略奪の町
『なぁエイダ、ここでいいと思うか……?』
<それは私には判断がつきません。ご自身で判断されるべきかと>
宿から出て気の向くままに通りを歩き、最初に見つけた酒場の前で立ちつくす。
なかなか踏ん切りがつかずエイダに相談してみるも、彼女にもこればかりは何とも言えないようだ。
日が沈みかけて暗い表通り中で、ここから一際明るい光が漏れており、人も多そうな店だ。
何時までここで立っていても埒が明かないので、思い切って足を踏み入れる。
だが果たしてここで正解だったのかどうか。
テーブルに並ぶ料理の数々は、良い香りこそさせているものの量は少ない。
それに反して客の男たちの体格は筋骨隆々としており、これで足りるのだろうかと思えてならなかった。
おまけにその席に着く客たちの様子もどこか沈みがちで、とてもではないが食事を楽しもうという雰囲気ではない。
「いらっしゃい、何にする?」
目に付いた適当な席へと座った僕へ、中年の女性が注文を取りに来る。
慌てて何を頼もうかと思案するも、いったい何が置いてあるのかすらわからない。
そんな僕の様子を察したのか、目の前の女性は小さく笑って「お任せでいいかい?」と告げた。
「は、はい。お願いします……」
異論をはさむ余地すらなく、僕はその提案に首を縦に振るしかなかった。
背を向けて厨房へと向かう女性を眺めながら思う。
そういえば僕は生まれてこの方、こういった店に入った経験がほとんど無かったのだと。
生まれ育った惑星には飲食店などほとんどなく、家庭で母が作った食事ばかりを食べていた。
この惑星に来て初めて外食をしたのだが、それも数年前に爺ちゃんに連れて来られて以来で、碌すっぽ振る舞い方すらもわからない。
あの時はどうやって注文をしたのだったか、いまいち記憶に残っていないのが悔やまれる。
しばらくソワソワとしながら待っていると、先ほどの女性が料理と飲み物を持って戻ってきた。
僕の見た目から回避したのかどうか、彼女は酒精ではなく果汁の入ったジョッキと、木の実が入った小皿を置いていく。
出されたそれを少しずつ口にしながら、僕は軽く周囲を見回す。
『何て言うか、妙に辛気臭いな』
<酒場にしては、活気が無いというのは否定しません。本来発生していると推測される騒音値も、想定を大きく下回っています>
変わらず他の席に座る男たちの表情は皆一様に暗く、時折ため息を衝きながら手にした酒を煽る。
どういった理由かは知らないが、それによって店の中はあまり陽気とは言えない空気に包まれていた。
そのどうにもおかしな様子に、僕は状況を把握すべくエイダへと指示を出す。
『……他のテーブルでの会話を拾えるか?』
<可能です。半径七m以内に存在する人物の音声を収集します>
少々趣味が悪いとは思う。
だが店全体がこういった雰囲気では、この町自体に何か問題が起こっていると考えていいのでは。
もしも僕自身にそれが降りかかってくるようであれば、多少の無理を押してでもすぐに町を離れるべきだ。
店の中に居る彼らには悪いが、そのためにも必要な情報を集めさせてもらうとしよう。
中年の女性が次に運んできた皿に乗せられた、少量の根菜を茹でて塩を振っただけの料理へと手を伸ばしながら、僕はエイダを介して得た周囲の会話に耳を傾ける。
『次に来るのはいつだっけか?』
『確か明後日だろ。それまでに用意出来んのかよ……』
『イェルドの傭兵隊を雇ったりとかは出来ないのか?』
『そんな金がどこにあるってんだ。この町じゃ一人か二人雇うのが精一杯だろ』
『いっそどこか、都市国家の庇護下に入った方がいいんじゃないか? 自治は難しいだろうが、一応安全にはなるはずだ』
『そもそもあの連中は、他の都市の差し金で来てるって噂もあるじゃないか。もしそれが本当なら思う壺だぞ』
釈然としない内容ではあるが、男たちの会話からはどうにも危うい空気を感じる。
傭兵という言葉が出てきたが、僕もそれについては聞いたことがあった。
確か金銭と引き換えに戦闘や戦争行為を行う職業だ。
そんな言葉が出てきたからには、今この町はかなり物騒な事態に陥っているのだろう。
『なんにせよ、野盗連中がまた来るまでに、金か食料を用意しとかねぇとな』
一人が呟いたこの言葉によって、おおよそ事情の理解はできた。
この町は賊によって、食料や金銭を脅し取られているのだ。
店の雰囲気が沈んだ様子なのも、それが原因であるに違いない。
店で出される料理が少ないのは、差し出す食糧を捻出するためかどうかは知らないが。
『こんな話、どっかで聞いたことがあるな。賊に町が襲われるみたいなの』
<アルフレートの好きな、二十世紀地球のレトロムービーでは?>
小さく呟く僕の言葉へと、即答するエイダによって僕はそれを思い出す。
どういう訳か船のデータに残されていた、古いムービーにあるシーンだったか。
悪党に脅され娘を奪われそうになっている町が、通りがかりのガンマンによって助けられるとかいう話だ。
はて、それとも助け出すのはサムライだったか?
『どっかに強くてタダで野盗を倒してくれるような人がいねぇかな』
『夢みたいなこと言ってんじゃねえって。とりあえず明日にでも町長が何か言ってくるだろうけどよ』
続けて町の人たちの会話が聞こえる。
やはりどうしてもそういった思考になってしまうようだ。
自身に都合の良い手助けをしてくれる、救世主とも言える誰かが現れてはくれないだろうかと。
果汁の入ったジョッキを口に当てながら、僕は利き腕に巻いた細いブレスレットを見やる。
一見してただの装飾品にも見えるそれは、着用者の身体能力を大幅に向上させてくれるという、この惑星の技術水準から考えれば異常な代物。
これを身に着けていれば、おそらく十数人程度であれば苦も無く対処できる。
たぶん、それこそ僕の見たムービーに出てきた主人公のように、この町を助けることが出来るはずであった。
『普通の相手なら……、たぶん勝てるだろうな』
<アルフレート、それはヒーロー願望ですか?>
エイダの茶々を聞き流す。
実際のところ、それをしてどうするというのか。
しかし確かにエイダの言う通り、人々を助けて英雄の如く称えられるという光景に、僕も若干の憧れを抱かなくはない。
むしろそうした方がこの町で暮らすとした場合に、足場を固めるという意味では有益かもしれない。
上手くすれば、他の町へと行く費用を捻出するのに役立つ可能性も。
現在僕が所持する二つの武器は、威力が高すぎるため人相手に使うのは躊躇われる。
なのでやるとすれば、適当に棒か何かを使って戦うことになるだろう。
僕自身には人を相手として戦った経験などないため、そうそう上手くいかない可能性も高いけれども。
はてさて、いったいどうしたものか。
「ちょっと邪魔するよ、大将」
などと僕が空想に耽っていると、店の入り口から二人組の人物が入ってくるのが目に留まる。
その人たちは店内に入り店主へと挨拶すると、キョロキョロと店内を見回し、一点に顔を向け動きを止めた。
顔を向けた方向は僕の座る席で、直後にこちらへと真っ直ぐに歩み寄って来る。
よく見れば内一人は知らない顔ではあるが、もう一人は昼間に僕が布を売った商店の店主だ。
まさか売った品に何か問題でもあり、返金でも求めて来るのだろうかと思い怯む。
もしそうなったら、非常に困るのは確かだった。
だがどうやらそれは違ったようで、彼らは近寄るなり僕へと満面の笑顔を向けてきた。
「お探ししましたよ。相席よろしいですかな?」
「ええ……、どうぞ」
僕が答えるのとほぼ同時に、見ぬ顔の男性は正面の椅子へと座る。
衣料品店の店主は、その横で立ったまま同じように笑顔を浮かべていた。
店内の沈んだ空気の中で、そこだけが妙に浮いているように感じられ、どこか落ち着かない。
「あの、何かご用でしょうか?」
「はい、実は折り入ってお尋ねしたい事が。ああ申し遅れました、わたくしこの町で町長をしておる者でして――」
目の前に座る男性は、自身をこの町の町長であると名乗った。
そこからいったい僕に何の関係があるのか、彼がどういう経緯で町長になり、如何に自分が人々から頼られているかなどを延々と話し続ける。
まさかとは思うが、余所者である僕に自慢話でもしに来たのだろうか。
いつまで経っても本題に移らぬ町長に痺れを切らし、僕は単刀直入に切り出す。
「それで、ご用件は?」
「これは失礼をしました。実はですね、貴方が彼に売った布のことで少々ご相談が」
未だに座りもせず背後に立つ衣料品店の店主は、その言葉に反応して会釈する。
何の用かとは思ったが、結局は昼間に売った品に関する話だったようだ。
「実はあれと同じ物を手に入れたいのです。それかもし製法をご存じなのであれば、是非とも我々にご教授願えないかと」
テーブルに身を乗り出し、町長は顔を寄せて問い詰める。
ただの布きれに、いったいどうしてそうまで関心を寄せるのだろうか。
しかし考えてみれば、あれだけの布で一月近く暮らせるだけの額を寄越すというのも不自然だったかもしれない。
何せ実際に衣類などで使うための加工すら行っていない、ただの布地に過ぎないのだから。
「どうしてあれを欲しがるので?」
「端的に申し上げれば、我々がかつて見た事もない代物だからです。使っている糸だけでなく、織り方も。そうだな?」
「ああ、わしも長年布を扱ってきたが、あんなのは見た事が無い」
衣料品店の店主は若干ではあるが、困惑の色を顔に浮かべたまま町長の問いに答える。
その言葉に僕は、しまったという思いを抱く。
『もしかして……、やらかしたか?』
<おそらく。少々過度な品であったようですね>
淡々としたエイダの言葉が、刺さるかのようだ。
今になって思い起こしてみれば、あの時に売った布はいわゆる化学繊維の類だったのかもしれない。
だとすれば綿や羊毛などのような、自然物から採れた糸を織った物しか見た事のない彼らが驚くのも、当然と言えば当然か。
僕は己の迂闊さを叱咤してやりたい気分だった。
これは明らかに僕のミスだ。不要かつこの星で買い取って貰えそうな物を適当に物色したのだが、そういった部分にまでは気を回してはいなかった。
失態に内心で舌打ちする僕へと、町長は張り付いたような笑みで話を続ける。
「この町は農業と林業以外にはこれといった産業もないので、どうにかして特産となる物を求めていたところでして」
「つまり、これをその特産にしたいと?」
「きめ細やかで手触りも良く、そして何よりも丈夫。あれが量産されれば、この町が富むのは言うに及ばず、多くの人が恩恵を授かれることでしょう」
町長はあの生地に対し、新しい産業の柱として目を付けたということなのだろう。
ただもし仮に僕が作り方を知っていたとして、そんな金のなる木とも言える知識を、易々と人に教えるとでも思っているのだろうか。
そういった内容を話してしまうあたり、存外彼は不用意な人間なのかもしれない。
ただどちらにせよ僕はその製法を知りはしないので、丁寧にその旨を伝えた。
エイダにデータベースを調べさせれば、案外製法の一つや二つ出てくるかもしれない。
だがそのようなものを伝えて、後々もっと知識を要求されても困った事になる。
「ではどうやって入手したかだけでも!」
「そう言われましても……」
製法を知らないと伝えるも、今度はどこで手に入れたのかと問うてくるため、僕は答えに窮す。
流石にあんな綺麗な布を偶然拾ったというのは嘘くさいし、見知らぬ誰かに貰ったというのもまた同様か。
それに、教えてくれれば可能な限り報酬を払うと豪語する町長だが、もし教えれたとしても、本当にそれが払えるものだろうか。
「報酬を払うと仰いますが、この町にその余裕があるようには見えませんが?」
少々面倒臭くなってきた僕が放った言葉に、町長を始めとして店内の客たちの声が静まる。
僕の言い放った言葉が、何を指して言っているのかを理解したようだ。
「どうして……、そのように思われるのでしょうか」
「さっきから色々と聞こえていましたからね。野盗の被害に遭われているとか?」
正直に言った一言に、周囲の男たちからはしまったという空気が漏れる。
いったい何をそんなに隠す必要があるのか、町長はその場で声を張り上げて周囲へと怒鳴り散らす。
「なにとぞ、この話は内密にしていただけると……」
「それは構いませんが、何か事情でもおありで?」
厄介事であるのは確かなのだろう。
面倒臭いという思いはあるものの、僕自身徐々に好奇心が湧き起こり始め、ついつい町長へと事情を問うてしまう。
話したものか悩んだ様子を見せた町長であったが、僕に協力を仰ぐにせよ口止めするにせよ、説明の必要があると考えたようだ。
ゆっくりと、重そうに口を開き始めた。