篩い 07
その時は突然に訪れた。
監視を始めて三日目の深夜、寝入るヴィオレッタを背に廃教会を見続けていた僕の視界に、それは姿を現した。
フードを目深にかぶった二人の人物が引く荷車が教会へと向かい、その上にはこんもりと膨らんだ布。
遠目からではあるが、所々が凸凹としており、布の下には何がしかの硬い物体が積まれているのは明らかだった。
こんな夜中に忍んで運び込まねばならない点からして、おそらくは武器の類。
「起きてくれ、動きがあったぞ」
然程大きくもない、淡々とした口調で背後のヴィオレッタに知らせる。
すると彼女はピクリと反応し、直後に上体を起こし置いていた短鎗を手に取った。
起きていた訳ではなさそうだが、それなりに神経が張り詰めたせいで眠りが浅かったのかもしれない。
寝惚け眼ではありながらも、ゴソゴソと立ち上がり毛布を被ったままで近寄る。
「すぐに攻撃するのか?」
「いや、もう少し待ってくれ。たぶん今運び込んでいるのは武器だと思うけれど、確認してからでも遅くはない」
僕は若干寝起きのせいで呂律の回らぬヴィオレッタに、少し待つよう告げる。
攻撃するにせよ殲滅するにせよ、ある程度それを成すだけの最低限の理由付けは必要だ。
武器を集めるなどといった、明確な謀反の意志を確認できて初めて、実際に行動へと移れる。
ただ惨殺された死体が横たわっているのと、死体の周囲に無数の武器が転がっているのとでは、見る側にとって受け取る印象は大きく異なるはず。
戦闘を終えた後、地元住民がそれを見てどう思うかといった点もまた重要なのだ。
「ここからでは暗くてよく見えぬな……」
霞む目を擦りつつ、ヴィオレッタは瞼を細め暗がりの向こうを凝視する。
まだ暗い深夜な上に、少し離れた場所。おまけに暗い色をした布を被せられているのだ。
そう簡単に視認できるものではない。
視線を外さぬままで首元を探り、僕は下げたペンダントへと触れ外気に晒す。
脳内でエイダへと指示を送り、センサーの役割を果たすペンダントを軽く対象へと向けると、脳へと鮮明な画像が流れ込んできた。
肉眼で目を凝らしているヴィオレッタには悪いが、僕は持てる機能を使い観察していく。
すると廃教会から出てきた数人の男たちが、荷を運んできた二人を出迎え、何がしかの会話を始めているようだった。
『ここから音声を拾えるか?』
<問題ありません。再生します>
相変わらず平然と言い放つエイダ。
その言葉を聞いた直後、一瞬の間を置いて対象の声が脳へと響く。
『――か用意出来てないが、これだけで大丈夫なのか?』
『そんだけありゃ十分だろ』
『だけど三割近くが青銅製だぞ、こんなんで本当に……』
『気にすんなって。どうせ騎士連中も半分は金を握らせてるんだ、手を出しちゃ来ねぇよ。それに残りもどうせ雑魚だ』
聞こえてくる声は粗野というか、ガラの悪い響きに満ちている。
いかにもといったチンピラの気配であり、ただの一般人という言葉が急に説得力をなくしていった。
それに聞いていれば、連中が話す内容は騎士を買収しているといったものだ。
どこの土地でも同じようなものであるのか、騎士を手なずける事によって、反体制グループの行動が半ば黙認されているようだった。
案外あの連中を殲滅し見せしめとする目的には、多分に騎士たちに対する警告の意味も含まれているのかもしれない。
『運び込む前に、一応物を確認させてもらうぜ』
『ああ、サッサと済ませてくれよ』
バサリと布を捲る音と共に、荷が剥き出しとなる。
しかしこちらからは角度の問題でよくは見えない。
会話の内容からして武器であるのは間違いないのだが、確認だけはしておきたい。
そう思っていると、粗野な言葉を放つ男が荷の一つを手に取り、淡い月明りへとかざした。
脳に映った映像を拡大してみると、それは確かに一振りの長剣。
続いて手にしたのは槍や脚甲などであった。
「見えた。武具の類だ」
「……私には見えんぞ」
武器の存在を確認した僕は立ち上がり、すぐさま部屋の隅へと置いた中剣を腰に差す。
ヴィオレッタにはやはり見えなかったようだが、そうは言いつつも同様に、自身の武器である二本の短鎗を背負った。
それなりに僕の言葉を信用してくれたのか、僕が部屋から駆け出て階段を降りると、彼女もまた僕の後ろをついて走る。
階段を駆け下りた僕等は、外へと飛出し教会へ向けて一直線に走った。
既に僕は中剣を、ヴィオレッタは短鎗の一本を抜き放っており、このまま進めばすぐ戦闘状態へと移れる体勢。
それとなく周囲に視線を動かしても、教会付近を除けば辺りには人っ子一人居ない。
動きがあったのが、深夜であるのは幸いだった。
近隣の無関係な住民を巻き込む恐れが少なくて済むし、騒動となれば深夜であるのが功を奏し、逆に目立って目的を果たし易くなるかもしれない。
人目に付かぬよう武器を運び入れようとしたのだろうが、それがこちらとしては好都合だ。
「このまま突っ込む、容赦するんじゃないぞ」
「了解だ。荷を運んでいたヤツもだな?」
「そう、全員だ。やれるか?」
「何度も聞くな!」
再度の確認をするも、小声で怒鳴り返されただけであった。
少々不安になってつい問うてしまったのだが、彼女からしてみれば、信用されてないように思えて不服だったに違いない。
ちょっとだけ悪いことを言ってしまったと思い、小さく「悪い悪い」と返す。
走りながらジトリとこちらを見るヴィオレッタは、その手にした短槍をこちらに向ける。
次に同じ発言をしたならば、槍の穂先で小突くと言わんばかりだ。
ちょっとした冗談の応酬をする最中も、僕等は走り教会へと向かう。
然程距離の離れていない場所であるため、目的の場所へと辿り着くのはすぐ。
男たちが荷車から武具を下ろし始めていた時点で、僕等は連中のすぐ間近にまで迫っていた。
向こうはまだ、近づくこちらに気付いてはいない。
僕は無言のままで荷下ろしをする男たちへと突っ込むと、自身の中剣を一人の背へと突き立てた。
「あ……? がっ……ぁぁぁ……?」
荷を下ろしつつ、何がしかの言葉を発していた男は、その瞬間声を途切れさせ呆気にとられる。
何が起こったのか理解できぬまま、突如自身の胸から生えた剣先を眺め、驚嘆の言葉を漏らそうとするも鳴るのは息の漏れる音ばかり。
突然起きた異常に対し、周囲で武器を手にしていた男たちも唖然とし、男の胸から見える銀と赤黒い色のそれを眺めていた。
直後、突進したヴィオレッタの短槍が呻り、呆としたままな男の首へと迫る。
軽く空気を裂く音がしたかと思うと、僅かな間を置いて宙を舞う頭部。
その間に僕は突き刺した剣を引き抜き、脚を振って男を薙ぎ倒すと、そのまま奥に立つ大柄な男へと突進。
目の前へと迫り、中剣の長い柄を幅広に持って袈裟斬りにした。
「っ……ヒ、ヒィっ」
ズシリという、斬り付けた男が倒れる音。
その光景に自分たちが攻撃されているとようやく気付いたのか、男の一人が悲鳴を上げようとする。
しかし大声を上げる隙を許すつもりはないと、ヴィオレッタは振った槍の柄をクルリと回転させ、逆手にした状態で突進し悲鳴を上げかけた者の喉元へと突き刺した。
刃によって喉を潰され噴き出す血液。
目が虚ろとなった男の喉からヴィオレッタが槍を引き抜くと、途端力が抜け膝から倒れゆく。
視線を最後に残った一人へと向けると、その男は地面に尻餅付き、ガチガチと歯を鳴らしながら後ずさっていた。
男が壁際まで辿り着き逃げる道を絶たれたところで、僕は歩み寄り無言のままで剣を横一閃。男の首を切り裂く。
腕はダラリと垂れ下がり、多量の血液と失禁が地面を濡らす。
僕はその光景に、傭兵となる為の訓練キャンプ最後の課題として斬った野盗を思い出した。
あの男も確か、今まさに目の前で命を火を消そうとする男と同様の反応を示していたなと。
僕にとっては、あれが初めて奪った人の命だった。
そこで同様に初めて手を血で汚したヴィオレッタを見やる。
振り返ってその姿を視界に納めると、彼女は地面に短槍を突き差し、右手を胸に当てて瞼を閉じていた。
死者に祈りでも捧げるような、信心深い娘であるとは思わない。
その行動を不可解に思っていると、ヴィオレッタは肩を上下させ、鉄の臭い舞う中で深く呼吸をしているようだった。
おそらくは激しく弾む動悸を沈めようとしている。
「大丈夫か?」
教会の中に声が届かぬよう、近寄り小声で問う。
するとハッとしたヴィオレッタは、瞼を開けてこちらを凝視した。
「ああ……、問題ない」
動揺を隠しつつ、地面に刺した槍を引き抜き、荷車に積まれた武器を隠す布で穂先の血を拭う。
僕が想像していた以上に気丈な少女だ。
よく見れば手は僅かに震え、首筋からは汗が流れ落ちている。
それでも平然とした素振りを装って武器を手にするのは、彼女なりの矜持であるのかもしれない。
ただやはり人を手に掛けたという事実は、彼女にとって強い衝撃であったのは間違いないようで、現状は一線で踏みとどまっているだけにも見える。
今の時点であまり無理をさせるのも良くはないのだろうが、下手に制止しても聞くような性格をしてはいないだろう。
「わかった。ただ無理はするなよ、君はまだこういった行為に慣れていないんだから」
「自分にとっては何でもないと言いたげだな……。だがその言葉には甘えさせてもらおう。ダメだと判断したら、その時は頼む」
肩の力を抜き、思いのほかアッサリと受け入れるヴィオレッタ。
即座に男たちを斬った今の戦いは見事。ただやはり相応に強いストレスを感じてはいたようだ。
あまり強気を維持し続けるだけの余裕はなさそうだった。
「さあ、行こうか。まだ敵は残っているのだろう」
ヴィオレッタは歯を食いしばり真正面に廃教会を見つめる。
彼女の言う通り、中にはまだ多くが潜んでいるはずであった。
外に出ていた者たちを静かに始末したため、今はまだ気付かれてはいない。
しかしいつ異常を察知して出て来るとも知れないため、急ぐ必要があるのは確かだった。
ひとまず斬った男たちの死体を、手近な草むらへと放り込む。
血の臭いは未だ周囲に濃く漂っているものの、何もしないよりはマシだろう。
その他多少の工作を終えた僕等は、互いに顔を見合わせて頷き合い、納めた剣の柄を握り締め教会の裏手へと進んだ。




