糧のために
町長の話を聞いてみはしたが、秘密にしておきたい理由そのものは大したことではなかった。
曰く、野盗に脅されているのを他の大きな街に知られると、手を貸すフリをしてつけ入られるのだと。
この町が存在する大陸西部一帯では、複数の都市国家が集まって同盟を組み、強大な他国の侵略に対して抵抗を続けている。
しかしその実、裏では都市同士で常に主導権の握り合いを繰り広げているとのことだった。
ここはその中でも最少に近い部類の、国家と形容するのが憚られるような弱小都市であると言う。
ただ世情に疎い僕だから大した話ではないと思えるだけであって、彼らからしてみればそれこそ一大事と言えるものなのかもしれない。
「せめて追い払えるだけの傭兵が雇えればいいのですが……」
「その予算もないわけですね。野盗たちはどのくらいの数が居るんですか?」
「確認しただけで全てとは限りませんが、我々の知る限りでは八名ほどで」
思っていた以上に少ない。
たったそれだけの人数であれば、町の人たちが総出で掛かれば倒せるだろうに。
それは彼ら自身もわかっているに違いない。
ただ僕自身もまた同様だが、町の人たちはあくまでも戦いの素人に過ぎないのだ。
野盗たちがどのくらい強いかは知らないけれども、武器を持たない人たちにとっては到底刃向おうと思える相手ではないようだった。
多くの町には少数であっても兵士なり騎士なりが居るそうだが、この町に居るのは一般人によって組織された自警団のみ。
到底しっかりとした武器を持つ相手に対抗できるような戦力ではないということか。
「ところで、君は一人でこの町まで?」
町長が喋る言葉の間を縫うように、衣料品店の店主は唐突に口を開く。
家族や共にこの惑星へと落ちてきた人たちも今では全員居なくなり、生き残っているのは僕一人。
当然同行者もなく、流石にエイダはその中にカウントされないだろう。
「ええ、そうですが。……それが何か?」
「ここは他の町と距離も遠いから、余所から来る人も少ない。なのにこの物騒なご時世、護衛も付けずに一人で遠い所を来たのかと思ってな」
「そうだ! もしかして貴方は腕に覚えのある傭兵ではないのですか?」
町長は衣料品店の主人が発した言葉に、目を輝かせて問う。
そういえばエイダから得られた情報では、最も近い街でも六〇km以上離れている。
確かにかなりの距離があり、しかも街道すら整備されていないという。
各地を網羅するように警察が存在する訳でもなく、人の目が届かぬ土地も多いこの惑星だ。
言われてみればその行程を一人で来たというのは、少々不自然に思えなくはなかった。
だとすれば、僕が見かけに寄らぬ実力を持っていると考えてもおかしくはない。
「いえ、僕は傭兵ではありませんよ。ただの旅人で……」
「そんなご謙遜なさらないで下さい。傭兵ですら普通はなかなか、一人で行動しないと聞きます。まだお若いようですが、さぞや戦いの経験がお有りなのでは!?」
やたらと上機嫌となった様子で、テーブルに身を乗り出して詰め寄る。
町長は僕が戦う術を持っていると思い込んでしまったのか、こちらの話を聞くつもりすら無さそうだ。
ただその認識は間違ってはおらず、おそらく僕は彼らが想像する以上の戦闘能力を有している。
勿論、装置によって身体能力と思考速度を強化した場合に限る話ではあるけれど。
「これでこの町も安泰だ。なにとぞ、お頼みいたします!」
「違っ、ちょっと!?」
町長は僕の手をガッシリと握ると、ブンブンと振って何度も頼んだと言葉にする。
呆気にとられてハッキリとした否定の言葉を返せずにいると、町長はある程度のところで満足したのか、一方的に話を切り上げて酒場から出て行ってしまった。
ただ呆然としたまま椅子に座る僕は、完全に町長の姿が見えなくなったところでハッとする。
しっかりと断るために立ち上がり追いかけようとするも、すぐ横の席に衣料品店の店主が座ろうとしているのに気付き脚を止めた。
「すまないな、一旦思い込むと人の話を聞かない人でね。それにかなり臆病でもあるから、これで窮地を救われたと信じたいのかもしれん」
店主はため息交じりに言い、ドカリと椅子へ座る。
誰かに押し付けて解決を求めるというのは、心情としては理解できなくはない。
しかしそんな性格でどうやって町長という立場に選ばれたのだろうか。
「本当に無理だと思うなら、黙って町から出た方が良い。もちろん無理を言うのだから、その費用は出すさ。町長とも顔を合わせ辛いだろう?」
別に町長の押し付けた通りにする必要はない、と店主は告げる。
おまけに他の土地へ行くための費用も捻出してくれると言う。
押し付けてきた町長に関しての迷惑料も込みなのだろうが、面倒事を避けるという意味でもそこまで悪くはない条件だ。
「では……」
「だがもしも仮に、本当に君が戦える力を持っているのなら力を貸して欲しい」
「え? ちょっと待ってくださ――」
「あまり多くを出すのは難しいが、可能な限り報酬は用意する。そうだろ皆?」
速攻で断りを入れようとしていた僕へ、店主のおじさんは釘を差すかのようにキッパリとした言葉を放った。
出来るだけ報酬を準備すると言ったおじさんの近くには、いつの間にか他の客たちが周りに集まっており、その言葉に対して頷く。
決してこれが恫喝であるとは思わないが、ガタイの良い男たちに囲まれてはどうにも断り辛い。
林業や農業によって鍛えられたであろう男たちを見ると、この調子で野盗を取り囲めば恐れをなすんじゃないかという気がしなくはなかったが。
「野盗を討伐して、然るべき場所に連れて行けば報奨金も出る。倒すよう頼んだのはこちらだが、その報奨も全額そっちで構わん」
「そこまでして、構わないのですか?」
「問題はないだろう。このままじゃただでさえ人の少ない町から、逃げ出す奴が後を絶たなくなる。町そのものが滅ぶよりは遥かにマシってもんだ」
腕を組んで語る店主の表情は、どこか切羽詰ったものを感じる。
それは僕を囲む男たちや、酒場の人も同じだった。
「それにここまで黙って話を聞いたからには、一応は腕に覚えがあるんだろう? どうだ、やってみねぇか」
自信があるなら生かして捕らえればいいと、主人は挑発気味に告げる。
続けて言う言葉によると、どうやらその生死によっても報奨金の額が変わるようだった。
どちらにせよ僕は人を殺めるつもりなど毛頭なかったので、そこは当然ではあるのだけれど。
店主に挑発されたというのもあるが、この時点で僕は半ば、その提案を受けるのも悪くはないと思い始めていた。
身に着けた装置の力を借りてではあるが、どこまでやれるのかが知りたいという欲求。そしてこの先必要となるだろう金銭の確保。
その二つの理由に単純な好奇心などをプラスし、僕はその提案を受けるハードルをいつの間にか乗り越えようとしていたのだ。
『エイダ、この話受けてみようか』
<野盗を討伐すれば、女性からさぞ持て囃されるでしょうね>
『人聞きの悪い事を言うな。僕はただ純粋に、困ってる人を助けようとだな……』
<金銭に対する強い欲求を検知しました>
そこに関しては否定するつもりはない。
僕はこれまでこの星では、金銭のやり取りを必要とするような生活を送ってはこなかった。
しかし人里に出る以上、それが必要であるというのは流石に理解している。
金というものに対する欲求があったとしても、致し方のない事だろう。
「では何か、丁度良さそうな武器を貸していただけますか?」
「それはつまり……、受けてくれるのか?」
「正直、お金は欲しいですし。でも殺しはしませんよ、全員捕まえます」
悪党であるとは聞いたが、流石に人を殺めるのは抵抗がある。
僕自身は一応武器を持ってはいるが、本来の用途が工具であるとはいえそれはあまりにも強力。
あれを使っては絶対に人を死なせてしまうし、なによりも悪目立ちしてしまうはず。
「それで構わない。……すまんな」
衣料品店の主人は丁寧に頭を下げた。
そして周りの人たちも同様に頭深く下げる様子から、彼らがこれまで野盗による被害に悩まされ続けてきたのがよくわかる。
だが取り囲まれて頭を下げられる光景に、僕は爽快さどころかむしろ居心地の悪さを感じてしまう。
なんというか、まるで船のデータに残っていた、ニホンの古いギャングムービーにある光景のようだ。
<心拍数の上昇を検知。適切な医療機関への受診を推奨します>
『……そんなものあるわけないだろう』
若干の緊張により動悸を感じていた僕であったが、エイダのどこか抜けた進言に気が抜け、肩を落とす破目となっていた。