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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
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篩い 05


 監視を始めた初日の夕刻。

 僕は壁へともたれかかりながら毛布をかぶり、目の前に置いた抜身の剣へと触れる。

 小さな蝋燭の灯りへと剣身を掲げて照らし、刃先をほんの少しだけ爪でなぞると、明確に感じる凹凸。


 ちゃんと研いでいるはずであるのに、ちょっとした使い方ですぐこれだ。

 そろそろガタがきているのだろうか、と僕は僅かに不安の混じった息を吐く。

 武器商は丈夫な代物であると言ってはいた。

 しかし使い方が荒いせいなのだろうか、まだ半年と使っていない剣ではあるが、想像以上に消耗が激しい。


 本来ならば鍛冶師に依頼して打ち直してもらうなり、新しい武器を買うなりするべきだろう。

 しかし何度か武器を扱う店を周ってみても、これといった代物に出会う事が出来なかったのだ。




「話を聞いているのか?」



 剣を手に悩む僕へと、怪訝そうな声。

 その声がした方向を見ると、窓際に置かれた椅子へと座り、外の教会を見つめ続けるヴィオレッタの姿。

 監視を続けるためこちらを向いてこそいないものの、その様子からは不満げな気配が漂っている。



「ああ、聞いているよ。団長のことだろう?」


「……人が折角話しているのに、寝ているのかと思ったぞ」


「一応寝ちゃいないけど、交代で休息を摂るんだから、それ自体は別に悪い事じゃないだろう」



 僕の言葉にヴィオレッタは、「それはそうなのだが」と言葉を詰まらせた。


 今は幾度目かの交代を経て、僕が休息を摂る番となっている。

 それでも然程疲労している訳ではなく、眠るほどでもない僕は団長について語るヴィオレッタの話を聞いていた。

 少々手元の武器を眺めて相槌が遅れてしまっていたようなので、そこは悪い事をしてしまったが。



「で、なんだっけ。団長はこの傭兵団を一代で築いたって話だっけ?」


「そうだ。パ……団長は最初一人だけで傭兵を始め、たったの十数年でここまでの規模にした」



 こちらを向かぬまま、自慢げに語るヴィオレッタ。

 

 最初こそ気乗りせぬ様子で話をしていたヴィオレッタだが、話し始めると思いのほか興が乗ったようだ。

 今は延々と自身に関する話をしている。


 自身に関するとは言うものの、その多くは彼女の父親である団長のものだ。

 彼女の話によると、団長は特定の団に所属しないフリーランスの傭兵であったそうだが、各地の戦場に乗りこんでは活躍したのだと言う。

 活躍をするにつれ人が集まっていき、それは次第に団と呼べる勢力に。

 そうして今では数百に上る傭兵を抱える、大傭兵団のトップに収まったそうだ。



「僕はまだ会ったことが無いけど、相当スゴイ人なんだな」


「当然だ。団長は世界最高の傭兵……。いや、最高の戦士だからな」



 自らの言葉に興奮し始めたのだろうか、ヴィオレッタは監視を放り出して顔をこちらに向け熱弁し始める。

 彼女は自身の父親である団長を随分と尊敬しているようで、瞳を輝かせていた。

 それを小さく窘めると、しまったという顔をして再び窓へと向き直る。


 僕自身は会ったことのない団長ではあるが、他の傭兵たちやヘイゼルさんなどに聞いても、おおよそ評判が良い。

 今のところ悪く言う人に会ったことが無く、人心の掌握に長けた人である様が窺える。

 単に彼女の場合、少々ファザコンの気があるのかもしれないが。




「その団長を手助けしたくて傭兵になったのか?」



 ただ何となく気になり、ヴィオレッタに訪ねてみる。

 彼女は幼い頃から団長から手ほどきを受け、それなりに自己の実力に自身を持っていた。

 僕はただ単に、彼女がそれを証明したいだけのために傭兵となったのだろうかと考えていたのだ。



「それもある。だが私は傭兵として経験を積み、いずれ団長に認められる日が来れば、その後を継ぎたいと考えている」


「そういえば、団長はヴィオレッタ以外に子供が居ないんだったか……」


「うむ。母は早くに居なくなってしまったからな、子は私のみだ」



 ただ団長に認めてもらいたいというのも有るようだが、ヴィオレッタは追々自身が団を背負って立ちたいと考えているようだった。


 僕は今回の任務に際して、団長から微かな異常性を感じている。

 だがヴィオレッタにそうまで思わせる団長とはどういう人なのか。

 多少なりと彼女のフィルターがかかった評価な可能性はあるが、こうまで自慢気にされては、是非とも会ってみたい気にさせられるのは確かだ。



「それじゃあ僕等は将来、ヴィオレッタの下で働くのか」


「……まさかお前も、女に傭兵団の団長は無理だ、などと言うつもりではないだろうな?」



 若干不機嫌さを纏い始めたヴィオレッタは、チラリと目線だけをこちらへ送る。

 彼女は団長の子という立場から、周囲の大人たちにそういった言葉を聞かされる機会もあったのだろう。

 そんな発言を快く思わないであろうことは、彼女の気質を考えれば容易に想像がつく。



「そうじゃないさ。中にはそう言う人も居るかもしれないけど」


「確かに一部の者は、将来は有望そうな奴を婿になどと言うが、そんなつもりなど毛頭ない。私は自らが傭兵団の上に立つつもりだ!」



 いつの間にかヴィオレッタは立ち上がり、監視を放り出して力説していた。

 この件はそれ程までに、彼女にとって大目標と言えるものなのだろう。

 そのためにはまず、感情的になって監視を放り出してしまう性格をなんとかせねばならないだろうが。




「あれー? なんか楽しそうにしてるじゃん」



 その時、唐突に部屋へと響いた声に、僕とヴィオレッタはビクリと背を震わせる。

 振り返って部屋の入口へと向くと、そこには手に篭を持ったケイリーの姿。

 言葉の内容はともかくとして、不意に聞こえた別の人物による声に、かなり驚いたのは否定できない。


 だが現れたのが敵などではなく、北部地区に居るはずのケイリーであった事実に密かな安堵を覚えた。

 そういえば向こうには三人が居るため、ローテーションして双方の食糧を調達するようにしたのだったか。



<感知はしていましたが、相手がケイリーだったので必要はないかと>



 どうして近づいているのをエイダが知らせなかったのかと考えるも、エイダは僕が問う前に自ら申告する。

 確かに危険性が無い仲間であるので、別に必要性が無いと言えばそうなのだが。



<尾行された形跡もありません。周囲の屋外にも人影は皆無です>


『……そいつは何よりだ』



 若干ゲンナリとしながらも、僕は姿を現したケイリーを見やる。

 彼女はその手に下げた篭の中身をゴソゴソとまさぐり、中から一つの果物を取り出した。



「差し入れ。食べるでしょ?」


「ああ……、助かるよ」



 ニカリと言い放つケイリーの言葉に脱力しながら、僕は小さく苦笑いをしつつ感謝の言葉を述べた。






 ケイリーが持って来た食事を、僕は窓辺に座りながら口にする。

 彼女が持って来たのは、パンで食材を挟み込んだいわゆるサンドイッチや、手掴みで食べられる果物の類。

 あとは温かいお茶であろうか。

 これは階下に在るキッチンでお湯を沸かして淹れてくれた。



「すまないな、そっちも交代で見張ってるのにわざわざ食事を持ってきてくれて」


「いいんだって。前もって決めておいた事なんだし、それにあたしたちは三人居るんだから。そっちは食事を買いに行くのも難しいでしょ?」



 交代で食糧の確保などを行うというのは、監視を始める前夜にあらかじめ決めておいた内容ではある。

 だが自身が居ぬ間に状況が動いたらと考えると、なかなかに大変な役回りではあるはずだ。


 それにしても、ヴィオレッタが団長について話している時でなくて良かった。

 彼女が団長の娘であるというのは、皆にも話してはいないのだから。




「でも思ったより仲良くやってるみたいで安心したよ」



 食事をする僕等を眺めながら、ケイリーは笑顔となって言う。

 確かにここまでの僕とヴィオレッタがしてきた会話を思えば、喧嘩の一つや二つしていてもおかしくはないと考えたのだろう。

 彼女にしてみれば、これが最も気がかりであったに違いない。

 むしろそれを確認する口実として、ここまで食料を届けに来てくれたのだと思う。



「仲良くだと? 冗談ではない、なぜ私がこ奴と」


「そう? あたしが最初に入ってきた時は、普通に話してるように見えたけど」



 僕と普通に会話していると思われるのが、ヴィオレッタにはあまり本意ではないようだ。

 ケイリーの言葉に頬を染め反論をするも、アッサリ受け流される。



「別に四六時中やり合っている訳じゃないさ。それに今回はそういうの無しって約束したからな」


「なら良かった。あたしだって二人が口喧嘩しっ放しじゃイヤだもの」



 ケイリーのする悪意の無い言葉に困惑し、口を閉ざすヴィオレッタ。

 それを余所に、ケイリーは穏やかな様子で安堵の息を漏らした。

 彼女からすれば、チーム内の和が保たれる状態というのが望ましいようだ。

 それも当然か、誰もが仲間内で喧嘩を続けたいなどとは思うまい。

 ただヴィオレッタが僕に対して一方的に燃やす対抗意識は、虚勢や寂しさから来るものであると思うのだが。



「それに本気で感情的になっている訳じゃないしな。ヴィオレッタだってそうだろう?」


「それは……、まぁそうなのだが」



 少々目が泳ぎながらも、僕の言葉に肯定の言葉を吐くヴィオレッタ。

 それなりに懐いている相手であるケイリーが居るからなのか、それとも実際には彼女もそこまで感情的な言動をしてはいない証明なのか。

 どちらともわからないものの、現在はそこまで僕に対し攻撃的な意識を向けてはいないようだった。

 さっきの団長に関する話が、多少なりとヴィオレッタの心情を和らげているのかもしれない。




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