同胞 03
互いに自己紹介も終えテーブルに着いた後、先ほどの店員によって順次食事が運ばれてきた。
最初に食前酒、次いで前菜。そして魚や肉、などが順に運ばれてくるという、いわゆるコース料理。
内陸部であるラトリッジは魚が貴重であるため、おそらくは川魚なのだろう。
しかし臭みといったものは一切なく、そのどれもが温かいままで運ばれ、味付けは丁寧というか複雑。
あまりこういった豪勢な料理に馴染が無いのだが、これがかなり贅を尽くした料理であるのは想像に難くなかった。
団長は気にせずどんどん食べるように勧めてくる。
ただヴィオレッタはともかくとして、面と向かう相手が傭兵団の最上位に位置する人物であるというのもあり、平然と平らげるというのは難しかった。
別に緊張感漂う食卓という訳ではないのだが。
「私が若い頃は一人で戦場を周っててね、娘のように仲間が居るというのは羨ましいよ」
「ですが団長も、多くの傭兵たちに慕われたとお聞きしましたが」
「そんな大したものではないさ。今だからこそ言えるが、その多くは私の知名度や金に群がってきた者たちばかりだ。信用のおける人たちは極一部だったな」
どこか懐かしそうな様子で語るホムラ団長。
酒精が入っているというものあるだろうが、語る調子は楽しそうであり、多くの傭兵たちを束ねる団長という気配は微塵もない。
むしろその辺りに居る陽気な兄ちゃんといった風情であり、妙な親しみさえ感じてしまう。
初対面でこんな感想を抱くなど、少々失礼かもしれないが。
それに団長の人となりからは、ラッシュフォートでの任務を振った人と同じ人物であるという印象は無い。
眼前で楽しそうに食事をする人物が、己が娘へあのような試練を与えたとは信じられなかった。
その際に感じた異常性なども、今は微塵も感じられない。
食事はつつがなく進んでいき、ヴィオレッタと団長はひと時の団欒を続ける。
彼女の言葉使いは普段の固いモノと同じではあるが、やはり纏う空気は家族に対しての砕けたモノとなっていた。
二人が会話を続けている間の僕はと言えば、可能な限りそれを邪魔せぬよう、話を耳にしつつ黙々と食事を続けている。
ただ話す内容はラトリッジで過ごす普段の生活に関するものばかりで、これといって傭兵としての仕事に関わるものが混じってこない。
任務中のヴィオレッタの様子など、団長も気になるであろうにとは思うのだが。
そうして会話と共に食事は進んでいき、最後の甘味を口にしていた時、団長は食べ終え食器を置き言葉を発した。
「今日は楽しかったよ。長く会えなかった娘との時間も取れた」
「いえ、こちらこそ。言って頂ければ、そういった時間を取れるよう調整しますので」
若干の愛想も込めて僕が返すと、団長はすまないとだけ良ってその場を締めた。
この後で親子同士、積もる話もあるだろうと考え、席を立つ。
すると団長は、立ちあがった僕を手で制しヴィオレッタへと告げた。
「すまないヴィオレッタ。私は彼と少々話がある、先に席を外してはくれないか」
「それはいいが……」
「少々彼に聞きたいことがあってね。別にお前の悪口などで盛り上がるつもりはないから、その点は安心しなさい」
自身の父親とチームの仲間が、残って話をするという状況に多少なりと不安を覚えるのは確かなのだろう。
ただ団長の語気は優しいようでいて、先ほどまではなかったある種の凄みを纏っているようにも感じる。
そこには有無を言わせぬだけの迫力があり、告げられた言葉が半ば命令に近いものであると、僕だけでなくヴィオレッタも感じたはずであった。
「……わかりました。では失礼いたします」
食事中にしていた空気から一変、親子ではなく団長に対してする声へと戻る。
ヴィオレッタは一瞬だけチラリと不安気にこちらを見ると、一礼だけしそのまま部屋から退出していった。
部屋に残されたのは、僕と団長、あとはテーブルの上に残された皿くらいか。
しばし無言のままでいると、店員によってその皿も片づけられ、代わりに香茶のお替りが置かれた。
団長は茶を運んできた店員に僅かな硬貨を握らせると、しばらく部屋に近づかないよう告げる。
「さて……。ここからが本題だな」
店員も去って再び静かになった部屋で、団長は僕を真っ直ぐに捉え話を切り出した。
本題と言うからには、僕がここに一人残された理由がそこにあるのだろう。
というよりも、案外この食事そのものが、これを目的として組まれたものである可能性すらある。
「残って貰ってすまないな。いずれ君とは話す時間を取りたいと考えていた」
「いえ、こちらこそ光栄です。団長とこうやって話しをする機会を与えて頂きまして」
社交辞令というのも多少はあるが、これそのものに嘘はない。
多くの団員たちから人望を集め、数百に上る団員を束ねている、同盟内で最強とされる戦士。
その人物とこうやって差向いに話す機会など、そうそうあるものではない。
僕は彼を正面に捉え、真っ直ぐに目を合わせる。
それにしても、不思議な気配を感じる人だ。
今はヴィオレッタが居た時とは異なり、上に立つ者としての威厳が身体から立ち上っているかのようだ。
そしてそれとは別に、どこか人とは異なるものを感じさせる。
異なると感じる理由が何なのかについては、未だによくわからないのだけれど。
「君には随分と世話をかけさせたな。娘の面倒をよく見てくれているし、私がラッシュフォートで何を望んでいたのかも、しっかり汲みとってくれたようだ」
団長は手に香茶のカップを持ち、静かに僕へと労をねぎらう。
やはり団長は、ああいった後ろ暗い行為を行わせることにより、ヴィオレッタに傭兵としての道を諦めさせようとしていたようだ。
ただそれは叶わず、彼女は途中で離脱こそしたものの、傭兵として生きていく選択を曲げる事は無かった。
先ほどの食事中、そういった話は話題には上っていない。
ただあちらでの状況は一通りヘイゼルさんに報告をしたので、団長はどのタイミングでかは知らないが、彼女から報告を受けたのだろう。
「ですが彼女の意志は固いようで。傭兵を続ける意志に変わりはない思います」
団長は僕の言葉に苦笑し、小さく息吐いて首を縦に振る。
「あれは母親に似て気丈でね。もしかしたらとは思ったが、やはり無駄に終わったか」
「心中お察しします」
団長は呆れたように天井を煽る。
やはり団長自身もヴィオレッタが心変わりすることに、あまり期待などしてはいなかったようだ。
それでも自身の娘を傭兵の道に進ませたくないと考えたが、そのために取った手段は、随分と突飛なものであった。
普通に考えれば常軌を逸したものではあるのだが、団長からはそれを気に病んだ様子は感じられない。
その点からして、食事中には感じられなかった異常性が垣間見える。
そんな僕の考えが漏れてしまったかは定かではない。
しかし団長はこちらへと視線を向けると、一息ついた後でニヤリとし静かに語る。
「君は私を異常者だと考えているのだろうね」
「まさか……。そんな無礼な事は」
「いや、私自身自覚はしているのだよ。普通の父親であればこんな手の込んだことはせず、ただ熱心に説得するか、頬を叩いて止めさせる」
言う通り、普通の親であればきっとそうする。
僕自身は子供の頃に両親を失ったためその経験はないが、想像する家族というのはそういうものだ。
あえて人を惨殺させ、その道を悲観させるなどという手段は決して取るまい。
「ただ、君は私と似た臭いを感じる」
「臭い……、ですか?」
「そう。常人とは異なる気質、思考。上から多くを見下ろし、無意識に人を思う通りにしようとする。狂った男の臭いさ」
団長が不意に放ったその言葉に、僕は否定の言葉を次げなかった。
言葉をそのまま受ければ、誹謗中傷とも批判とも聞こえる内容だ。
ただ僕は自分自身が、独善的や利己的と表される感情を強く有しているという事実を、これまで否定することができないでいた。
仲間の皆を信頼しつつも、どこか自身よりも下に見ているのではないか。
そんな自己評価を抱く時が、無いでもない。
それが僕自身の持つ装備の数々による優位性からくるものか、あるいは僕自身が元々持つ気質であるのかはわからない。
団長の取ったヴィオレッタに対する行動を、異常であると思いつつ批判できなかったのも、そういった理由が含まれていた。
「かと言って悪党ではないようだ。法は守るようだし、団の規範や命令も遵守している。決して責められる謂われはあるまい」
別段責める様子もなく、団長は静かな調子で語りかける。
その意図がどこにあるのかは知れないが、決して彼の心証を害した様には思えない。
むしろ団長の言う通り、似た者に対する親しみと言えるものすらあるようだ。
<アルフレート。ちょっといいですか?>
唐突に、ここに来て以降ずっと沈黙を保っていたエイダが口を開く。
食事中もこれといって用事が無く、何一つ干渉してこなかったというのに。
『後にしてくれないか。今は大事な話をしているんだ』
<わかりました。では後ほど>
エイダが何を言おうとしていたのかは気になる。
しかし今は目の前に居る団長に関する事で精一杯だ。
「どうかしたかね?」
「い、いえ。何でもありません」
エイダとのやり取りで不意に言葉が途切れてしまったせいか、団長は怪訝そうな顔で問う。
彼女が何を言わんとしていたかは気になるものの、今はこちらに集中して話すべきだろう。何せ相手は遥か目上の人物だ。
ここまでそれなりに評価をしてもらっているのだ、ここで変に機嫌を損ねるというのもよろしくない。
「まぁいい、ここからが本当の意味で本題だ。君はヴィオレッタについてどう思う?」
然程気にもしていないのか、団長はアッサリと問いを投げかけた。
ただその内容は不可解というか、どこか具体的なものを欠くように思える。
「多少気が強いですが、良い娘さんであると思われます。実戦での経験こそ浅いですが、戦いにおいても実力に疑いはありません」
戦闘技術に関するモノか、それともヴィオレッタの人間性に関するモノなのか。
どちらとも掴めずにいた僕は、とりあえず無難にその双方での個人的な感想を述べた。
すると団長は概ね満足したのか、大きく頷く。
「それならば良かった、君からの評価は決して悪くはないようだ。気性の激しさは相変わらずのようだが」
「団長の意に沿わない結果でしょうが、彼女も今ではしっかりと戦力になっています。ですので余程の無理をしなければ、それほど危険な目には遭わないでしょう」
僕の言葉に対し、若干満足そうに頷く団長。
彼からしてみれば自身の娘が安全であれば良いのだろうから、傭兵になるのを諦めさせれないのであれば、比較的安全な場所に居てもらうという選択もまた有りか。
僕はそう考えたのだが、どうやら団長は少々違う事を考えていたらしい。
「それは何よりだ。しかし娘は私の前で口にこそ出していないものの、いずれ私の後を継いで自身が団長にと考えているようでね。となればある程度は危険な場数も踏んでいかねばなるまい」
それについてはラッシュフォートで監視を行っている時、彼女自身の口から聞いていた。
追々は彼女自身が団長に変わり、傭兵団を引っ張っていきたいのだと。
当人は隠しているつもりだったようだが、どうやらその考えは団長に筒抜けだったようだ。
「しかし実のところアレは嘘の付けぬやつだ、その役割には向かないだろうな。それでは人を束ねてはいけん。それにああ見えて、一旦気を弱めてしまえば一人で持ち直せぬ気質だ」
「側にそういった面で支えてくれる人が居れば……」
「ところがそうもいかん。国にもよるが、可哀想だがこの世界は女性に対して肯定的とは言えぬ。特に傭兵のような、ほぼ完全に近い男社会ではな」
これもまた、ヴィオレッタから聞いていた話だ。
彼女はこれまで、団長の子とはいえ娘であるという事で、何度か口惜しい思いをしてきたようだった。
多くがそうであるとは言わないが、女の身である彼女が団長となる点について、好意的に思わぬ者も中には居よう。
僕は団長の告げた言葉に対し、つい黙ってしまう。
事の是非はともかくとして、それはこの惑星において一般的な思考なのだから。
ヴィオレッタ当人の意志は立派なモノではある。
ただこの惑星において、それは非常に厳しい道のりであると言わざるをえなかった。
僕がそう考え小さく俯いていると、団長はいつの間にか立ち上がり僕へと近づいていた。
そうして団長は僕の肩へと手を置き顔を近づけると、静かに思いもよらぬ言葉を放つ。
「そこでだ、アルフレート。君はヴィオレッタを娶る気はないかね?」