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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
53/422

篩い 09


 腰に据えていたナイフを抜き放つと、柄を強く握り締める。

 するとそれに反応したように、刃からは微かな振動が感じられ、次第にその先端や刀身は赤く輝き始めた。


 こいつを使うのも随分と久しぶりだ。

 時折点検目的で起動させることはあるものの、実際の戦いで使うのはいつ以来だったか。



「な……、なんだそいつは……っ」



 目の前に立つ、未だ二十人近く残る男たち。

 その一人が僕の手にしたナイフを凝視し、動揺の色濃い言葉を放つ。

 彼らは皆一様に目を見張り、ただひたすらに僕と手にしたナイフを注視していた。



「ああ……、思い出した。もう一年半近く前じゃないか」



 叫んだ男の言葉を無視し、誰に聞かせるでもなく小さく呟く。

 今この手にしているナイフは、僕がこの星に墜落した時に乗っていた船に積まれていた装備の一つ。

 本来金属を切断するための工具であるこれは、普通に使うには余りにも強すぎるため使い所に困っていた代物だ。

 なので実際に戦いで使用するのも、人里に出ようと航宙船から離れた日に、森の中で肉食獣に対して使って以来。

 これまで人を相手に使用した経験はない。



 床に落ちていた金属製の燭台をそれとなく拾い、赤く染まったナイフを押し当てればスルリと刃が金属へもぐり込み、易々と真っ二つにしてしまう。

 刃先に纏う高熱によって、金属は瞬時に溶け滑らかな断面を見せている。

 別に見せつけてやるつもりなど無かったのだが、その光景を見た男たちは息を呑み、唖然としていた。

 流石にこれを見て切り結ぼうなどと考える輩はまず居ないはず。



「さて。仲間がこんな状態なんで、早く終わらせてもらうよ」



 背後で倒れる気を失っているヴィオレッタを一瞥し、男たちの前へと一歩踏み出る。


 すると連中は後ずさり、僕から距離を置こうとした。

 普通ならば命乞いをするという選択もあるのだろうが、ここまで僕が数人を容易に斬り捨て、少年すらも平然と手に掛けた様子を見ている。

 何かを代償に助かろうと考えど、それを受け入れてくれる相手でないと判断したようだった。


 もしそう思ったのであれば、その判断は正しい。

 僕等に与えられた任務は殲滅であって、悪党を懲らしめ改心させることではないのだから。




「く……、来るなぁぁ!」


「ヒィィィ!!」



 十数人の男たちは口々に叫び、ワッと背を向け逃走を計る。

 揉み合い互いに突き飛ばし合い、我先に逃れようと教会の入口へと殺到した。

 本来であれば仲間同士であるというのに、何とも見苦しいばかりだ。


 しかし真っ先に辿り着き取っ手に手を掛けた男は、早々に顔を青褪めさせる。



「あ、開かねぇ! どうなってやがんだ!」


「おい! 誰か外に居んだろ!? 開けてくれぇぇえぇ!!」



 男たちは悲痛な叫び声を上げ、何度も扉を押し、あるいは体当たりして扉を開けようとする。

 しかし大きな扉はビクともせず、逃げる足を留めるばかり。


 当然ながら、僕には連中を逃がすつもりなど毛頭ない。

 なので教会へと踏み込む前に、扉には適当に拾った木板で楔を打ち込み、扉の前には荷車を横付けしておいたのだ。

 荷台の上には金属で作られた大量の武具が積まれたいるため、ちょっとやそっとで開くような重さではない。



 その間僕は、足元に落ちていた小さなナイフを拾い、ゆっくりとではあるが一歩一歩男たちに近寄る。

 近づきつつある僕の様子に気付いたであろう、殺到した扉にしがみ付いていた一人が、悲鳴を上げて異なる方向へと逃げ出した。

 向かう先には、僕とヴィオレッタが入ってきた裏口。


 だが男はそこへと辿り着く前に、急に足を止め前のめりに転倒。そのまま動くことはなくなった。

 後頭部には僕が拾っていた小振りなナイフ。

 悪いが全員逃がすつもりはない、ここで予定通り斬らせて貰おう。




「う、う……。うああぁぁああぁ!!」



 逃げようとも教会の扉は開かず、裏口にも行かせてもらえない。

 そんな状況で自らが生き残る道は、やはり眼前の敵を倒す以外にないと考えたようだ。

 意を決したであろう数人が、叫び声と共に僕へと襲い掛かろうとした。


 振り回される短刀を片脚のみ引いて上体を逸らして避けると、男の首元をナイフでなぞる。

 同様に迫る輩を更に一人、二人。急所を狙い攻撃を繰りだす。

 切り裂くというよりは触れる程度の斬撃で仕留めた僕は、瞬時に骸と化し床へと倒れ伏した男たちを跨いで進む。


 骸からは一切の血が流れておらず、その代わり礼拝堂内には肉の焦げた異臭が漂う。

 ナイフの持つ熱によって傷口が焼かれ、瞬時に炭化した結果だ。



「戦うという選択そのものは間違っていないと思うよ。命を繋ぐためには当然の行動だしね」


「な……、何を言って……」



 床を踏みしめながら近づき、独白する言葉に男の一人は狼狽を露わに返す。

 それはただ僕が発した言葉を意味を問おうというよりも、混乱から状況の把握を模索した末であるように思える。



「ただ相手が悪い。そういう意味では、この選択は賢くない」



 それでもまだ向かってこようとする一部の輩へと、赤い刃を繰りだしつつ告げる。

 ただのチンピラでしかない連中に、端から勝ち目などありはしないのだ。

 であるにもかかわらず、力量を弁えず戦おうとするのは愚かな行為と言えた。

 少なくとも闘争を生業とする者に関しては。


 ただどちらにせよ挑んで勝つ以外に、生き残る道がない状況へと追い込んだのは僕自身。

 そんな事をしておいて、何を勝手な事をと思わなくはない。

 我ながら不条理を強いているものだと感じ、自嘲から小さな笑いがこみ上げた。



 最初は三十人以上いた男たちも、今ではその数を十人少々へと減らしている。

 ヴィオレッタは未だ気を失ったままではあるが、流石にもう十分だろう。

 本当は最後まで見届けてもらうべきかもしれないが、十分キツイ目に遭っているはずだ。

 ここまで来れば、もう目的は果たしたと考えていいのではないか。

 残りを僕一人で殲滅したところで、さしたる問題はないと考える。


 それに僕自身のフォローが足りなかったせいも多分にあるが、仲間であるヴィオレッタが怪我させられたのだ。

 ある程度は覚悟の上であったとはいえ、自身の手で相応の報いを与えねば気が済まないのは確か。



「サッサと終わらせてしまおうか。さあ、誰から来る?」



 小さく舌なめずりしつつ、脅迫するように静かに告げて笑む。

 宣告を聞いた男たちは、真っ直ぐにこちらを見据えつつ悲壮な表情を浮かべる。


 その時、僕には男たちの姿がどこか滑稽で、少しだけ愉快に思えてならなかった。







 武器を下ろし空になった荷車へと、肩に担いだ女性を寝かせる。

 隣り合う女性と肩を寄せるように並べるが勘弁してもらいたい。

 なにせ荷台が狭いため、あまり一人当たりのスペースが確保できないのだ。


 その荷台へと並べたのは男性が二人に女性が三人。この五人は僕等が礼拝堂へと踏み込んだ時点で倒れていた人たちだ。

 ただその内男女一名ずつは既に命を落としており、それが激しい暴行による結果であると思われた。

 どういった経緯でそんな目に遭ったのかは知らないが、酷く可哀想なものだとは思う。


 暴行の末だろうか、皆一様に服はボロボロとなっている。

 なので今は荷台に積まれた武具を隠すために被せられていた、暗い布を裂いて巻きつけていた。



「あとは……、ヴィオレッタを積めば完了か」



 人ではなくまるで物に対するような言葉と共に、教会の入り口となる門の脇へと視線を移す。

 そこには未だ意識を取り戻さぬヴィオレッタの姿。

 とは言え今は、スヤスヤという音がピッタリなほど暢気な寝息を立て、礼拝堂内の凄惨な光景と相反する空気を漂わせていた。

 片方の側頭部に結わえられた彼女の尻尾は、戦いのせいか少々ほつれ気味だ。



「……言葉は肩っ苦しいのに、この辺りは普通に子供なんだな」



 僕は眠りこけるヴィオレッタに対し、半ば呆れ混じりな息を漏らしつつ、腰に手を当て空を見上げる。

 見上げた空は徐々に白み始めており、夜明けが間近。

 もう少しすれば近隣住民が起きてくるはずなので、急がなければならないだろう。




 多少凝った肩を回しつつ、礼拝堂への扉を開ける。

 一歩踏み込むと、そこには床一面に散らばった武器や防具の類。

 これはおそらく、決起するためにここの連中が手に入れようとしていた武具だ。

 それをこうやってわざわざばら撒いているのは、連中が善からぬ企みを企てていた証明として主張するため。

 そして肝心の男たちはというと、その散乱した武具の間を埋めるように床に転がされていた。


 ある者は四肢を捻じ曲げられ、ある者は根元から腕を失い。中には首を落とされた者も居る。

 などとは言うが、それは皆僕自身の手によって行ったものだ。

 若干名ヴィオレッタが斬った相手も居るが、三〇人以上にも及ぶ数の大部分は僕が手を下した。




「さて……と」



 床に置いてあった小さな壷を引っ掴むと、乱雑に中身を床へぶち撒ける。

 幾つかの壷に入った液体を床へ、壁へとかけて周る。

 これはただの照明用に使われる獣脂なのだが、なぜそれを撒いているかと言えば、この教会を男たちごと燃やしてしまうためだ。


 途中で中剣から金属切断用のナイフへと替えて戦ったため、死体の傷には瞬時に炭化した跡が克明に残ってしまっている。

 その結果、酷い有様にしては床を濡らす血の量も随分と少ない。

 このまま死体を発見されてしまえば、事態の凄惨さと同時に異質さを与えてしまうのは必至。


 それを隠すためにどうすればよいかと考えた僕が出した結論は、燃やしてしまえばわからないだろうという単純なものだった。

 好都合と言って良いのか、この教会は港街に多い石材を多用して建築された家とは異なり、珍しくその全てが木材で作られている。

 燃料込みで火を点ければ、さぞ勢いよく燃えてくれる事だろう。



「我ながら人の道に外れた行為だな」


<わたしもまさか、アルフレートがこんな外道に育つとは思ってもみませんでした>


「本当にな。いつの間にこんな人間になってしまったのやら」



 エイダの呆れ混じりとも思える声に煽られる。

 これだけの大人数を相手に平然と刃を振るい、今は躊躇いもなく火を放とうとしている。

 しかも年端もいかぬ少年までも易々と手に掛けてしまった。


 何時から僕の人格はここまで歪んでしまったのか。

 それとも、これこそ僕自身が最初から持つ気質であったのか、それすらもわからない。



 礼拝堂内の柱や散乱した長椅子の側へと近寄る。

 そして出力を弱めて起動させたナイフを、所々の柱や椅子に押し当て火を点けていく。

 次第に燃え広がり始めた炎を尻目に、教会を出た僕は未だ目を覚まさぬヴィオレッタを肩に担ぐ。


 木造な上に油まで撒いて来たのだ、おそらく教会は全焼してくれるだろう。

 教会そのものは燃やしても、焼け跡からは四肢の欠損した死体や武具は発見される。

 それだけでここで何が起きたのかを察するに余りあるはずだし、指示された目的を達するには十分なはずだ。



 外に出て振り返ると、徐々に火の手が随所へと伝っていく様子が見て取れた。

 僕はそれを見て、デナムでの防衛戦で迫る敵兵に火を放った光景を思い出す。


 少々感傷めいたものを感じなくはないが、このまま長居をする訳にもいくまい。

 次第に炎が教会を包み込んでいくのを確認すると、僕はヴィオレッタを肩に担いだま、荷車を押してその場を立ち去った。




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