戴
シャノン聖堂国での作戦を終え、僕等は飛行艇に乗り国境の山地を越えた。
不安さえ抱かせぬ飛行で国境を跨ぎ、北上してラトリッジへ。
無事着陸し出迎えてくれたのは、大勢の兵士や住民たち。
その姿に安堵し、僕等はこれでようやく休息を得られるのだと、心底胸を撫で下ろす心地であった。
ただそこで万事解決、いざ休暇へとはいかない。
僕等が留守にしている間、突如として発生したトラブルも含め多くの課題が山積していたからだ。
まず最初に突き付けられたのは、僕とヴィオレッタの双方が留守にしていたため、溜まりに溜まった書類仕事の山。
こちらは帰路の時点で想定していたため、そう不意を突かれる物でもない。
もっとも想像以上の量が積み上がっていたせいで、少々肩を落とす破目にはなったが。
その他都市内の修繕云々や、耕作地の害獣からの保護など、細々としてはいるが大切な課題が無数にあったが、一応周囲の協力もあり全てを片付けるのにそう時間はかからなかった。
しかし問題がもう一つ。
これが最も大きな問題であり、それを解決するべく僕とレオは、ラトリッジを離れ同盟領西方へと遠征を行っていた。
「過ぎた野心を持つからこうなる。大人しくしていれば、立場も維持できた」
「欲ってやつは際限がないからね。僕等の留守にしている間が、もう二度とない好機に見えたんだろうさ」
倒壊し煙を上げる屋敷の前、僕とレオはその建物を眺めつつ呆れ悪態を衝く。
ここは同盟領の中西部、ラトリッジから北西へ半日ほど行った先にある、比較的規模の大きな都市の一つ。
大規模な穀倉地帯を持つ有力な都市国家であるのだが、僕等が聖堂国へ飛行艇で向かった直後、手勢を引き連れラトリッジへ攻撃を仕掛けてきたのだ。
結局はラトリッジへ残っていた大勢の兵により、いとも簡単に撃退。
易々と逃走したそうなのだが、おそらくそれは僕らが不在という状況を、都市掌握の絶好な機会と考えたからであった。
「でもこれからは、そういった心配をしなくていいかもしれないよ」
「……まあ、そうだろうな。俺は少しやりすぎな気もするが」
「個人的には許容範囲内なんだけどね」
そのラトリッジへ善からぬ野心を抱いた都市の統治者へと、当然僕等は報復のために行動を起こした。
都市を取り囲んで降伏勧告を行い、無謀にもそれに従わなかったため攻撃を行う。
ただその攻撃手段というのが、飛行艇へ搭載した機関砲を用い、統治者の屋敷を破壊するという非常に派手なものだ。
航宙船がラトリッジへ降下して以降、多くの都市へその情報は一斉に伝わることとなった。
結果技術的、戦力的に埋めようのない差が存在すると内外へ知らしめるに至り、同時に飛行艇の存在も隠す必要はなくなる。
ならばいっそのこと、今後妙な野心を抱かぬように、示威行動として活用することにしたのであった。
もっともこの軍事力こそが、ここの統治者が無謀な行動に出た要因の一つでもあるのだろうが。
「さて、僕等は早々に帰るとしようか。事後処理は部隊長の誰かに任せてさ」
「アルが陣頭指揮を執らなくていいのか?」
「戻ってからここまで、結局一切休みなしなんだ。本格的に体力も限界だよ」
土煙を上げ倒壊した統治者の屋敷に背を向け、グッと伸びをして撤収を口にする。
ただ大抵の戦場というのは、案外戦闘行為そのものが終わってからの方が忙しい。
というのも敵となった相手との交渉や、倒れた敵味方兵士の死体処理、あとは周辺住民のフォローなどやる事はいくらでもあるため。
レオはそういった細々した役割を苦手としているが、当然それらの大切さを心得ている。
そのため体力の限界を口にした僕を、引き留めようと待ったをかける。
しかしこの役割を配下である各部隊の隊長たちに押し付け帰ろうとするには、いい加減身体が悲鳴を上げているという意外に、相応の理由が存在した。
「それに……、そろそろアレを引き取りに上から降りてくるらしい」
「アレ? ああ、捕まえたヤツのことか」
怠い身体をなんとか御し、撤収用の資材が積まれた荷車へと腰かける。
そこでレオに告げたのは、近々ラトリッジを訪れるであろう来訪者についてであった。
聖堂国における作戦により、教皇であるハウロネアの拘束は結果叶わなかったが、クローンの一体は確保に成功。
予定通りそいつは地球の軍に引き渡し、それをもって今回の軍からされた指令は完全に終了となる。
ただ帰還後即座に回収しに来るのかと思いきや、この惑星周辺宙域で再度戦闘が始まったらしく、しばし延期となっていた。
「なら上での戦闘は収まったのか」
「まだ小競り合いは続いているらしいけどね。でも向こうも色々とせっつかれてるらしくて、いい加減回収したいそうだよ」
「忙しないな。こっちの都合も考えて欲しいもんだ」
「まったくだよ。周囲への言い訳も含めて気苦労が多い」
流石に引き渡しの時は、僕自身が立ち会う必要がある。
おそらくは小型の航宙船で降りてくるのだろうが、それでもある程度の大きさはあるはずだ。
今もなおラトリッジ中央の広場へ降りたままの航宙船と似た物が、もう一機降りてくるとなれば住民たちの混乱は避けられない。
そこをフォローするというのは、たぶんここに残って雑務を消化するよりもずっと大変なはず。
その後僕等は残る兵たちへ一通りの指示をし、半分ほどの兵を引き連れラトリッジへの帰路に着いた。
実際にはほとんど戦闘らしい戦闘をしていないため、怪我人の一人もなく、距離も半日ほどしか離れていないため全員の足取りは軽い。
今後の作戦もこうであれば楽だろうにと思いながらも、それが続いては練度が落ちてしまうだろうかと、道中はそんな贅沢な悩みに頭を抱えた。
深夜の内に出発しアッサリと制圧を済ませたため、ラトリッジに帰り着いた時にはまだ夕刻。
都市王国ラトリッジの外周を囲む城壁をくぐり、陽射しに染まりつつある街並みへと入ったところで、大通りにこちらの帰りを待つ人物の姿を見かけた。
「お帰りなさいませ。……思ったよりもお早いお帰りでしたね」
「その言い様だと、まだ帰って来るなって聞こえるんだけど」
「あながち間違ってはおりません。実は屋敷内を一斉に清掃しておりまして、実はまだ済んでいないのです。かといってご主人様では戦力になりませんし」
帰還した僕等を迎えたのは、執事であるルシオラ。
彼女は変わらずすました表情を浮かべたまま、深々と礼をし乾いた厚手の布を手渡してきた。
それを受け取って軽く汗を拭きながら、彼女の若干含みがある言葉の意味を問い質す。
するとルシオラは別段動揺した素振りすら見せず、飄々となかなかに突き刺す言葉を発してくれた。
ただ言っている事はあながち間違いでもなく、より噴き出した汗を拭いて苦笑いを浮かべる。
そうして視線を泳がせていると、ルシオラの背後からくすくすと笑いながら、ヴィオレッタが姿を現した。
「ルシオラ、もう隠さずともいいであろう」
「隠すって、なにをだい?」
「なに、実はちょっとした祝宴を用意していてな、広場で設営をしているのがそろそろ整うはずなのだ」
人混みの中から歩いて僕等の前に来たヴィオレッタは、少しばかり悪戯っぽい表情を浮かべながら告げる。
共和国から戻って来た時には、たった一日だけの休息で聖堂国へ向かわねばならなかったため、そういったことを出来ず仕舞いであった。
そこで僕等が無事帰還した祝いを、遅ればせながらこの機会にやろうという事のようだ。
ルシオラが清掃云々と言っていたのは、これを隠すための方便であったのだろう。
「そんな大それた物じゃなくても、身内だけで簡単に済ませてもいいのに」
「なにも私たちだけのためではないぞ。上から客人が来るのであろう? 流石に一切もてなさず返すというのは、立場上気が引けるのだ」
ただこの祝宴を行うのは、僕等の帰還を祝うためだけではないらしい。
ヴィオレッタも地球の軍が降下し、拘束しているクローンの引き渡しを行うと知っている。
ルシオラは詳細こそ知らないものの、重要な客人が来ること自体は把握しているため、そういったもてなしの必要性を考えたようだ。
レオなどは少々近くを離れていたため、その時に伝え損ねていたのだが。
「喜んでくれるかどうか、ちょっと自信はないけどね……」
「その場合は帰った後に私たちだけで楽しめばよい。どちらにせよ無駄にはならぬぞ」
歓待の必要があると言いつつも、実際には半ば来る客人に関してはさほど気にもしていないのか、ヴィオレッタは手を軽く振って気楽に言い放つ。
おそらく降りてくる人間達の中に、自身の父親が含まれていないと考えているためか。
だが彼女の言うこともご尤も。折角用意してくれたのだ、楽しまなければ損というもの。
それに僕等だけでなく、広場でやるからには一般にも開放するようなので、都市住民たちのためにも行った方がいいのかもしれない。
少しばかり気を軽くした僕は、共に帰還した一団を引き連れ軍の兵舎へと向かう。
そこで一旦解散をした後、すぐさま都市中央の広場へと移動した。
聞かされた通りそこは、中央に鎮座する巨大な航宙船を取り囲むように、祭りと見紛うほどな多くの料理や酒が用意されていた。
どこか浮足立つものを感じるも、いきなり酒を手に取り乾杯するわけにもいかず、一旦広場に面した屋敷へ入り、着替えを済ませることにする。
ただ自室で気楽な格好に着替え、外で客人を待とうかとした時だ。
突然に頭の中へエイダの声が響くも、なにやらその様子からおかしなモノを感じられる。
<アル、降下してくる軍の艦船なのですが>
「まさかまた延期するってんじゃないだろうね。もう準備も済んでるんだ、祝宴の方は今更中止とはいかないよ」
<降下そのものは現在行われています。ただ……>
なにやらエイダの言葉はたどたどしい。
普段であれば早々に用件を伝えてくるであろうはずなのに、何かの理由で困惑をしているかのように、AIらしくない歯切れの悪い言葉を発す。
降りてくるというのであれば問題はないはずなのだが、少々困った問題でも発生したのだろうか。
「ただ?」
<……いえ、直接見てもらった方が早いと思います。まだ大気圏内に入ってはいませんが、もう目視は可能でしょう>
どうにも要領を得ないエイダの言葉に、僕は首を傾げつつも廊下を歩き屋敷の玄関へと向かう。
しかし考えてもみれば、まだ降下を始め大気圏に入ってもいないというのに、そんな遠距離で目視など出来るものだろうか。
普通人ひとりを迎えに来るといっただけの用であれば、小型の船を降ろせば済む話。
実際地球の軍に属するパイロットを迎えに来た時は、非常に小さな船で事は済んでいた。
想像の中に存在する、十数人も乗れば手狭になる程度な小型船の姿を思い浮かべる。
だがそんな小型の船ではこの距離から見えるはずもなく、さては何かの事情で、もっと大きな艦船を使用したのだろうかと考えた。
だがそんな僕の想像は、屋敷の扉を開き外へ出た直後に打ち砕かれる。
真っ先に情報として飛び込んできたのは、耳に響く人々のざわめき声。
歓声や酔客の騒々しいそれではなく、動揺や混乱、あるいは恐怖心などが入り混じったもの。
「……なんだ、あれは」
そして次に入って来たのは、自身の瞳に映った威容。
僕は広場に集った人々が向ける視線の先、空へと顔を向けた瞬間、その光景に我を忘れ口を開いた。
朱い夕陽の中、遥か高空に浮かぶ巨大なそいつは、角のようにせり出た先端を鋭角に尖らせ、全面を純白の塗装で覆いどこか神秘的な雰囲気すら漂わせる。
ゆっくりと、ゆっくりと姿を大きくしていくそいつは、まだ大気圏の中へ入り込んだばかりであるというのに、黙視するに十分な大きさであった。
「デカい……」
「……おいアル、まさかあれが迎えの船とやらなのか。凄まじく巨大であるというのは私にも理解できるぞ」
祝宴の準備を行っていたヴィオレッタもまた、異常に反応し駆け寄る。
彼女は同じく空を見上げ、降下しつつある対象が想像を絶する巨大さであると認識したようであった。
確かに大きすぎる。想像していたのは、大きくとも精々が数十mクラスの艦船。
だが空に浮かび徐々に降りてくるそいつは、目算ではあるが少なく見積もっても四千m級の代物だ。
地球の軍にそういった巨大な艦は幾つか存在するが、あの形状はどこかで見た覚えがある。
確か暇な時エイダが戯れに渡してくれた、資料に記されていたそいつは……。
<ユーラシア極東艦隊、つまりはホムラ大佐の所属する艦隊ですね。その艦隊の旗艦"戴"です>
「なんでそんな物が……!」
全長五.七kmに及ぶ、地球の軍においても屈指の大型艦だ。
時折戦場に出張って戦意を高揚するという役割を担う、純白の威容は陽射しの中にあっても尚眩しい。
黒々とした宇宙空間においてさぞ映えるであろうそれは、本来地上へ降下してくるような代物ではなかった。
当然、たった一体の実験サンプルを回収するために用いられるような艦ではない。
「本当に、大丈夫なのだろうな?」
「……おそらく、ね」
流石に何かしらの不安を感じたのか、ソッと近寄り珍しく手を握ってくるヴィオレッタ。
僕はそんな彼女の手を握り返し、あまり自信を持てぬ声で小さく返した。
あんな馬鹿デカい艦船で降りてこようというあたり、何か特別な目的があるに違いない。
それが僕等にとって良いものになるか、それとも悪い道へ導くものであるのかは不明だが。
緊張に身体を強張らせながら、近くに来ていたレオと視線を交わす。
彼もまた警戒心から拳に力を込めているのを見たところで、再びエイダから伝えられた内容に、僕は息を呑んだ。
<アル、"戴"より、あなたに通信が入っています>
とりあえず…この後はエタ状態になっていた拝啓お師匠様の続きに取り掛かります。




