同胞 02
「ところで……、どうしてアルフレートまで私に着いて来るのだ?」
「仕方ないだろう。向こうがそう望んでいるんだから」
完全に日没を迎えたラトリッジの大通り。
店々から漏れる明りによって飾られたそこを、僕とヴィオレッタは並んで進んでいた。
「何か用でもあるのか……? 私は聞いていないのだが」
「さあね。折角の団欒にお邪魔するのは、僕個人としては気が引けるんだけど」
ヴィオレッタの怪訝そうな言葉に、苦笑しつつ返す。
今の僕等が向かっているのは、ラトリッジ市街にある一軒の店。
これからそこで人と会う約束をしているのだが、その相手というのはヴィオレッタの父親でもある、イェルド傭兵団の団長であった。
「僕について団長と何か話したりしたのか?」
「いいや。それどころか私はこのチームに加わってから、一度足りと団長に連絡を取ってはいないぞ。あるとすればヘイゼルから何か伝わったりする程度ではないか」
ヴィオレッタはそう返しつつ、寒そうに上着の襟を掴んで立て、前で合わせて風を遮ろうとした。
季節は既に冬。
通りに面した店の扉が開けられるたびに、暖められた店内の空気が外へと漏れ出し、白い靄となって舞う。
ここ数日で随分と寒さも増してきており、頬をなぞる風が僅かに痛い。
ラッシュフォートから帰還した僕が聞かされたように、冬になって北方での戦闘が収まったことにより、傭兵団の本隊は一部の部隊のみを残し退いている。
なので言われた通り、団長が休暇を摂る時期と合わせて休暇を申請し、今日がそのヴィオレッタと団長が会う予定日。
ただどういう訳であるのか、人伝に僕までもが同席するよう指示されている。
ヴィオレッタと共に団長の下へと向かっているのも、それが理由だった。
コートの前を閉じ寒さに震えるヴィオレッタは、不意に思い出したのだろうか。
出がけにマーカスからからかわれた言葉を口にする。
「まったく、何がデートだ。マーカスは最近性格が悪くなってきてやしないか」
「いや、実際のところマーカスは元々ああいった性格だよ。外面が良いのと言葉使いが丁寧なせいで、騙され易いけど」
ヴィオレッタは僅かに憤ったような、うんざりしたような素振りを見せる。
僕等が二人で揃って家から出ようとしたところで、マーカスによって少々からかわれたのだ。
「お二人でデートですか? 楽しんできてくださいね」と。
団長に会うためなどと言ってはいないが、彼の事だ。きっと何がしかの用事があって共に出かけることくらい察しているだろう。
それでもこんな軽口を叩いたのは、やはりマーカスもヴィオレッタと相応に親しくなってきた証左と言えるかもしれない。
ただ彼女にとっては不本意であるようで、歩きながらも俯きブツブツと不平を漏らす。
あまり当人の横で、そこまで不満を表さないでもらいたいものだが。
「……まぁいい。で、私たちはどこに向かっているのだ。いい加減凍えそうだ」
気を取り直した様子のヴィオレッタは、顔を上げ両の腕を抱いて震える真似をする。
確かに通りを吹き抜ける風は冷たいので、彼女の気持ちはわかる。
僕とて、あまり外で長く歩き続けたくはない。
「僕も行ったことはないんだけど、この先に在る飲食店だそうだ。もう少ししたら見えてくると思うんだけど」
明りが点々と延びる大通りの先へと、腕を伸ばして指さす。
ヴィオレッタはふぅんとだけ呟き、後はただ沈黙したまま後ろを歩き続ける。
北方戦線から引いた本隊は幾つもに分かれ、各々が拠点とする都市へと帰って行った。
最大拠点であるこのラトリッジにも、北方で戦闘を行っていた傭兵たちの多くが帰還しており、都市は一時的ではあるものの活気に満ち溢れている。
今もまさに方々の酒場などでは、戻ってきた傭兵たちによって毎夜酒宴が開かれているため、店は大いに潤っていることだろう。
おそらくは団長によって指定された場所も、そんな傭兵たちによって繁盛している店の一つであると思われた。
しばし都市の中央を奔る通りを歩き続ける。
すると端へ向かうにつれ、徐々にひと気も少なくなっていく。
本当にここでいいのかと考え始めた僕等が辿り着いたのは、そんな場所に建つ一軒の酒場。
見上げてみれば、ラトリッジには珍しい大きな石柱で作られた入口に、分厚く黒い木製の扉。
建物は周囲の店々に比べ一回り以上大きく、窓に据えられているのは木窓ではなく玻璃。
一目見てわかるのは、ここがかなり豪勢な作りをしているということ。
「……本当にここでいいのだろうな?」
「たぶん……。ヘイゼルさんが言ってたから間違いないと思うよ」
思いのほか豪勢な造りに、尻込みする僕とヴィオレッタ。
ヴィオレッタに関してはそれなりにお嬢様なはずであるのに、こういった場には免疫がないようだ。
団長との仲介役として連絡をしてくれたヘイゼルさんは、大雑把な道と周辺の特徴を告げたあと、行けばわかると言っていた。
それなりに立派な建物であるから、一目でわかると。
確かに立派な造りをしており、ここだけが周囲から浮いているため間違いようがない。
「とりあえず入ろうか」
「あ、ああ。格好はこれでいいのか……?」
思い切って中へと入ろうとする僕に続き、コートの裾を捲り自身の服装を見やるヴィオレッタ。
僕等が着ているのは、街中で過ごす時に着ているような普段着なので、建物の外観に気圧されて気になってしまうのもしかたがない。
ただ今更引き返して着替えてくるわけにもいくまい。
そもそもそんな場に出るような、高価な服など持ってはいないのだから。
意を決して中へと入ってみると、すぐに正装をした店員が姿を現した。
タキシードにも似た上下の揃いに身を包んだ店員は、流麗な動作で歓待の言葉を口にすると、僕等を案内すべく奥へと進む。
店の外観だけでなく、店員の動作からしてもこの店がかなり高級であると想像するのは容易い。
おそらくは団長が出してくれるのだろうが、ふと自身の財布を心配してしまう。
階段を登り三階まで案内された僕等は、その階にたった二つしかない部屋の片方へと向かい、扉の前へと立つ。
案内をした男性は中に入るよう促すと、そのまま下がって階下へと降りていってしまった。
僕とヴィオレッタは顔を見合わせ、小さく頷き合う。
一呼吸置いて扉をノックすると、直後に中からは男性の声が。
「どうぞ」と言うその声を聞き、隣に立つヴィオレッタへと視線を落とすと、彼女の表情からは密かに安堵の色が窺える。
中で返事した男性の声が、団長のモノであると確証したのだろう。
「失礼します」
一言だけ告げて扉を開けると、部屋の中に居たのはヴィオレッタと同じ黒髪をした男性。
部屋の中央へと置かれた、長いテーブルの隅へと位置取り椅子に座る美丈夫。
この男性こそが、僕等の所属するイェルド傭兵団の団長、そしてヴィオレッタの父親であろうことは間違いない。
「よく来てくれたね。さあ、こちらへ」
ニコリとして告げる団長。
彼は立ちあがって僕等を手で招くと、椅子を引いて座らせようとする。
「ヘイゼルやデクスターから、キミについてはよく聞いている。有望な新人が入ってきたとね。デナムでの防衛戦では随分と活躍したそうじゃないか」
「恐縮です。ですがデクスター隊長の指示あってのものですし」
「謙遜することはない。完璧とはいかなかったようだが、自ら判断して時間稼ぎをしてくれたそうじゃないか。それだけで十分さ」
明らかな目上である団長が引く椅子に座るのを躊躇するも、団長は気にするなとばかりに座らせようとする。
折れた僕が恐縮しながら座ると、背中がむず痒くなるほどに称賛の言葉を並び立てる団長。
「それに娘が随分と世話になっている。その点も含めて、私はキミに大して感謝してもしきれないのだよ」
ヴィオレッタに聞こえぬようにだろうか、椅子の後ろへ立ち、僕の耳元へと顔を寄せ告げる。
その表情は柔和で、とてもではないが数百に上る猛者を束ねる、傭兵団の団長という風格を感じさせない。
それに正直、僕にはイマイチ彼の年齢がわからなかった。
確か十四であるヴィオレッタの父親なのだから、若く見積もっても三十路には達しているはずだ。
であるにも拘らず、座る僕の後ろに立っている人物は、どう見ても二十歳かそこらにしか見えない。
というよりも、僕より少しだけ年上と言われても納得してしまいそうになる。
かなりの若作りであるのは確かだろう。
「団長。私に関しての話はよいのでは?」
若干不機嫌そうな、あるいは照れ隠しのような表情を浮かべるヴィオレッタ。
目の前で自らをのけ者にしてコソコソと話をされれば、嫌でもその内容が自身に関するモノであると感付く。
彼女にしてみれば、親が自分の仲間と密かに会話するという状況は、気恥ずかしくてしかたがないようだった。
「そう言わないでくれ。最愛の娘が世話になっているチームのリーダーだ、ちょっとくらいの礼をさせてくれてもいいだろう?」
仲の良さそうな、いかにも親子といった空気の纏う会話。
先ほどからではあるが、やはりそこには団長らしい威厳といったものが感じられない。
やはり団長と言えど人の親であるという、ヘイゼルさんの言葉を思い出す。
それにしても、この団長とヴィオレッタでは、どうもあまり似ているようには思えない。
ただ単純に彼女が母親似であるという可能性は高いけれども。
あと気になる所といえば、ヴィオレッタに関しても同様なのだが、こうも深い黒の髪というのはこの辺りでは珍しいという点か。
というよりも僕がこの惑星に来てからここまで、黒髪を持つ人というのは、この二人を除いて他にお目にかかった事がないのだ。
案外同盟とは異なる、別の地域にルーツを持つ人たちなのかもしれない。
「おっと、客人を放り出して話しこんでしまったか」
ヴィオレッタといくらかの言葉を交わしていた団長は、ふと気付きこちらへと視線を向ける。
僕の存在を忘れ、つい話しこんでしまいかけたようだ。
ただ僕は家族の団欒に紛れ込んだ余所者に過ぎないのだから、そこまで気を使われても困ってしまう。
団長は僕へと向き直り少しの謝罪をすると、居住まいを正して背を伸ばし、自己紹介をした。
「自己紹介が遅れてしまったね、アルフレート君。始めまして、私がイェルド傭兵団の団長職に就く者で、名を"ホムラ"と言う」
名乗り右手を差し出す団長。
僕は同盟内で最強との呼び声も高い戦士である彼の手を、しっかりと握った。
作中に出したキャラと同名で、個性まで似たキャラをゲームやってて発見した時の困惑