付けられた杭へと繋がっていた。

 鎖はそれなりの長さはあるようで、牢の中だけという制約こそあるものの動けるようになっており、張り付けられた状態であるとは言えない。

 しかし僕の眼前で座り込む彼女の姿は、まさしく虜囚の如き。

 丁重に扱われているようにも、ぞんざいに扱われているようにも見えるという、何とも不思議な光景だった。



 ただ彼女に関して、僕は一目見て気付いたことがあった。

 囚われの身となった彼女に起きているその事態に対し、僕が言葉を発する前に、エイダが一言告げる。



<妊婦ですね>



 小さくもハッキリとした、無機質な声。

 そう。エイダの言う通り、目の前の牢で虚空を見上げるその女性は、紛れもない妊婦であった。

 いったい何か月目であるかなどといった判断は、こういった人を見て来た経験のない僕にはわかろうはずもない。

 しかし椅子に腰を下ろしてもなお明確なそのシルエットは、攫われてからここまで、彼女に何が起きているかを想像するに余りあるものだ。



「……大丈夫ですか? 僕は貴女を助けに来た者です」



 その胡乱な目を見れば、大丈夫であるとは到底思えない。

 しかし可能な限り穏やかに、ともすれば幼子に接するような柔らかさを意識して声掛ける。

 すると格子の向こうで椅子に座り、呆としていた彼女がこちらを向く。


 しばし澱んだ瞳でこちらを眺めていたかと思うと、不意に目を見開いて立ち上がり、僅かによろめき僕へ向け歩み寄った。



「だしっ……! ここ……から出し……、て」



 顔を歪め、必至の形相で懇願。

 彼女は足首に巻かれた枷の鎖を一杯に伸ばし、格子を掴んで助けを求めた。

 興奮からであろうか、発された声は碌に言葉となってはいない。



「勿論です。今開けますから、落ち着いて下さい」



 そう言って僕は手にした鍵束を掲げると、内一つの鍵を手に取り錠へと差し込む。

 錆が浮いているのか、微妙に回し辛いそれをなんとか動かしていくと、カシャリという音が洞窟内へと響いた。

 と同時に女性の表情と格子を握る手から力が抜け、その場で膝をついてへたり込む。

 どうやら開いた音により、張り詰めていたものが一気に解き放たれたようだ。


 格子の扉を開き、取り出した別の鍵を使い彼女を縛っていた枷を外す。



「立てますか? さあ、ここから出ましょう。帰れますよ」



 彼女の腕を僕の肩へと回し、立ち上がらせる。

 告げた言葉を理解しているのかどうか、フラつきながらも寄りかかる彼女を立ち上がらせると、そのまま連れ格子の外へと歩かせた。

 すると彼女は安堵からか、表情を変えぬままに大粒の涙を滴らせ始めていた。



 僕はその事については触れぬまま、洞窟内を少し進み、途中にあった椅子へと座らせる。

 そこから置かれている適当に使えそうな衣類を見繕い、彼女が着れそうな物を押し付ける。

 彼女が現在着ている服は、あまり防寒に適しているとは言い難い。このまま連れて行くには、外はあまりにも厳しい環境だ。

 それに彼女は妊婦。薄着のまま放り出しては大事になりかねない。



「少しだけ待っていてくださいね。今ここを出る準備をしていますから」



 変わらず黙ったままである娘へと、もう少しの辛抱である旨を告げる。

 可能な限りの防寒対策を準備しつつ、言葉を発した時に座る娘をチラリと見やった。


 確か街の娼婦は、娘が婚約者の居る身であると言っていたはず。

 もし彼女の腹に宿る子が、その婚約者とされる男との間に出来た命であるとするならば、僕は安堵し胸を撫で下ろすところだ。


 しかし彼女が攫われてから、それなりの期間が経過してしまっていると聞く。

 着せられた服装などから察するに、彼女はここでそれなりには人らしい扱いをされていたのだとは思う。

 だが何せ男ばかりの盗賊団の中に置かれていたのだ。その間に何もなかったと考えるのは、些か無理があるというものだった。



 僕は陰鬱な気分を抱きつつ、食料などの荷を運ぶ際に使われると思われるソリにロープを結んだ。

 長距離の雪山を妊婦に歩かせ逃げるなど不可能なので、彼女をこれに乗せて移動するためだ。

 その他洞窟内に置かれている武器の中から、必要となるかもしれない幾つかを選んで隅に縛り付ける。

 そうしていると、これまでほとんど口を開かなかった娘が、背後からおずおずと声を掛けてきた。



「あの……」


「はい、どうかされましたか?」



 急ぐところではあるが、あえて口に出して何かを問おうとしているのだ。

 彼女にとってそれは、重要なことであるに違いない。

 僕は一旦手を止め、振り返って穏やかに返す。



「その……、逃げる先はどこになるのでしょうか?」


「一応は一番近くに在る街に行く予定ですね。そこに僕の所属する傭兵団が駐留していますので」



 向かう予定となっている、今回の作戦に参加している他の団員が待機する都市の名を告げる。

 そこは今回の行動を行うに当たって、傭兵団が一時的な活動拠点としている最寄りの都市。

 彼女もまたそこに住んでいたはずであり、ケイリーを除くチームの皆も、今はそこへと待機しているはずだ。


 恋しい我が家に帰れるのだ、きっと彼女も嬉しいだろう。

 僕は最初、疑いもなくそう考えた。

 だが彼女にとってそれは非常に困ることだったのだろうか、背中越しに息を呑むのを感じられる。

 気になってよくよく見てみれば、彼女は座った状態で俯き、自身の手を静かに腹部へと当てていた。



「あの街へ帰るのは……、ちょっと……」



 唇を噛みしめながら、絞り出すような声で訴えられる。

 そんな彼女の姿を見て、僕はハッとした。

 彼女にとっては住み慣れた故郷なので、それが一番良いだろうと僕は思い込んでいた。

 しかし考えてもみれば彼女は身重の状態。

 故郷の街には婚約者である男性も居るはずであり、その彼にこの姿を見られたくないと考えるのは、自然な感情ではないか。



「そう……、ですね。ちょっと考えてみましょう」



 俯く娘に対し、静かに告げる。

 僕はあくまでも傭兵であり、そういった心理面を考慮するカウンセラーではない。

 なので本来であればただ命令に従い、「命が助かったんだから良いだろう」と街に放り出すというのも、非情ではあるがアリと言えばアリなのだ。


 だが今回の作戦に関して言えば、イェルド傭兵団のブランドイメージを損なわせないために行っているという側面が強い。

 打算的ではあるが、少々気を使った方が良いのかもしれない。



 縛り上げ洞窟内に転がしておいた男たちの横をすり抜け、ソリを外へと運び出す。

 そこでソリの上へと毛布を敷き、娘に座って貰い更に上から幾重にも毛布を被せて出発。


 娘は後ろを振り返り、洞窟の入り口へと視線を向ける。

 その視線はどこか虚ろなようでもあるが、一方で憎悪を湛えているように見えなくもない。

 入口付近に放置した盗賊連中は未だに昏倒したままで、意識を取り戻す様子はなさそうだ。



「行きましょう。寒いので毛布を被っていて下さい」



 寒さを言い訳にし、娘に男たちを見ぬため毛布をかぶるよう伝える。

 ただ恨むだけならばまだしも、何がしかの手段で凶行に及んでも困る。

 こちらとしては盗賊を生かしたまま捕らえておきたいし、彼女自身が後々苦しむ可能性は否定できないのだから。





 洞窟を出た僕等は、雪山のなだらかな部分を選び、一歩一歩足場を確かめながら進む。

 僕一人だけであれば、体力に合わせてどんどん進んでいけばいい。

 ただ引っ張るソリには人が乗っているため、そうはいくまい。

 何よりも異常な速度で引っ張り進んでは、妙な不安感を与えてしまいかねないのだから。



「疲れたら言ってください。休憩するくらいの余裕はあるので」



 黙々と足を歩を進めつつ告げる。

 しかし娘はこれといって返事を返さないため、振り返って確認してみると、ソリの上でただ呆然として周囲の景色を眺めていた。


 解放された事実に喜ぶでもなく、変わった状況に混乱をするでもない。

 まともに話したのも、逃げる先を問うてきた時くらいのものだ。

 憔悴しているせいなのだろうか、今のところあまり感情めいたものを表には出さなかった。



 上空からの映像を元にし、山の中でも起伏が少ない場所を移動する。

 かなり時間がかかるルートではあるが、彼女の体力を考えれば勾配のキツイ場所を進むのは避けたい。

 僕自身の体力はともかくとして、彼女は身重である上に長期間の監禁で体力を落としているのだから。


 そうしてしばし歩いていると、少しだけ開けた木々の少ない一角へと出た。

 その場所は昼間に日当たりが良いのか、地面にも然程雪が積もってはいない。

 近くには姿を隠せそうな岩場も有るため、休憩をするのにはもってこいな場所だろう。



「ここで休みましょう」


「いえ……、わたしは大丈夫ですので」



 休憩を告げると娘は停まったソリから立ち上がり、意外にも気丈な声で大丈夫であると告げる。

 確かに彼女の言う通り、今のところはまだ問題はないのだろう。

 しかしいつ体調が悪くなるとも限らず、そうなってから休んでいたのでは結局時間がかかってしまう。

 ここは無理にでも説得し、身体を休めてもらわなければ。



「僕も少し疲れたので。それにどちらにせよ、今日中はどこにも辿り着きません。どこかで夜を明かさないと」



 それだけ告げると、僕は周辺の木々へと近寄った。

 こんな寒い中、ただ座って毛布に包まっているだけでは凍えてしまう。

 陽が落ち夜も更けていくにつれ、どんどんと寒さは厳しくなっていくのだ。

 盗賊たちに見つかるリスクというのもあるが、まずは倒木なり何なりを見つけ、暖を取るために火を熾さねばならない。


 その場から移動しないよう娘に言い含めると、立ち尽くしこちらを眺める彼女を置いて、僕は薪となる木を求め歩いた。

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