同胞 05
それにしても、これで幾分か抱えていた疑問に納得がいった。
傭兵となってまだ一年も経たぬ僕が、ここまで方々に走らされ重要な役割を任されていたこと。
そしてヴィオレッタを預かり、後ろ暗い任務に就かされたこと。
それらの理由がまさにここにあったのだと。
「私が君に対して、ヴィオレッタに丁度良い、相応しいと言った意味を理解してもらえたかね?」
「……十分に」
「自画自賛であるのを承知で言えば、イェルド傭兵団は私の戦闘能力や、この惑星の水準を越えた知識などを元として成長した。故にただの人では、私の後任を務めるのは難しい。それはヴィオレッタであっても同じ。……いや、彼女では尚更だろうな」
ホムラ団長の言わんとすることはなんとなく理解できる。
僕自身の直面する状況に関しても、似たようなものが言えるのだから。
自身が持つ異星の装備により身体能力を強化したことで、僕は戦闘において他者よりもかなりの優位性を保てている。
その上でエイダの補助を受け、高空に在る衛星からの情報を得ているおかげで、多くの事態に対し未然に対処が出来ていた。
それ等があってこそ、皆からチームのリーダーとして認められているのだから。
「いずれは私の威光も弱まり、団がバラバラになる時が来るやもしれん。その前に強烈な成果を残した後任を指名したいと考えるのは自然だろう?」
「ですが団長の権威が衰えるには、まだまだ早いと思うのですが」
「そんなことはないさ。現に私が老成していくにつれ、団が弱体化すると考えている者も少なくはない。ベテランたちはともかくとして、若手の中には独立を目論む者も居るはずだ」
それも摂理だ、とホムラ団長は達観した様子で呟く。
団長にとってそれは、あまり好ましい事態でないのは言うまでもない。
ほぼ西方都市国家同盟内でのモノではあるが、傭兵という稼業に置けるイェルド傭兵団が占めるシェアは、全体の半分近くを占めると見られる。
そんな大きくなった組織を維持していこうと考えれば、人望があるだけの人では不可能だという事か。
人間性というのも大事なのだろう。
しかし傭兵という稼業の特性からして、何よりも人を惹きつけるのはその時点での強さなのだ。
「私自身は、まだまだ十分にやれるつもりだがね。ただやはりいずれは後進に座を譲る日が来る。その時が来れば、同胞である君に任せたいと考える」
「ですが僕は、もし仮に救助が来たとしたら、そのまま帰ってしまうかもしれない。そんな人間が団長にというのは……」
僕は真っ直ぐにこちらを見つめる団長に、しどろもどろになりつつも言い訳めいて言う。
一応ではあるが、未だに高空に飛ばした衛星を介し、救難信号の発信だけは続けているのだ。
もしこの惑星の外で行われている睨み合いが収まれば、救助される可能性だって無いわけではない。
しかしそう言った僕に対し、団長は軽い調子で言い放った。
「もしそうなったら、その時には君の子でも置いていってもらえばいい。私の血を継いだヴィオレッタと次代の団長との間に儲けた子であれば、それなりのシンボルにはなれよう。この惑星でも、ある種の血統による信仰は存在するからね」
我が子を置いていけなどと、平然と言い放つ団長。
その言葉に僕は唖然とするしかなかった。
やはりこの人からは、どこか異質な思考が感じられてならない。
ただ彼の言によれば、僕からは同類の臭いが漂っているとのことなのだけれど。
その後も返答を迫る団長に対し、ヴィオレッタの意志を尊重せぬ訳にはいかないと、僕は断りを入れ続けた。
僕自身は決して彼女を嫌ってなどいないのだが、こればかりは女性側の意志というものを最も尊重せねばなるまい。
しかし一歩も引かぬ団長は、続きは次の機会にでも話そうと締めた。
「まあ、とりあえずは君を婚約者という立場にしておくから、覚悟だけはしておいてくれ。色よい返事を期待しているよ」
そう言って団長は立ち上がり僕の側へと近寄ると、軽く背を叩き扉へと向かう。
覚悟しておけときたものだ。もう逃げられないぞと言われた気がして、なんと反応してよいものやら。
肩越しに手をヒラヒラと舞わせる団長の姿を視線で追い、僕もまた立ち上がろうとした。
すると彼はこちらへと振り返り、ニカリと笑みを浮かべて告げる。
「そうだ、一つ言い忘れていた。ヴィオレッタを受け入れてくれるかは置いておくとして、これから君には次期団長候補として、色々と動いてもらうことになる。私から直に指示を出す機会も増えるだろう」
それだけ告げると、ホムラ団長は「また会おう」とだけ良い扉の向こうへと消えていく。
僕はただその後ろ姿と、小さな音を立てて閉められる扉を目にしながら呆然とするしかなかった。
<結婚、するのですか?>
「……僕に聞かないでくれ」
暢気な調子で問うエイダの声に、僕は僅かな頭痛を感じ始めていた。
▽
僕は団長との会話を終えた後、冷たい空気の吹き荒ぶ通りを一人歩いていた。
途中で路地裏への道を何本も通り過ぎる。
家に帰る為にはどちらにせよそこを通らねばならないのだが、このまま直で帰るという気になれずにいた。
単純にそのまま真っ直ぐに帰り、マーカスやケイリーに根掘り葉掘り聞かれるのを避けたいというのもある。
ただ今は一人で、告げられた内容を整理したいという思いがあったのだ。
どこかの店に入ってゆっくり考えたいと思いはするものの、やはり深夜になるにつれ一部の遅くまで開けている酒場以外、店じまいを終えてしまったようだ。
なかなかこれといった店を見つけられず、ただ通りを延々と歩くばかり。
駄馬の安息小屋に行くという手はあるのだが、あちらはあちらでヘイゼルさんにからかわれるのがオチだ。
「ここでいいか」
丁度良さそうな店も見つからないので、とりあえず閉める間近といった空気をした一軒の酒場へと入り込む。
店に入り申し訳なく店主の顔色を窺うが、この日最後にもう少しでも客を入れたいと考えたのか、店主は迷惑そうな様子も見せず笑顔を浮かべてくれた。
店主の表情と暖められた店内の気温にホッとし、上着を脱ぎながら手近なテーブルへと向かおうとする。
すると視線の先。隅に置かれたテーブルで、一人の人物がカップを手に呆と壁を眺めているのに気が付いた。
「何してるんだ、こんな所で」
「ん……? ああ、終わったのか」
若干の呆れを込めた僕の問いに答えたのは、先に帰っていたはずのヴィオレッタ。
どういう訳か彼女もまた家へと帰らず、この店で時間を潰していたようだった。
勿論僕は彼女がここに居ることなどつゆ知らず、遭遇したのはあくまでも偶然にすぎない。
「少々戻り辛くてな。今帰れば確実にマーカスが何か言ってくるだろう」
手にした温かい茶で暖を取りながら、ヴィオレッタは困ったように呟く。
どうやら彼女もまた僕と同じで、帰ってからあれこれ聞かれるのを避けようとしたようだった。
ただあまり二人揃って帰りが遅くなると、逆に要らぬ勘繰りをされると思うのだが……。
僕は黙って彼女の向かいへと座ると、店主に軽い肴と酒を頼む。
座ったはいいものの、これといって話す事も思い浮ばず、ただ黙ったままで注文した物が来るのを待った。
店主が静かに酒と肴を置いて離れた後、不意に感じる視線。
そちらを見やると、ヴィオレッタが僕へとジトリとした目を向けていた。
何か話したい事でもあるのだろうかと問うと、彼女は勝手に僕の頼んだ干し肉へと手を伸ばし、口へ入れて咀嚼しながら呟く。
「どうせ団長から言われたのだろう」
「……なにがだ?」
責めるような口調で、身を寄せ問い詰めるヴィオレッタ。
その剣幕に押され、椅子に座ったまま僅かに身を仰け反る。
「とぼけるな。団長のことだ、きっと私の婿にならぬかと言ったのだろう? その程度、考えるまでもなくわかる」
想像以上に勘が働くというか、彼女は僕が一人残された時点で、何を話すつもりであるのか察していたようだった。
ただここまで彼女がしてきた話を思えば、団長と二人だけになった時点で想像する事など一つだろう。
わざわざ娘であるヴィオレッタを、先に帰そうとしたのだから。
「まぁ、確かにそういった話はされたよ」
「まさか受けたのではあるまいな!?」
「一応は断ったから。ただ強制的に婚約者って扱いにはされたみたいだけれど」
立ち上がり掴みかかる勢いを見せるヴィオレッタの様子に、酒場の店主が一瞬だけ狼狽する様子を見せる。
しかし親しい者同士のそれであると理解したのか、すぐさまホッとした表情を浮かべ、店の奥へと引っ込んだ。
あまり周囲を困惑させる行動は勘弁してもらいたいのだが、考えてみれば彼女からしてみれば己が一大事。
決して恋愛感情を抱いていないであろう相手と、いきなり結婚させられそうともなれば、慌てるのも当然と言えば当然か。
「そうか。婚約者というのは聞き捨てならんが、ちゃんと断ってはくれたのだな」
「勿論だよ。安心した?」
「そうだな。だが断るのもそれはそれで腹が立つ。まるで私に何の魅力もないみたいではないか」
何にせよ腹が立つのか、ヴィオレッタは立ったままこちらを睨みつける。
その余りに不条理に過ぎる物言いに、僕は呆れ肩を落とすしかなかった。
ならばいったい僕にどうしろというのだろうか……。
ひとしきり難癖めいた不満を呟いていたヴィオレッタは、ふぅとひと息衝いて椅子へと座り直しテーブルへと頬杖着く。
見るからに疲れたというよりも、勘弁して欲しいという想いが現れているようだ。
「しばらくはせっつかれ続けるだろうな。覚悟しておくといい」
「明日には忘れてる……、なんてことはないんだろうね」
「あれで団長は狙いを定めた物には執着する性質でな。欲しい人材が居れば、首を縦に振るまで説得を続ける。おそらく私の婿探しに関しても同様だろうよ」
深いため息。
以前にも似たような状況があったのだろうか。彼女は団長がするであろう行動に、辟易した様子を見せた。
「アルフレートのドコを気に入ったのかは知らんが、余程の事が無い限り、団長は意志を曲げんぞ」
「それは……、困ったもんだ」
僕が気に入られた理由など明らかだ。
何せ僕と団長は、広い意味では同郷の出であったのだから。
こんな宇宙の片隅に在る辺境惑星の中で出会えば、見知らぬ地球出身者というだけでも親しい気がするのも致し方があるまい。
その気持ちは若干と言わず、僕にも理解ができる。
僕以外に同郷の者は居ないはずなので、そういう意味では執着から逃げられそうにもない。
それにしても、この様子だとやはりヴィオレッタはホムラ団長の正体についてを知らないようだ。
というよりも自分の父親が、惑星の外から来たいわゆる異星人であるなどと言われても、信じる事などできまい。
そもそもこの惑星の住人にとっては、異星人という概念すら理解が及ばないものなのだから。
「困ったのは私の方だ。まだそんな年齢でもあるまいに」
「だけど団長は、このくらいの年齢での結婚は珍しくないって言ってたけど」
「どこのお貴族の話だ。そんなのは都市の統治者層が、政略結婚で娘を出す時くらいのものだろう。……傭兵団団長の娘とはいえ、私などはただの一般人に過ぎん」
やはり聞かれて不都合のあるせいか、ヴィオレッタは途中から声を潜める。
団長は社会通念であるかのごとく言っていたが、彼女の言ではどうやらそうではないらしい。
これは彼の口車に乗せられかけたと考えていいのだろうか。
「何にせよ、私にとってアルフレートはあくまでもチームの仲間に過ぎん。断じて団長の決めた婚約者などではない、それだけは理解していてもらおうか」
「わかった、肝に銘じておく」
キッパリと言い切るヴィオレッタに、厄介毎に引きずり込まれたものだと辟易しながら了解の意を示す。
しかし僕はそれと同時に、彼女が告げた言葉に頬が緩む想いがした。
意識してかどうかは定かでないが、彼女は僕に対して、チームの仲間であると言い切ったのだ。
それが少しだけ、嬉しかった。
あとは名前を愛称で呼んでくれれば言う事はないのだが、それは追々でいいだろう。
そんな事を考えていると、彼女はニヤニヤとする僕の表情に気付いたようだ。
怪訝そうな顔をして問い詰める。
「……なんだ?」
「いや、一応僕に対しても仲間だと思ってくれているんだなってね」
それだけ言うと、ヴィオレッタは自身が口走ったものを思い出したようだ。
僅かに頬を染め、フイと余所を向いてしまう。
僕にはその恥じらう姿が可愛らしく思え、今この瞬間に関して言えば、団長の申し出も悪いものではないと思えてならなかった。
本当にこれはハイファンタジー枠でいいのか悩む今日この頃。




