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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
50/422

篩い 06


 監視を開始して二日目。

 早朝の冷たい空気の中、僕は毛布を被って寒さから身を護りつつ、外の廃教会を見張り続けていた。


 これまで何人かがそこへと出入りしてはいるのだが、今のところこれといった動きはない。

 何かが運び込まれた様子もなければ、中で揉め事が起きている気配すらも。

 ここが反体制グループの拠点であるというのが、疑わしくなるくらいに。


 既に武器の類を持ち込んでいる可能性はあるが、そこばかりは何とも言えないところだ。

 余りにも動きが無いので、様子を見て接近し人数の確認くらいはしておくべきだろうか。



 そうやって監視を続けていると、不意に背後からゴソゴソという音が。

 どうやらヴィオレッタが目を覚ましたようだ。

 しかし交代の時間まではまだしばらくあるため、もう少し休んでいても構わないのだが。



「なんだ、もう起きたのか?」


「……冷える。もう一枚くらい毛布を用意しておくべきだった」


「冬が近いからな。次にケイリーが来た時にでも頼もうか」



 朝の寒さから目を覚ましてしまったようだ。

 比較的暖かい海風の舞う港街とはいえ、監視のために木窓を開けていれば、やはり寒さは堪えるらしい。

 眼前の小さく開けられた窓からは、冬の足音を強く感じる風が吹き込んでいる。



「そろそろ交代するか?」


「いや、もう少し後でいいよ。それより温かい香茶でも淹れてきてくれないか? 僕も寒くてしょうがない」


「……まぁ、いいだろう」



 寝起きの目を擦りながら、ヴィオレッタは頷き扉へと向かう。

 普段であればもっと難色を示すだろうと思うのだが、まだ起きたばかりで頭が回っていないのだろうか。

 さしたる抵抗もせず、大人しく階下の台所へと向かって行った。



 アッサリ頼みを聞いてくれたヴィオレッタの様子を可笑しく思いながら、外の監視を再開しつつ待つ。

 夜も明けた外では、徐々に周辺の民家から人が出て、生活感というものが漂い始める。


 茶を淹れるにしては随分と時間がかかっているなと考えていると、しばらくしてトントンという軽い階段を登る足音。

 小さく振り返ってみると、湯気の立つ二つのカップと二つのパンを手に、僅かに上気した頬をしたヴィオレッタが戻ってきた。



「……さては火で暖まってたろ?」


「な、何のことだ? 言い掛かりは止めてもらおうか」



 僕の向けた言葉に、ヴィオレッタの視線が僅かに泳ぐ。

 どうやら彼女は人の目が無いのを良い事に、茶を淹れるための火で暖を取っていたようだ。

 僕の頼みを大人しく聞いたのも、それが目的であったに違いない。

 その行為自体は、別に構わないのだけれども。



「折角持ってきてやったというのに、茶をやらんぞ」


「それは困るな。いい加減身体も冷えてきたせいか、指先がいう事を効いてくれない。悪かったよ」



 僕は困るとばかりに、適当に謝罪の言葉を吐く。

 するとヴィオレッタはある程度満足したのか、フフンと鼻を鳴らして僕へ香茶の入ったカップを寄越した。

 彼女自身もまた、そこまで本気で言っていた訳ではなさそうだが。



 受け取ったカップを両手で包むと、分厚い陶器の器越しにじんわりと沁みる温かさ。

 口をつけて少しだけすすると、熱い液体が僅かに喉へと通っていく。

 その熱さに顔を顰めるも、二口三口と飲み進めるにつれ慣れていき、ゆっくりと身体は温まっていく実感が得られた。

 凍えた指先も徐々に血が通うかのようだ。


 続いてヴィオレッタの持って上がったパンをちぎり、口へと放り込む。

 通常よりも強めな塩気が、それ単体で食べるには丁度良い。

 誰かが差し入れをしてくれるまでは、肉も野菜もないのでパンしか口に出来ないのが寂しいが。




 僕は監視を続けながら、黙ったまま朝食を摂っていく。

 背後ではヴィオレッタもまた、毛布の上に座り込んでパンと香茶だけの食事をしていた。

 そうやって昨日と変わらぬまま時間が流れていくのかと思いきや、その質問は不意に襲ってきた。



「ところで、どうして私と二人でなのだ?」


「……なにがだ」



 質問に対し問い返しはしたものの、意図するところなど明らかだ。

 彼女はこう聞いているのだろう。僕とヴィオレッタ、どうしてこの組み合わせで振り分けたのかと。



「とぼけるな。二手に分かれるというのはわかる。だがケイリーからあえて離したり、傭兵として素人同然な私をアルフレートと二人だけの班にしたり。何か言えない意図があるのは明らかだ」



 然程感情の起伏も感じさせず、淡々と言う彼女の疑問はごもっとも。

 ヴィオレッタは傭兵として、ラトリッジ近郊での獣退治くらいしか任された経験が無い。

 それなのにこんな厄介そうな依頼に回されるなど、普通に考えればありえないだろう。

 例え一緒に行動する僕等が、多少なりと戦場での経験を積んでいたとしてもだ。



 次第に冷めていく香茶を一口すすり、監視を行う廃教会から少しだけ目を離して振り返る。

 すると床に座り壁へ背を預けたヴィオレッタは、真剣な眼差しをこちらに向けていた。

 鋭いそれは攻撃的な色を湛えているように思え、これ以上誤魔化すのは不可能であると感じさせる。



「まぁ……、一応理由はあるんだけど」


「それでは私にはわからん。納得のいく説明をしてもらおう」



 ジッと見つめる視線は本気であり、話す良い機会なのだと思わせる。

 ズルズルと先延ばしにしてしまったが、今の内に話しておかねばならない。

 もし状況が変わって、すぐにでも突入しなければならなくなってからでは遅いのだから。



 僕が了承し話すと伝えると、ヴィオレッタは口を閉ざしたままで移動し僕の横へと座った。

 毛布をかぶったままである彼女は、床に腰を下ろし僕へと視線を移すこともない。



「前もって言っておくよ。ヴィオレッタがどう考えているかは知らないけれど、傭兵団てのは金のために武器を手にする集団だ。世のためとか正義のためなんてお題目では動かない」


「そのくらいは理解しているつもりだ。私とていつまでも子供ではない」



 馬鹿にするなと言わんばかりに、彼女はこちらを振り向きもせず言い切った。

 口の上ではそこまで言い切るのだ、伝えたとしても一応は問題あるまい。

 僕は一呼吸置いて気持ちを固めると、ヴィオレッタにとっては少々酷であろう話を始めた。




 僕が皆と別れ、先にラッシュフォートへ入っていた団員から聞かされた任務内容。

 表立って明言はされずとも、その意志が対象の殲滅であること。

 凶悪な存在でこそあるが、ただの一般人相手に武器を振るい、全ての命を奪わねばならぬことを。



「ラッシュフォートの統治者は見せしめとするのを望んでいる。悪いが一人たりとて見逃してやる訳にはいかない」


「……命乞いをしてもか?」


「そうだ。例え武器を捨てた相手であっても」



 淡々と告げる僕の言葉に、ヴィオレッタは小さく問うのみで、これといった反論などは行わなかった。

 団長の意図しているであろう事に関して、僕は話してはいない。

 しかし自身がそんな役割を担わねばならぬ点から、なぜこちらに割り振られたのかを、早々に気付いているはず。

 ただ僕が想像した以上に彼女は落ち着いており、粛々と事実を受け入れているようだった。



「アルフレートは……、こういった任務の経験はあるのか?」


「いや、僕もここまで表沙汰に出来ない内容は初めてだ。戦場で多くの敵兵の命を奪った経験はあるけれど」



 デナムでの防衛時、迫る共和国軍を一方的に燃やしていった光景が脳裏を過る。

 しかしあれは戦場という、ある種の正常ではいられない環境に晒されていたが故のものだ。

 それに相手は戦場に出てきた軍人。今回のような対象とは大きく異なる。



「……やれるか?」



 小さく俯いたヴィオレッタへと、意志を確認するべく問う。

 もしも仮にここで彼女が無理だと言ったならば、それはそれで構わない。

 本来ならばそれが普通の反応であろうし、それ自体は団長の本意に沿う形となるのだから。


 ただまだ短い付き合いであるとはいえ、ヴィオレッタは徐々にチームに受け入れられ始めている。

 これから先に仲間となっていくであろう彼女が、ここで易々と離脱してしまうのは、僕個人としては本意でないという想いは多少なりとあった。

 例え普段好意的でない扱いをしてくる娘であっても、十日以上も共に行動しているのだ。

 多少なりと情が沸くのは仕方がない。



「団長も随分な難題を課すものだな。……到底人に自慢できる内容ではないが、やってみせよう。私は自身が傭兵としてやっていけると証明してみせる」



 やれるかと問うた僕の言葉に、ヴィオレッタは言葉と共に鋭い視線をもって返す。

 しかしその瞳は僕に対して攻撃的な意思を込めたものではなく、自身の明確な決意を伝えようとしているように見えた。


 ここまでに聞いた話では、今のところ彼女は人を斬った経験はない。

 なのでその場に立てば多少なりと尻込みするだろうが、その時は僕が最低限のフォローをしていけばいい話だ。



「信じるよ。いざとなったら背を頼む」


「背を任されるのは困るな。私はいつか、アルフレートの寝首を掻くつもりなのだから」


「そいつは恐ろしい。やるならせめて戦闘の最中以外にして欲しいところだ」



 ヴィオレッタはどこか独白めいた、挑発的な言葉を僕に放つ。

 いつぞやも聞いたそれに対し困ったような反応を返すと、彼女は肩の力を抜いて口の端を上げた。

 どうやら僕に対し、一矢報えたという心境を得られたようだ。


 何も本当にそんな事をして来るとは思っていないが、今はヴィオレッタのお遊びに付き合うというのも悪くはない。

 床に座った状態で薄くニヤリとし、自信の程を話すヴィオレッタの話を聞きつつ監視を続けていると、階下の扉が開かれる音が聞こえてきた。


 エイダが警告を発しないため、おそらくは向こうの誰かが差し入れに来たのだろう。

 誰が来たのかは知らないが、今の談笑を続ける僕等を見てどういった反応を示すのか。

 そこが僅かに楽しみに思えなくはなかった。




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