同胞 04
「そこでだ、アルフレート。君はヴィオレッタを娶る気はないかね?」
耳元で呟いた団長の言葉を、僕はその瞬間理解できずにいた。
何を言っているのかわからないのではない。
ヴィオレッタが団長に向かないという内容から、話が飛躍しすぎているのではないかと思ったのだ。
「……またまた、ご冗談を」
「冗談? 私は半ば本気なのだがね。そこまで大きく歳も離れてはおらんし、あの小生意気な娘にしては気を許しているようだ。私には娘に丁度良い相手であると思うのだが」
団長は娘であるヴィオレッタとそっくりな、胸を張った姿勢で器用に僕を見下ろす。
この辺りは流石に親子といったところか。
彼の表情は愉快さの中にも真剣さが同居しており、それが本気で言っていると知るのは容易だった。
それにしても、あれで気を許していると言っていいのだろうかと思いはするが、父親である団長にはそう見えるようだ。
しかしだからといって、いきなり娘の婿になどと言う親がどこに居るというのか。
……実際目の前に居るのだが。
「君の気が向くのであれば、式は近い内でも構わない。私は歓迎しよう」
「ぼ、僕よりも相応しい人が居るのでは? それに彼女はまだ若いですし……。十四でしたか、まだそういうのは早いように思えますが」
正直こういった面に関しての僕が持つ感覚は、この星に暮らす人とは異なる。
幼少期に生まれ育った外の世界での常識が強く、一年以上をこちらの人里で暮らしても、なお染まる事の出来ずにいる部分の一つだった。
そもそも僕自身に関してもそうだが、何より彼女自身の意志を無視して話を進めていいものでもあるまい。
「相応しい相手と言うのであれば、私は君こそがそうであると思うのだがな。年齢についてもそこまで気にする必要もないだろう。十四~五で婚姻すると言うのも、この惑星ではさして珍しくもない」
「それはそうだと思うのですが……」
だからと言ってそんな勝手に決めるというのは如何なものだろうか。
今でこそ顔を会わせるのも不愉快とまでの嫌われ方はしていないが、それでもやはり良い顔はしないはずだ。
何よりも婿を迎えるという行為を、嫌がっていると彼女自身が言っていたのだから。
と、そこまで考えた所で僕は一つの違和感を覚えた。
急にこんなことを提案する思考はともかくとして、団長の言っている言葉そのものは、そこまでおかしなものではない。
であるにも拘らず、彼の言葉には決定的に不可解なモノが含まれているように思えたのだ。
<アルフレート。再度よろしいですか?>
『なんだ? 後にしてくれないか、今はそれどころじゃ……』
つい先ほど制止したばかりのエイダだが、どうしても僕に対してモノ申したい事があるようだ。
不可解に思う原因を探ろうとしていた僕に、前よりも強い調子で語る。
<いいえ、やはり言わせてもらいます。アルフレートは気付いていないかもしれませんが、今現在目の前に居る人物が話している言葉。それは地球圏の統一言語です>
『……どういうことだ?』
<今現在、私は彼の言葉を翻訳していません。今アルフレートが理解している言語は、彼がそのまま発しているモノであるということです>
淡々と告げるエイダが話す内容に、僕はハッとして団長を見やる。
すると彼はニコリと笑顔のままでこちらを見続けていた。
いや、むしろその表情は笑顔というよりも何かを見透かしたような、「ようやく理解したか」と言わんばかりのものに見えた。
エイダの言葉を受け、先ほど感じた違和感の正体に今更ながら気が付く。
彼はこう言ったではないか、「十四~五で婚姻すると言うのは、この惑星では珍しくもない」と。
今いる星に住む住人たちの中で、自分たちの住むこの地が惑星であると認識する者はまず居ない。
勿論宇宙という概念すら知るはずもなく、空に浮かぶ天体がどういうものであるかも同様。
この地を惑星と言い表わすためには、相応の高い教育や知識というものが必要になるのだ。
「貴方は……、いったい何者ですか」
息を呑み、駆け引きも何もなく問う。
あまりの唐突な事態に、僕はただ眼前に立つ人物の真意や正体を測りかねていた。
だが考えてみればその正体など考えるまでもない。
有りうる可能性としては、ただ一つだけだ。
「何者であるかと言われてもな。ヴィオレッタの父親で、イェルド傭兵団の団長。これで不服かな?」
「そういう事ではなく……」
「わかっているさ。ちょっとからかっただけだ」
団長は肩を竦め、くつくつと笑う。
彼は今更隠すつもりなどないようだ。自身がこの惑星の人間ではなく、地球圏国家の出であると。
先ほどはヴィオレッタを娶る云々という話をしていたが、実のところ本題はそこではなく、ここにあったのではないだろうか。
「翻訳に頼り切っていたせいで、私が地球圏の言語で話していたのに気付かなかったのだろう?」
「……その通りです。僕が乗ってきた航宙船とリンクして、翻訳された音声が脳に伝わるようになっています」
「やはりな、どうりで気付かぬわけだ。途中から向こうの言葉で話しても平然と会話を続けるもので、どういうことかと訝しんだぞ」
どのタイミングで話す言語を変えたのかと思えば、僕に対して自身を異常者と考えているのかと問うた時点であった。
思い返してみれば、その時の団長は少々悪戯めいた表情をしていたようにも思える。
その後団長は一旦席へと着き、自身の身の上話を始めた。
話をきいてみれば、やはり彼は地球圏の出身であるとのことだった。
どうやら団長は今の僕より少し上な年齢の頃にこの惑星へと辿り着いたようだ。
元々は地球圏のある国家に属する軍人であったそうなのだが、秘密裏に行っていた作戦の最中に乗っていた航宙船が、所属不明の勢力と遭遇し交戦。
墜落し今に至るとのことだった。
助けは来なかったのかと問うも、そもそもが軍内部でも極秘に行われていた任務であったため、救出部隊に期待することも出来ぬと。
今更守秘義務もないだろうにとは思うが、どんな内容であるかは教えてもらえなかったが。
それにしても聞けば聞くほどに、僕とよく似た境遇であると思える。
ただ僕は軍人ではない上に、戦場から逃れてきた避難民であるため、その点が大きく違うけれども。
「幸いと言って良いのか、軍属だったが故に装備ばかりは充実していてね。戦いや言語には不自由しなかったよ。君と同じで最初は翻訳をAIに任せてね。今ではこちらの言葉も完璧に覚えたが」
ヴィオレッタは確か、団長は最初フリーで活動しており、方々で活躍を続けたと言っていた。
まさかそれを成せた理由が、僕と同じく異星の装備によるものであるとは思いもよらなかった。
しかも彼が保持していたのは軍事用のそれ。
例え製造時期が僕の持つ物よりかなり前のモノであるとしても、その性能は比較にならないだろう。
今ではもうほとんど使う機会もなく、倉庫の肥やしになっていると告げられる。
「ここに来てからもう二十年近くが経つ。今さら助けも期待出来ぬし、こちらで家族も出来た。元々向こうに家族が居ない身だ、もし救助が来たとしても私は残るだろうな」
帰りたいとは思わないのかと問うた僕の言葉に、団長はカラカラと笑う。
なるほど、あちら側に残してきた関わりがない以上、あまり未練というものもないらしい。
ただ同じようにこの惑星で遭難した僕に対し、自身の娘をあてがおうと言うのだから、僕も同様の立場に引きずり込もうとしているに等しいと思うのだが。
彼の話を聞きつつ、僕は緊張を解き息を吐く。
団長が惑星外から来たのは理解した。どうして一人で巨大な傭兵団を率いるに至れたのかも。
だがこの件に関して一つ聞いておきたいことがある。
何故僕が団長と同じく、異星から辿り着いた漂流者であると気付いたのかを。
これまで僕と団長はこれといった接点もなく、それを察するための関わりが無さすぎるからだ。
おそらくはヴィオレッタを僕等のチームへあてがったのも、これを知ったうえでの判断であるに違いない。
であるならば、今この場で初めて気付いたというのは有り得ないはず。
「……いつから気付いていたのですか?」
対面する席で腕を組み、若干懐かしそうにする団長へと、おずおずと問う。
すると彼は少々申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「半ば確信したのはデナムでの活躍をデクスターに聞いて以降だが、存在を知り興味を持ったのは君が傭兵団に……、というよりも訓練キャンプに入ってきてすぐだな」
「そんなに前からですか? でもどうやって……」
「訓練キャンプの教官で、エイブラムというのが居ただろう? 彼から届いた便りに、『新しく入ってきた候補生に、昔の団長にそっくりなのが居る』と書いてあってね。彼とは団を結成した初期からの、長い付き合いなんだ」
聞かされた名は意外なものであった。
ヴィオレッタを除くチームの全員が出た、イェルド傭兵団の訓練キャンプ。
そこに居た教官が団長と個人的に親しく、話が伝わっていたとは。
というより、そもそもは彼こそが僕を傭兵の道へと引き込んだ張本人だ。
どうやらエイブラム教官と最初に会った時に見せた動きなど、団長の若かりし頃とよく似たものがあったようだ。
勿論偶然の産物であるのは間違いない。
しかし僕は、そこに何かしらの因縁めいたものを感じずにはいられなかった。