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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
48/422

篩い 04


 ラッシュフォートへと辿り着いた翌早朝。

 僕はヴィオレッタと共に、夜も明けきらぬ港街の朝靄を身に受けながら進んでいた。


 現在僕等が向かっているのは、先行した女性団員が用意してくれた、都市の東部に位置する廃教会が望める拠点だ。

 他の皆は僕等と同様に、北部に用意された別の監視拠点へと移動している。



「随分と不機嫌そうだけれど、そんなに僕と行動するのが不満か……?」


「当然だろう。またぞろ嫌味を言われる時間が来るかと思えば、不機嫌になるのも仕方あるまい」



 並んで歩くヴィオレッタは、僕の問いに対して表情を変ず憮然とした態度を返す。

 彼女からしてみれば、仲の良いケイリーと共に行動するのを邪魔され、訓練の最中再三コケにし続ける僕と組まされたのだ。

 不機嫌となるのも無理からぬことか。


 僕はただ単に、からかう度に動きを鋭くしていくヴィオレッタに気を良くしていたに過ぎない。

 ただやはり調子に乗ってからかい過ぎてしまったようだ。

 彼女は完全にへそを曲げてしまっており、取りつく島もない。

 やはりもう少し自重しておくべきだったか。



「悪かったよ。今回は決してしないと約束する」


「……どうだか」



 フイと余所を向くヴィオレッタ。

 初対面からあまり好意的な感情を持たれてはいなかったが、今では完全に彼女から嫌われてしまっているようだ。

 マーカスは嫌われているのを否定していたが、どうもそうとしか思えない。


 ヴィオレッタとの関係性は、いわゆる相性が悪いとか、気性が合わないとかそういった要因なのだろうか。

 それともただ単に、彼女が異性に対して警戒心を持っているだけの可能性もある。

 現にレオとマーカスに対しては、僕のように牙を剥いたりはしないものの、未だどこか余所余所しい接し方をしていた。


 この先どれだけヴィオレッタと共に行動するかは知れないが、あまり好ましい状況ではない。

 どうしたものかと頭を捻らせながら、僕は指定された監視地点へと移動を続けた。




 不機嫌なままのヴィオレッタを伴い、都市の東部地区へと移動。

 そこで辿り着いた場所は比較的視界の開けた、あまり建物の密集率が高くない地域だった。

 建物の陰から顔だけ覗き視線を遠くへと向ければ、その先には古く寂れた廃教会が。

 あれが標的となる、反体制の集団が潜伏する場所のようだ。


 一方、陰に隠れている場所で見上げてみると、ラトリッジで僕等が住んでいる家とよく似た作りをした建物。

 ここは監視を行う場所として、諜報員の女性によって用意された空き家だ。

とは言うものの、かの棲家とは異なりボロボロで住むのが躊躇われるような状態にはない。

 空き家とはいえ外観上は比較的きれいなままなため、無人となってから然程月日は経っていないのだろう。



「あれがその教会か?」


「ああ。無人になっていたのを、勝手に占拠して使ってるみたいだな」


「……今から行って攻撃してしまえば良いではないか」



 視線の先に在る廃教会の様子を眺めていると、隣に立つヴィオレッタが、若干獰猛さを感じる声で小さく漏らす。

 彼女からすればサッサと目的を達し、自身を認めてもらいたいという想いが強いのかもしれない。

 だが正確な情報も得られていないまま仕掛けるというのは、少々リスクがあると言わざるを得ない。

 なのであまりレオのように無鉄砲な発言をされても困る。



「そう急かないでくれ。まずはここに居る人数の把握。攻撃するのは連中が武器を手に入れたと確認してからだ」


「相手はただのチンピラだろう? 人数が居たとしても、大して脅威になるとは思えないが」


「だとしてもさ。念には念を入れておくに越したことはない。傭兵としてやっていくなら、戦うであろう相手の情報は重要だよ」



 そう告げると、ヴィオレッタは不満を持ちながらも一定の納得をしてくれたようだ。

 口を紡ぎそれ以上は何も言わなかった。



 とりあえず納得してくれたのに安堵した僕は、そのまま建物の中へと足を踏み入れる。

 ひとまず入ってみれば、しばらく人が使った形跡はない様だろうか、僅かに埃が舞う。

 とはいえ修繕を行う前の棲家に比べればさしたる問題ではなく、僕は気にせず奥へと進んでいった。

 ヴィオレッタは少々戸惑っているようではあったが。


 そのまま奥へと進み、二階へと上がり。

 見つけた部屋へと入り木窓を小さく開けると、その先には対象となる廃教会が見えた。

 見張りをするには絶好の視点。

 監視をするのであれば、この部屋を使うのが丁度良いかもしれない。


 思いのほか良い場所を確保してくれた諜報員の女性に心の中で感謝し、確認を終えて窓を閉めた僕は、振り返って部屋を見渡し呟く。



「また床で眠る生活に逆戻りか」



 監視に最適と思われた部屋ではあるが、そこには家具の類が一切存在せず、申し訳程度に数枚の毛布が床へと積まれていた。

 おそらくはこの建物を用意してくれた女性が置いたのだろう。

 必要最低限の備品と考えたのかもしれないが、こういった物を備えてくれているだけでもありがたい。


 ただ最近はベッドで眠れる機会も増えてきている。

 別に監視中の住環境に期待などはしていなかったが、再び固い床を友として眠るのを好ましく思うはずもなかった。



「私は別に構わんぞ。パパ……団長に言われて、どのような状況でも休めるよう慣らしている」


「……それはまた、立派な教育方針で育てられたもんだな」



 普段の癖であるのか、パパと誤って言うヴィオレッタの妙な自信に対し、少々返答に困りつつ返す。

 すると彼女は薄い胸を張って自慢げな態度を示した。

 どうやらヴィオレッタは、父親である団長に関し、ある種の褒めるような言葉を言うと機嫌を良くするようだ。

 若干ファザコンの気があるのかもしれない。

 本当のところは僅かに皮肉めいた意味で発した言葉なのだが、機嫌を持ち直しているようだし問題はないか。



「それじゃ先に休んでいて貰おうかな。こっちは二人だ、短めの時間で交代していこう」


「わかった。では私は先に休ませてもらう」



 そう言ってヴィオレッタは床に置かれた毛布を敷き、その上に躊躇なくゴロンと寝転がった。

 自身の腕を枕にし、片膝立てながら脚を組んで瞼を閉じる。


 埃の舞う中で平然と横になるヴィオレッタ。

 彼女がチームのメンバーになって以降何度となく思っている事ではあるが、その様子からはお嬢様らしさというものが微塵も感じられない。

 それが団長の教育方針であるのか、彼女に特別裕福な生活というものを与えては来なかったようだ。


 というかまだケイリーの方がよほど女性的な仕草をする。

 女の子というよりは、言動も含めてどこか少年を相手に接しているような気さえしてきた。



 感心とも呆れともつかぬ感情を抱きながらも、僕は部屋の隅に置かれていた椅子を寄せ、再度木窓を小さく開けて廃教会の監視を始めた。

 今はこれといった動きは見られないが、教会付近では時折人影らしきものがチラホラと。

 事前に聞かされていた通り、あの場所が反体制団体のアジトであるのは間違いないようだ。




 しばらく僕が椅子に座って監視を続けていると、背後から幾度かヴィオレッタの動く気配がし始めた。

 寝返りでもうっているようで、ゴソゴソという布の擦れる音とともに、小さく呻る声。


 何だかんだ言っても、まだ午前の比較的早い時間帯。

 どうやらヴィオレッタ自身も、然程眠気を感じてはいないようではある。

 休めるよう慣らされているとは言いつつも、眠るという段階にまでは至れないようだ。


 しばらくすると、ヴィオレッタは今の時点で眠るのを諦めたのか、横になったまま唐突に僕へと声をかけてきた。



「なぁ……」


「ん。どうした?」



 ヴィオレッタの呟く言葉に、僕は窓の外へと視線を向けたまま、振り返りもせず問い返す。

 休むのには慣れているんじゃないかと軽口を叩きそうになるが、今はやめておこう。

 最初に彼女と約束したものを、始まって早々に破るというのは些か気が引ける。



「私たちが戦う相手なのだが、いったいどの程度危険な相手なのだ?」


「……気になるか?」


「当然だろう。ただの一般人が相手であるならば、わざわざ傭兵団に依頼するまでもない。いくら騎士共が脆弱で半端な存在であろうと、ただの素人相手ならばそう苦戦するものではない」



 直感的に不可解な空気を感じ取ったのだろうか、ヴィオレッタは疑問を口にした。

 この依頼を僕等が請け負う破目になった理由までは察していないだろうが、やはり普通に考えればおかしな点というのは存在する。

 ヴィオレッタはその理由が、相手の本質にあると考えたようだ。



「かなり凶悪な連中ではあるみたいだな」


「具体的に言ってもらわねばわからん」


「僕が聞いた限りでは、殺人や強姦、放火なんてのは日常茶飯事のようだ。他には中毒性の高い植物の売買とかか。パッと思いつく悪事は一通りやってるみたいだな」



 僕は事前に知らされていた、対象の行っている活動に関しての情報を羅列していく。

 今現在監視を行う対象である反体制グループは、表立っては地域住民によるただの寄り合いだ。

 ただその裏では、ラッシュフォート統治者への反抗とは別に、相当な悪事へと手を染めていた。

 ここまで来ると反体制グループというよりも、ただの犯罪組織と言ってしまうのが正しい。


 ただどうやら最初の時点では、ラッシュフォートの統治者も騎士隊に対処を任せようとしたらしい。

 しかし連中の凶暴性を認識してか、騎士たちは乗り気でないというよりは、断固として拒否する姿勢を露わにしたのだと聞く。



「他にも幼い少女を攫って――」


「わかった、もういい。それだけ聞ければ十分だ」



 僕の続ける話を、ウンザリといった様子で遮るヴィオレッタ。

 少々しつこいというか、話が生々しすぎたようだ。



「そのような連中ならば、武を持ってして制圧しても、問題にはならないだろうな」



 未だ僕は背後を振り返ってはいないのだが、ヴィオレッタはある程度納得したのか頷くような様子を感じ取る。

 正義感とは違うのだろうけれど、彼女なりに自身が行おうとする行動の正当性を探ろうとしていたようだ。



 そこまで考えたところで、僕はヴィオレッタに言わねばならない話を思い出した。

 本人の希望を拒否してまで、彼女を僕と行動させている理由。

 そしてこの東部地区に居る反体制勢力を、制圧ではなく殲滅しなければならないという話を。


 依頼元であるラッシュフォートの統治者が正式な手続きで依頼し、相応の金銭を払っているのだから従うのは当然。

 そう言い聞かせるのは簡単だ。

 ただそういった後ろ暗い任務が僕等に回ってきた理由について、僕は上手く説明できる自身が持てずにいた。


 とは言えいつまでも誤魔化し続け、いざという時に相手を切れませんでは話しにならない。

 なのでそのうち、あの話もしなければいけないはずだ。ヴィオレッタには、血生臭い世界を知って貰わねばならないのだから。


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