業火 03
猛烈な勢いで回転するプロペラと、それに伴って振動する機体。
グッと機首の方向を転換し、砂を盛大に撒き散らし加速。ラトリッジの民に巨獣と呼ばれた飛行艇は、本来の庭である空へと舞い戻った。
後部の貨物室で、大人しく檻の中で座る捕らえたクローンの様子を確認。
十日近くを機内に放置していたというのに、そいつはまるで衰弱した様子は見られない。やはりかなり丈夫に生み出されているようだ。
そのクローンに水を与え、次に真っ直ぐ操縦室へ向かい扉を開く。
三人揃って中に入り僕とヴィオレッタがシートへ、レオが壁へもたれ掛ったところで、機内に設置されたスピーカーが振動した。
<三人とも、無事に帰ってこれた様でなによりです>
「二人の間違いではないのか。お前にとって私は邪魔な存在だろう」
<おや、そこを正直に言っても良かったので? 折角我慢して歓待の言葉を述べたというのに、不要であったようですね>
なんとか無事に戻って来た僕等を迎えるエイダ。
その言葉に対し、即座に肩を竦め皮肉を返すヴィオレッタであったが、エイダもまた彼女の言葉を認めやり返す。
飛行艇を降りる前にしていたのとよく似たやり取り。ただこれは互いにじゃれ合っているだけ。
それを証明するように、共に一転して穏やかな口調へと変わる。
「やはり口の減らぬ女だ。……だが私もお前の声が聞けて良かった」
<ええ。こちらとしてもアルが得た配偶者を、みすみす失うのは好ましくありませんから>
小さく笑うヴィオレッタ。
エイダもまた柔らかな口調を作り、共に声が聞けたことの喜びを露わとしていた。
この二人、と言ってもエイダはAIであるが、幾らかのやり取りや協力を経て、それなりに打ち解けているようであった。
そんなエイダは仕切り直すように、本来不要であろう咳払いの声をあえて発する。
僕等へと機体の左側、聖都カンドローナが在る方向を向くよう告げると、機体の推力を少しばかり落とした。
<ここまで来れば、流石に影響はありません。見届けるのでしょう?>
「ああ、こればかりはこの目で」
既に地球の軍は無人機を降下させ、聖都カンドローナ上空へ差し掛かりつつあるという。
ならば押し付けられたものとはいえ、この決断をした以上見届けておきたい。
罪のない多くの住民、幼い兄弟たちのために娼婦となった娘、それらの命が消えていく瞬間を。
<降下した無人機が聖都カンドローナ直上へ達するまで、あと十kmといったところですか>
「そうか……」
<あと五km、三km、一km。無人機が都市上空を通過、弾頭投下>
シャノン聖堂国の首都であり、それなりの規模を持つ都市ではあるが、ここからでは小さく薄らとしか見えない。
エイダは刻一刻と、降下した無人機の状況を伝える。
そうして無人機から都市を滅ぼすという兵器が投下され、寸分の狂いもなく階層を貫く都市中央の大穴へと吸い込まれていったところで、僕等は無意識に息を呑んだ。
<起爆を確認>
投下されたそれが起爆したというエイダの声。
と同時に、白く染め抜いたような光がカンドローナの中央で灯る。
直後それはゆっくりと広がり、都市全体を包む淡い塊へと化していった。
見た目だけで言えば、破壊どころかある種の柔らかさすら感じかねない光景。
だがその実、あれは触れた物全てを焼き尽くし、存在の痕跡すら根こそぎ無に帰してしまう白い業火。
二十万に届こうかという聖都カンドローナの住民や兵士、神殿の司祭たちがハウロネアの生み出した眷属共々、一瞬にして灰塵に帰していく。
<離脱します、掴まっていてください>
十分な距離を取ったとはいえ、空に在っては衝撃波の一つも届くということか。
エイダは機首を北へ向けると、エンジンの出力を上げ今の空域から離脱を計った。
操縦室の窓から見える範囲より外れていく聖都カンドローナ。僕はそれをギリギリまで目で追い、見えなくなってから座る席の上で大きく息を吐いた。
これまで僕は、自ら握る武器や人を従わせる声によって、多くの敵と呼び表す相手を屠ってきた。
戦場で相対した名も知らぬ敵兵や、移動の最中に遭遇しこちらを襲ってきた野盗。かつては仲間であった傭兵たちも。
そしてこちらを敵対視し、傭兵団を壊滅させ取り込もうとした都市統治者とその一族。その中には抵抗すら出来ぬ子供も混ざっていた。
その全てが正当な対処であったと言えるほど自信は持てないが、連中は間違いなく僕自身やイェルド傭兵団、そして都市王国ラトリッジの敵であった。
ただ今回消えていった人たちは、敵国の民といえその枠には収まらない。
「大丈夫か?」
椅子からずり落ちるように天井を眺める。
そんな僕を心配したのか、背後で壁に手を付き身体を支えるレオは、少しばかりの心配を滲ませていた。
だがもうとっくに割り切りは済ませた。それにこの光景を見て混乱する程、感受性豊かな性格でもない。
それに他に選択肢はなかったのだ。孵化させてしまえば、被害は聖堂国一国に留まらなくなってしまう。
手遅れとなってからこの惑星全土に破壊をばら撒くよりは、今の時点で一つの都市を消し去るというのは合理的な判断。
事情を知る人はきっと、そう言ってくれるに違いない。
「ああ、問題はないよ。もう覚悟は済んでいる」
「ならいい。だが帰ったら休め、当面の間はな」
自身では気付かないが、顔色でも悪いのだろうか。
こちらの顔を覗き込むレオは、強い調子で僕へ休息を摂るように告げた。
「……断っても無駄なんだろうね。ベッドに縛り付けてでも休暇を取らされそうだ」
「ああ。その代わりではないが、俺もしばらくは休ませてもらう。流石に身体が限界だ」
レオの言うように、もう身体はズタボロだ。
聖堂国へ入ってから、逃亡のために共和国へ移動し、更に逃走劇は続いた。
ようやくラトリッジへ帰るも、たった一日の休みを経て飛行艇へ乗り、そこからは延々空や砂漠を進むか戦うか。
最後には異形の化け物と戦い、僕等は心身ともに消耗し尽くしている。
それに自身では踏ん切りがついているつもりでも、傍から見れば重い心労に苛まれているように見えるらしい。
同じく心配そうにするヴィオレッタもまた、僕へと長めの休暇を取るよう告げていた。
「ならいっそのこと、このままノンビリした所に行くのも悪くないかもね。フィズラース群島なんてどうだい? あそこで時間を忘れて休んでみたいもんだよ」
「冗談を言うな、流石にそこまでは許容できぬぞ」
<それに行きは良くても、帰りの燃料がありません。向こうで飛行艇を置いて帰るつもりですか?>
ならばと僕は限りなく冗談ではあるが、思い切ったバカンスを提案してみる。
以前共和国へと侵入した際、直接の同盟領への国境越えが叶わぬため、大陸の反対側に回って帰還を果たした。
その時に経由した東方の島は暖かく穏やかで、今の疲労を思えば休息にピッタリであると思えてならない。
しかしそんな僅かな願望も、ヴィオレッタとエイダにより揃って打ち消されてしまう。
やたら息の合った二人に却下され、僕は軽い笑いをもって首を振った。
「なら仕方がない、大人しく我が家へ帰るとしようか」
「それはそれで一苦労なのだがな。主に溜まった書類の山を押し付けてくるだろう、ルシオラの説得という難題がな」
「となると休暇はそれを消化してからか……。きっとそれが終わる頃には、また別の問題が起きていそうだけど」
留守を任される執事のルシオラは、きっと疲労を理由に休ませてはくれない。
グッタリとした僕等へ差し入れをしながら、飄々とした調子で次々と書類の束を渡してくるはず。
今にして思えば、その強引さも今回の行動に比べれば楽なものだが、しばらくは本格的に休む間は無いのかもしれない。
そこまで考えて苦笑すると、ずり落ちかけた身体を戻し深くシートへ腰かける。
自身の頬を叩いて少しばかり気合を入れ直すと、腕を伸ばし目の前に備わった操縦桿を握った。
<操縦でしたらこちらで全て行いますが。疲れているのでしょう>
僕が取った行動に、エイダは慌てて制止をする。
それが気遣いから来る発言なのか、それとも疲労した状態で操縦など任せられないという、不安感からくるものかは知らない。
だが僕はそんなエイダへと、強引に高いテンションを表に出し返す。
「疲れているのは確かだけどね。でもようやく我が家へ帰れるんだ、居ても立ってもいられない」
<家を前にして全速力で駆けようとする。まるで子供の頃と同じですね>
「会話の最中に眠りこけてしまうよりはマシだと思うけどね。それに、たまにはそいういうのも悪くない」
ソワソワとようやく帰れる我が家へ向け、僕は操縦桿を握りグッと飛行艇の速度を上げる。
そんな家路を急ぎ気の急いた様が、エイダには僕が幼い頃の姿と被ったらしい。
親代わりであったエイダにとって、それは懐かしい光景を思い出すものであったようだ。
だが今更そのようなことで操縦桿を放すのも気恥ずかしく、開き直った言葉を発しながら、エンジンの回転をより速めていった。
次回、最終回になります。




