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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
46/422

篩い 02


 ラッシュフォート市街から道を一本入った裏通りに在る、若干寂れた気配の漂う宿。

 中へと一歩踏み込んでも誰も居らず、本当に営業しているのか疑わしくなるそこを、僕は迷うことなく奥へと進んでいく。


 人ひとり分の靴が、延々と木板の床を鳴らす。

 チームの皆と別行動し、今ここに居るのは僕一人のみ。

 その皆と離れ宿に一人だけで居るという時点で、ここに泊まろうという意図で来たのではないのは明らかだ。

 ならば泊まる意思もないのにどうして宿に来たかと言えば、ただ単純にここが先行しているという団員との、待ち合わせ場所として指定されたためだった。


 職業柄と言ってしまえばそれまでなのだが、どうにも路地裏や倉庫の中といった、人の目が届きにくい場所に縁がある。

 最初の頃は、昼の最中であっても尚薄暗い中に居るというのが、少々気の滅入りそうな要因にはなった。

 しかし半年近くを傭兵として過ごし、今では慣れたものだ。




 軋む階段を登り、薄暗い廊下を抜けて奥へと進む。

 通路の最奥にある扉の前へと立ち、簡素な作りの宿にしては随分と分厚い扉を軽くノックする。

 少しして中から小さな返事が返ってくると、僕は意を決して取っ手を引く。

 すると扉の重さに耐えかねるかのように、油の差されていない蝶番が嫌な音を立て扉が開いた。


 小さく開けて滑るように踏み込むと、そこは昼間であるというのに木窓を閉め切り、入り口近くの壁際に置かれたただ一つの蝋燭によってのみ、部分的に照らされた小部屋。

 簡素ながら重厚な扉によって閉ざされた部屋にしては、随分と小さな空間だ。

 その小さな部屋に、僕を待ちかねていたであろう一人の人物。



「お待たせしました」


「いいえ、構いませんよ」



 入って早々にした僕の謝罪に、待ち合わせた相手である団員は穏やかに返す。

 部屋の奥へ行くほどに尚暗く、小さな蝋燭の灯りだけではいまいち相手の顔が判別できない。

 しかしその声色からして、女性であろう事は定かだった。


 珍しいものだとは思う。

 どうしても傭兵団というのは男所帯であるため、女性の団員というのは極少数だ。

 ラトリッジでもケイリーとヴィオレッタ、それにヘイゼルさん以外にはまず見かける事もない。



「すみません。失礼かとは思いますが、私は立場上仲間と言えど顔を晒すのが躊躇われますので」


「気にしていませんよ。そういう事でしたら、仕方ありません」



 咄嗟に気にしていないと返してしまったが、僕は彼女の言葉に若干の驚きを抱く。

 顔を晒せぬ立場であると、女性は言った。

 つまりどうやら彼女は、イェルド傭兵団が抱える諜報員のような立場であるようだ。

 あえて蝋燭を置いているのも、こちらの目を慣れさせぬようにだろうか。


 当然そういった立場の人が存在する可能性というのは頭にあったが、実際にこの目で見るのは初めて。

 もちろんそんな人に、僕のような若造がおいそれと会えるものではないけれども。



 少々の驚きを抱いたまま暗がりに立つ女性を眺めていると、エイダは僕が気にしているのを察したようだ。

 暗がりの先を見えるように出来ると言ってくる。



<走査すれば顔の確認は可能ですよ?>


『いや……、止めておく。こういった相手に関して、あまり知りすぎても碌な目に遭わないだろうし』



 『顔を見られたからには生かしてはおけない』などという、古いムービーのような台詞が聞ける雰囲気には思えない。

 しかしわざわざ隠している顔を覗き見て、知らなくても良い事を知るというのは抵抗があった。

 それに今現在の僕の立場では、知らない方が無難であるのも確かだ。


 それにしても、どうしてこんな人がこの場に居るのか。

 急激にキナ臭い気配が漂い始めているように思え、部屋の中に緊張感が張り詰めていくように思えてならなかった。





 柔らかな口調に促され、手で指された壁沿いの椅子へと腰かけた僕は、これからこの地で担う役割についての説明を受けた。

 当面取るべき行動やその理由、依頼主の意向と注意点などだ。


 ただ聞くにつれ、道中抱え続けた疑問が解けるのと同時に、更なる疑問も沸き起こる。

 むしろ聞けば聞く程、徐々に困惑と緊張の度合いを高めていく破目となっていた。



「どうしてこんな役割が、僕等のような若輩に?」


「それは私の口からは申し上げられません。ただこれは団長自らの指示で割り振られた任務です。期待が込められているというのはご理解ください」


「……了解しました」



 彼女が知ってて言えないのか、それとも実は聞かされていないのかはわからない。

 ただこれ以上問うたところで、詳しい事情を聞けるとは思えない。

 僕はとりあえず今の時点でそれに関して突っ込んで聞くのは諦め、多少の相槌と確認をしながら話しへと耳を傾けた。





「では、くれぐれも秘密裏にお願いします」



 若干の困惑を友としつつ聞き続けた話だが、ようやく必要な伝達を終えたようだ。

 話は終わったとばかりに、女性は手で扉を指し退出を促す。

 それに対して僕はこれといった不満を口にせず、立ち上がりそのまま扉へと向かった。


 おそらくはこういった、人に聞かれては困る内容を話す時に使われるであろう部屋の、分厚い扉を前にして立ち止まる。

 そのまま退出して事務的に指令を遂行するというのに不満はないのだが、出来る事ならば確認しておきたい事が一つだけあった。


 僕は扉の前で半身となって振り返ると、未だ暗がりで立ち続ける女性へと問いかける。



「一つお聞きしてもいいでしょうか?」


「どうぞ何なりと。私に答えられる範疇でしたら」


「団長は当然、僕等のメンバーについて理解した上で、この任務を割り振ったのですよね?」



 僕の問いに彼女はしばし黙りこくると、感情を抑えた静かな声で告げる。



「それは当然です。後はご想像にお任せしますが」


「……わかりました。では失礼します」



 それだけ聞くと一礼し、再度扉へと向かい開く。

 外からはうっすらとした明りが射し込むが、それによって女性の顔を確認する訳にもいくまい。

 極力部屋の中へと視線を移さぬよう注意しながら、部屋から出た僕はゆっくりと扉を閉めた。







 ラッシュフォート市街の大通りに面した、比較的大きな一軒の宿屋。

 その宿屋の一階にある、食堂と酒場を兼ねたロビーは大勢の人で溢れ、宿泊客の他に周辺の住民と見られる人たちでごった返していた。

 酒精と魚が調理される香りに包まれたそこは、昼間に行った路地裏の宿とは大きく異なり、人の活気に満ち満ちている。




「やっぱりさ、魚には柑橘。ただ焼いただけの魚に、果汁を絞るだけってのが一番よね」


「昼間のですか? 確かにあれは美味しかったですよね。僕の故郷では柑橘類が採れないので、初めて経験しました。レオとヴィオレッタはどうでしたか?」


「私はしっかりとソースがかかってる方が好みだ」


「塩だけでいい」



 そんな食堂の片隅で、一つのテーブルを丸々占領した僕等は、わいわいと談笑しながら食事を進めていく。

 皆は今まさに食事中であるというのに、昼間に買い食いした屋台の料理に対する感想を言い合っていた。

 それを逃した僕からすれば、酷く羨ましい内容ではある。

 なにせ僕が口にしたのは、せいぜいがチームの共用金を使って買った果汁の一杯だけなのだから。



「……食べ損ねた僕の前で、よくそんな話が出来るもんだな」


「だったらアルも明日にでも食べてきなって。そこら中に店があるんだから」



 ケイリーは何を遠慮する必要があるのかと言わんばかりの様子で、僕の不満にアッサリと返す。

 確かに僕等はしばらくこの街に滞在する破目になりそうなので、その機会は幾度かあるだろう。

 ただ明日からは、少々拘束される時間が長くなりそうなので、あまりゆっくりと味わっている暇はなさそうなのだが。



「そういえば、私たちのする任務とはどういった内容だったのだ? まだ説明してもらっていないのだが」



 僕が声を発したことによって、唐突に思い出したのだろうか。

 ヴィオレッタは僕をジィと見ながら、任務の詳しい内容について問い詰める。

 彼女からしてみれば、今回が傭兵となって初めて任される任務らしい任務。

 その内容が気になって仕方ないのは当然か。


 他の皆などはそこまで気にしていないのか、必要になったら話すだろうとばかりに聞いてなど来やしない。

 それはそれで寂しいものがあるのは確かだけれど。



「あー……、今はちょっとな……」


「何故だ? 別に教えてくれたっていいだろう」



 不満が顔に滲み出ているヴィオレッタは、テーブルへと身を乗り出して僕をキッと睨みつけた。


 そう言われても、今ここで内容について話す訳にはいくまい。

 何せ周囲には食堂を利用している他の客など、知られては困る相手が大勢いる。

 会話そのものは客の喧騒によって掻き消されるし、別に彼らとて僕等の話を盗み聞こうなどとは思っていないはず。

 しかし万が一ということもあるので、今はどれだけ乞われたとしても無理だ。



「後でな。食事が終わって部屋に戻ってからだ」


「……ならサッサと食べてしまうぞ」



 憮然としつつも、ヴィオレッタはここでは話せぬ内容であると理解したのか、再び目の前に置かれた料理へと取り掛かり始める。

 自身が初めて挑む任務に対して逸る気持ちはあるものの、秘匿しなければいけない必要性を察したようだった。


 他の皆を見てみると、その様子に対してレオを除きどこか微笑ましい表情を浮かべている。

 ケイリーにとっては妹分のような存在であり、マーカスにとっては少しだけ小生意気な後輩。

 レオはどうかわからないが、彼も決して悪い様には受け取っていないようだった。


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