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路地裏王国の少年傭兵  作者: フライング時計
ヴィオレッタ
45/422

篩い 01


 二日間の休暇を終えた僕等は、翌早朝にラトリッジを出立。

 一路ラッシュフォートへの道を進む。


 行程の二日目となる現在は、道中の村を通過し、ベルバークまであと少しといった場所まで来ている。

 そのまま一直線にラッシュフォートへ向かえば早いのだろうが、その直線上には補給の行えそうな居住地が存在しない。

 それに街道から外れれば、野生動物という脅威に直面し易くなる。

 戦えばこれといった問題もなく対処できるが、急がば回れという言葉もあるように、より安全に進む道を選択したのだった。




「この道ってこんなに長閑だったんだな」


「素晴らしいですよね。丘に吹く風と、それに混じる潮の香り」


「何て言うか、海へ向かうワクワク感っていうの? そういうのがあるよね」



 空を見上げつつノンビリと呟いた僕の言葉に、マーカスとケイリーはダラリとしながら同意する。

 やはり僕等も共に行動する期間が長くなりつつあるせいか、考える事も似たようなものになりつつあるようだ。


 緊張感の欠片もない会話ではあるが、これは言うまでもなく前回ベルバークへと行った時に関連する内容だ。

 あの時は主に依頼主の人間性による問題で、あまりこういった風情を感じる余裕はなかった。

 だが今回はそれもなく、僕等はどこか自由を謳歌するかのように鳥車に揺られている。

 もちろん今回も仕事であるため、そうそうゆっくりなどしてはいられないのだが。



「……何の話をしているのだ?」



 そういえば若干一名、あの時には居なかった人物が含まれているのであったか。

 僕等の内輪ネタであるため、ヴィオレッタはよくわからないといった様子で首を傾げる。


 あまり彼女だけが知らない内輪な会話を続けるというのも、少々可哀想かもしれない。

 同じくそう考えたのか、ケイリーは荷台の上でヴィオレッタの横へと座り、事情を事細かに説明していく。

 ただ事細かな説明とは言うものの、話しているのは彼女にとって酷く腹の立ったであろう、あのオッサンの迷言を並べ立てるというものだ。



「それは……、酷いものだな」


「でしょー? もう今までで一番最悪な依頼人だったんだよ。と言っても個人の依頼を受けたのはあれ一回だけど」



 最悪だの何だとの言う割に、ケイリーの言葉尻は楽しそうだ。

 あの時僕等の中では、ケイリーが最も例の依頼主に腹を立てていたのは明らか。

 ただヴィオレッタの共感を得たり感情を共有することによって、彼女の中では既に笑い話へと昇華しているのかもしれない。

 何にせよ上手くヴィオレッタを会話に混ぜる方向に持っていった彼女には、感謝する必要がある。





「アル」



 二人が楽しそうに会話する様子を、荷台の上で眺めていた僕に、背後から名を呼ぶ声が。

 不意に掛けられた声に振り返ると、ここまで御者に徹し、会話にもほとんど入ってこなかったレオからのものであった。

 どうしたのだろうと思い、僕は御者台へと移りレオの隣へと腰かけて問う。



「何かあったか?」


「いや、そういうのじゃない」



 エイダが探知していない異常でも察知したのかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。

 レオは相変わらず手綱を握り、正面を向いて騎乗鳥を誘導している。

 では何故急に僕の名を呼んだのかと思い問うてみると、それは何のことはない。

 これから向かうラッシュフォートに関する件であった。



「どうしてあんな何もない所に」


「まぁ何もないってことはないだろうけど、確かにおかしな話ではあるな」


「ヘイゼルも知らないんだろう? おかしい」



 彼もまたヘイゼルさんが詳しい事情を知らないという事実に、どこか不穏な気配を感じ取っているようだ。

 普通ならば彼女はそれなりの事情を把握し、可能な限り傭兵たちへと伝えようとしてくれる。

 そんなヘイゼルさんでさえ事情を聞かされず、よくわからないまま僕等を放り込もうとしているというのは、善からぬ予感を抱くのに十分な要因であったようだ。


 どうにも気になった僕は、エイダに対し出発前にもした確認を行う。



『エイダ、ラッシュフォートで何か異常な状態は確認できるか?』


<いいえ。"ラッシュフォート"と思われる都市では、現在これといって異常は見られません。暴動の類も同様です>



 やはり現状では、都市が戦火に巻き込まれるといった状況にはなっていないようだ。

 もしも仮にそこが戦場になるとしたら、相手は最も近い他国である南方のシャノン聖堂国、通称"王国"だ。

 しかし彼の国はあまり他国へと干渉したがらず、近年は共和国が攻めてくる以外には戦闘にも関わっていないと聞く。

 そもそもがラッシュフォートは国境から少し離れた場所であり、攻撃されるのであれば他にいくらでも候補があるので可能性は低そうだけれども。


 それに大きな暴動や大火でも無い限り、都市内で起きた騒動の類は知りようもない。

 遥か高空に浮かぶ衛星によって得られる情報では限界があり、ラッシュフォートで何が起きているかなどはわからなかった。

 僕は脳へと投影された衛星画像と、簡略化された大陸図を視ながら首を捻る。




「それになぜ俺たちなんだ」


「僕もそれは思ったけどね。正直皆目見当もつかない」


「近い他の街からじゃなく、俺らが行くのはおかしい」



 レオは僕が抱いた疑問と、まったく同じ内容を口にした。

 普段はあまり物事に関心の無さそうな彼ではあるが、今回に関しては不可解に思う点が多いようだ。


 簡単な任務であれば、レオの言う通り近隣の拠点に居る傭兵たちに任せればいい。

 かと言って特別難度の高い内容であれば、僕等のような傭兵になって一年も経たぬ者に任せはしないだろう。

 それに今回からはヴィオレッタがパーティーに加わっている。

 まだ実戦経験すら持たぬ彼女が居ると知りつつ、そこまで難しい任務を回したりはすまい。



「大丈夫さ。何をするのかはわからないけど、皆で対処していけば何とかなる」


「そう……だな」



 希薄な根拠の下に告げた僕の言葉に、レオは少しだけ悩む素振りをした後に頷いた。



 それにしても今日のレオはいつになく饒舌だ。

 疑問を多く抱えているというのもあろうが、僕には彼の口数の多さがそれだけではないように思えてならない。

 だが引き続きエイダによって脳裏に投影され続けている地図を見て、僕はそれとなくその理由を察した。


 今回向かおうとしているラッシュフォートは、これまで僕等が移動してきた中では最も南に位置する土地だ。

 先ほども考えた事ではあるが、大陸の中南部から南部一帯にかけてを有するシャノン聖堂国の国境にもほど近い。

 その"王国"出身者であるレオにとって、何がしか思うところがあるのかもしれなかった。







 ベルバークへと立ち寄って補給をし、そこから更に南下。

 海岸線に沿った街道を延々と進み、道中で二つほどの街や村を経由し、僕等はようやくラッシュフォートへと辿り着いた。


 ラトリッジを発ってから約六日。

 来てみればなかなかの遠距離であり、ラトリッジのような遠方から、わざわざ僕等を派遣した理由が益々わからない。

 だがそれも詳しい事情を聞いてみれば判明することか。



 ラトリッジに近い規模を誇る都市であるラッシュフォートは、この近隣に存在する都市や町村に魚介類やその加工品を売って大きくなった街だ。

 正門をくぐって市街へと進むと、通りにはそこかしこに魚介を扱う露店が立ち並ぶ。

 魚を炭で焼く露店に、複数の海産物を煮込んだ赤いスープを出す店。

 そのどれからも美味そうな匂いが漂ってくるため、僕等は任務を忘れて飛びつきたい衝動に駆られていた。



「あ……、後でいいんじゃないかな! 腹が減ってはナントカって言うし、あたしもう我慢出来そうにないんだけど」


「ケイリーの言う通りだ。むしろここで我慢しろなどと言うのは、生殺しも同然ではないか」



 我がチームの女性陣二名は、これから先行した団員と会わねばならぬという義務をすっかり忘れ、今にも欲求に溺れようとしていた。

 ……いや、よく見ればレオもどこかそわそわした様子を見せているので三人か。


 そういえばそろそろお昼時だ。

 道中の食事は町や村へ立ち寄らない限り、簡素なものばかりだったので、ちょっとだけ気持ちは理解できる。



「……わかったよ。その辺りで時間を潰していてくれ、僕は話を聞いてくるから」



 僕は腰に手をやり僅かに脱力しながら了承を告げる。

 すると三人は顔を見合わせ、背負った背嚢から各自の財布を取り出し、思い思いの好む露天へと向かって行った。



「すみません、またアルに任せてしまうようで」


「気にするなって。そういうマーカスも本当は気になって仕方ないんだろう?」


「気候はかなり違いますが、魚介に囲まれていると故郷を思い出してしまいますからね」



 マーカスは以前、自身の故郷は魚の豊富に獲れる土地であると言っていた。

 ラトリッジでは魚介の類が獲れず、そういった食事を摂る機会がほとんどないので、少々懐かしさを感じているようだ。

 ここまでの道中は海を間近に望みながら、ほとんどを保存食などで済ましていたので、その想いもひとしおだろう。

 彼の故郷であるミルンズは湖畔の町なので、獲れるのは淡水の魚であるようだが。



「行ってきなよ、これもリーダーの役割だと思って受け入れるさ。その代わり一人でちょっとだけ贅沢させてもらうけど」



 僕の言葉にクスリと笑んだマーカスは、小さく頷いてこの後の集合場所だけ確認すると、先を行った皆を追いかけていった。


 若干今更な感じがしないでもないが、これではまるで保護者だ。

 他チームのリーダーが同じ感想を抱いているかはわからないけれども、他のリーダーとされる人と話をする度、この話になるとどこか乾いた笑いを浮かべられることが多々ある。

 彼らもやはり、僕と同じように消去法的に押し付けられたのではないかと思えてならない。



 僕は皆の姿が見えなくなってからグッと伸びをすると、バックパックに納められている僕の物とは違う財布を取り出す。

 マーカスにも行った通り、代表して責任や役割を負うのだ。少々美味しい思いをさせてもらったところで罰は当たるまい。

 チームのため別に管理している財布から硬貨を一枚だけ取り出すと、僕はすぐ側に建つ露店で、並々と果汁が注がれた飲み物を購入した。




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