その少女 04
「どうした、そんなもんか? こんなんじゃ戦場に出たって、半時も生き残れやしないよ」
「くっ……、五月蠅い!」
声を軽く弾ませてする僕の挑発に、ヴィオレッタは必死の形相を向け手にした棒を突きだした。
彼女が次々と繰り出すその攻撃を半身となって流し、あるいは届かぬ距離までステップ踏んで後退し避ける。
右から鋭く突かれる棒を、手にした木剣で外へと弾く。
すかさずヴィオレッタは逆の手に握られた、同じ程度の長さをした棒で足元を狙って払おうとした。
「甘い甘い。不意を衝いたつもりだろうけど、視線は嘘をつけていない」
払おうとした棒の手元近くを、ブーツの踵で踏み抜くように蹴り落とす。
「あっ」というヴィオレッタの声と共に、手から弾き飛ばされた棒が勢いをもって地面を転がった。
「まだやる?」
武器を失った状況に僅かな困惑を示すヴィオレッタへと、僕は挑発しつつ木剣の先を向ける。
少々素直すぎる攻撃であったためアッサリ対処したが、彼女が僅かでも相手を騙す素振りを入れてれば危なかったいたかもしれない。
僕は惜しかったなという意味も込めて小さく笑む。
すると彼女は少しだけ唖然とした直後、それを馬鹿にする笑みとでも受け取ったのだろうか。
キッとこちらを睨むと、弾き飛ばされた棒を拾いに走って行った。
団長の指示によりヴィオレッタを預かった日、僕等の棲家へと連れて行ったヴィオレッタは、皆へと顔合わせを行い無事チームへと迎え入れられた。
少々気難しそうな性格が不安ではあったが、そこは最も年下であるというのもまた幸いしたのだろうか。
これといったトラブルもなく、僕を安堵させた。
そしてその翌々日。
僕は短剣にも近いサイズの木剣を、対してヴィオレッタは自身の得物を模した細い棒を二本手にし、戦闘訓練を行っている。
彼女と対峙しているのは、多くの傭兵たちが暮らす集合住宅のような建物の裏手に在る、ちょっとした広さをした裏庭だ。
なぜこんな事をしているのかと言うと、単純に彼女の実力を計るのを目的として。
自信有り気に団長直伝と思われる自らの腕を誇る彼女へと、僕が過信を諌めたのが事の発端。
どうやらプライドを傷つけられたらしいヴィオレッタは、実力を証明してやるとばかりに勝負を申し込んできたのだった。
なので正確には訓練というよりも、自信過剰なお嬢さんの鼻っ柱を折り、油断せぬよう戒めて貰うためと言って差し支えは無い。
「これで八本連続で僕の勝ちだけど、まだ続けるつもりか……?」
「当たり前だ! 私の実力がこんなものだと思うな!」
とはいえここまでヴィオレッタは、僕に掠る程度の一撃すら与えられていない。
今のところ僕はブレスレットの力を借りて強化してすらいないのだが、まだ一応は問題なく制圧できるといったところか。
僕自身の基本的な技量も随分と上がってきたものだ。
であるにもかかわらず、彼女は随分と気丈に向かってくる。
この気性は傭兵としてある意味で頼もしくはあるが、逆にそこが不安点と言えなくもない。
「ところで一つ聞きたかったんだけど」
「……なんだ?」
「槍を二本持って戦うのはいいけどさ、その髪型邪魔にならないのか?」
「私の勝手だろう、口出しするな!」
僕の叩いた軽口に対し、ヴィオレッタは黙れとばかりに連続した突きを繰りだした。
彼女の長い黒髪は右側頭部に近い場所で纏められ、一本の尾となって垂れ下がっている。
その気丈な性格にしては随分と可愛らしいそれだが、二本の武器を両手に持って戦うスタイルにしては、少々煩わしいのではないかと思われたのだ。
だがヴィオレッタはそんな様子もなく、随分と小器用に戦って見せている。
そこには彼女なりの拘りがあるのかもしれない。
右、左、次いでまたもや右。
左右交互に繰り出される突きや薙ぎ払いをいなしながら、彼女の動きを観察し続ける。
「ちょこまかと動きおって! 大人しく斬られろ!」
「……それって何の訓練になるんだ?」
「五月蠅い!」
激しく動きつつも癇癪を起すとは、なんとも酸素の欠乏しそうなものだ。
それにしても、ヴィオレッタの太刀筋は存外悪くない。
まだ多くの幼さが残る風貌から、お嬢ちゃんのお遊戯に近いモノを想像していたのだが、これがなかなかに侮れぬものだった。
流石は長年団長に仕込まれているだけのことはある。
一年少々前に僕等が卒業した訓練キャンプを思い返せば、それよりも遥かに高い水準であると思われた。
だが現状では、ある程度の実戦をこなしてきた相手には、及ばぬモノがあるようだ。
「はい、これで九本目」
「……ぐぅ」
またもや武器を弾き飛ばされ、へたり込んで呻るヴィオレッタ。
流石にここまで連続で負けては、多少なりと心も折られるのだろうか。
九回連続での敗北の後、膝をついて荒い息と共に呆然と地面を眺めていた。
十回目の挑戦をしようという気はないのか、少しだけ待っても立ち上がる気配を見せない。
最後は軽く木剣で腹を打ったのだが、それが想定外のダメージとなっているのだろうかと思い、近寄って確認しようとする。
しかし一歩二歩と近づいた僕へと、彼女は先ほどと変わらぬ鋭い視線を向けた。
と思いきや、その瞳の端にはジワリと滲むモノが。
「……まさか泣いてる?」
「そ、そんなわけがあるか!」
そう言ってヴィオレッタはゴシゴシと袖で目元を擦り、涙の痕跡を消そうとする。
だが彼女の目には確かに涙が浮かんでおり、それが幾度挑もうと掠りもしない事実への、口惜しさによるものであると想像するのは容易だった。
なんだか僕がイジメているように思えてしまってやり難い。
見れば裏庭に面した集合住宅の窓からは、療養中と思われるベテランの傭兵たちが、ニヤニヤと嫌な視線を送ってくる。
おそらくはヴィオレッタの正体を知っている人たちなのだろうが。
「とりあえず今日のところはここまでにしておこう。僕もいい加減疲れた」
「ハッ、口ほどにもないではないか。この程度で疲れたなどと、思いのほか根性が無いと見える」
全身に玉の汗を浮かべながら、ヴィオレッタは挑発的な言葉を放つ。
しかし今でこそ立ち上がってはいるものの、そんなに膝が笑っていては説得力の欠片もない。
「あー……、まぁ別にそれでいいから。腹も減ったしサッサと帰るよ」
「ちょ、ちょっと! 待たないか!」
上手く気の利いた返しも思いつけなかった僕は、薄い胸を張って勝ち誇り始めたヴィオレッタを放置。
そのまま踵を返して帰途に就いた。
変わらず膝を震わせたままのヴィオレッタは、碌に相手もせぬまま帰ろうとする僕を追い、慌てながらも後ろに続く。
その姿はどこか小動物のようであり、子犬に追いかけられているような感覚を覚えずにはいられなかった。
▽
席へと着いて、眼前に置かれた大皿から香ばしく味付けされた麺を取り分ける。
幾らかの食材と和えられたそれを、二股に分かれた小さなフォークで巻き取り口へと運ぶ。
ツルリとした感触と、強く鼻を抜ける香辛料の香り。
「今日はボクが作ってみたんですが、どうです? 市場で珍しい物を見つけたので買ってみたのですが」
「良いと思うよ。香辛料も多めに使ってるみたいだけど、随分と張り込んだな」
「少しだけ予算にも余裕が出てきましたからね。おかげでこうやって椅子で食事が摂れます」
少しだけ大仰な身振りで、マーカスは眼前に据えられた五~六人で使っても余裕のある、大きなテーブルを指す。
ここは駄馬の安息小屋やその他の飲食店などではない。
れっきとした僕等の棲家に在るリビングだ。
デナムから戻った僕等は、その際に受け取った報酬を使い、このテーブルと椅子を購入していた。
これまで食事はヘイゼルさんの所で立ったまましていたり、あるいは自炊しても床に座った状態で皿を手に持ってであった。
だが家具を購入したことにより、ようやく椅子に座って食器を置き、落ち着いた食事が出来るようになっている。
他にもデナムに行っている間に依頼しておいた柱の修繕が進み、ボロボロながらもようやく男女別々の部屋で眠ることが可能となっていた。
<他にも部屋が使えるようになっただけ、救いでしょう>
『まったくだ。ヴィオレッタは男女一緒のリビングで、雑魚寝なんて嫌がるだろうしな』
ただ相変わらず床に眠らざるをえない状況に変わりはないため、目下の目標は女性陣が使うベッドを購入する事か。
せめて冬が来る前には、全員分を揃えておきたいものだ。
その当人であるヴィオレッタはといえば、今は僕の隣で口へと放り込んだ大量の麺を相手に格闘していた。
午前中行った訓練によって、彼女は随分と腹を空かしていたようで、大皿に盛られた大量の麺を我先にと自身の小皿へ移し、他者に盗られまいとせんかの如く詰め込んでいく。
どこかその姿からは、頬袋に食糧を詰め込む齧歯類のような印象さえ受ける。
別に歯が出ている訳ではないけれども。
「……なんだ?」
「いや、別に何でもないけど。よく噛んで食べなよ」
「だから子供扱いするなと何度も……」
僕の視線に気づいたヴィオレッタに僅かな忠告を投げかけるも、彼女は少しだけ頬を染め反抗を示す。
しかし見た目からしても行動は子供そのものであり、子供扱いするなという言葉も相まって、余計にそうとしか見えなかった。
おまけに必至に食事をしていく様子からは、大規模な傭兵団を率いる団長のご令嬢という要素がまるで見当たらない。
未だ顔すら知らぬ団長ではあるが、彼はどうやらヴィオレッタをかなり奔放に育ててきたようだ。
傭兵としてはそういった食事作法は別に必要ないのだが、追々そういった面も教えた方が良いのだろうか。
むしろ食べ方に関してはレオが存外丁寧なので、出来れば彼を真似てもらいたいところではある。
「ヴィオレッタ、顔にソース付いてるよ」
「本当か? 取ってもらえないだろうか」
ケイリーの言葉に、口をモゴモゴと動かしながらも顔を差し出すヴィオレッタ。
まだ彼女が合流して三日目ではあるが、この二人に関しては初日の内に打ち解けていた。
同性というのもあろうが、歳もあまり離れていないせいだろう。
初日こそヴィオレッタはケイリーに対してはさん付けで呼んでいたが、既に呼び捨てとなりその言葉尻は気安い。
僕に対して向けられる敵意や張り合いにも似た対応と、大きく異なる柔らかい物を感じる。
ケイリー自身もまた同性の仲間が出来た事に対し、何よりも喜びが先に立っているようだ。
これまではヘイゼルさんくらいしかラトリッジに親しい同性が居なかったため、ヴィオレッタの加入に一番喜んでいるのは彼女で間違いないはず。
訓練キャンプでは男子とつるむ機会の多かった彼女だが、そもそも周囲に女性がほとんど居ないという状況では、また別の感覚を思えるようだった。
何にせよ関係性が良好なようで一安心だ。
僕はそんな事を考えながら、食事をしつつ色々と雑談を始める二人を見やる。
ヘイゼルさんはヴィオレッタを僕等に預けると決めた基準が、デクスター隊長からの評価によるものであると言ってはいた。
だが最も大きな要因は、チーム内に同性のケイリーが存在する事であるのかもしれない。
見知らぬ男ばかりに囲まれるよりは、同性である彼女と一緒の方が、遥かに気楽であるのは想像に難くなかった。
「良かったですよ、二人の相性が良くて」
僕の隣、ヴィオレッタとは反対側に座るマーカスも、向かい合って和気藹々とする二人を眺めながら安堵の言葉を漏らす。
女性同士が仲が悪いなどという事態になると、男の側としては胃の痛い思いをする破目となるのは言うまでもない。
彼の言葉は僕にとっても同じ感想を抱かせるものだった。
表情にこそ表さないものの、おそらくはレオも同様のはず。
「まったくだ、どうやら僕はあまり好かれてないようだしね。気を許せる相手が出来て何よりだよ」
「そうですか? 別に嫌われてはいないと思うのですが……」
マーカスは首を傾げながら、自作の麺を口に運ぶ。
彼はそう言うものの、僕は最初の時点からヴィオレッタの印象が良くはないようだった。
少々子供扱いに近い言葉であったようにも思えるが、それ以外ではそこまで悪印象を与えるような真似をしてはいないはずなのだが。
ただありえるとすれば、それが彼女の虚勢であるというものか。
急に見知らぬ相手の中に放り込まれたのだ、舐められたくない思いから、そういった攻撃的な態度に出た可能性はある。
もしそうだとすれば、尚更可笑しいものを感じずにはいられなかった。
メインヒロインのひんぬー設定だけは譲れない。




