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枷 02


 人の気配どころか動物の姿すら見えぬ山の中を、一人ただひたすら進んでいく。

 防寒用に着こんでいるのは、白い毛並みをした動物の毛皮で作られた上着。

 それを何重にも着込んでいるせいで動きが妨げられるが、こればかりは致し方がない。

 なにせ空からは雪が舞っており、葉が軒並み落ちた木はそれを遮ってはくれないのだから。



<進路上二七〇mに急勾配の傾斜地。迂回した方が良いでしょう>



 高空の衛星から得られる情報に寄り、エイダが最適なルートを指定してくれる。

 僕はただそれに従い、延々と雪の積もる山道を歩き続けた。




 ここはラトリッジから北東へ行った山地。

 ワディンガム共和国との国境に沿って聳える、モーズレイ山脈にほど近い場所。

 周囲は一面の雪景色で、まばらに生える丸裸の木々や凍った水たまりなど、寒々とした光景が広がっている。


 この殺風景な地にどうして僕が一人で居るのかと言えば、少し前に団長から聞かされた、イェルド傭兵団を騙る盗賊連中を討伐するためだ。

 僕等のチームを含む、選抜された総勢二十五人の傭兵たちにより、この山中を根城としている盗賊を壊滅させるために行動している。


 ただそんな中、チーム内でただ一人、僕だけは団長から異なる指示を受けて別行動中。

 てっきり負傷で離脱中のケイリーを除く、他の皆と一緒に行動すると思っていたのだが、団長は僕の持つ装備が別に役立つと考えたのだろう。

 どうりでそれに関して根掘り葉掘りと聞かれたはずだ、彼は端から僕を別働隊として運用するつもりだったのだから。



 皆から離されて不安という訳ではないが、エイダの他に誰も居ぬ状況に僅かな寂しさを感じながら進む。

 すると地面を覆う雪をザクザクと踏み抜くにつれ、次第とブーツには雪が浸みてきた。



「それにしても……」



 足下から上がってくる冷たさに、僕は一つの後悔を強めていく。

 僕はその雪でずぶぬれとなった冷たいブーツを見やり、嘆息しながら呟いた。



「もっと高いのを買えばよかった」


<だから言ったではないですか。安物を買って後悔するのは自分であると>


「そんなこと言われてもな。雪なんて初めてなんだから仕方がないだろう……」



 呆れたエイダの声に、僕は明確な言い訳を次げずにいた。

 事前に雪山を歩くと聞いてはいたのだが、装備を揃えるため店でブーツを選ぶ際、少しでも節約しようと安物に手を出したのは僕だ。

 確かにエイダは、安価なブーツを手に取った僕へ忠告を発していた。

 一方的に僕の選択ミスであるためめ、あまり不満を口にする権利すらない。



 余りの冷たさに堪えかねた僕は、意識を集中し腕にはめたブレスレット型の装置を起動する。

 すると少しずつではあるが、足下から冷たい感触が消えていくのが感じられる。

 本来は身体能力を強化する装置ではあるが、その仕組みとしては体表に一定出力の力場を発生させ、動きを補助するというものだ。

 なのでもしや防寒にも使えるのではと甘い期待を抱いたのだが、思いのほか上手くいったようで、雪の染み込んだブーツからは冷たさが感じられない。



<そんな事に使って、後で疲れても知りませんよ>


「負担は最低限になるよう調整してるよ。それに足だけをカバーしてるし」



 我ながら器用に出力などを微調整し、足にのみ力場が行き渡るようにしている。

 全身に行き渡らせればそれなりの負荷ともなろうが、この程度ならば最小限の疲労で済んでくれるはずだ。



「それよりも警戒を強めてくれよ。そろそろ歩哨の一人でも立ってておかしくはない」



 前方に有った傾斜地を迂回しながら、高空の衛星を介し見張っているであろうエイダに告げる。

 半ば自分に不利な話題を逸らすためにも思えなくはないが、そろそろ警戒が必要な頃合いだ。

 実際目的とする場所はすぐそこへと近づいており、いつ戦闘となるとも限らないのだから。




<六四〇m先の小屋周辺に動体反応。数は二、共に武器を携行しています>



 別に僕の忠告に応じて探った訳ではないのだろう。

 警戒するよう告げるや否や、エイダはすぐさま情報を伝える。

 同時に映像が送られ、脳裏にはポツリと一軒だけ建つ、山小屋にしか見えぬものが映し出された。


 その周囲には警戒しているであろう二人の男が、腰に下げた剣へと触れながら周囲を見回している。

 やはりこういった点は、元傭兵といったところか。


 団が今回の作戦を行うに当たって、近隣の都市へと簡易の拠点を構えている。

 その都市に居る娼婦から聞き出した情報では、やはり盗賊たちは以前に傭兵であったようで、戦場からあぶれて盗賊に身をやつしているらしいとのことだった。

 団長のした推測が見事に的中した形となる。


 そしてその娼婦たちから得た別の情報により、今回僕は団長から単独での行動を指示されたのだ。



<現在のところ確認されているのはそれだけです。中にどれだけの人数が居るかについては不明>



 歩きながらエイダの告げる情報を聞く。

 万が一ではあるが、連中が余程の手練れであるという可能性も捨てきれない。

 ただそうだとしても、本気を出せば一言すら発させることなく歩哨を沈黙させるのは容易いだろう。


 しかし問題があるとすれば、中に居る人間か。

 当然外の見張りだけで全員という訳にはいくまい。

 それに中に居るのが、元傭兵の盗賊たちだけであるとは限らないのだ。



「中に一般人が居たら厄介だ。下手に制圧を強行して、怪我でもさせたら困った事になる」



 徐々に遠くへ姿を現し始めた小屋へと視線を送りながら、呻りつつ呟く。


 情報をもたらしてくれた娼婦によれば、どうやら盗賊連中が行動を始めた頃、街から一人の娘が行方をくらましたとの事だった。

 ただそれだけであれば、もっと大きな都会に憧れ、田舎を飛び出したと思われてもおかしくはない。

 しかし彼女には、同じ街に暮らす仲睦まじい婚約者が居るそうで、それは少々考えにくいとのことだった。


 娘が突然姿を消した時期と、盗賊団が現れた時期が近い。

 となれば予想できるモノなど一つしかあるまい。

 娘が盗賊連中に捕まっている可能性が高い以上、もし本当にそうであれば是が非でも助け出さねばならない。

 これも勿論、名を騙られたイェルド傭兵団のイメージ回復のためだ。


 なので面倒であっても小屋に火を放ったり、共和国軍の補給部隊を攻撃した時のように、遠距離からふっ飛ばすという訳にはいかない。

 連中を捕まえて締め上げ、他の拠点に関する情報を吐かせるという目的もあるのだから。




 どうしたものかと考えつつも、見張りに見つからぬよう慎重に小屋へと近づき、少しだけ小高い場所を確保。

 白い毛並みの防寒着を目深にかぶり、雪へと同化しつつ、眼下に盗賊の潜んでいる小屋を見下ろす。



「少しだけ様子を見るか……」



 目の前に建つ小屋の中に、本当に行方不明となった娘が居るとは限らない。

 しかし万が一という事もある。ここはやはり慎重に行動するに越したことはないだろう。

 幸いにも切羽詰った時間制限が有る訳ではないので、その点だけは救いであった。







 力場で身体を覆っているとはいえ、ジッとしていれば流石に寒さが堪える気がする。

 僅かに小高い場所で小屋を監視して、早一時間と少々。

 僕は寒さに震えながら眼下の見張りを見下ろしていた。



「とりあえずは外の二人。その次に中に居るのをおびき出して順次対処、といったところか」


<それが無難であるかと。より安全策を取るべきでしょう>



 小声でエイダと確認を行う。

 一時間ちょっとの監視を行っている最中、見張りのしていた会話を盗み聞き、小屋の中には攫われた娘は居ないというのが確認できている。

 ただどうやら連中によって娘が攫われているのは確かなようで、こことはまた別の場所で監禁されているようであった。




 伏せて行っていた監視を止め、立ち上がり傾斜地をゆっくりと下りていく。

 もちろんまだ発見されるのは好ましくないため、堂々としたものではなく腰を低くして進んではいるのだが。


 そうやって見張りたちの視線から逃れつつ、雪景色に溶け込みながら接近。

 即座に制圧できる距離へと移動した。


 小さく呼吸を整え、踏み固められた雪の地面を蹴り肉薄。

 背を向けていた一人の肩口へと、肘を振り下ろした。

 ズシリという衝撃と共に声もなく白目を剥き、地面に崩れ落ちる盗賊の男。



「……ん?」



 ただならぬ気配を感じ取ったのだろうか、もう一人が怪訝そうな声と共にこちらへと振り返ろうとする。

 その声と同時に、僕は接近し鳩尾へと膝を叩き込む。

 僅かに漏れる空気と共に、その一人もまた同様に積もった雪へと倒れ行く。


 気絶させた二人の盗賊を見下ろし、ため息一つ。

 アッサリと沈黙させはしたが、やはり流石に元傭兵であっただけのことはある。

 二人目に倒した男の手は腰へと延び、差した中剣の柄を未だ握り締めていた。

 もう少し気絶させるのが遅ければ、声を上げ剣を抜いていたであろう光景が想像できる。


 いっそのこと斬ってしまえば楽であるのは確かなのだろう。

 しかし今回ばかりは、可能な限り連中を捕らえなければならない。

 何故ならば連中は、イェルド傭兵団の名を騙り方々で強盗などを行っている。

 なので僕等としては自らの名誉を回復するべく、それが偽者による仕業であると広く周知させなければならないからだ。

 そのためには盗賊団の連中を公の場へと引きずり出し、然るべき処罰を与える必要があった。


 まるで傭兵ではなく警察の真似事ではあるが、仕方があるまい。




 二人の見張りを気絶させた僕は、小屋の入り口側へと張り付き、耳を澄まして中の様子を窺う。

 漏れ聞こえる音からは、幸いにも外の異常を察知した気配はない。

 勝手に外へと出て来てくれれば面倒はないのだが、致し方あるまい。


 激しく扉を叩き、中へと異常があったことを知らせる。

 外の連中は小屋へと入るのに、いちいち合図などをしてはいなかった。

 そのせいかにわかに小屋の中が騒がしくなり、何事かと一人が荒々しく扉を開いて飛び出してきた。



「おい、どうした!?」



 外に立っていた二人とは異なり、随分と無警戒なまま飛び出してくる男。

 一歩外へと踏み出したそいつへと、鞘に収めたままの剣を軽く振るう。

 鞘の先端部分が顔面を払い、あえなく昏倒。仰向けとなって倒れた上半身のみが小屋へと残った。


 開かれた扉からは、中に居る男たちの呆気にとられた表情が見える。

 その表情を眺めつつ倒れた男を跨ぎ、小屋の中へと踏み込む。


 中へと入ると、中央に置かれたテーブルの上には幾枚ものカード。

 襲撃の可能性などこれっぽちも予想していなかったのか、暢気にカードゲームに勤しんでいたようだった。

 さっき飛び出してきた男と同様、どうにも無警戒というか咄嗟の事態に対処できていない。

 この様子であれば、団長が率いるイェルド傭兵団に立場を奪われたというのも納得がいく。

 外で警戒をしていた二人だけが、この中で例外であったという事なのだろうか。



「さて……、とりあえず必要な情報だけ吐いてもらえるかな?」



 未だ椅子に座ったまま唖然とし、カードを握る男たちへと、若干ダレ始めた精神に鞭打ち告げる。

 その時に至って、ようやく男たちはカードを床へと落とした。




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