枷 01
柔らかい陽射しの射し込む、山間の森に建つ一軒の掘っ建て小屋。
その中で僕は無言のまま、ソレに対し一度二度と、硬いブーツのつま先を乱雑に打ち込む。
足を振る度、何かに塞がれ逃げ場のないくぐもった音が漏れ、僕の股関節に鈍い衝撃が奔る。
僅かに首を傾げ、その場へとしゃがみ込んで一言を口にする。
しばし待てどもソレからは思ったような反応を期待できず、一つため息衝いた僕は、次にブーツの足裏をジワリとねじ込んだ。
少しだけ柔らかい肉の弾力と、硬いモノが軋む感触。
ブーツの裏に刻まれた滑り止めの微かな凹凸が、ソレの表面を削っていく。
そんな嫌な感触を得ながら、僕は再度足元の塊に対して声を投げかけた。
「そろそろ観念してくれないと、次はこいつを使う破目になるんだけど」
手には人差し指程の長さをした、ごく小さな刃物。
銀色に鈍く艶めくそれを、足元へと転がる塊。手足を縛った男へと向けた。
刃物を見せるや否や、猿轡をした男はこれまでの反抗的な態度を一変、首を縦へと振る。
下手に大振りな凶器を用意するよりは、こういった細やかな作業に向いた物の方が、より現実味を感じるのであろうか。
「よろしい。じゃあもう一度だけ喋らせてあげるよ」
そう言って僕は男の顔に巻かれた猿轡の端に手を掛け、止めた。
逡巡して一度手を引き、思い直して男の髪を掴み持ち上げる。
激痛に苦悶する男の頭を引き寄せ、静かな口調で短い忠告を発す。
「だがまたさっきみたいな悪態をついたら、次はどうなるかを理解しているな?」
恐怖感をあおるように、頬に刃物の腹を当てる。
外気によって冷えた冷たい金属の感触に、男は背筋を震わせた。
「理解してくれたようで嬉しいよ。さあ、それじゃ話してもらおうかな」
頬に当てられたナイフで自らが傷付くのも厭わず、男は懸命に肯定し頷こうとする。
それを見た僕はわざとらしい笑顔を浮かべると、ナイフを退かして荒々しく男から手を離す。
目は激しく充血し、恐怖からか瞳孔の開ききった男を見下ろしながら、僕は内心で嘆息した。
今想うのは、どうして僕がこんな真似をしているのだろうかということだ。
当然のことながら、趣味でこんな事をしているなど有り得ない。
これはあくまでも団の、傭兵としての仕事の一環。
ただし今現在行っている行為は、他者からの依頼を受けてのものではない。
傭兵団の事情により、団長直々の指示で行っているものだった。
▽
時刻は丁度昼頃。
この日僕等は数日間に及ぶ任務の後、一日だけの休暇を得、久々の休みに羽を伸ばしていた。
なので本来ならばチームの皆と、家で食事を摂っているであろう時間帯。
であるにも関わらず僕は何故か、傭兵団専用の酒場である"駄馬の安息小屋"の最奥に在る部屋へとやって来ている。
僕がそんな長閑な時間にどうしてここに居るかというと、わざわざ我が家へと姿を見せたヘイゼルさんの指示で、僕一人だけがこの場へと向かわされたためだ。
事情もよくわからぬまま、何事であろうかと指定された部屋へと向かう。
そして向かった先の部屋で待ち受けていたのは、意外なことにホムラ団長であった。
団長と会うのは、これで二回目。
ヴィオレッタと団長のする食事に同席させられ……、もとい、同席させて頂いた時以来だ。
その団長は会うなり開口一番、思いもよらぬ言葉を発す。
「確かデナムでは、君一人で補給部隊を攻撃したのだったか?」
挨拶すら省略し、団長から唐突に飛んでくる質問。
部屋へと入った僕の目の前で、団長は壁へと背を預け腕を組んでいる。
唐突な問いに対し、僕は瞬間混乱を覚える。
しかし問われたのは間違いなく、僕等がウォルトンへと向かい、デナム側の騎士隊と対峙していた時の事だ。
あの時僕等は斥候役としてデナムへと偵察を行った。
ただその後は皆と別れ、途中から一人で行動して共和国軍の脚を遅らせるべく、後方の補給部隊を攻撃した。
「ええ……、そうですが」
「一人で突っ込んで、この惑星の水準では過剰と言える装備により大量の敵兵を薙ぎ倒し、殺戮を行ったと」
「いえ、殺戮とまでは……。ちょっと補給物資を燃やそうとしたら、思いのほか威力が……」
詰め寄らんばかりの真剣な表情で問う団長の視線。
胸を張って人を見下ろす仕草もではあるが、やはりこう言うところは親子だ。ヴィオレッタとよく似ている。
そんなよく似た鋭い視線から、気まずさに顔を逸らし、しどろもどろに答える。
というかどうしてそんな話を知っているのだろうか。
あの時デクスター隊長にした報告では、共和国軍が運んでいる荷に火を放ったとしか言っていないはずなのだが。
まさかとは思うが団長もまた僕と同じく、エイダのような情報を収集する手段を持っているのだろうか。
ただ彼の正体を考えれば、それも決して在り得ない話ではない。
「いずれにせよ、大勢を相手にして戦う術を持ってはいるのだろう? 今手元にはどんな武器が有る」
有無を言わさず問うてくる団長の言葉。
僕はそれに抗う術もなく、どうしてそんなことをと疑問を抱く暇さえ与えられず、洗いざらいを吐かされる。
主に僕が持っている二つの武器というか工具と、ブレスレット型の身体能力を向上させる装備。
ついでに置いてきた航宙船に積まれたAIであるエイダの存在や、打ち上げた衛星から得られる情報収集能力なども。
「素晴らしいな。ある意味で君の持つ装備は、私よりも恵まれているかもしれない」
「そうでしょうか……? 団長の持つ装備は僕のと違って、完全な軍用ですし……」
「だが私の場合は衛星を持ってはいなかったからな。情報を収集する術を持っているというのは、かなりの強みだよ」
満足がいったような表情を浮かべる団長。
それにしてもそんな内容を聞き出して、いったいどうしようというのだろうか。
よもや僕の持つそれらを寄越せなどとは言うまいが、なにやら嫌な予感がしてならない。
「ならば……、やはりこの役目は君が適任だろう」
頷いてしばし黙って考えを巡らせていたであろう団長は、そう言って僕に椅子を勧めた。
とりあえずその言葉に従って、部屋の中央へと置かれた簡素な椅子へと座る。
小さな丸テーブルを挟み差し向かって座る団長は、ゴソゴソと足元に置かれた自身の鞄を漁る。
そうして団長は鞄から、書類と見られる束を取り出しテーブルへと置いた。
よく見れば、それは紙の束。
こちらでも紙という存在があるにはあるが、非常に高価であるためまず使われることはない。
「ここから先はあまり人に聞かれては困るのでね、"あちら"の言葉で話させてもらうよ。君にはどちらでも同じように聞こえるだろうが」
一体どんな内容を話そうというのか、団長は紙束を掴みそれを捲りながら、地球圏の言語で会話を進めると告げる。
ただ彼も言う通り、僕はエイダによって言語が翻訳されて聞こえているため、今の団長がどちらで話したのかすらわからないのだが。
頷いて了承を示すと、団長は静かな調子で口を開く。
「近々団の中から幾らかの人数を選抜し、とある任務を与えるつもりだ。君にはそれに参加してもらいたい」
自分にはよくわからないが、おそらくは地球圏の言語で話しているであろう団長。
その口から語られたのは、少々具体性を欠く内容だった。
どういった任務であり、何を求めているのかが定かではない。
しかし団長は、団内から人員を選抜すると言った。
それはつまり困難な内容であり、ある程度の実力が必要であるということなのだろう。
あるいは多人数で動いては、不都合の生じてしまう内容か。
「これはどこかから持ち込まれた依頼ではない。団が独自の理由によって行う作戦だ」
「……それはいったい」
他者によって依頼された任務ではないと言う。
それはつまり報酬が発生しないということに他ならないのだが、どうしてそのような事をするのか。
傭兵団が商売として武力を行使する組織である以上、それを行う唯一にして無二の理由は金銭であるはずだ。
であるにも拘らず、金銭を得られぬいわばタダ働きをするというのは、些か首を傾げざるを得ない。
「半年近く前からだが、我が傭兵団を騙った輩が出没しているというのが確認されている。連中は標的に近づき、割安で依頼を請け負おうとしているらしい」
「詐欺師……、ということでしょうか?」
「いや、連中は受けた依頼者や町村を襲って金品を奪うという、盗賊の真似事をしているようだ。具体的には護衛の道中で、いきなり襲われたりだな」
つまり連中はイェルド傭兵団に成りすまし、途中で正体を現して依頼主から根こそぎ奪い取るということか。
なるほど確かに、それはこっちにとってはたまったものではない。
名を騙っている以上、そんな事を続けられてはこっちの印象まで悪化しかねない。
場合によっては、傭兵団に依頼する正規の窓口でさえ疑いの目で見られかねないのだから。
「どうして今まで静観していたのですか?」
「これまでは然程大規模には活動していなかったため、どうしても後回しになっていたのだ。だが最近になって随分と行動が派手になってきたようだ。人数も四十や五十では効かないようで、到底騎士団の手におえる相手ではない」
テーブルに肘を付き、団長は静かに語る。
これまでは情報を掴みつつも、北方や共和国との国境がゴタついていたため、戦力的にもなかなか行動に移せずいたらしい。
おまけに本来そういったものは、近隣都市の統治者などから依頼され、初めて行動を起こせるものだ。
それすら無くては、傭兵団としては歯がゆい思いをしつつも動けなかったのだと。
「統治者連中も、放っておけば我らが自ら刈り取ってくれると考えているのか、一切そういった依頼を出す素振りはない。そこで癪ではあるが、思惑通り我らが自主的にやるしかなくなった。ようやく一定の戦力を投入できるようになったしな」
ため息と共に告げる団長の表情は、少々苦々しげだ。
他国からの侵略行為であれば、傭兵団はほぼ自動的に戦線へ向かい戦う。
それは同盟内に存在する都市国家が互いに金銭を出し合い、傭兵団に防衛を委託しているためだ。
しかし今回のように、他国ではなく内で起こった騒動であれば、それとは別に個別で依頼をしなくてはならない。
例えばラッシュフォートであったような、反体制勢力の掃討などだ。
当然その際には別途依頼料が発生する。
何処の土地で起こっている事態かは知らないが、その地を治める統治者は金を惜しんだということのようだった。
「推測ではあるが、おそらくその盗賊連中は傭兵崩れだ」
推測といいつつも、半ば断定的な口調で告げる団長。
どういう理由であるかは定かでないが、確信を持って言っているようなので、おそらくはそうなのだろう。
それに僕がこれまで遭遇してきた野盗などもそうだが、廃業した傭兵がそういった集団に身をやつす例というのは少なくない。
「以前にも似たような状況が起きてな。その時はこの傭兵団が規模を拡大していた時期で、それによって戦場を追われた者たちだった。逆恨みだな」
「それは恨んでいるでしょうね」
「しかしそんなのは"あちら"でも同じことさ。言わば企業間の競争で敗れたに過ぎん」
防備のほとんどを委託し、傭兵に多くの需要がある同盟とはいえ、予算の都合上ある程度雇える数には限りがある。
なので払う金銭と比較し、より高い質を持つ者を求めるというのは当然。
いわばコストパフォーマンスの問題だ。
現在のイェルド傭兵団は他の傭兵団と比較しても、一人当たりにかなり高額な依頼料が発生する。
ただその代わり団員の質は高く、他の傭兵団が一〇〇の人数で行うところを八〇程度の人数で行ってしまうため、結果として安いと評されたりもする。
それによって戦場から弾き出された、他の傭兵団がその正体であると団長は考えているようだった。
「元は同業だ、多少思うところが無いではない。だが現実として被害に遭う者が居て、こちらにも悪評が広がりかねない事態を見過ごせん」
自分たちが追い出した相手である以上、やはりそこには何がしかの感傷が有るようだ。
しかし悪意を持って名を騙っているのであれば、こちらに対し戦闘を仕掛けてきているに等しい。
「ただあまり大規模な編成で向かっても、気取られ逃げられるだけだろう。それに他にも抱えている依頼はいくつもある。なので後方支援込みだが、必要最低限の人員で奴等を壊滅させる」
「了解しました。こちらのチームからは僕だけですか?」
「いや、君のチームからは基本的に全員参加してもらうつもりだ。もちろんヴィオレッタもな」
こうやってわざわざ一人だけ呼び出したのだ。
選抜するという言葉もあり、僕だけでやってこいと言うのかと考えた。
しかしどうやらそうではなく、一応ヴィオレッタを含むチームの皆が行かされるようだ。
これも協力して評価を上げていったおかげと言えるだろうか。
もっとも、ケイリーは最近行った任務によって負傷しており、現在は療養中。
なので彼女だけは置いていく破目となるのだろうけれど。




